| 8月4日 神乃木荘龍。 生意気で、キザったらしくて、不躾で、礼儀知らずの常識知らずで、しかも私より背が高い。 はっきりいって、大嫌いだ。私のようなハイソサエティな上流階級の人間は、ああいった種類の人間がそばにいるだけで、ぞっとする。……まあ、私も大人なので、おおっぴらな差別意識は表面には出さないがね。 しかし、今日だけは。 あくまでも今日だけだが! ……今日だけは、あの神乃木に感謝しても良い、と思う。 「ちひ、暑いだろ」 「暑いです〜」 近年まれに見る猛暑が続き、小さなちひ君はかわいいほど……いやいや、かわいそうなほどばてていた。 溶けかけたイチゴのカキ氷を神乃木のスプーンからほんの少しだけ舐め、またくったりとしてしまう。(萌える) 「その髪の毛、長いんじゃねえか?」 「そうですか?」 「そうだ、くくってやるよ。待ってな」 神乃木は自分のデスクの引き出しを開けると、ゴミだのオモチャだのガラクタだのがごちゃごちゃと詰まっているその中から、細い紐を取り出した。 「ほら、こいつで……」 「ちひ〜、いたたたたっ」 「お、すまねえ。……クッ、小せぇから難しいぜ……」 神乃木はぶつぶつ言いながら、苦心惨憺、ちひ君の髪を結っているらしい。フフフ、大して器用でもないくせに、ちひ君の髪を結おうなどと百年早い。若造め。 (ポニーテールか……悪くないな……) 私は冷静にデジカメを準備しながら、ちひ君が「見てください生倉センパイvvvv」とそのかわいらしい姿を披露しに来てくれるのを、今か今かと冷静に待っていた。 待ち続けた。 ここは慌てて見に行ったりせず、落ち着いてお茶など飲みながらそ知らぬふりを装うのが、大人というものだろう。 「できたぞ、ちひ」 「ちひっ! 首の後ろが、涼しいです〜!」 神乃木のデスクの上でちひ君が喜ぶ声が聞こえる。ファイルと六法と雑誌とコーヒードリッパーの山の陰になって、私のデスクからはちひ君が良く見えないのだ。 ……神乃木、貴様がそのごちゃごちゃとした汚らしい机の上を整頓すれば、私にはもっとちひ君の愛らしい姿が見えるのだぞ! 恥を知れ! 私が胸を高鳴らせて辛抱強く待っていると、やがてちひ君は私のところへ駆け寄ってきてくれた。なんと愛らしい子だろう。 「生倉センパイー! 神乃木センパイがやってくれたんですv ちひっ」 机の上でにっこりと笑ってみせるちひ君。 私は、思わず手にしていたデジカメを握りつぶしそうになった。12万もする愛用の相棒を、粉砕しそうになってしまったのだ。 ちひ君の、思いがけないツインテール姿のためにっ! 「ちっちっちっちっちひくん! ツッツッツッツッツインテール!」 「つっつっついんてーる?」 「うおおおおおうっっ! モエーーーーーッ!」 これは、テロだ。 南極の氷すらも溶かすセカンドインパクトだ。 人々はやがて訪れるサードインパクトのために人類補完計画がネルフの手によって進められそのときイカリゲンドウは最愛の妻をモデルにしたクローンアヤナミレイを……。 「いやいやいや! そんなことはどうでもいいのだ!」 「ちひっ? 生倉センパイ、モエーですか?」 「うむっ! モエーだモエー!」 こんなことは初めてだ。常に冷静沈着、大人の理性を忘れたことのないこの私が、最高画質でデジカメのメモリーがいっぱいになるまでちひ君を激写しまくってしまった。(案ずるなかれ、メモリーの替えはいくらでも用意してある) これは、私の精神を破壊せんとする、神乃木のテロ行為なのだろうか? 「…………おい、ぼんくらセンパイ」 「ぼんくらではない。生倉だ……」 「センパイ、大丈夫かい? 目に光がねえぜ……?」 それもそのはずだ。そのときの私はちひ君に魂を奪われ、言うなれば吸い取られ、虚ろの器、魍魎の匣も同然だっただろう。 「ほう……ちひ君……」 ちひ君のツインテール。 拝んであがめて祭って毎朝祈りを捧げても良いくらいだ。 「ちひ、生倉センパイはご臨終のようだぜ……」 「ちひ〜? ごりんじゅーですか? モエー」 「ああ、そっとしておいてやろうぜ」 神乃木がちひ君を肩に乗せて行ってしまうのを見ても、止める力すら私には残っていなかった。 なぜなら、神乃木の肩にフェアリーのように留まり、ゆらゆらとツインテールを揺らしているちひ君の姿をカメラに収めるだけで、精一杯だったのだから。 最後にほんのちょっぴりだけだったが。 私のことを振り返って微笑んだ君の笑顔に、私は完全に息の根を止められてしまった。 ちひ君、君は最高に萌えだ。 モエーーーーーーーーーーーッ!!! <END> |
「ああっちひくん! 君は最高だーーーーーーーーーーーっ!!!」
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