ギャングのボスを務めてるんだが、もう私は限界かもしれない

part3








 場所は変わって、ここは暗殺チームのアジト。

「ギアッチョ、どこで置いてきたか思い出せないか?」
「だから、オレの意思じゃあどうにもならねーって言ってんだ。……参ったぜ」

 リゾットとギアッチョが困った顔を突き合わせて、相談している。

 先日、ボスから『幹部の首を取って来い』という暗殺指令が出た。リゾットはこれをギアッチョに任せたのだが、翌日報道されたニュースによると死体の首だけがなくなっていたということだ。

「確かにお前のスタンドは、お前の意思どおりにはならない。それは分かる。だが首をどこかへ落としてきたとなると…………」

 リゾットが深刻な顔でため息を吐いた。ギアッチョが任務を失敗したことはこれまでに一度もなく、不測の事態にリゾットもどう対処すればいいか考えあぐねている。

 ギアッチョが申し訳なさと開き直りの入り混じったような口調で言った。

「オレのスタンド『ホワイト・アルバム』は、与えられた命令を完全に遂行する。けどその間、オレはネコの姿に変身してて、意識がない。命令を完遂したときだけ、元の姿に戻れる。だからオレが今、こうして人間の姿に戻れてるってこたぁ、アンタの指令は間違いなく遂行できてんだ」

「そう理解している。だが『首』はどこへ行った? オレは『首を取って来い』と命じたのだから、オレのところへ『首』を持ってくるのが命令の完遂ではないのか?」
「そうなるはずなんだけどよォー。おかしいぜ。アンタの前に『首』を持ってくる以外に、この任務が『成功』になる条件って、あるか?」

 どう考えても、『首』はリゾットの元へ届けられなければ任務完了とは言えない。

「……考えていても仕方ない。ひとまずボスに報告を入れて、しかるべき措置を取ろう」
「すまねー、リゾット……」
「なに、お前の失敗はオレの責任だ」

 リゾットはそう言って、任務の連絡係であるドッピオへ電話をかけた。



『……もしもし? ドッピオです』
「暗殺チームのリゾットだ。前回の任務について報告と相談がある」
『ああ、幹部暗殺の任務ですね。ご苦労様でした。ボスも大変喜ばれていましたよ。報酬はいつものように手配してありますから安心してください』
「あ、いや、その任務なんだが……」
『はい?』
「ボスのところへまだ『首』を届けていない」

 いきなり「失敗しました」と報告するのはうまくない話術だ。情報を少しずつ小出しにして、相手の反応を見る。特にこの「連絡係のドッピオ」は自分から口を滑らしてあれこれ教えてくれることが多いので、余計なことはなるべく言わないのが得策だ。
 案の定、向こうから重要な情報を提供してくれた。

『あれ? ボスはもう『首』を届けてもらったって言ってましたよ?』
「何?」
『ネズミ捕りがうまいな、って誉めてました。あ、でもそれは別の話か』
「オレたちでなければ、誰なんだ?」
『あ、いいえ。ボスが最近飼ってるネコがネズミ捕りがうまいんですって。でもそれとは多分別の話で、ボスのところへはもう『首』は届いてるって言ってましたよ』

「そうか。問題がなければそれでいい」
『ではまた。次の指令が来るまで待機しててください』

 電話を切って、リゾットは首をかしげた。ギアッチョが不思議そうな顔で尋ねる。

「どうだったよ?」
「いや……もう『首』はボスのところへ届いているそうだ」
「マジかよ……助かったぜー」

 ギアッチョは大きく息を吐いて、ソファに倒れ込んだ。自分のせいでチームに迷惑をかけるなど、ギアッチョのプライドが許さない。

「まあ、悪い結果にならなくて良かった」
「ほんとだよなぁ。命拾いしたぜー」

 素直に喜んでいるギアッチョを見ながら、リゾットは口には出さずに脳内だけで思考をめぐらせる。

 ……ギアッチョは任務を果たした。
 ……ボスのところへ『首』が届いていた。
 ……ということは、獣化したギアッチョがボスに直接届けてきたということだ。

(ギアッチョがボスと直接コンタクトを取ったとすると、これは大変なことになるかもしれないぞ……)

 ボスの情報を詮索することは決して許されない。そんなことをすればどんな報復を受けるか分かったものではないし、だからこそリゾットはチームの安全を守ってボスには極力近づかないように細心の注意を払っているのだ。

 暗殺チームのリゾットは、ボスに歯向かうとか、ボスの情報を探るなどという大それたことは考えていない。このチームを守っていくことだけがリゾットの願いだ。そのためならどんな屈辱だって耐えられる。耐えて見せる。

 けれど、ギアッチョがスタンドを身にまとってネコに姿を変えている間は、意識がない。その間にボスに近づくことがあったとしても、それは決してギアッチョやリゾットの意思ではない。それをボスに理解してもらえるかどうか……。

「まあ、考えても仕方がないな。きっとどうとでもなるだろう」

 悪い考えを振り払って、リゾットは自分にそう言い聞かせた。




***************




「お、今日も来たか。ギアッチョ」
「ぎあ〜」

 昼時を狙って来たギアッチョを招き入れて、ディアボロは床にあぐらをかいて座った。当然のようにそのくぼみに入り込み、ギアッチョは上を向いて声を上げる。

「ぎあああ」
「分かっている。お前が来るだろうと思って、味をつけていない煮魚を作っておいたぞ」
「ぎあー」
「お前、知っているか? イタリア人は人間の食べ残しのトマトのパスタだのベーコンだのを平気でやる奴が多いが、お前たちネコの体にはたいそう毒なのだ。味の付いていないものでないといけないのだ。私が調べたんだから、間違いないぞ」
「ぎああーん」

 ディアボロがじらすので、ギアッチョは勝手に床の上においてあるサーモンクリームパスタを舐め始めた。

「こらっ、聞いているのか。それは私のだ! 人間用だから食べてはダメだ。お前のはこっちだ」
「ぎああ」

 ディアボロが差し出したサケの水煮のにおいをかいでみるが、ギアッチョはぷいと顔を背けると再びサーモンクリームパスタを舐め始める。

「気に入らないというのか! 帝王たるこの私がわざわざ作ってやったのだぞ」
「ぎあ……にゃふにゃふ……がふがふ……」
「こら! いかんと言っている! ええいっ仕方のない奴め! 何かわからんがくらえっ」

 慌ててパスタの皿を取り上げサケの水煮の上に何本か垂らしてやる。パスタとサケを混ぜてギアッチョの前に置いてやると、においにつられたのかそのまま食べ始めた。

「にゃふにゃふ……がふがふ……」
「まったく手のかかる奴だ。……しかしきちんと言うことを聞くし、私のそばにいるし、お前はなかなか見所があるぞ」
「がふがふ……ぎあぁ……」

 何か言いながら一生懸命サケにありつくギアッチョの頭を撫でて、ディアボロは我知らず微笑んだ。



「はー、うまかったな」
「ぎあっ」

 サーモンパスタと、サケの水煮をそれぞれ平らげると、ギアッチョはまたディアボロの足の間に入って丸くなる。もうここが定位置になっていた。
 ディアボロも慣れた手つきで背中をなで、あごをくすぐる。

「おいしかったか? ギアッチョ」
「ぎあ〜ん」
「そうか」

 ギアッチョの言葉も、少しずつ分かるようになってきた。
 怒っている声、機嫌の悪い声、嬉しい声。今のは、語尾があくびのように間延びして甘えているので、満足している声だ。

「……本当に、おいしかった」

 ギアッチョが膝の上に乗っているときは、身動きが取れない。あらかじめ手の届くところに置いておいた水差しからぬるい水をコップに注ぎ、こぼさないように注意しながら口をつける。

 誰かと食事を取るなんてことは、久しくなかった。
 一人で食べる食事は生きるための栄養摂取に過ぎず、ただ体が動くための燃料補給といってもいい。だが、ギアッチョと一緒の食事は違う。胃袋以外のところへも豊かな何かが入ってきて、いっぱいになる。お腹が、体が、満たされる。

「ギアッチョ」
「ぎあ…………ぎああ」
「お前はまた、ここへ来るか?」
「ぎああ〜ん」

 あごの下をこりこりと撫でられながら、ギアッチョは甘えた声を出した。言葉は伝わらないが、それは人間の言葉に翻訳したらきっとこうなるだろう。

『気持ちいいし、おなかイッパイだし、オレはここが好きだぜ。また来るぜ』

「素直だな」

 なるほど、動物は素直だ。見えている部分が全てだ。嘘をつかない。
 それに比べると、人間はなんと愚かで複雑にできているのだろう。表だけでいい顔をして、いい言葉ばかり並べて、影では裏切りを働く。

「ギアッチョ」
「ぎあん」
「またここへ来るのだぞ。必ずな」

 そう言われたギアッチョは、顔を上げてまっすぐにディアボロを見上げた。何かを確認するかのようにじっと瞳を見つめ、口を開く。

「ぎあっ」

「それは、お前の誠意なのか?」

 戻ってくるように命じると、ギアッチョはいつもこうする。他のことにはあまり関心がないように見えるのだが、このときだけやけに真剣な表情でディアボロの顔を見つめるのだ。

「動物でも、約束が守れるのだな……」
「んぎ〜……あぁ〜ん」

 頭をなでてやると、ギアッチョは気の抜けた声を出しながらあくびをした。

【To be continued......】



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ついにリーダー登場。そしてギア猫の秘密と『ホワイト・アルバム』の能力もお披露目でした。一巡後だったんだ!? ていうかどうなるんだろうこの話……。もう1話くらい書いて終わらせようかと思ってるんですが……。まだもうちょっと続く!
 By明日狩り  2011/06/15