5月の日記

(同日) 記録者:神乃木荘龍

 来客のある手前、ちひのことはぎりぎりまで隠しておいた。
「今は仕事中だからな。定時になるまで、ちょっとだけおとなしくしててくれよ」
「らじゃーです!」

 ちひをマグカップの影に隠して、仕事の波をやり過ごす。
 まったく上の空で、何も手につかねぇ。目の前で星影のジィサンやぼんくらセンパイが右往左往してるのを眺めながら、手癖でできる事務処理ばかりをやっていた。

 5時半。時計が古ぼけた音で定時を知らせる。客ももういない。
「ふぅ……」
 星影のジィサンが小さく息を吐いた。
 オレはおもむろに立ち上がり、2人の前に立ちはだかる。

「何だ、神乃木」
「どしたんぢゃね?」
 不審そうな顔をする2人に、オレはすっと右手を突きつけた。いつもならマグカップを突きつけるオレの手は、今日だけはそんなものは握っちゃいなかった。

「ちひです。べんごしになりたいのです。おせわになりますっ!」

 オレの手の上で、ちひはぺこりと頭を下げた。
5月24日(火) 記録者:神乃木荘龍

 神様、って奴は、どうやらこの世にいるらしい。


                                     
5月21日(土) 記録者:?????

 べんごしになるには、べんごしじむしょがいいのです。
 ちひはしっているのです。えっへん。
 だってそうなのです。あたりまえなのです。

 なので、べんごしじむしょに行きたいんだけど……。

「ちひ〜……」
 みあげたたてものは、なんか、ここじゃないきがする。まちがいなく、「べんごし」のひとがいるんだけど。
「まるほどう、のんきにしてていいのかい?」
「うわっ、もうこんなじかん!? いってきます!」
 あたまのとんがった人が、でてきました。ちひはこっそり、かくれて、みていました。あのひとは、べんごしです。

 ちひには、ちひの、べんごしじむしょがあるきがする。どっかに。
 どこだろう?
5月14日(土) 記録者:神乃木荘龍

 どっかで、ちひの声が聞こえた気がした。
「ちひっ」
「!!??」

 気のせいか?
5月11日(水) 記録者:?????

 とうとう、おうちをげっとしました!
 ずっとビニールぶくろだったので、おうちすごくいい!

 あたらしいおうちは、クッキーのまるいかんです。おちたので、ひろいました。
 えへへ、ふたもついてるから、すごくおうちっぽい〜v ちひひっ。
5月10日(火) 記録者:神乃木荘龍

 久しぶりに、「綾里千尋」の見舞いに行った。

「綾里さんなら、もう退院したよぉ?」

 何だって?

「どういうことだ!?」
「いやいやいや、どうもこうも、元気になったから退院したんだよ」
「だって……もう何年も寝たきりだったって……」
「それが突然、起きたんだから奇跡だよねぇー」
「奇跡……」

 奇跡って奴がこの世にあるのは知ってる。
 それが何で、このわずかな間に起きちまうんだ?

 綾里の名前がかかっていた病室には、早くも知らない別の誰かが入っている。

「それで、綾里……さんはどちらへ?」
「それが、実家に帰るとか言ってたけどねぇー? どこへ行ったとかはわかんないからねぇー」

 そりゃそうだ。

 うかうかしてるうちに、本当に完全に手がかりが消えうせちまった。何やってるんだ……オレは。
5月7日(土) 記録者:神乃木荘龍

 もうすぐ連休も終わりだ。
 とはいえ、ここんとこ手がけてた仕事に追われて、連休どころでもなかったんだが。

 何も変わらねぇ毎日。いいこった。
5月2日(月) 記録者:生倉雪夫

 何だか、毎日が虚しくてたまらない。
 私の生活、そして私の人生の中心でもあり支えでもあった活動……コレクションの数々……それらが今、一向に私を高揚させない。

 ただ、私の心を揺さぶるものは。

「ナマユキく〜ん、頼まれた奴、できてきたんだけどな」
「ああ…………ありがとう。受け取っておいていいかな」
「でも、ちひたんはまだ見つかってないんだよね?」
「ああ…………でも、どうだろう。いつか帰ってきてくれるだろうと思うよ」

 春物の小さな洋服。ちひ君が欲しがっていた、空色のスカート。
 それを渡す、君がいない。