こんな、夢を見た。


































 また、人が死んだ。

















「アンタのせいだ」


「誰のせいだって?」


「アンタのせいだ、と言ってるんだ。何人見殺しにすれば気が済むんだい? なあ、まるほどうよ……」

















 暗い。


 俺の醜いゴーグルはどこだ。
 真っ赤な世界の中で輪郭しか見えない、それでも俺に残された数少ない財産……「視覚」だ。











「誰のせいだって?」







 暗闇の中に、不敵な笑みが浮かび上がる。自信に満ちた笑み。



 逆転を手にしたときの、アンタのお得意の表情が、闇に浮かぶ。
















「誰のせいだって? ゴドー検事?」























「アンタのせいだ。アンタはまた、守れなかった」





 言ってもわからねえのか。俺はイライラする。







「アンタが守れなかったんだ。綾里 真宵、をな」








「真宵ちゃん、ね」





 まるほどうの真っ青なスーツが見えた。悪びれもせず、背筋を伸ばして立っているのが気にいらねえ。





 どうしてこいつはいつも、こうなんだ。





 テメエがなにをしたか、わかってるのか。










「守れなかったんだって。ゴドー検事が言ってるよ」





























「それは、わたしのことだね」





















 青いスーツの後ろから、結い上げた髪が覗いた。暗闇の中でもそのきれいな黒髪が流れるのが見えた。





「綾里真宵……アンタ、生きてたのか?」





 真宵は肩をすくめて笑った。無邪気な笑顔が姉にそっくりだった。




「生きてた? 何言ってるの。ゴドー検事、知ってるじゃない。





















 私が、死んだこと」






「………………っ!!」





 まるほどうも、嘲笑う。













「そうだよ、守れなかったんだ。真宵ちゃんは死んだ。……それはアナタが1番良く知ってるんでしょう、ゴドー検事?」












 言われて、思い出す。






 ああ、そうだ。





 真宵は死んだ。俺は知ってたはずなのに。





「アンタが守れなかったんだ。まるほどう!」





「まあ、僕には確かに守れなかった」





 あっさりと認めて、それでも唇には嘲笑。





 ああ、アンタのいつもの顔だ。





 そうやって、流れを逆転させるんだろう。













「あの時、真宵ちゃんのそばに、僕はいなかったからね」

























 あの時。





 ちなみが凶器を手にして、真宵を追い詰めた中庭。






「そこに、僕はいなかった」











 そこに、いたのは。































「そこにいたのは、あなたでしょ」
















「ねえ、ゴドー検事」






















 そうだ。






 あの時、お嬢ちゃんのそばにいたのは。





 お嬢ちゃんを守れたのは。














 ただ1人。







 計画を知っていたのも。





 ちなみの腕力をねじ伏せられるのも。





 的確な状況判断のできる、人並みの経験と思考回路も。



























「ねえ、ゴドー検事。あなたがそばにいたのにね」










「そばにいたのに、どうして守れなかったんですか?」













 綾里真宵。





 気絶した彼女の体を修験堂に置いて、中庭でひと仕事。





 そして戻ってきたとき、アンタは忽然と消えていた。





 洞窟の入り口に、からくり錠をかけて。


















「暗くて、寒かったんだ。そりゃ、いくら私でもあんなところじゃ死んじゃうよ」



































「ええ、ええ、そうですとも」













 少女がうなずく。真宵の後ろから小さな小さな頭を覗かせて、子供らしくはしゃいでいる。





「いくら真宵様でも、あの寒さには勝てませんわ」





「そうだよね。あんなに寒かったんだもん。はみちゃんだって無理だよ」





「そうですよね。仕方がありませんとも」





































「あんなに寒かったんだもん。はみちゃんだって、死んじゃってもしょうがないよね」


























 ああ、そうだ。














 俺はそのことだって知っていたはずなのだ。

















 綾里春美。






 幼い少女が陸の孤島に閉じ込められているのを、俺は知っていた。






 薄着の小さな子供が、離れでうたた寝を始めたのも知っていた。






 橋が燃え尽きて、当分対岸へは渡れないことも知っていた。











 何もかも知っていて。




































「春美ちゃんを凍死させたね」






 まるほどうが、にやりと笑う。








 こいつは、こんな笑い方をするんだろうか。













「守れなかったのは、誰のせいだって?」


















 まるほどうが、白い歯を見せて嘲笑う。

















「真宵ちゃんのお母さんを殺したのは、誰だっけ?」






















 真宵に襲いかかろうとする「ちなみ」の




 無防備な背後から刀を突き立てたのは




 「ちなみ」の肉体が誰のものだったのか、知っていたはずなのに。



































「守れなかったのは、誰なのでしょう」


























 エリスが……舞子が微笑む。





























「ずっと寝てたのね、神乃木先輩」




























 チヒロが、笑う。




































「本名も、弁護士って誇りも捨てて、アンタに何が残ったんだい? なあ、検事さんよォ……」




































 死んだ男があざ笑う。




































 そして、まるほどうも。


























「守れませんでしたね、ゴドー検事。














 吾童川の急流に飲み込まれて



































































 とうとう溺れて死んだ、僕のことも」
































































 目が覚めても、世界はいつも暗い。
 何も見えない。俺の朝はもう永遠に暗闇に閉ざされている。

 だから、俺はいつでも自分が、目覚めたのか夢の中にいるのか、判然としない。

 でも、その朝は違った。






「ゴドーさん、ゴドーさん!? 大丈夫ですか?」
「う……………………ま、るほどう?」
「ねえ、大丈夫ですよ。もう目が覚めてますから。夢は終わったんですよ」

 温かい腕が、しっかりと俺の体を抱えていた。俺が壊れてしまわないようにと、両手でしっかり抱きしめている。

「ああ、まるほどう……そこにいるのか」
「ええ、ここにいます。ほら、僕ですよゴドーさん」

「わかるぜ……」

 夢なんかより確かな、幻よりも真実の、体温が伝わってくる。

 俺に残された数少ない財産……「触覚」が、それを感じている。


「すごいうなされてましたよ。あのまま死んじゃうかと思った」

 とぼけたまるほどうの声が、見えない目の向こうから聞こえてくる。俺は何気なくつぶやいた。

「死か……俺にはそのほうがいいのかもな」



 結局、守れなかった。誰よりもそばにいて、守ることができなかった。夢うつつの頭で、ぼんやりとそれだけを考える。

 守れなかった。

 守れなかった……。



「何言ってるんですか、ゴドーさんっ!」

 突然耳元で大声を出されて、俺は息を呑んだ。

「まるほど……?」

「ゴドーさんがいてくれたから、真宵ちゃんは生きてるんですよ。僕だってさんざん助けてもらったし、悪い人にはなつかないはみちゃんだってあんなになついてる。みんな、ゴドーさんが好きだし、生きててほしいって思うし!」

 肩を強くつかむ力で、奴がどんなに真剣な顔をしているかがよく分かる。それを嬉しいと思うのは、俺のようなくだらねえ男には身に余るだろうか?

 俺は苦笑する。

「わかった、言いすぎだ。悪い夢を見てたんだ」

「……夢は、夢ですよ。現実じゃない」

「ああ、ありがとよ……」


 見えない顔を、そこにいるはずのまるほどうに向ける。

「はい、ゴドーさん」

 ずっしりとした重みが顔に乗り、それがしっくりとなじんで、俺はようやくゴーグルを着けられたことを知る。






「おはようございます、ゴドーさん」



「ああ、おはようさん、だぜ」

















 その朝俺が最初に見たものは、無敵な弁護士の無敵に穏やかな笑顔だった。


















 俺はまったく知らなかったが、

 その日は、まるほどうの誕生日だったそうだ。

 誕生日。奴がこの世に生まれた記念。









 心から祝ってやるぜ、まるほどう。


















<END>





久しぶりに3ー5をやり直してみたんですが、ゴドーさんの言い草と表情があんまりワガママだったんで、転げまわってしまいました。どこまでワガママなんだこの男は……! チヒロの死を逆恨みするだけならまだしも、自分の決着のために真宵を危険な目にあわせて、寒さに震えるはみちゃんを見殺し(死んでないけど)にし、真宵ちゃんのお母さんは殺すわ殺人現場の偽装工作は失敗するわ……。かっこつかねえぜ。いや、そんなところも大好きなんですが。
言い訳すると、逆裁だからこそかっこよく成り立つキャラですよね。あの何でもありな世界観でなかったら、ゴドーの行為や心理はあまりにもカッコつかない。タクシューの筆でこそそれなりにハードボイルドらしいキャラになるんじゃないかと思います。逆転の発想で言えば、ゴドーさんってカッコついてると思います。真宵ちゃんが強くて、春美ちゃんも強くて、まるほどうは案外細かいことを気にしない性格で、日本の司法は穴だらけだし、検事局はコーヒーが大流行だし……。そういう世界観の中でなら、ゴドーがしたことは立派にひとりの男としての生き様になるんじゃないかな。

ま、なんか書いてみたかっただけなので。これでゴドーを嫌いになる人がいたらすごく嫌だなぁと思って書きました。お、お願い。ゴドーさんを嫌いにならないで……むしろこのギリギリな存在を愛してほしいです。

ああ、あとひとつ補足。ゴドーさんが自分の視界を「真っ赤な世界の中で輪郭しか見えない」と言ってますが、あれは私のマイ設定です。いうなれば俺ルール。だって赤い光を放つゴーグルで見る世界でしょ、きっと真っ赤なんだ。だから「白地に赤」が見えない。ほら、受験のときにそういうの使ったでしょう? 赤いペンで問題の答えを書いて、赤い下敷き乗せると文字が消えて見える奴。ああいう原理なのかなと思ってます。   By明日狩り  2004/4/15