成歩堂日記 12月

12月31日(火)

 一年間、本当にいろいろなことがあったと。
 思う。

 ゴドーさんの「真実」を知って。
 手を差し伸べた。
 一緒に過ごして、寄り添って、生きて、そうしていつか。
 なくてはならない人になっていた。

 眠りについたゴドーさんの。

 傍に、僕は今夜もいる。


→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→病院へ
12月30日(月)

 病院で。
 特別治療室のガラスに張り付いていたら、看護婦さんが中に入れてくれた。

 ゴドーさんの傍にいて、寝顔をじっと見ている。
 …………その昔、千尋さんもこうして、神乃木さんのことを見守っていたんだろうか。

 千尋さんが生きている間に、神乃木さんが目覚めることはなかった。
 ゴドーさんは。
 僕が生きている間に目覚めてくれるんだろうか。
12月29日(日)

「神乃木さんの見舞いに行くのなら、今日は1人で行ってくれないか」
 朝ごはんにトーストを焼いてもらって、僕はそれにかじりついていた。御剣は紅茶を手に、僕にそう言う。
「……うん、ごめん。なんか居座っちゃってるし」
 1人になりたくなくて、ゴドーさんのいない部屋に帰りたくなくて、僕はあれからずっと御剣の部屋に泊まっていた。御剣も何も言わずに、当たり前のように僕を泊めてくれる。

「それは構わないのだが」
 御剣は柔らかい表情で首をかしげた。その表情が、何だかとても胸に迫る。
「……じゃあ、何かな」
「その…………」
 ふっ、と息を抜いて、御剣は紅茶の面を見つめた。

「昨日が、父の命日だったのだ」
「あ………………」

 DL6号事件。
 すっかり忘れていた。

「毎年、墓参りに行くのが習慣なのだが、昨日は行かなかったから」
「……………………うん」
 昨日は僕につきあって、ゴドーさんのお見舞いに行ってくれたんだ。

「御剣、今日は君のお父さんに会いに行こうよ。一緒に」
「しかし、君は…………」
「行こう」
 僕が笑って見せると、御剣は嬉しそうに薄く笑った。

「うム」

 だから今日はお墓参りになって、ゴドーさんには会いに行かなかった。
 明日はゴドーさんに会いに行こう。
12月28日(土)

 君に泣きついて、泣きはらして、とうとうそのまま僕は君の部屋へ上がりこんだ。
 君はどうしてそんなことをしたの。
 どうして僕を部屋へ呼んだの。

「これでも飲みたまえ」
 熱いココアが、僕の心を溶かすクスリ。
 体も、ココロも、あったまって。
 それから僕にくれたのは。

「男は、すべてを終えるまで泣いてはいけないのだそうだぞ…………成歩堂」

「!!?」
「……そう、言っていただろう」
 それで君は、ちょっと照れたように笑った。

 ああ、本当に。
 本当に。

 本当に僕は、君が好きだよ。



 今日は、御剣と一緒にゴドーさんのお見舞いに来た。
 特殊治療室に移されたゴドーさんをガラス越しにしか見られなかったけれど。
 少しは落ち着いていられたかな。

 早く目覚めて欲しい。ゴドーさん。ゴドーさん。ゴドーさん…………。
12月27日(金)

 事務所は今日で年内は終わりにする。引き受けてる仕事は特にないから、大掃除とか事務処理で終わった。
 ゴドーさんはあれきり、目覚めない。クスリで寝てるだけだから大丈夫だとお医者さんは言うけれど、二度と目覚めないんじゃないかという、リアルで漠然とした不安が止まらない。

「もう今年は終わりか」
 不意に、君が訪れる。
「うん。土日になるし、ちょうどいいかと思って」
「そうだな」
 それきり、沈黙。

「ねえ」
「何だろうか」
「どうして…………………………」
「…………………………何が、だろうか」
「…………ううん、何でもない」

 きっとただのはずみだったんだろうね。

 僕は入り口に突っ立ったままの御剣を見上げて、笑って見せた。きっとうまく笑えちゃいないけど。
「何でもないよ」

 クリスマスイブの夜。
 酔いどれの僕を、君は拾い上げてくれた。
 そういう君の首にしがみついて、冷たい頬にキスしても。
 君は。
 嫌な顔をしなかったから。
 だから、僕は。

 君の唇にキスをした。

 それでも君は怒らずに。
 僕を拾い上げて、君の部屋に入れてくれた。

 あったかいココアを入れてくれて。
 ヤケドしそうに熱いマグカップをぎゅっと握って、指が焼ける感覚が心地よかった。
 あの日の僕は、心まで、凍り付いていたんだろう。
 だから。
 あったかいココアと。
 あったかい君の唇と。

「不安なのだろう…………神乃木さんのことが」

 あったかい君の言葉が。


 気がつけば僕は、君にしがみついて泣いていたね。
12月25日(水)

「赤いコートなんて、サンタさんみたいだね、御剣」
「バカなことを言う。……君は酔っているようだ」
「うん。もうね、べろんべろんだよ」

 足腰の立たない僕に、君は仕方ないなと言う顔で手を差し伸べた。
 僕に積もった雪を優しく振り落としてくれて。

 ねえ、御剣。

 どうしてかな。

 どうして僕に優しくしてくれるのかな。

 ねえ、御剣。





 どうして君は、拒まなかったのかな。
12月24日(火)

 世間はクリスマスに浮かれて、僕は大切なものを失おうとしている。
 痛くて、痛くて、逃げる場所もなくて。
 得意でもないくせに、浴びるほどお酒を飲んだ。真っ赤なワインを、何本空けたか覚えていない。

 酔っ払って、立てなくなって、路上に転がって空を眺めていたら、真っ暗な空に白いものが舞っている。
 今日はホワイトクリスマスらしい。
 雪が僕に降りかかり、溶けて消え、そのうち積もりだした。
 このまま、雪に埋もれてしまえばいいと思う。

 道行く人はみんな幸せそうで、楽しそうで、僕みたいな酔っ払いにかまおうなんて思う人はいない。
 そうしてどれくらい倒れていたんだろう。

「…………雪が、積もっているぞ」

 声を掛けられて、頭を上げて見た。

 真っ赤なコートが見えた。

「御剣」

 そこには、御剣が立っていた。
12月23日(月)

 まだ、ゴドーさんの声を一度も聞いていない。
 ずっと眠ったきりのゴドーさん。それがおかしな状態なのか、正常なのか、怖くて先生に聞けない。

 狭い病室に一人でいると、いくらでも堕ちていけそうだった。

 一人でいたくもないけど、誰かに会いたくもない。

 ゴドーさん。僕を助けてください……。
12月22日(日)

 病院の、ゴドーさんの傍にずっといる。
 ゴドーさんはクスリでぐっすり眠ったまま、今は穏やかに寝息を立てている。

 このまま、消えちゃうのかな、なんて。
 百万回くらい、ココロの中で考えた。

 ずっと頭痛がしていた。気がつけば、眉間に硬くしわが寄っていた。
12月21日(土)

 あわただしかった。
 めまぐるしくて。

 ゴドーさんが、入院した。突然咳き込んで、コーヒーを吐いたのかと思ったら床が真っ赤だった。
「なんだ……こりゃあ……」
「ゴドーさ…………血ですよ!!」
「そうか……オレには、見えねえ…………」
 それからゴドーさんは、ゆっくりと僕の腕の中で崩れ落ちた。

 体が弱っているらしい。

 冬が越せるかどうか分からない、と医者に言われた。
12月16日(月)

 裁判所に行って資料室で調べ物をしていたら、御剣とばったり会った。
「ム、珍しいな」
「そうかな? でもこんなところで会うなんてね。……あ、そろそろお昼だな。一緒に食べない?」
「ああ、そうするか。……カフェテリアでいいだろうか?」
「うん、ここのオムライスがおいしいって聞いたんだけど、食べたことある?」
「そういうアレはあまり食べない。ステーキランチならあまりうまくない記憶があるが」
「……僕はそういうアレはあんまり食べないなぁ(お金がないから)」

 御剣とカフェテリアでランチ。結局、男二人でオムライスを頼むというちょっとファンシーな昼になってしまった。御剣はオムライスも優雅に食べるよなぁ。
12月15日(日)

 夏の暑い日は、外に出るのが億劫で家にいた。
 冬の寒い日は、家の中の温かさが気持ちよくて家にいる。

 ゴドーさんのコーヒーも、特に美味しい季節になった。熱いコーヒーに、、あったかい暖房に、ゴドーさんの隣の席。ちょっとでも寒いな、と思ったら少し傍に寄っていけばいい。

「アンタ、ロマンチストだな」
「そうかもしれないですね」
 冬はそういう季節なんですよ、ゴドーさん。
12月14日(土)

 年内にやらなきゃいけないことが結構あって、休日だけど事務所に行った。ゴドーさんも僕に付き合って一緒に来てくれる。まあ、いつものようにコーヒーを飲んで座っているだけなんだけど。

「古い書類とか、捨てちゃってもいいんですか?」
「捨てて困るのと、そうでもねえのと、捨てるときにきちんと処理を考えなきゃいけねえのと、しっかり分けるんだぜ」
「うう……すみません、アドバイスお願いします」
「クッ、困った所長さんだぜ」

 こうして話をしてくれるだけで、ゴドーさんはかけがえのない存在になる。僕はよく今まで生きてこれたよなあ。
12月12日(木)

 お、終わったー……。珍しく終わった。

「見せてもらったぞ、成歩堂」
「御剣! あ、ありがとう……でもまだまだ自慢できるような法廷じゃないね」
「クッ、アンタは一生素人かもしれねえな、この調子じゃ」
「うム。君らしい素人っぽい法廷だったぞ」

 ゴドーさんも御剣も、全然誉めてないよ……。

 今日は3人でご飯食べて帰った。
12月11日(水)

 審理の一日目。余裕だと思ってたのに……やっぱりピンチだ!! うあああ……。

「クッ、泣いてるひまはねえぜ、まるほどう。さっさと裏付け調査に行ってくるんだな」
「は、はいっ。頑張りますっ」
 明日のために!
12月9日(月)

 昼休み、久しぶりに矢張の店に行く。

「真宵ちゃん、どう頑張ってる?」
「あ、なるほどくんごめん! ちょっと手伝ってよ!」
「え、ええええっ!?」
 もうすぐクリスマス、ということで、評判の「幸運のシルバーアクセサリーの店」はいつも以上の大繁盛だ。それなのに店には真宵ちゃんとマコちゃんだけ。矢張の姿が見えない。

「真宵ちゃん、矢張の奴はどうしたんだよ?」
「ソーサクイヨクがわいたからって、新作を作ってるよ! クリスマス限定発売するんだって」
「そうッス! 熱い思いが必ず伝わる、そんなラブアイテムを作ってるらしいッス!」
「はぁ……ラブねえ……」

 店に詰め寄る女の子の熱気に負けて、やけに疲れてしまった。
12月7日(土)

 だんだん、寒くなってきてる。

 ゴドーさんなしじゃ寒くて眠れない。

「そばにいてくださいね」
「クッ……おアツい台詞、ヤケドしちゃうぜ」

 人の温度って、どうしてこんなに気持ちいいんだろう。気持ちよくて、すぐ眠くなる……。
12月5日(木)

 審理まで少しは時間がある。じっくり、とは言わないけれど、満足のいく準備くらいはできそうだ。

「どうした、成歩堂」
「あ、御剣。うん、仕事だよ
「君が仕事、というのはいつもイメージしにくいのだが。要するにはったりの準備のことだろう?」
「う……次はちゃんとやるさ」
「本当か?」
「やれるんじゃないかな…………多分」

 御剣は苦笑して、差しさわりのない範囲で資料を寄越してくれた。
12月4日(水)

 また仕事の依頼だ。いったいどうなってるんだ?
「クッ……ようやく弁護士さんにも信頼と実績が備わってきたんじゃねえか?」
「そうだといいんですけどね。うわ、もう行かないと」
「留守は任せな、まるほどう所長サン」

 ゴドーさんが不敵に笑って送り出してくれる。心強いよな。
12月2日(月)

「ずっるいなあ! この真宵ちゃんに黙って旅行に行くなんてさ!」
「おみやげあるから許してよ。急な話だったからさ」
「あ……コーヒー八つ橋おいしいよなるほどくん!」
「(すぐ機嫌が直ってくれるのは助かるよなぁ)」

 今日は一日、事務所のパソコンで旅行の写真を整理していた。ずいぶんたくさん撮ったなぁ……100枚以上あるぞ。
12月1日(日)

 短かったけど、たくさんのところへ行って、たくさんの物を見て、そしてゴドーさんとたくさん話をした。他愛のない話ばっかりだったけど、きっと何十年も後になって若かった日のことを思い出すことがあるとしたら、きっと今日のことを思い出すと思う。

「お、これで決まりだぜ」
「何かいいものありました?」
 さすがに土日じゃ短かったけど、また来ればいいや、と思う。で、おみやげを買って帰ることにした。
 ゴドーさんがにやり、と笑って僕につきつけたものは、八つ橋だった。
「八つ橋……定番ですね」
「クッ……オトコはただの定番じゃあきられちゃうぜ! よく見な、まるほどう」

 ……それはよく見たら「コーヒー八つ橋」でした。ど、どんな味だ!?