成歩堂日記 4月

4月30日(火)

 ゴドーさんが事務所に来なかった。何の連絡もなしなんて、初めてのコトだ。
 電話にも出ない。やっぱり、ずっと圏外だ。

 昼過ぎに向こうから電話があった。公衆電話からだった。

「まるほどう、悪いな。無断欠勤、しちゃったぜ」
「いえ、欠勤と言うか……勤務してるわけじゃないんだから気にしないでください」
 気を使ったつもりだったんだけど、ゴドーさんの声のトーンが少しだけ、低くなった。機嫌を損ねてしまったらしい。

「野暮用でな。今日は欠勤だ」
「は、はい。欠勤ですね。どうぞごゆっくり……」

 電話を切ってから、激しい後悔とちょっぴりの嬉しさが、いっぺんに来た。
4月29日(月)

 今日も事務所は休みだ。

 外に出たら矢張に会った。

「いよう、ナルホドー! それ、着けてくれてるんだな」
「あ、ああ。せっかくだし。……今日はマコちゃんは一緒じゃないんだ」

 その一言はかなり、余計だった。矢張の奴、目をうるうるさせていきなり語り始める。

「聞いてくれよナルホドー! オレ、あの子と結婚する気だったんだ! それなのにあのヒゲコートの野郎が余計な口出ししやがってよ! 刑事の癖にあることないこと、マコちゃんに吹き込みやがって……」
「で、振られたわけだ」
「まだ振られてねえ!」

 あんまりうるさいので、適当にあしらって逃げてきた。
4月28日(日)

 ゴドーさんの夢を見た。

 思い切って電話を掛けてみたけれど、圏外で繋がらない。

 丸一日、ずっと圏外だった。病院に行ってるのかも知れない。
4月27日(土)

 昨日のことばかり考える。

 どうして、ゴドーさんはあんなに真剣な顔で、でも、何も言わないんだろう。

 ゴドーさんはいつでも、多くを語らない。理解不能な数々のたとえ話は、本音を隠す巧妙な処世術。
4月26日(金)

「なぁ、まるほどう」
「はい?」
 相変わらず事務所は暇で、僕たちは何をするでもなくぼんやりとしていた。

「その指輪、気に入ってるのかい?」
「え、あ、……………………」
 ずっとはめている。
 左手の人差し指に、シルバーリング。
 ……気に入ってるのかな。自分でも意識していなかった。

 ポケットに入れておくと、ごりごりして邪魔だから。
 机の上に置いておくと、転がりそうで邪魔だから。
 うちのタンスにしまっておくと………………。

 ずっと気になっちゃって、やっぱり困るから。

「気に入ってるんですかね」
 自分のことなのに、他人事みたいに笑う。ゴドーさんも一緒に笑うかと思ったら、意外なことに、コーヒーカップを持ったまままじめな顔で黙ってしまった。
「あ、その、別にゴドーさんの真似してるわけじゃなくて……嫌だったらやめますから……」

 そう言って何も考えずに指輪を外そうとしたら、突然、手をつかまれた。

「まるほどう…………」

 外を走る車の音が、やけに大きく聞こえた。
4月25日(木)

 真宵ちゃんから、電話があった。

「なるほどくん……私……倉院の里、追放になっちゃった……えへへ……」
「な……追放って、ど、どういうことだい真宵ちゃん!?」

 さすがの真宵ちゃんも泣き出しそうな声で、それでも気丈に話してくれた。

 これまで何度も容疑者として世間に姿を出し、さらには霊媒に失敗してとんでもない悪霊を降ろしてしまった。そのことが、倉院の里の者として相応しくないと判断されたらしい。詳しく話を聞くことはできなかったけど、どうやら2月に綾里舞子さんが亡くなってからこのかた、倉院では、次の家元を誰にするかで相当もめていたらしい。
 そして血筋では正当な家元の後継者であるはずの真宵ちゃんは、数々の「不祥事」を理由に、その座を追われるのだという。それどころか、倉院からも追放されてしまうなんて……。

「こっちでもうちょっとやることがあるけど……そんなわけだからさ……」
「真宵ちゃん……」
 僕の顔色を見て、ゴドーさんもただ事じゃないと判ったようだ。顔色を変えて僕の電話を聞いている。

「真宵ちゃん、僕はいつでも待ってるよ。成歩堂法律事務所の副所長席が空いてるからね」
「そうだぜ、コネコちゃん。アンタがミルクを飲むためのカップは、ここにあるんだ。……帰ってきな」
 僕が持っている電話の送話口にゴドーさんが顔を近づけて、優しくささやく。

 電話の向こうで、涙をこぼした真宵ちゃんがうなずくのが見えた気がした。
4月24日(水)

 里に呼ばれて、真宵ちゃんが2、3日帰るという。

「暇だなぁ、まるほどう」
「暇ですね、神乃木・ゴドー・荘龍さん」
「そういやアンタはオレのことをいつもゴドーの名で呼ぶんだな」
「最初からそうだったから……かな。僕にとってアナタはずっとゴドーさんだし。……いやですか?」
「前にも言ったろう? オレはどんな名前で呼ばれても、オレ、だぜ」

「でも僕はまるほどうじゃなくて、成歩堂ですが」
「アンタはどんな名前で呼ばれても、アンタ、ってことさ」

 「俺ルール」を他人にも適用するのは、僕のルールに反します。ゴドーさん。
4月23日(火)

「こんなコトしてたら、不良になっちゃうッスよ!」
「こんなこと、って何スか! 職業に貴賎なしッス!」
「そ、そうは言うッスが……うむむむむ……」

 ランチを食べに僕と真宵ちゃん、ゴドーさんの3人で外に出たら、道端で大騒ぎしてる一群があった。
「なになに? また仮面マスクでも出たのかなぁ?」
「昼真っから大騒ぎか? パーティなら俺も混ぜてくれよ」

 人垣の後ろから覗いたら、イトノコ刑事とマコちゃんが大騒ぎでやり合ってた。矢張の奴もそばにいる。まだ路上のアクセサリー売り、続けてたんだな。

「てゆーかアレよな。刑事さんが口を挟むことじゃないって」
「やっぱりくんも有罪ッス! マコくんをたぶらかしたッス!」
「やっぱりさんは立派な人ッスよ! そんなこと言うイトノコセンパイ、だいっ嫌いッス!!!」

 すさまじい形相でショックを受けるイトノコさんを置いて、僕たちは何事もなかったかのようにその場を後にした。
4月22日(月)

 今日はゴドーさんは病院。

「ゴドーさんって別に声大きいわけじゃないし、いっつもうるさいわけじゃないのに、いないとこんなに『いなーーーいっ』ってカンジがするねぇ。なんでだろう? なるほどくんなんか、いてもいなくてもたいして変わんないのに」
「ひどいな」
「やっぱり体が大きいからかなぁ」
「てゆうか、ゴドーさんってよくしゃべってると思うけどなぁ」

 存在感のある人だ、っていうのは確かだ。

「あ、なるほどくん。まだつけてたんだペアリング〜?」
 あれからずっとつけてるシルバーリングに目をつけられた。
「や……矢張の奴がせっかく作ったんだし、誰ももらいたがらないから、なんとなく……ね」
「なるほどくん……」
 真宵ちゃんがちょっと不審な目だ。う、別に他意はないんだけど……。


「死なないでね」

「は?」

「やっぱりさんが作ったものは、死を招くよ」

……シャレにならない。
4月21日(日)

 昨日のこと。結局夕方くらいから酒盛りになって、酔っ払って。

「夢見、悪いんですか。それとも体の調子が悪いんですか?」
 何気なく聞いたつもりが……ほんとはけっこう本気で心配だったんだけど……絡まれてしまった。

「俺の闇、見ちゃったな? まるほどう。責任取ってもらうぜ」
「何々? なるほどくんがゴドーさんのを見ちゃって責任問題?」
「なるほどくん! なにをなさったのです!?」
「何もなさってないよ!」

 でも、ふと黙ったゴドーさんの顔が本当に寂しそうで、孤独だったから。このままひとりで、ひとりのマンションに帰るんだなって思ったら、何だかいたたまれなくなってしまった。
(そんなの言い訳だって分かってる。ひとりなのは、僕も、真宵ちゃんも、はみちゃんですらみんな同じだ。)

 だから夕べは見送るままにゴドーさんのマンションへ行って、コーヒーをご馳走になって。

 そのまま泊まって。

 もちろん何もなかったけど! そりゃそうだ。一回おかしなことがあったからって、もうあんなこと、あるわけない。僕はただ、ゴドーさんという人が放って置けないような気がするだけなんだ。

 今日はゴドーさんの部屋で一緒に映画のビデオを観たりして過ごした。
4月20日(土)

 夕べ事務所で騒いで、そのままみんなで寝ちゃって……。久しぶりに飲みすぎた。二日酔いなんて何ヶ月ぶり……何年ぶり?かな。

 起きたら真宵ちゃんとはみちゃんがもう起きてて、僕はいきなり花束をつきつけられたのだった。

「お誕生日、おっめでとー! なるほどくんっ!」
「おめでとうございます、なるほどくん!」
「なるほどくんの誕生日、昨日だったけど!」
「ええっそうなのですか真宵様?」
「や、その、昨日言うつもりだったんだけど……騒いでてすっかり忘れちゃって……あはは」

 そんな僕でさえ忘れてたことを、よく覚えていてくれたものだ。驚いて、それから嬉しかった。

「さて、真宵ちゃんパーティに引き続き、なるほどくん魅惑の27歳パーティに突入だよ」
「連チャン……?(もう飲めないぞ)」
「お酒もケーキもありますよ。頑張ってください、なるほどくんっ」
「(ううう……断れないよ。でも二日酔いにお酒と……ケーキ……つ、つらいな)」

 結局休日とはいえ朝からお酒は……ということで、ゴドーさんの取って置きのブレンドコーヒーとケーキで、お三時ならぬお十時にした。

 そういえば朝方、ゴドーさんがうなされてたけど大丈夫だったかな。いつも平気そうにしてるけど、やっぱり夜とか、眠れなかったりすることもあるんだろうか。


ゴドーさんの夢を見てみる→→→→→
 ※シリアスSS(健全)
4月19日(金)

「ざっつえんたーていんめんとーっ!」
 真宵ちゃんがなにやらハイテンションで帰ってきて、大声で叫んだ。
「これから大・宴・会! 真宵ちゃんのお引越しパーティだよ!」
「ぱーてぃなのですよー」
 昼頃からこっちに来ていた春美ちゃんと一緒に、なにやら紙で作った飾りだのパーティグッズだのを山ほど抱えて事務所に来た。そうか、春美ちゃんはこのために真宵ちゃんに呼ばれてきてたのか。

「クッ、元気なお嬢ちゃんだぜ」
「ゴドー神乃木さんは、コーヒーリキュールって知ってる? パーティだから神乃木さんもお酒、飲もうよ!」
「カワイコちゃんの勧めるものは断らねえ。そいつが俺のルール、だぜ」
「なるほどくんも飲もー!」
「飲みましょう、なるほどくん!」
 ……ホント、元気だなぁ。

 定時を過ぎてから食料と飲み物を買い出しに行って、事務所で「真宵ちゃんお引越しパーティ」をやった。何だかんだでかなり飲んで、みんなそのまま事務所に泊まって……。まるで大学生のコンパみたいだなぁ。
4月18日(木)

 真宵ちゃんの借りるウィークリーマンションが見つかった。以前と同じところが空いたのだという。
「隣の仲良しだった子、いなくなってたよ……」
「まあ、そうだろうね」
「時は流れ、人は代わる。コーヒーだってそうさ。同じカップを使ってたって、同じコーヒーは二度と飲めねえ」
「くうぅ〜〜〜〜〜! しびれるねえゴドーさんっ!」
「…………いつもながら意味が分かるようで分からないです」

「まるほどう、そいつはどうした?」
「あ」
 昨日真宵ちゃんが冗談で僕にはめさせたシルバーリングを、デスクの上に置いたままにしていた。
「ああ、そうだ。ゴドーさんこれいりませんか?」
「クッ……エンゲージリングってわけかい」
「い、いやいやいや! 違いますよ。何でそうなるんですか」
「でも、こうしたら……」

 ゴドーさんはそれを僕の左手の人差し指にはめた。

「ペアリング、だぜ」

 ……なんでみんな同じことするんだ?
4月17日(水)

 スーツのポケットに何かが入っているのに気づいて、出してみたらシルバーリングだった。そういえば、矢張とマコちゃんから買ってそのまま忘れてたんだった。

 どうしようかと考えていたら真宵ちゃんに見つかった。
「あっ、なにそれ? なるほどくんが指輪なんて珍しいねー」
「いるかい、真宵ちゃん? ひょっとしたら不幸になるかもしれないけど」
 ……作ったやつのことを考えると、その冗談も冗談ではすまなくなるかもしれない。

「えー、そんなのヤだよ! それにコレ、あたしには大きすぎるし。……そうだ!」
 そういって真宵ちゃんは僕の左手の人差し指にそれをはめた。

「神乃木・ゴドー・荘龍のコスプレ!」
「……指輪だけじゃコスプレとは言わないんじゃないかな。これじゃまるで……」
「……まるで?」

 まるでペアリングだよ、とは言えなかった。
4月16日(火)

 真宵ちゃんがいてくれると、本当に事務所が明るくなるなぁ。
「なるほどくん! アタシがいない間におせんべがしけってるよ!」
 ……なんて、つまらない会話が自分の空白を埋めてくれる。

 あんな騒動があったにもかかわらずこんなところにいていいのかな、と思ったんだけど、逆に倉院の里から、真宵ちゃんを預かっていて欲しいと頼まれた。
「霊力の薄いところにいたほうが、霊の影響を受けにくくなります。何より真宵様自身がそれを望んでいることですし」
 もちろん僕は引き受けた。

 そして勝手な話だけど、今度はゴドーさんとじっくり話す機会がなくなったことに、ちょっと困っている。夢じゃないと分かったから、僕とゴドーさんのことについて話し合う覚悟を決めたのに。

 ……本当かなぁ。
4月15日(月)

 今日1日くらいは休もうと思ったんだけど、真宵ちゃんに叱られたのでとにかく事務所だけは開けた。
「ただでさえお客さんが来ないんだから、お休みしちゃだめだよなるほどくん!」
「クッ……ちげえねぇ。休もうが開けようが、どのみち開店休業だしな」
 まあ、いいか。

 真宵ちゃんは夕べ、ゴドーさんのマンションに泊まった。僕のところよりは広いし、部屋も余ってる。

「まさか神乃木さんのおうちにお泊りする日が来るとはねー。長生きはするもんだ」
「女は泊めないのがルールなんだが、お嬢ちゃんならかまわねえ」
「……それって真宵ちゃんが女じゃないってことですか?」

「真宵ぱんち!」
 ……痛い。
4月14日(日)

 ただいま。




成歩堂4月13日の記録→→→→→
注意:ゴドー×成歩堂(やおいあり)です
4月12日(金)

 奥の院への道は、仮補修のまま放置されていたおぼろ橋を渡っていくしかない。あの時……燃え尽きた橋よりはましだったけど、それでも渡れたのが奇跡みたいな気がした。いったい何度ここを渡る羽目になるんだろう。
 もう4月だというのに、この陸の孤島はまだ寒ささえ感じる。標高のせいだろうか。それとも、やはりある種の霊気が立ち込めるせいなのだろうか。

 毘忌尼さんから借りてきた奥の院の鍵は、必要なかった。
 人が訪れるはずのないその院の扉は、不吉な予感を掻き立てるように半分開いて、風にあおられていた。
 
 そして、僕らは見たのだ。

「まるほどう……ありゃあ……」
「……まさか」

 まるで忌まわしい記憶を再現するかのような光景だった。

 修験洞の入り口を阻む格子戸はがっちりと閉じ、その入り口は無数のからくり錠で閉ざされていた……。
4月11日(木)

 夢を見た。

 真宵ちゃんが泣いている。千尋さんが、叱るような目で僕を見ている。
 暗い洞窟の向こうで、2人が僕を待っている。

「そうか! あそこだ!」
 飛び起きたら、そこは明け方の僕の事務所だった。僕は傍らのソファで仮眠していたゴドーさんをたたき起こした。
「……っ!? どうした、まるほど……」
「何で気づかなかったんだ。葉桜院の奥の院! まだ探してないでしょう!?」
「……しかし、あそこはあの事件以来、立ち入り禁止になってるぜ。おんぼろ橋だって、警察が仮補修したっきりのオンボロだ」
「でも、渡れるでしょう?」
「……物理的には、不可能じゃねえ」

 真宵ちゃんは……ちなみは……あそこにいるはずだ!
4月10日(水)

 あれから1週間以上が過ぎている。そしてまだ、真宵ちゃんは見つからない。

 もう、だめなのかもしれない。

 でも、事務所を開けることはしない。どうせ客なんて来ないんだ。真宵ちゃんが見つかるまで、僕だって全力で彼女を探したい。ゴドーさんは何も言わず、僕のやることに力を貸してくれている。

「ゴドーさん……僕、どうしたらいいんでしょうか。真宵ちゃんなら……事務所を放り出して無駄足を踏む僕を、叱るでしょうか……?」
「さあな、それはお嬢ちゃんが見つかったら、聞いてみるんだな。今はアンタがいいと思うことをやる以外、道はねえぜ?」

 昔は、1人で何でもできた。誰かのために何でもできると思っていた。
 今は、1人では何もできない。誰かのためでも、うまくいかない。
4月9日(火)

「ナルホドー! マヨイちゃん、見つかったか?」
「矢張……いや、まだなんだ」
「そっか……大変だな」
 今日はひょうたん公園で店を広げていた矢張に会った。真宵ちゃんのことは聞いているらしい。奴にしては珍しく深刻な顔をしてくれた。

「こんなこと言っちゃ何だけどよ、マヨイちゃんは今まで何度も被告人になったり、プロの殺し屋に誘拐されたり、大変なことばっかりだったじゃん。今度だって、絶対戻ってくるって!」

 親指を立ててみせる矢張のコトバがこんなに心強かったのは、あの学級裁判以来だった。僕はたくさんの人に支えられている。それでも……たくさんの人を守れない。
4月8日(月)

「食べるんだ。こいつは3日でケリがつくいつもの裁判とは訳が違う。お嬢ちゃんが見つかるまで、食うもの食って力をつけとくんだな」
 ゴドーさんが半ばつきつけるようにして手渡したそのベーグルサンドは、まるで砂のような味がした。
4月7日(日)

 「ちなみ」はきっと、真宵ちゃんを傷つける。こうしている間にも、真宵ちゃんは……。

 手遅れかもしれない、という予感を全力で振り払う。今の僕がすべきことは、最善を尽くすこと、それから、信じることだけだ。
4月6日(土)

 真宵ちゃんはまだ見つからない。

「俺たちは最低のクズ野郎だな、まるほどうよ」
「そうですね、本当です」

 4日前に倉院の里から、突然電話があった。春美ちゃんだった。
「真宵様が大変なのです!」
 それは、今まで聞いたどんな「大変」よりも大変な事件だった。

 真宵ちゃんが霊媒に失敗し、よりによって「ちなみ」の霊を降ろしてしまったという。僕とゴドーさんはものすごい勢いで倉院に飛んで行ったが、真宵ちゃんはどこにもいなかった。

 そして昨日、ようやく見つけたちなみを、取り逃がしてしまったんだ。真宵ちゃんの体ごと……。

 僕たちは警察の力を借りながら、真宵ちゃんを探している。
4月4日(木)

 あそこまで追い詰めておきながら、僕たちは最低だ。
4月3日(水)

 糸鋸さんに力を貸してもらって捜索を続けているが、未だなんの情報もない。

 心配だ。
4月1日(月)

 仕事帰りに町へ寄ったら、驚くべきものを発見してしまった。
「な、なにやってんだお前、こんなとこで」
「いよう、なるほどう! ひさしぶりだなぁ」
「お久しぶりッス! なるほどさん!」
 ……道端にアクセサリーの台を広げていたのは、矢張と須々木マコちゃんだった。
 よく外人なんかがシルバーアクセを売ってるのは見たことがあるけど、まさかそれを矢張がやっているなんて。というか、なぜマコちゃんがいるんだ??

「スズキの第3の人生は、アクセサリー屋さんッス! みんなに輝きと喜びを分けるッスよ!」
「いやぁマコちゃん、かわいいよなぁ。ホント」
「……おい、いったい何があったんだ?」
 なんだか聞いてはいけないことを聞いているような気がする。矢張がニヤケたエガオを満開にさせて、嬉しそうに語ってくれた。

「ほら、エリス先生が死んじゃったからさ。俺、先生を失ってどうしていいか迷っちまったんだ。先生の遺志を継げるのは俺だけだろ? でも俺、やっぱり絵本なんて描けないし」
「……だろうな」
「でも1度目指した以上、絵描きはやめたくねーし。しょうがないんで路上で似顔絵、描いてたわけよ」
「それでたまたま通りがかって、スズキも描いてもらったッス! あんまり上手なんでびっくりしたッスよ」
 ……そんなにうまいか? 矢張の似顔絵……?

「ま、それがキッカケでマコちゃんと仲良くなってよ。似顔絵のほかにアクセサリーなんかも作ってみたわけ。ほら、俺、根っからのゲージュツカだからさ」
「まあ、手先は器用だったよな、お前」
 いろいろな事件の「犯人」となった、考える人の時計もコイツの手作りだったよな、そういえば。一般人と相容れない思考回路とか、目先の感情だけで生きている無計画な性格とか、確かにコイツは芸術家肌と言えなくもないかもしれない。

「やっぱりくんの腕は確かッス! スズキ、この人の才能を世に出すために、先月からこうしてお手伝いをしてるッス! なるほどさんもひとつどうッスか?」
 マコちゃんが勧めるので、1番シンプルなシルバーリングをひとつ買った。アクセサリーなんてつけたこともないけど……どうしよう。