ちひを見守る人々


8月18日

「ちひは、悪い魔法使いに小さくされたんじゃないですよ」
 コネコちゃんが唐突に、そんなことを言い出した。

「……………………………………そうだろうぜ」
 何を見たのかしらねえが、ファンタジーなことをあんまり本気で信じるのは、コネコちゃんにも良くねえだろう。
 ま、コネコちゃんが「何」なのか、わからねえという点ではすでに相当なファンタジーなんだが。

 俺たちは剣と魔法じゃなく、証拠と度胸で戦う戦士なんだ。コネコを小さくする魔法なんて、ありゃしねえよ。

「アンタは、アンタさ。魔法なんて不確かなものは信じちゃいけねえ」
「そうですね。ちひは、ちひです。ガンバって弁護士にならないと!」
 やる気を出したらしいちひは、勢い良く絵本を取り出して読み始めた。最近は俺が買ってやった『くま、まちへいく』がお気に入りらしく、動物の絵がいっぱい入ったソイツを熱心に繰り返し、読んでいる。

 いつか弁護士になれると良いな、コネコちゃん。

 オレはクッと笑って、コーヒーを飲んだ。コイツを飲んだらまた仕事にかからなきゃな。


「しかし……魔法使いねぇ」
 どこでそんな話を聞いてきたんだろう。またお得意の「インターネット」だろうか。おかしなサイトは見てねぇようだが、大きくなる方法だの、モエーだの、何だか一生懸命検索してはちひちひ言っている。
 子供がパソコンに張り付いてるのを心配する、親の気持ちが分かっちまうな。まだそんな年じゃねえってのに、コネコちゃんのせいで妙に年くっちゃう気がするぜ。

 魔法で小さくされたお姫様の話。
 そんなおとぎ話があったかもしれねえ。

「どんなだったっけな……」
 一寸法師はオトコだし、親指姫は……元から小せえか。魔法で眠らされたのは眠り姫。……案外思い出せないもんだな。

 もし。
 もしちひが悪い魔法使いに小さくされたお姫様だったら。

『お姫様を元に戻すのは、王子のキスだけです』
 よくあるパターン。
 ちひは頭ん中がちょいと幼いから、きっと「お願いしますカミノギセンパイ!」なんて簡単に言うんだろうぜ。
 そこで逃げたら、オトコじゃねえな。

 ちひに、キスして。
 そうしたらちひは煙と共に、べっぴんなお姫様の姿に戻る。

「神乃木先輩……ありがとうございます。この日が来るのを待っていましたわ」
 オレより頭ひとつ分くらい小さいが、スラリと背の高い美人になる。
 出るとこ出て、ひっこむとこのひっこんだ、ナイスバディ。ちひがあのままでっかくなったら、きっとかなりのグラマーだ。

 9号のスーツなんて、胸が入りきるのかね。大きなコネコちゃんは。
 そんなカラダで、いつもするみてぇにオレにぎゅっと抱きついて。

「先輩…………ずっとちひを守っててくれて、ありがとうございます」

 大人のオンナの目で、俺を見上げて。

「ちひはずっと、先輩のことが……。元の姿に戻れた今、ようやく言えます。私……先輩のことが……」

 チェリーの唇に、アクアマリンの瞳。
 腰まで届きそうな長い黒髪をなびかせて。
 抱きついてくるちひを、受け止めてやれないでどうする?

「良かったな、ちひ」
「ええ、本当に。先輩…………。先輩、ちひは、もうひとつだけお願いがあるのです」
 俺の胸の中にぴったりと、あつらえたように収まる大きさの、ちひ。

「何だい」
「先輩…………。今なら、このカラダなら、言えます」

 潤んだ目でオレを見上げて。
 言いてぇことは分かるぜ。

 ちひのカラダを抱きしめる。
 アンタはここに来るために、今まで待っていたんだろうぜ。

「私…………先輩とひとつになりたいの……」
「クッ……大きくなった途端に、大胆になっちゃったな。……キライじゃないぜ」
「嬉しい……先輩……」

 小さいときから充分大きかったちひのバストは、魔法が解けた今、オレの腕の中ではちきんばかりに実っている。
 この日のために育った果実、いただいちゃっていいのかい?

「ちひ……」
「先輩、本当の名前で呼んで…………」

 スーツのジャケットを脱がすと、ちひは恥ずかしそうに視線をそらした。

「本当の名前?」
「そうです」
 上目遣いでオレを見て、ちひは少し背伸びをした。
 耳元にチェリーの唇が当たって、弾力のある柔らかい感触がオレを痺れさせる。



「私の本当の名前………………」




「本当の名前…………」






「先輩、私の…………」







「私の本当の名前は…………」



















「…………のぎ君、神乃木君!」

 耳障りな声で名前を呼ばれて、俺ははっと目を覚ました。

「あぁ?」
「何やってるんだね。昼休みはとっくに終わったはずだが?」
 オレを見下ろして、陰険なツラが眉間にしわを寄せる。生倉……先輩だ。

「ちひ……」
「ちひ、じゃない。正気かね?」
 オレは自分のデスクに座って、居眠りしていたらしい。見ればちひはいつもの手のひらサイズで、星影センセイの資料のファイリングを手伝っている。

「夢か」
「何だね、君は。仕事もせずにちひ君の夢でも見ていたのか? まったくたるんでるな」
 生倉がぶつぶつ何か言ってるのを右から左へ聞き流して、オレはちひをぼんやりと眺めていた。


 悪い魔法使いに、小さくされちまったちひ。
 大きくなっても、オレを信頼し、頼ってくれるだろうか。
 ましてやあんなふうに……オレを慕って………………。

「クッ」

 おかしな夢を見ちまったぜ。
 あるわけねえ。

 ちひが何であれ、ちひはちひだ。
 魔法なんて、この世にはないんだぜ。
 そんなものを解く方法より、コネコちゃんが立派なオトナになれるように、見守っててやる。

 そいつがオレの、やり方だ。

「さぁて、午後も頑張るとするかねぇ」
「神乃木君、聞いてるのかね。君ときたらいつもだねぇ……」
 まだ何か言ってる生倉をシカトして、オレは大きく背伸びした。
 ちひと目が合って、ちょっぴり笑われる。
 クッ、コネコちゃんに笑われちゃったぜ。


 今日もオレは、オレのルールでやらせてもらうぜ。
 だからコネコちゃん。
 オレがちょっとおかしな夢を見ちゃったこと、ナイショにしちゃうぜ。

 アンタに言ったらきっと、「せくはらです!」って怒られちゃうからな。

 …………クッ。


 でも、ちょいと気になった夢のこと。
「ちひの本当の名前」って、何のことだろうな?








<END>







……そんなわけでweb拍手からのリクエスト「ちひを大きくした姿を妄想する先輩、ちょっとえちあり」でした。先輩、というのが神乃木なのか生倉なのか激しく迷ったのですが(笑)、一応、神乃木の方で書かせていただきました。神乃木先輩、ちょっと変態ちっくになっちゃった……? いやいや、純愛ですよ、純愛。生倉先輩に比べたらそりゃもう純愛まるだしですよ。
ああーカミチヒいいなぁ大好きだなぁ! キュートですよねぇ。ていうか神乃木さんが大好き。ホスト系イケメン弁護士に栄光あれ!
by明日狩り  2004/8/18