イルーゾォのコミケ奮戦記

その2















 一方その頃、アジトでは。

「あっついなー。ねーねーギアッチョー、あついねぇ」
「うるせーな。黙ってろ。余計暑い」
「ホワルバ出してよーギアッチョぉー」
「一気に氷点下で瞬間凍結してブチ割れたいんなら、やってやるぜ」
「やーん」

 リビングのソファでうだうだと寝転がったまま、メローネとギアッチョがだるい会話を交わしている。
 メンバーが全員集合できる広めのリビングは、クーラーをかけてもすぐには効かない。設定温度を18度にして全開にしているものの、快適な温度になるにはまだしばらくかかりそうだ。

「あついよーつまんないよー」
「どっか行けよ、うっとうしい」
「つまらないのはスゴクよくないことだ! ギアッチョがオレと遊んでくれないこともスゴクよくないことだ!」
「あーそうかよ。もーどっか行けよ」

「そうだ、どっか行こう!」
 唐突に、メローネが叫んだ。トリッキーなメローネの気まぐれ発言にはギアッチョももう慣れっこで、平然とした顔でソファに寝転がったまま雑誌を手繰り寄せる。
「そうしろよ」
「チガウよ! オレとギアッチョでどっか行くの!」
「だが断る」
「コトワラナイ!」
「嫌だ暑い」
「どこにいても暑いなら、外に行ってもいい!」
「もっと暑い。溶ける。断る。行きたくねぇ」
「ううう、ギアッチョめぇ……」

 取りつく島のないギアッチョにギギギと歯ぎしりをしていたメローネだが、また唐突に何かを思いついてぱっと笑顔になった。
「そうだ、こみけ行こう!」
「はァ?」
 これにはギアッチョも不審そうに顔を上げる。
「こみけだよ! 今日確かイルーゾォが行ってるんだ!」
「あぁ、オタクの集会か」
「そうそうそう! 毎回イルたんがゾンビみたいになりながらマンガを描いているじゃないか! それを売ってるんだって。見に行こうよ!」
「えー……メンドクセェ……」

 ギアッチョは顔をしかめた。はっきりいってまったく興味がない。マンガも読まないし、アニメも見ない。イルーゾォが毎週楽しみにしているアニメはくだらないし、その時間は少し前からギアッチョが必ずヘキサゴンを見ている途中なので、チャンネルは絶対に譲らない。
 だいたいイルーゾォはそのアニメを自宅のハイスペックなレコーダーで録画してるというのに、なぜアジトででも見たがるのか。「リアルタイムで見るから意味があるんだよ!」と力説するイルーゾォの気持ちは、ギアッチョにはこれっぽっちも理解できないし、する気もなかった。

 そんなギアッチョだから、イルーゾォがアホみたいに必死になって取り組んでいるマンガの趣味にはこれっぽっちも興味がない。だがメローネはまだ見ぬ「こみけ」に興味津々だ。

「だりぃ」
「行こうよ! イルーゾォがどんなことしてるか見たくないのかい?」
「見たくねー」
「あーもう! もっと興味を持てよ! 興めよ!」
「行きたきゃ勝手に行けばいいじゃねーか」
「オレはギアッチョにも見せてあげたいんだよ! そんでギアッチョと一緒になってイルーゾォを冷やかしたいんだよ! あとギアッチョとお出かけしたいんだよ! あとギアッチョと離れたくないんだよ! あとギアッチョと……」

「あーっ! ウルセー! ただでさえ暑いのに人の名前連呼すんじゃねーよ! マジにイラつくぜ!」
「だってギアッチョが一緒に行かないって言うからいけないんじゃないか! 仲間の仕事に興味を持たないのはスゴクよくないことだ!」
「もーいいじゃねえかよ……」
 心底どうでもいいと思うのに、メローネはどうしてもギアッチョを連れていきたいらしい。

 そこへキッチンからペッシが出てきた。
「アイスコーヒーできたけど飲むかい? 何度作ってもうまくないって兄貴に叱られるから、練習してるんだけど……」
「ペッシ! よし君も一緒にこみけに行こう!」
「えええええ? オレも?」
 唐突に巻き込まれたペッシは目を白黒させている。そんなペッシからアイスコーヒーを奪い、一息に半分ほど飲み干して、メローネはグラスを宙に掲げた。

「冷たいもの持って、イルーゾォに差し入れしよう! そして冷たい目でマンガ見たり、冷やかしたりしよう! これはディ・モールト涼しくなるかもしれないぞ!」
「冷たい目で見るのは涼しいのには関係ないと思うけどなぁ」
 ペッシの冷静なツッコミも受け流して、メローネは意気揚々と出かける準備を始めた。
「さあ行くなら行こう! 早く行こう! ギアッチョとペッシ、さっさと支度して!」
「あーもう……メンドクセェのに……」
 文句を言いながらギアッチョがしぶしぶソファから起き上がる。ハイになったメローネに逆らうと余計めんどくさいことになった挙句、結局は付き合わされるハメになると分かっているのだ。
「あ、じゃあオレ、釣り道具置き場から小さいクーラーボックス持ってくるね」
 付き合いのいいペッシは素直にそう言ってリビングを出て行った。


* * * * * * * * * *



「…………ナニコレ」
 駅の外に出たメローネ、ギアッチョ、ペッシの三人は、すでにその時点で顔面蒼白だった。いや、すさまじい人いきれと気温のせいで、正確には蒼白ではなく真っ赤な顔をしている。

 まず人が多すぎて電車に乗れない。無理やり詰め込まれた電車に揺られ、その乗客のほぼ全員が同じ駅で下りる。すると駅のホームが見たこともないほど大勢の人間に埋め尽くされ、ホームから落下しないのが不思議なほど、文字通り人で「あふれて」いた。
 どうにかエスカレーターに乗ったかと思うと、まっすぐ改札に出られない。無意味とも思える遠回りのルートを延々ぐるぐると歩かされ、これは何の奴隷市場だと疑問に思った頃ようやく改札を出る許可が得られた。
 それで駅の外に出たと思ったら。

「あつい……」
「あついな………」
「あついって言うと余計あついよ……」
 外は灼熱地獄だった。かんかんと照りつける太陽。湿度と温度は最高潮にヒートアップし、その中をまるで渦のように人がぞろぞろと流れ巻き込まれていく。

「どどどどうしよぉ……」
 メローネが顔に笑みを貼りつかせたままブルブルと小刻みに震えている。遠隔操作のスタンドを持つメローネは、自分本体に直接害のある事態にすこぶる弱い。
「どうしようもこうしようもねェだろーが。オラ、とっとと行くぞ」
「ギアッチョ! い、行くってどこへ?」
「そこのコンビニ。差し入れ買ってくんだろ?」

 ギアッチョは駅に隣接しているコンビニを指さした。メローネは貼りついた笑顔のままぎくしゃくと答える。
「でででもさ! あれってコンビニに入るのにベリッシモ長い行列ができていないかい? そんなことってあるのか!?」
 メローネの言う通り、そのコンビニの入り口には謎の行列ができていた。コンビニ、というのは常に自動ドアが閉まっていて、誰かが通るたびにそれが開いたり閉じたりするものであって、決してドアが開きっぱなしのまま入場を待つ行列に並ばなければならないものではないはずだ。少なくともメローネの常識では、そうだった。
 ギアッチョが顔をしかめて舌打ちする。
「チエッ。仕方ねーだろーが。並んでるもんは並んでんだ。何か買いたいなら、あそこに並ばなきゃしょーがねーだろうが!」
「けどスゲーや。あれじゃまるで物資困窮のロシアみたいだ」
「くだらねーこと言ってねーで、行くぞ!」
 現場主義、体当たりタイプのギアッチョはひるむことなくコンビニの行列に突進していった。あまりにもすさまじい状況にギアッチョがまたイライラしてブチ切れるのではないかとペッシは内心ひやひやしていたが、案外おとなしく行列に並んでいる。どうやらこの状態は非常識ではあるものの、ギアッチョ的に「納得いかねーこと」ではないらしい。

「クソッ、なんでコンビニの店内が一方通行なんだっ!?」
「あ、あっちから回らないとドリンクの棚に行けない!」
「ペーッシ! 右だ! 右から回り込め!」
「ドリンク何がいいんだい!? 甘いのと甘くないのと……あんまり種類がない!」
「もう何でもいいよ!」
「た、大変だよ! ドリンクがどれもこれも冷えてない! ぬるいよ!」
「ちょ……そりゃあどういうこったぁ!? オレは全然納得いかねーぞ!」
「商品の回転が早すぎて、冷える暇がないんだ! どうやら在庫も冷蔵庫に入れずにバックヤードに置いてあるから冷えてない! もうこの店は全滅だよ! ギアッチョどうする!?」
「チッ、仕方ねぇ。ぬるいのでどうにかするしかねー! オイ、ペッシ! オメーはぬるいのでいいから適当に買ってこい! オレは菓子んとこ行ってフリスク取ってくる!」
「ギアッチョ、フリスクどうするの? 食べるの?」
「いいから黙ってろ! メローネ、オメーはそっちの棚から何でもいい新聞取ってこい!」
「分かった!」
「分かったよ!」

 ギアッチョをチームリーダーにした素晴らしい連携プレーが功を奏し、3人はどうにか目的のものを買ってコンビニ地獄を脱出することに成功した。
「はぁ……はぁ……あ、ありえない。これがコンビニエンスストアだなんてオレは認めない! イルーゾォ的に言うと許可しないィ!」
「ウルセーなぁ。オメーが行くって言い出したんじゃねぇか。それに「荷物が重くなるから、差し入れは地元駅より目的地の駅で買ったほうがいいよね」とかって判断したのもオメーだ。一度決めたら文句言わねーで最後まで貫きやがれってんだ!」
「うえぇー……ギアッチョ、ディ・モールト男らしいねぇ……。ますます惚れ直すよ」
「黙れ軟弱者。オラ、行くぞ」

「それでギアッチョ、オレたちどこへ行ったらいいのかなぁ?」
 ペッシはすっかりギアッチョをリーダーだと思って頼っている。ギアッチョも頼りにならないメローネと弟分気質のペッシを引き連れて、この突如陥った灼熱地獄からの脱出プロジェクトリーダーは自分だと覚悟を決めはじめていた。
「エート……右か左か、だな。とにかくどちらかの流れに乗っていけばいい。だがどっちだ? 「サークル」と「一般」? サークルって何だ? テニスサークルとか手芸サークルとかの、あのサークルか? それとも円ってことか?」
 聞き慣れない言葉にギアッチョが首をひねる。
「さぁ……。でもオレタチ、何のサークルにも入っていないし、まぁ「一般」とやらでいいんじゃないかなぁ?」
 メローネがそう言いながらさっそく「一般参加者はこちら」の流れに乗っていく。ギアッチョとペッシもその後ろについて行った。


 延々と、ただひたすら列は流れていく。
「あついよ……ディ・モールトあつい……」
「……誰だよ、外もアジトん中も変わらねーとかほざいた奴はよ」
「まさに炎天下、真っ只中だもんねぇ……」
 行列はほとんど止まることなく、延々と太陽の下を流れ続けていく。
「ていうかさ、いつになったらあの中に入れるの?」
 メローネが指さしたのは、奇妙な形をした大きな建物だ。前にテレビで見たとき、確かあれが「会場」だと言っていた。だが3人が巻き込まれた行列はまっすぐそちらのほうへは行かず、見当違いの方向へ流れていく。
「もしかして、これ、違う列なのかな? オレたち間違ってる? ちょっと聞いてみよう。あの、すいませーん」
 メローネは列を誘導しているスタッフらしき人物に声をかけた。『押さない、駆けない、夢をあきらめない』と書かれたハッピを着たお兄さんが「はい?」と振り向く。
「あのー、これって「こみけ」に入る列ですよね?」
「そうですよ。一般参加者の方ですか?」
「エート、一般か特殊かと言われたらおそらく一般じゃないかと思うんだけど……」
「サークル参加証はお持ちですか?」
「あ、そういうチケットを持っていないと入れないんですか?」
「いえ、持っていない方はこちらでいいんです」

 そうこうしている間にも列は少しずつ進んでいる。
「ギアッチョー、これでいいんだってさー」
 元の列に戻ってきたメローネが報告する。
「で、いつになったら中に入れるんだ?」
「あ、聞いてこなかった」
 メローネはまたもたもたと列を離れようとする。いかにも初心者らしい3人を見かねた後ろの人が、親切に声を掛けてきた。
「中へは、多分12時前くらいには入れると思いますよ」
「12時!? あと2時間以上あるじゃないか!」
「このまま待機場所まで行って、そこで座って待つんです。しばらくかかりますよ」
 後ろの人の顔には「嫌なら帰れ」と書いてある。その顔にカチンときたギアッチョがずいと前へ出た。
「おう、ご親切にどーも。とにかく延々と待たされるってワケだ」
「それがコミケですから」
 したり顔で言う男にブチ切れそうになるギアッチョだが、おろおろした表情のペッシを見ると「現場リーダー」としての自覚が芽生える。ぐっとこらえて一言「そうかよ」と言って引き下がった。

「うわーギアッチョえらいねぇ。絶対に暴走すると思ったよ!」
「ウルセェ」
 意外そうな顔ではしゃぐメローネに不機嫌な返事をして、ギアッチョは口をつぐんだ。
「けどほんっと暑いねぇ……どうにかならないのかな」
「なるわけねーだろ。帰るのが一番だぜ」
「どうする? 帰る?」
 ペッシが不安そうな顔で2人を交互に見る。しかしここまで来たらもう目的を果たさずに帰るわけにはいかない。手ぶらで帰るなんてことはプライドにかかわる。
「ゼッテー帰らねー。イルーゾォをぶん殴るまではな!」
「そうだ、その意気だギアッチョ! 頑張ろう!」
「……イルーゾォを殴るのが目的じゃなかったはずなんだけどなぁ」
 暑さで思考回路が少しおかしくなっているメローネとギアッチョを眺めて、ペッシは心ひそかにイルーゾォの身の安全を祈るのだった。





【続く】







予想以上に長くなっていくこのくだらない話は、冬コミまでに書き終わらない悪寒。ギアッチョ一行は絆を深めつつ、イルーゾォの元へと向かう! イルーゾォはフルボッコにされてしまうのか!? 次回「イルーゾォはどこに? 逃げて逃げてイルーゾォ!」でサービスサービスぅ

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By明日狩り  2010/11/14