12月31日 特別治療室





「それじゃあ、なにかあったらすぐ呼ぶんだよぉー?」
「あ、はい…………すみません、ワガママ言って」
「いやいやぁ。ごゆっくりねぇー」

 主治医の先生はそう言うと、治療室を出て行った。
 後には、僕と、眠ったままのゴドーさんが残される。

 明かりを落とした部屋は薄暗く、常夜灯の青い光に照らされて氷の国のようになっている。
 それほど寒くはない。けれど、ここにじっとしていると、やけに寒く感じられる。

 青い部屋で、眠り続ける人のかたわら。
 まるで黄泉の入り口だ。

「いやいやいや!」
 僕は1人で声を上げた。バカなことを考えちゃ、ダメだ。


 大晦日の夜。普通なら病院に居座ることなんて許されないんだけど。
 どうしても、と頼み込んで、ゴドーさんの傍についていることを許してもらった。
「一緒に年越しするって、約束しましたよね」

 僕らの、二度目の冬。
 憎しみと戸惑いに苛まれ続けたあの冬とは違い、今年の冬はやけに暖かかった。ゴドーさんの傍にいて、ホットコーヒーを飲んで、一緒にオフロに入って、同じベッドで寝て。
 雪まで溶けそうな熱い熱い冬が、春まで夏まで秋まで、来年の冬までも続くと思って。

 こんなに、冷たいあなたの手を握ることになるなんて、思いもよらずに。



 1人になりたくなかった。
 けれどこのまま御剣のところに居座ることもできないと思った。
 『遠慮することはない』と言ってくれる僕の「親友」の優しさを、裏切りたくなかった。

 心が弱くなっているが自分でも分かる。だから、簡単に自分の心が転がっちゃうんだ。
 あのまま御剣の傍にいたら、僕はどうなっちゃうか分からない。
 今だってもう、こんなに思い出してるんだ。

 あの時、捨てたはずの気持ちを。
 なかったことにした、気持ちを。

「……………………ほんとに、どうかしてるよ」

 こんな僕に優しくすることがいかに危ういか、君は知っているのか。
 キスしても拒まなかった理由を、僕は怖くて聞けない。
 もしあと1歩、君が距離を許したら、どうなっちゃうか…………君は分かっているのか。



 頭の中がぐるぐる回る。


 暗い中、何もすることもなく、何もできず、
 ゴーグルを取ったゴドーさんはいつもこんな気分だったのかなって、
 ちょっとあなたに近づけたような錯覚に喜んだりして。

 ああ、もし今、ゴドーさんが本を読んでくれたら。
 僕は喜んで聞くだろうな。
 ゴドーさんの声で、どんな本でもいい。
 愛しい声で、空間を埋め続けて欲しい。
 あなたもそんな思いで、僕の本を聴いていてくれたんですか、ゴドーさん……?



 冷たい手を、握る。

「今夜だけ、傍にいさせてください」
 ダメモトで言ってみたら、許可が出た。
 予想外の嬉しさは、けれど、すぐに恐怖に変わった。

 例外で特別に出された、許可。

 それって。

 ゴドーさんに残された時間が本当に少ないから……………………?
















「ゴドーさん…………ゴドーさん…………」

 青い病室で。
 僕は1人。
 僕の中に堕ち込んでいく。
 ただ。
 あなたの名前だけ呼びながら。
 1人。

「ゴドーさん」

「ゴドーさん」

 あなたは目覚めない。

「ゴドーさん」

「ゴドーさん」

 冷たい手が。

「ゴドーさん」

 青白い顔
 青白い髪の色。


「ゴド…………」


 眉間が痛い。
 鼻の奥が痛い。


「ゴド……ぅ…………」

 胸が痛い。





『オトコが泣くのは、すべてを終えたときだけだぜ』



 僕は慌てて涙を拭う。

「ゴドーさん…………僕……」

 泣いちゃダメだ。
 泣いちゃダメだ。泣いちゃダメだ。

 泣いたら、きっと終わってしまう。

「こんなところで、終わらせてたまるか……」

 ぐっと歯を食いしばって、僕は。

 笑ってみた。



「ゴドーさん」

 白い髪を撫でて。

「ゴドーさん」

 ああ、荘厳だなと思う。

「ゴドーさん……早く」

 冷たい頬に触れる。
 閉じられたまぶたの上を、指でなでる。










「早く起きないと、僕がそっちへ迎えに行っちゃいますよ…………?」





























「そいつは………………やめとき…………な…………」



















「ゴドーさんッ!!!!!!!」



「こっち側に来るには………………早すぎるぜ………………オレも、アンタも…………な」



 うっすらと開けた目が、僕を映す。

 白く濁った目は、見えていないはずなのに。

 ちゃんと僕を見つめて。














「まるほどう」


「ゴドーさんっ!!」










 僕はゴドーさんに抱きついて。
 狂ったように名前を呼び続けた。






 お帰りなさい。

 ゴドーさん。
















<To be continued>











そんなわけで、年内にどうにかなりました。心配してくださった方々、ありがとうございました。
でも、ゴドーさんの容態はまだ依然予断を許さない状況です。ゴドーとまるほどう、御剣、真宵ちゃん、矢張にその他いろいろなBITTERMILK-cafe「成歩堂日記」のキャラを、来年も宜しくお願いします。
by 明日狩り 2004/12/31