ギャングのボスを務めてるんだが、もう私は限界かもしれない

part2







「とぅるるるる、とぅるるるる! ガチャッ! もしもし、ボス。僕です。ドッピオです!」
「おお、私のかわいいドッピオ」
 受話器の向こうの声にほっとして、ディアボロは表情を緩ませた。

「お元気ですか? 寂しくないですか?」
「ああ、おかげさまでな。ペットというものは悪くないものだ」
「…………? ボス、ペットを飼ったんですか?」
 怪訝そうなドッピオの声を聞いて、ディアボロも眉根を寄せる。

「お前が送ってよこしたのだろう?」
「いいえ、僕はまだ何も」
「だってお前がネコを送ると……」

「ああ、だってボスがちゃんと世話できるかどうか分からなかったですし、それより僕自身がネコなんて飼ったことなかったんで、今ネコの飼い方についていろいろ調べているところなんです」

「では……コイツは?」
 ディアボロは膝の上で丸くなって寝ている白ネコを見下ろした。


 あの日以来、ギアッチョと名づけた白ネコは毎日のようにボスの隠れ家に姿を現すようになった。
 気まぐれに現れていつの間にかどこかへ帰っていくので、誰の飼いネコだか分からない。野良かもしれない。どこをねぐらにしているのかも分からない。けれどもほぼ毎日顔を出して、ディアボロからご飯をもらい、時にはそのまま眠って夜を明かす。ほぼ、ディアボロの飼い猫、と言って差し支えのない状態だった。

「コイツ、って何ですか?」
 電話の向こうでドッピオが興味津々といった口調で尋ねる。

「ああ、その……」
 白いネコが居ついている、と言おうとしたところで、ディアボロは口をつぐんだ。

(……野良猫に部屋を好き勝手荒らされている、などと思われてはいけない。帝王たるもの、威厳が大事だ)

「いや、何でもない」
「あーっ、秘密ですかー? 秘密はずるいですっ」
「いや、時が来ればお前にも知らせることになろう」

(コレが私の飼いネコだということが確かめられたら、その時にはドッピオにも伝えてやろう)

 ディアボロのためらいがちな言葉を聞いて、ドッピオも大人しく引き下がる。
「分かりました。物事にはタイミングが大切だと、ボスはそうおっしゃりたいのですね」
「その通りだ。私の賢いドッピオよ」
「はいっ。でもボスが元気そうで良かったです!」
「元気そう……?」
 別に、元気になるような朗報など何もない。昨日は信頼していた幹部がまた一人離反したと聞いて、追っ手を差し向けたばかりだ。心が荒むようなことばかりで、安らぎなど少しもない。

「ええ、なんだかボスの声がいつになく元気そうです」
「まあ……覇気はいつだってあるがな。帝王だからな」
「そうですよー! いつも元気なボスでいてくださいね」
「ああ、そうしよう。お前を心配させないためにも」
「じゃあボス、何かあったらまたお電話ください」

 電話を切ると、部屋はまた静かになった。

 膝の上で寝ているギアッチョは寝息すら立てず、横になった白い腹がかすかに上下している。そこをそっと撫でながら、ディアボロは首をかしげた。
「ギアッチョ」
「…………んぎ」
「お前はどこから来たのだ? なぜここへ来る?」
「んぎぁ…………」
 ギアッチョはぴくぴくと手足を震わせ、何か夢を見ているらしい。しっぽがビビビと動き、何かにうなされている。

「んぎ……」
「夢でも見ているのか?」
「んぎああッ!」

 ギアッチョは突然跳ね起きると、目の前にあったディアボロの手にがぶっと噛み付いた。

「なあっ!?」
「ぎあっ!?」

 ディアボロも驚いたが、噛み付いた当のギアッチョもびっくりした顔で目を白黒させている。
 自分が噛み付いた手を見つめ、おそるおそるその手を離すと、何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回している。
 たった今まで夢の中で追いかけていた標的を見失って驚いているようだ。

「ぎあ?」
「おおお……か、飼いネコに手を……手を噛まれた…………!?」

(やはりネコなど信じてはいけなかったのだ! 部下も、ペットも、信じられるものなどこの世には何もない……)

 ディアボロが動揺していると、先にギアッチョのほうが我に返ったらしい。
 悲しそうな顔でディアボロを見上げ、今噛み付いたばかりの手に顎をすり寄せる。
「ぎあ〜……」
「ひっ!」

 怯えて手を引っ込めると、ギアッチョはあからさまに「やっちまったナー」という顔でディアボロを見上げた。
「ぎあ」

 そして、何事もなかったかのようにまた膝の上で丸くなろうとする。
「こら! 人の手に噛み付いておいて、その態度は何だ!?」
「ぎあー」
「どういうつもりだ! 寝ぼけていたなどという言い訳は通用しないぞ!」
「ぎああ〜ん」
 まくし立てるディアボロを見上げて、ギアッチョは眉間に皺を寄せる。
 まるで『いつまでも過去のことをグチグチ言うんじゃねーよ』とでも言いたげだ。

「ぐぬぬ…………」
「ぎあ」

 ネコ相手に真剣に怒っても滑稽なだけだ。
 ディアボロは怒りをこらえて、握り締めた拳をゆっくりと開いた。膝の上で涼しい顔をしているギアッチョの頭を撫でると、嬉しそうに顎をこすりつけてくる。

「ぎあー」
「…………おのれ、私を誰だと思っている」
「ぎああ」
「ぎあーではない。呑気なことだ。私は帝王だぞ。ギャングのボスだぞ」
「ぎあ〜ん」
「お前も帝王たる私の膝の上に乗りたければ、仕事くらいするのだ」
「………………うぐぅ」

 ギアッチョは途中までは聞いていたようだが、どんどん返事が適当になっていく。それでも構わず、ディアボロはギアッチョに話しかけた。

「ネコだって何かできることがあるだろう。ネズミを狩るとかだな」
「んぎ〜……」
「邪魔なネズミくらい片付けてくれれば、お前も堂々とそこへ寝ることが許されるだろう」
「ぎ…………」
 もはや返事をするのも面倒くさいらしい。ギアッチョは短い尻尾をピッピッと振り、それで返事の代わりとしている。

「…………ダメだ。所詮はネコだな。くだらぬ」
 当たり前のことをつぶやいて、ディアボロは肩を落とした。




***************




 その夜。

 ベッドで寝ていたディアボロは、ふと、違和感を察知して、暗闇の中で目を開けた。

 窓越しに月明かりが差し込み、薄暗い部屋の中を照らしている。
 静かな暗闇の中に肌寒い夜風がさわり、と吹く。

(窓も、扉も、閉めているはずなのに)

 何者かの気配が、ある。

 侵入者だ、と思った。
 だが、不思議と殺気は感じない。

「………………」

 がたん、と窓際で音がする。
 暗闇に目を凝らすと、白い姿が月明かりにくっきりと照らし出されていた。
 ギアッチョだ。

(ギアッチョ。お前はこんな時間にどこへ行っていたのだ?)
 声には出さずに、心の中で語りかける。

 ギアッチョは何か大きなものを咥えて、いつものように窓から部屋の中へ飛び降りた。ごつん、と床に重そうなものが当たる音がする。

 ずる……ずる……。

(ギアッチョ?)

 いったい何を持ってきたのだろう? ディアボロはベッドの中で身構えたまま、まだ起きない。

 ずる……ずる……。

 ベッドの下まで来ると、ギアッチョはごそごそと何かしていたが、やがてぴょんとベッドの上へ乗ってきた。

「ぎあああ」
 ディアボロの顔をくんくん嗅いでいたギアッチョは、いつものように布団の中にもぞもぞと入り込んでくる。

「ギアッチョ」
「ぎああ」
「お前、何を持ってきたんだ?」
「ぎああ」

 ディアボロはふっとベッドの下を覗き込み、ぎょっとして思わず息を呑んだ。

「ひいっ!?」

 すぐ目の前に人間の生首が転がっている。
 驚いたような顔で目を見開いた生首が、カチンカチンに凍ったまま、ベッドの下に転がされていた。

「ひっ!」
 人間の死体など見慣れているが、不意打ちとなるとさすがに驚かずにはいられない。そんなディアボロの様子を何か勘違いしたのか、ギアッチョが誇らしげな表情で「ぎああ」と鳴いた。

「お……お前が持ってきたのか?」
「ぎあ」

「これは……私を裏切った幹部じゃないか」
 よく見るとそれは、つい先日組織を裏切って逃げた幹部の首だった。手下の暗殺チームに『首を取って来い』と命じておいたのだが、どうやらギアッチョのほうが先に「仕事」をしてくれたようだ。

「何だ、お前。私が仕事をしろと言ったのを、聞いていたのか」
「ぎあー」
「しかも私が言ったとおり、ちゃんとネズミ捕りをしてきたな。……これは間違いなく、『ネズミ』だ。よく分かったな」
「ぎあああ」

 ネコはよく、飼い主の枕元にネズミだの虫けらだのを『プレゼント』してくれると言うが、こんなに大きなネズミをプレゼントしてくれるとはなかなかの孝行者だ。

「フフ……やるじゃないか。暗殺チームより使えるかもしれないな、お前は」
「ぎあー」

 ギアッチョが仕事をしてきたので、ディアボロはご満悦だ。ギアッチョも嬉しそうに咽喉をゴロゴロ鳴らしている。
 懐にギアッチョを抱いて、己の地位を脅かす不安要素をひとつ断ち切って、ディアボロは久し振りに安らかな気持ちで眠りについた。





【To be continued......】



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ギア猫、暗殺の任務をこなすでござるの巻。
あああギア猫かわいいよかわいいよ。ボスもかわいいよかわいいよ。ボスとギア猫、仲良くなってきましたね。ギア猫っていうとギコ猫みたいですね。


さあ次回は暗殺チームのリーダーの登場です。
 By明日狩り  2011/04/07