| 1月31日(金) ゴドーさんももう、だいぶ良くなっている。動くこともできるようになったから、ちょっとだけだけど一緒に散歩したりできる。 「もうすぐ、1年だな」 「そうですね」 僕らは何だかもう、老後の夫婦みたいな言い方で冬の寒空を見上げていた。 もうすぐ、1年。 こんなにたくさんのことがあるなんて、あの時は思わなかったけど。 けっこう、幸せな1年になったなと思う。 ゴドーさんの傍にいて。 |
| 1月30日(木) ゴドーさんに相談した方がいいのか。 言わない方がいいのか。 大事なことだからちゃんと相談した方が良いことは分かってるけど。 たまには僕ひとりで勝手なことしてみたい気がするんだ。 |
| 1月27日(月) そろそろ、決めてもいい頃かもしれないな……。 |
| 1月26日(日) 本当に、僕の感情は御剣を求めて止まないらしい。 小学生のときから変わらない、いやになるほどしつこい感情。あの頃はまだ子供だったから良かった。大きくなると、いくらでも汚くなる方法が分かってしまう。 でも、感情だけで生きてはいけない。 大切なものがあるから。それが何だか、ちゃんと分かっているから。 「いろいろありがとう、御剣」 「………………もう話は終わりか?」 「御剣がまだ僕と話をしてくれるつもりがあるなら、僕はいくらでも君と話したいよ」 「ならば…………私はまだ、君と話したいことがある」 「今日?」 「……いや、これから先もずっと、ゆっくり」 「うん…………ほんとにありがとう…………」 今日は朝から晩まで、ゴドーさんと一緒にいた。やっとベッドから起きられるようになったゴドーさんを車椅子に乗せて、ちょっとだけ外に出たりもした。 「寒いな」 「戻りましょうか? 今夜は雪が降るらしいですよ」 「いや、そうじゃねえ。……寒さは嫌いじゃねえからな」 ゴドーさんに外の風景を見せてあげるだけでも、何だかすごく冒険みたいでワクワクしていた。 |
| 1月25日(土) 病院の帰り、まるで僕が出てくるのを待ちかねていたみたいに、電話が鳴った。 『成歩堂、今日の見舞いは終わっただろうか?』 「ああ、うん。今ちょうど。……何?」 『これから飲みに行かないか。少しだけだ』 「……いいよ。どこ行こうか?」 『では、いつもの店で待ち合わせよう』 合わせる顔がない、なんて思うのは僕の都合だ。話したいこともあるし、聞きたいこともある。 僕はバスを待ちながら、どんなふうに切り出せばいいのか、それだけをずっと考えていた。 |
| 1月24日(金) 今日、嬉しかったこと。 ゴドーさんの手を握ったら、あったかかったよ。 |
| 1月23日(木) 御剣と電話で話した。 ゴドーさんが元気になってきていること。僕もココロが逆転したみたいに前向きになったこと。 『そうか………………よかったな、成歩堂』 「うん……ありがとう御剣、本当に、その…………」 それ以上、どう言えばいいか分からなかった。 ごめん、ごめん、ごめん、ごめん御剣。 いくら寂しかったからって、不安だったからって、あんなふうに君にしてしまったことを、いまさらどう償えばいい? |
| 1月22日(水) もう病院の人たちとも顔なじみで、しかもゴドーさんの事情が事情なせいか、僕は面会時間に関わらずゴドーさんに会いにこられるようになってる。 今日も仕事の後、ゆっくりとゴドーさんと話ができた。 「良くなってるみたい、ってセンセイ言ってましたよ」 「そうかい」 まだしゃべるのは億劫そうだけれど、ゴドーさんはしっかりと僕の目を見て話をしてくれる。 「アンタの夢、見なくなったから……かな……」 「えええっ、そんなぁ」 「泣いてるアンタを…………見なくなったんだ………………だから安心して、寝てられる……」 「…………………………ええ、そうですね。僕は泣いてませんから。安心して下さい」 本当に、僕はもう泣いていない。 些細なきっかけで、ココロが裏返ったみたいな気がする。 ゴドーさんと一緒にいられることが、本当に嬉しいんだ。 |
| 1月21日(火) ゴドーさんといるのが楽しくなった。 無理して笑顔を作っても、自分を追い詰めるばっかりでダメだったんだ。ゴドーさんと今、ここで会話してるってことを楽しめないと、顔は笑えても声は笑えない。ゴーグルのないゴドーさんをだますことなんてできっこないんだ。 僕が笑顔を取り戻してから数日。 「調子いいみたいだねぇ〜、神乃木サン」 主治医のセンセイがそう言った。 「ほんとですかっ!?」 「ああ〜、いいんじゃないかなー? 自律神経がおもむろに回復しつつある予感だよね〜」 「…………それっていいのかな……」 少しの希望でも、今の僕にはものすごいエネルギーだ。 ゴドーさんが、回復してる! |
| 1月18日(土) 「アンタ、そこにいるのかい……………………?」 ゴドーさんの虚ろな視線がさ迷う。僕はとっさにゴドーさんの手を握り締めた。驚くほどやせ細ったその手は、木の枝のようだった。 「ああ、まるほどう………………」 「ゴドーさん、ここにいます。ここにいますから」 「ずーっと…………アンタの夢を見てたぜ……」 夢の中でつぶやいているような、ぼんやりとした声。でもやっぱり、大好きな大好きな、ゴドーさんの声。 久しぶりに、聞いた気がする。 「ずーっと…………アンタのこと…………聞いてた…………」 「聞いてた?」 「…………泣いてるんだ…………どこにいるかもわからねえ…………」 「……………………」 「でも、どっかで確かに、泣いてる。それも…………ずっと…………ずーっと…………」 「僕、子供みたいですね」 わざととぼけて言ってみても、ゴドーさんは夢うつつで僕の声が聞こえているのかどうかもよく分からない。 見えない目で宙を見上げて、深く息を吐く。 「アンタの傍に…………いてやりてぇ…………なあ……」 「ゴド…………さ………………」 ああ、本当に。 本当に僕は、何をやってたんだろう。 ゴドーさんは夢の中まで、僕を探してくれていたのに。 僕ときたら、何をやってたんだろう。 強くなれ、強くなれ。 絶対に、この人の傍を離れるんじゃない。 甘ったれるな。 自分を裁けるのは、自分だけだ! |
| 1月17日(金) 僕は弱い。きっと、弱いってことはそれだけで、悪いってことだ。 僕をここに繋ぎ止めておくために、この手を離せない。この体温を離せない。 「弱いことはそれ自体、悪いことではない。……弱者の味方をしてきた君なら、分かっているだろう」 優しい言葉に、優しい体温に。 甘える僕を、誰か裁いてくれ。 |
| 1月16日(木) 本当に僕はどうかしている。 ゴドーさん、ごめんなさい。 |
| 1月15日(水) ケータイに、メールが入る。 真宵ちゃんからも。「なるほどくんがしっかりしてないと、神乃木さんも安心して寝てらんないんだからね! 元気出すんだよ!」 春美ちゃんからも。「ワタクシ、なかなかそちらへうかがうことができませんが、なるほどくんと神乃木さんのことをいつもお祈りしておりますから」 矢張からも。「マヨイちゃんが里に帰っちゃってて店が忙しいんだよ! 暇なら手伝ってくれナルホドー! オレが代わりに見舞いに行ってやるからよ!」 イトノコさんからも。「ジブンにできることがあったら、すぐに言うッスよ。なるほどくんのためならちょっとくらいの違反だって怖くないッス!」 本当に、心強くて。 僕はいつも1人じゃないんだって。 「よかったな、成歩堂。君は運がいい。きっと神乃木さんも大丈夫だ」 それに、僕のすぐ隣には。 君の体温がある。 病院の長椅子に並んで座って、ガラスの向こうのゴドーさんを見守っている。 君の手の暖かさが、僕を今ここにつないでいる。 |
| 1月13日(月) ガラス越しにしか見ることのできないゴドーさん。そこから離れることができない。 つい昨日までは、手を握っていたのに。 声を聞いていたのに。 「非常に危険な状態なんだよねえー。今年に入ってから体内成分の調整がうまくいっていなくてねえー。このままカラダが毒素を排出してくれなかったら、危ないんだよねえー……」 医者の言葉が遠くてよく聞こえない。 僕は。 僕はどうしたら。 |
| 1月12日(日) 傍にいることが嬉しくて。 嬉しくて。 思わず取ったその手が、思いがけないほど、驚くほど、細くなっていて。 泣きそうになる。 いくらでも泣けそうだった。 でも、ゴドーさんの傍では絶対に笑顔でいると、決めた。 |
| 1月11日(土) 仕事、完了。 僕は勝訴の報告をひっさげてゴドーさんのお見舞いに行く。あれから今日まで、1度も来ることができなかった。今まではどんなに忙しくてもお見舞いだけは来ていたけれど、今回はもう何日も来ていない。 「ゴドーさん、勝ちましたよ」 そう言って病室へ入っていく。 「お疲れさん、だぜ。さすがオレのまるほどうだ」 ゴドーさんはようやく通常病室の個室に移ったばかりだった。白いベッドに横たわるゴドーさんは、僕のほうに目を向けて、笑った。 そのひと言が。 やけに嬉しくて。 「…………………………ッ」 「……おい、まるほどう?」 「ゴドーさ………………」 僕は泣き出してしまった。 オレのまるほどう。 そんなひと言がこんなに嬉しい。 最近の僕は泣いてばかりいる。 |
| 1月7日(火) どうせ使えないから、とゴドーさんはパソコンを持っていない。病院だからケータイも使えない。 ……なのに。 『アンタ、頑張ってるみたいだな。 しっかり稼いでくれよ、所長サン。 ゴドー神乃木』 それは、御剣のケータイから送信されてきた。 御剣がお見舞いに行ってくれていたこと、ゴドーさんが御剣にメッセージを託したことを、知る。 ありがとう、御剣。ゴドーさん。 |
| 1月6日(月) ゴドーさんのところへ行く時間が取れない。 せめて電話なりメールなりしたいんだけど、病院はそういうネットワークから隔離された場所だ。ネットは繋げるけど、ゴーグルを外したゴドーさんはメールを読めないから送ってもしょうがないし、それにパソコンを見ているだけの力はまだないと思う。 ほとんど横になったきり、1日中うとうとしてる状態だ。 僕はケータイが鳴らないことだけを祈りながら。 (病院からの着信だけ、音を変えている。それが鳴ったら、ゴドーさんに何かあったってことだ) 僕は、僕に今できることに専念する。 |
| 1月5日(日) 本当は明日から仕事始めと思っていたのに! 昨日からあちこち聞き込みで走り回っている。どうして僕はこう、年末年始はどたばたしなきゃいけないんだろう。 |
| 1月2日(木) |
| 1月1日(水) ゴドーさんは思ったより元気そうだ。 もう、僕と話してくれる。 「アンタ、疲れた顔してるぜ。……ちゃんと休んでるかい?」 「ええ、まあ。忙しくはなかったんで」 「クッ……オレがいない間にも、遠慮なく忙しくなってくれてもいいんだぜ?」 「スミマセン、力不足です」 僕は苦笑した。 「ゴドーさんがいないと、ダメだと思います」 「…………クッ。ダメな所長サン、見捨てておけねえぜ」 「そうですよ」 暖かさを取り戻したゴドーさんの手をにぎって、僕らは笑顔を見合わせた。 ゴドーさんの声を聞けるだけで、感謝できる元旦。 |