ちひを見守る人々


7月18日


 デジカメの用意は、これ以上ないほど充分。画質は高く設定し、そのために予備のメモリーも電源も多めに用意した。

 何といっても、ちひくんの浴衣姿を、夏祭りを背景に撮影できるのだ。
「これほどの好機はなし!!」
 生倉はかなりの気合を入れまくっていた。

(ちひくんにあんずあめを食べさせよう。赤くて丸いのに小さな舌を這わせる様を、接写レンズでこう……ばっちりと! それから焼きそばを一本ずつ食べるのも動画で! ぜひとも動画で撮影したい! それから……)
 夢は膨らむばかりである。


 ところが待ち合わせ場所に行って見ると、予想外の事態になっていた。
「こんばんは、生倉センパイvv」
 ちひは、以前生倉があげた赤いあやめの浴衣を着ている。着付けは……神乃木がしてやったのだろうか。自分でするつもりだった生倉は心の中で舌打ちする。
(神乃木め……浴衣の着付けまでできるのか……いけすかない奴だ)

 そしてちひは、そのいけすかない生意気な神乃木の肩に乗っているのだが……。
「よう、暑そうなカッコしてるのな、センパイ。せっかくの祭り、だぜ?」
 渋い巻上絞の浴衣を粋に身にまとい、ちひの浴衣と同じ色の団扇を手にしている。

 はっきりいって、気に障るくらいカッコいい。

 こんなことなら浴衣を着てくるべきだったか、と一瞬思ったが、よく考えたらそんなものは持っていない。だいたい、浴衣を持っている男なんて、ジジイかナンパ男くらいなものだ……と生倉は思っている。
(私のようなハイソサエティの人間は、こんな民族衣装など着る気もないよ……フン)

 くやしいのを顔には出さず、とにかく今日はちひの撮影に専念しよう、と生倉はカメラを構えた。

 別に神乃木が何を着ようが、関係ない。
 ちひの浴衣撮影さえできれば、それでいいのである。
「さあ、行こうか」
「ちひー! わくわくしますっ」
「人ごみがすごいからな。ちひ、はぐれねぇように、こっち来い」
「はーい」
 神乃木は懐手にした左手の上にちひを乗せ、団扇で隠すようにして歩き始めた。

(それじゃちひくんがうまく写らんだろうがっ!!)
 どなりつけたい衝動を堪えて、生倉も仕方なく後を付いていく。
(どうせ遊ぶ段になったら、隠してばかりいるわけにも行かないからな……)
 シャッターチャンスはいくらでもあるはずだ。カメラを構えて、生倉は目を光らせた。


 そして確かに、シャッターチャンスはいくらでもあった。

 あんずあめを食べるちひ。
 たこ焼きの熱さに驚くちひ。
 カキ氷の山に頭を突っ込んでしまうちひ。
 金魚すくいの金魚を覗き込むちひ。

 ……そしてそのどれもこれもに、気障な神乃木の気障な濃緑色の浴衣が写りこんでしまうのである。
「ほら、こいつがほしかったんだろ?」
「わーい! ねこさんの貯金箱ですー!」
 神乃木が射的で見事に落としたその貯金箱は、招き猫が神社の賽銭箱に乗って昼寝しているデザインのかわいらしいものだった。喜んでしがみつくちひをデジカメに収め、生倉は眉間にしわを寄せた。
(またか……くそぅ……)
 招き猫をなでるちひのベストショットの背景は、満足そうにちひを見下ろす神乃木、なのである。



 帰る道すがら、ちひはずっとご機嫌だった。
「ちひー、すっごくすっごく楽しかったですvvv」
「そうか、良かったな、ちひ」

 ちひは神乃木の肩に乗り、嬉しそうにゆらゆらとゆれている。

(く、悔しい……)
 黒い炎を燃やす生倉など眼中にないかのように、ちひと神乃木は目を見合わせて楽しそうに笑った。
「はい! ありがとうございました神乃木センパイv」
 そしてあろうことか、ちひは神乃木の肩の上で立ち上がり、


「センパイ、だいすきっ」

 ……ちゅっ。



(うわああああああーーーーーーーーーーーーーっっっ!!??)

 神乃木の頬に小さなちひがキスする瞬間を、生倉は真正面から見てしまった。
 声にこそ出さなかったが、顔にはモロ出ていただろう。こっちを見た神乃木と視線が合い、しかもクッと笑われてしまった。
(不愉快だ! ああああ悔しい悔しい悔しいいいいいっ!!!)

 とかなんとかいいながらも、ちひの「ほっぺにチュ」の瞬間をしっかりデジカメに収めていたのは、生倉の『ぷち萌え・ミニ萌え』ゆえの執念だったのだろうか。





 パソコンで今日の収穫物を整理&鑑賞しながら、
「ああっちひくんかわいいっっ! くうううっ神乃木めむかつくむかつくジャマだジャマッ! ああしかしちひくんっちひくんの「ほっぺにチュ」があああかわいいっかわいいーーー!」

 一晩中錯乱し続けた生倉だったのでした。



<END>





↓おまけあり

























↓生倉センパイの収穫物より





超キューーーーーーートッ!!!!
ブラヴォー忍城さん!(身内褒め)