| 6月21日 「た……たまらんな……」 こそこそと所長室の扉の影から中を覗いている、怪しい中年男が一人。 ……といっても、住所不定無職の不審者などではなく、一応はこの法律事務所に所属する弁護士、名前を生倉雪夫という。 が、所長室の中を覗き込み、右手に持ったデジカメを精一杯伸ばして掲げている様子は、犯罪者にしか見えない。 「ちひくん……ハァハァ……うっ、も、もうちょっと……」 あからさまに変質者丸出しの生倉は、所長の机の上で丸くなっている小さな生き物をカメラに捕らえようとして、じりじりと近づいていく。 カメラの標的は、ちひ。 この事務所のペット……いやいや……アイドル……いやいや……弁護士見習い、だ。 鉛筆ほどの大きさしかないちひは、所長の星影が不在の隙に、所長室の机の上で昼寝を始めたらしい。 「う……かわいい……よだれが……」 「うーん……ちひー……」 ぐっすり眠っているのだろう。よだれをたらしてもぞもぞと動いている。生倉はちひの寝顔をアップで撮ろうと、ぎりぎりまで近づいた。 「コネコの昼寝を邪魔しちゃ、だめだぜ? センパイさんよォ」 「−−−−−−−−−−−−−−−っっっっ!!!???」 穴が開くほどちひに集中していた生倉は、肩をつかまれて声にならない悲鳴を上げた。 恐る恐る後ろを振り返ると、ガタイの大きなホスト系弁護士が生倉を見下ろして、にやりと笑った。 「ましてやコネコの恥ずかしい秘密をどうこうしようなんざ、オトコじゃねえぜ?」 「何のことかね? 私はただ、ちひくんが風邪を引かないかと心配しただけだが」 「じゃ、こいつでも掛けてやるんだな。優しいセンパイさんよ」 神乃木は自分のハンカチを生倉の顔に投げつけ、代わりにデジカメを奪い取った。 「ああ〜っ!」 「クッ……手のかかるコネコちゃんだぜ」 素早い操作で『メモリー全消去』をすると、カメラを生倉に押し付けた。 「うう……私のベストショットが……」 「何かほざいたか?」 「何でもない。口のきき方に気を付けたまえ、神乃木君」 生倉はがっくりと肩を落として、所長室を出て行った。 騒ぎに目を覚ますこともなく、ちひはまだすやすや眠っている。 「まったく、無防備きわまりねぇ」 神乃木は大げさにため息を吐き、落ちたハンカチを拾ってちひに掛けてやった。 「ちひー……せんぱいー……」 「クッ、そいつはどっちの「せんぱい」のことなんだい? コネコちゃん」 無邪気で小さなコネコちゃんを守るため、今日も戦う神乃木荘龍、なのである。 |