ギャングのボスを務めてるんだが、もう私は限界かもしれない
part1
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「ドッピオ……もう私は限界かもしれない……」
電話を通して聞くボスの声は珍しく弱々しかった。いつもなら弱音を吐くのは自分のほうなのに、とドッピオはただならぬ雰囲気を察して受話器を持ち替える。
「どうしたんです、ボス? 何かあったんですか?」
「ドッピオ……」
「僕じゃ何の役にも立たないかもしれませんが、聞かせてください」
「……側近が次々と離反してゆく。これはどういうわけだ?」
ドッピオは言葉に詰まった。
上層部の人事にはあまり詳しくないが、重要なポストにいた組織の幹部や重役たちが最近次々と離れていっているという話は聞いている。一部の噂では、やたらとカリスマ性のある男がイタリアどころか世界中から部下を集めていて、その男に引き抜かれたのではないかということだ。ただ誰もその男を見たことがないから、ただの噂かもしれない。
……いずれにせよ、パッショーネから重鎮が消えているのは事実だ。何とかしなければならないとは思っている。
(でも、どうすればいいんだろう? 僕に何ができるんだろう……)
ドッピオがそんなことを考えていると、受話器の向こうから思い詰めたようなため息が聞こえた。
「……私は、誰からも信頼されないのだろうか」
「そんなことありませんよ! みんなボスのためなら何でもします! どんなことだってできます!」
「しかし、誰も私についてきてくれない」
「僕がいるじゃありませんか!」
「……ドッピオ」
いつもならボスはこの一言で自信を取り戻してくれるはずだった。けれども聞こえてきたのは悲しげなため息の音だけ。
「私はもうだめかもしれない……」
「何言ってるんですかボス! 自信を持って下さい! ボスは強くて素晴らしい方じゃないですか!」
「しかし、私は孤独なのだ。人が離れてゆく。誰も側にいない」
「ボス……」
ドッピオはもどかしくて地団太を踏んだ。なぜ自分はボスに会えないのだろう?
(僕が弱くてバカだから、ボスのお役に立てないんだ……)
もっと強くて頭が良かったなら、もっと信頼に足る人間だったなら、ボスも自分を側に置いてくれるだろう。
けれどボスはこうして親しげな電話はくれても、決して姿を見せようとはしてくれない。それはボスがドッピオを本当には信用していないからだろうと思われた。
ドッピオがどんなにボスの役に立ちたいと願っても意味がない。
ボスが必要としているのは、「信用できるとボスが判断した強い人間」だけだ。
(ボス……)
ドッピオは受話器を握りしめた。何とかしてボスの孤独を慰めたい。でも自分では何もできない。
「そうだ!ボス!」
ドッピオは不意に明るい声を出した。
「ん?」
「何かペットを飼ったらどうでしょう?」
ペットなら寂しさを紛らわしてくれるかもしれない。これはなかなか名案だとドッピオははにかんだ。
「ペットだと?」
「ええ、そうです。犬でも猫でも、そばに動物がいるのはいいものですよ」
「だが、私は動物など飼ったことはない。何をどうしたものか……」
「僕が飼い方を調べてあげます!」
「しかし……何を飼えばいいのだ。帝王たるもの、飼い犬に手を噛まれるようなことがあってはみっともない」
今日のボスはやけに消極的だ。ドッピオは無理やり明るい声を出して、何とかボスを元気づけようとする。
「じゃあ飼い犬はやめましょう。猫にしましょう! 猫ならあんまり噛まないです」
「引っかかれたりしないか?」
「かまいすぎたら引っかかれることもありますけど、そばに置いておくだけなら猫のほうが手がかからなくていいですよ」
「しかし人間に見放された私に、猫が懐くだろうか? 猫は3日で恩を忘れるとかいうし……」
「可愛がってあげればきっと懐きます!」
「しかしどのような猫を選べばいいか分からない……」
煮え切らないボスの弱音に、ドッピオはつい声が大きくなる。
「もーっ! 今日のボスは弱気すぎますっ! 猫の子なんて何でもいいんですよ! どんな猫だって、ボスのような立派な人ならちゃんと分かるんです!」
「そういうものだろうか」
「そうです! 僕が明日にでもブリーダーに発注かけときますから、ボスはにぼしとねこじゃらしを用意して待ってて下さいねっ!」
「あ、ああ……分かった」
ドッピオの意外な勢いに気圧されて、ボスはただ頷くしかなかった。
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「しかし、私にペットなどどうしろというのだ?」
一人ぼっちの部屋で頭から布団をかぶり(これが安心できるスタイルなのだ)、ディアボロは悶々として考え込んでいた。
世話のいらない動物ならそばにいてくれるのも嬉しいかもしれないが、そんなものは存在しない。あえて言うなら、世話をしなくとも勝手に食事したり生活したりしてくれる「部下」が世話が要らなくて便利なのだが、それが離れていくのだからどうにもならない。
やはりここはひとつ、世話をしてそばにいてくれるペットとやらを迎え入れるしかないのだろうか。
「というかなぁ……。ペットの世話をするより、私が誰かに世話をして欲しいくらいだぞ。帝王たるもの、自分の身の回りのことなんて下僕がやればいいのだ。昔から、帝王とはそういうものだと決まっている」
高々と拳を振り上げてみたものの、誰もいない部屋に虚しく声が響くばかりだ。
(ああ…………)
そっと拳を下ろし、ため息を吐く。
開け放った窓の外には気持ちのいい春の風が吹いている。イタリアの街は今日も平和で、引き篭もっているディアボロの孤独など誰も知らないかのようだ。
明るい陽の光にさえ疎外されているような気がして、ディアボロはまたひとつため息を吐いた。
そのとき。
……コトン。
「む?」
小さな物音に目をやると、窓のところに小さな影が見えた。
(敵か?)
油断なく観察しながら、いつでもスタンドを発動できるように身構える。
ディアボロのスタンド『キング・クリムゾン』ならば、どんな敵が来ようとも回避する自信がある。迎撃する気まんまんで、ディアボロは窓の影を注視した。
「ぎあああ」
「なに!?」
「ぎあぁぁぁ〜ん」
油の切れた窓枠がきしんだのかと思った。
だがその耳障りな音が窓枠でも町の喧騒でもなく、鳴き声だと分かったのは、影がひょっこりとその全身を現したからだ。
「……ネコ?」
「ぎああぁ」
それは、白いネコだった。
小さな白いネコが、短い尻尾をぴんと立てて、開けた窓のほうからじっとディアボロを見下ろしている。
オデコの辺りにぐるぐると渦巻きのような模様があり、体のところどころに薄いぶちの模様が入っている。だがおおよそのところ、白ネコだ。
その白ネコが、とすん、と中へ入ってくる。
「こらっ。何をする! 勝手に帝王の部屋へ侵入するなっ! こらっ!」
「ぎああ」
声で威嚇しても、ネコには通じないらしい。白ネコは窓がきしむような鳴き声を上げながら、足音も立てずにディアボロに近づいてきた。
「ちょ……コラ……こらあ! 許可なく帝王の部屋に入ってはいけないと……こら! ちょ……あ、あ」
「ぎああ」
「こら、近寄るな! あっちへ行け! オレのそばによるなああああっ!」
「ぎあー」
「きっ……『キング・クリムゾン』ッッ!!!!」
ディアボロは思わずスタンドを発動した。
だが時間を飛ばしたところで、このネコをどう回避すればいいか思いつかない。
「ど、どうすればいいのだ!? じ……時間を飛ばしても、ネコは飛ばせないじゃないかッッ! ど、どうすればいいんだっ。ネコなんか相手にしたことはないぞ! 帝王だからな!」
あたふたしているうちに時間はどんどん吹っ飛んでいく。
ディアボロの頭も真っ白に吹っ飛んでいく。
「ああああああ………………」
考えがまとまらないまま、ディアボロは「現在」の時間軸へと戻ってきた。
「………………はっ!?」
ふと気が付くと、膝の上で白ネコが丸まって寝ていた。
どうやら混乱しすぎて自分の時間を飛ばしてしまい、「ネコが膝の上に乗ってくる」という結果だけが残ったらしい。
頭の上から被っていた毛布の先が、あぐらをかいた足の間に広がっている。ネコはその真ん中にすっぽりと丸く収まり、気持ち良さそうに目をつぶっている。

「こっ……こら……こらお前……おま……お前は何者だ?」
「ぎあ……」
恐る恐る指でつついてみるが、ネコは嫌そうに首をずらしただけで、動こうとしない。
膝の上を占拠されて、ディアボロは身動き一つ取れなくなった。
ネコなど無視して立ち上がればいいだけなのだが、あまりにも当然のような顔をして足の間の隙間にはまっているので、それを蹴散らすという発想が出てこない。
「だ、誰か! 誰かこれを降ろしてくれ! 手を貸してくれ!」
声を出してみるが、ここには誰もいない。ボスがゆっくりドッピオと話をするために用意した誰も知らない隠れ家のひとつで、部下はおろか外部に通じる電話すらない。(ドッピオに通じる電話だけはある)
「ううぅ……どうすれば……どうすればいいんだ……」
せめてドッピオに連絡しようと手を伸ばすが、電話機が遠くて届かない。座ったままで手が届くものといえば、頭に被った毛布だけである。少し離れた机の上においてある電話を恨めしく眺めながら、ディアボロはふと思いついた。
「……もしや、これがドッピオの言っていた「ペット」なのか?」
ボスにペットを飼ってもらう作戦にやたらと熱が入っていたドッピオが「手配する」と言っていたが、これがそうに違いない。そうでなければ勝手に他人の家に侵入したり、ましてやギャングのボスのプライベートルームに入って来るなどという暴挙に出られるはずがない。
「そうか、お前がドッピオの言っていた「ペット」か」
おそるおそる頭を撫でてみると、白ネコはひどく不機嫌そうに頭を振って鳴いた。
「ぎああ」
「ネコのくせに、かわいくない鳴き声だな」
「ぎあ」
「ネコなら普通はニャーニャーとか、ミュウミュウとか鳴くものだぞ」
「ぎああぁ」
「おまけに変な模様がついている」
オデコのうずまきをぐるぐると指でなぞると、ますます不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「ぎああぁぁ」
「生意気なネコだ。私がかわいがってやっているというのに」
「ぎあ」
「お前、名前は?」
「ぎああ」
「……ぎあ……ぎあ…………ギアッチョ、といったところか」
「ぎああー」
ギアッチョ、と呼ぶと、白ネコは大きな声で鳴いた。
「気に入ったのか。ネコのくせに。生意気な。ギアッチョ」
「ぎあー」
ギアッチョ、と呼んだときだけ声が大きくなる。もうこれが自分の名前だと認識したらしい。
「もう名前を覚えたのか。少しは人間の言葉も理解するらしいな。なるほど、帝王のペットにふさわしいかもしれん」
オデコをぐるぐると指でなぞっていると、いつの間にかギアッチョが勝手に首の角度を変えていて、気が付けば咽喉を撫でさせられている。
「ギアッチョ、私はかゆいところを掻く道具ではないぞ」
「ぎぁ〜」
文句を言っても、ネコには通じない。
ギアッチョはディアボロに咽喉を掻かせながら、嬉しそうに目を閉じた。咽喉やら首やら、自分が気持ちいいところをディアボロの指に押し付け、思う存分マッサージをさせると、満足そうにあくびをした。
「ぎあぁ〜〜〜ん」
そうしてひととおり気持ち良くなると、勝手に丸くなっておとなしくなる。今度はゴロゴロと咽喉を鳴らし始めた。ご機嫌だ。
「こら、寝るな」
また足の間に居座られてはたまらないと、ディアボロは慌ててギアッチョを揺さぶった。
「ぎああッッ!」
「ひっ」
だがギアッチョに一喝されてすぐ手を引っ込める。
「……なんだ、コイツは」
「うぐぅ……ぎあ〜……」
ギアッチョは「マイ座布団」がおとなしくなったのを見ると、またその膝の上で丸くなってしまった。
動くこともできず、助けを呼ぶこともできず、ギアッチョをどかすこともできず。
ギャングのボスにして帝王であるディアボロは、ネコを膝に乗せたままぼんやりと窓の外を眺めることしかできなかった。
【To be continued......】
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白炉さんからのリクエストで、「獣化でボスギア」でした。な、なんか違う気がする……けど、なんかかわいく書けたからいいか! よくないね! なんかすいません! 謝ればすむと思ってんのかゴルア! ごめんなさい! でもちょうたのしい!!
コメントで「ボスいつも独りだから可愛いにゃんこ見つけたら絶対メロメロになってはなさいと思います」と頂いて、それがスッゴクかわいかったので「うおおおオレはボスギアを書くぞジョジョオオオォォォォ」と興奮したのですが、何か思ったのと違う感じになってしまいました。もっとアホみたいに「ねこにゃんかわいいよあああああ」とか言いながら床の上をゴロゴロ するボスが書きたかったのに(それもどうなの)、ボスったら普通にネコ飼ってるし。てか出会いから書いたからまだそこまでいってない。
で、実は最後まで一通りは書き上げたのですが、「あれもかきたい!」「これもかきたい!」となって、1本では言い足りなくなりました(笑)。なので3話くらいに分割してアップすることにします。どんだけ気に入ったのボスギア(笑)。
リクエストありがとうございました! すごく楽しいお題を頂いて大興奮です! |
| By明日狩り 2011/03/26 |