| 「ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。(創世記3・3−5) 胸が苦しい。 合わせたローブの前をかき抱き、オビ=ワンは膝を抱えて縮こまった。頭が痛い。体の中が熱い。けれどどうしたらいいか分からない。 眉根をひそめ、唇を噛んで、オビ=ワンは立てた膝に顔を埋めた。鉄臭い味がかすかに口内に広がる。真っ赤になっているであろう自分の顔を、すべてから隠してしまいたかった。 太陽は落ちたばかりで、辺りが暗くなり始めている。東の空は群青色の闇が迫ってきていたが、西の空はまだかすかに茜色を残していた。間もなく街灯が点く頃だが、オビ=ワンがうずくまっているこの小さな果樹園には明かりはない。 薄い闇が、静かに彼の影を飲み込もうとしていた。 (マスター……) ついさっきまで目の前にいた人を思い出す。その長身をかがめたその人は、オビ=ワンの動揺などこれっぽっちも知らず、その大きな手で彼のパダワンの顎をつかむと心配そうに顔を寄せた。 「オビ=ワン、どうした?」 「っ!!」 思わず、その手を振り払っていた。 驚いたように目を見開いたマスターに、とっさに背を向けて走り出した。 (マスター……マスターッ!) まさか、僕があなたをそんな目で見ていたなんて。 唇が、あなたに触れたいと切望していたなんて。 大きな背中を見上げて、抱きしめられたいと思った。唇を重ねたいと思った。したこともない「なにか」をあなたとしたいと思った。この体の疼きを鎮める「なにか」を。 それが何か、オビ=ワンには分からなかった。 分からなかったけれど、赤い夕日に照らされたクワイ=ガンの端正な横顔を見たその瞬間、体が火照るのを感じた。自分の中に突如燃え上がった炎に怯えて、思わず強く噛んだ唇が切れた。 「オビ=ワン、どうした。血が出ているじゃないか」 黙って後ろをついてきていたパダワンを見ると、唇に血をにじませている。クワイ=ガンは驚いてオビ=ワンの顎を取り、傷を見てやろうと顔を近づけた。 「っ!!」 オビ=ワンは弾かれたようにその手を振り払い、そして一瞬怯えたような目をして、さっと身を翻した。突然のことにクワイ=ガンもなすすべがない。黙って走り去るパダワンを見送った。 「…………オビ=ワン?」 クワイ=ガンは立ち上がり、腑に落ちない表情で腕を組む。 もう日が暮れる。まあそんなに遅くならずに戻ってくるだろう、とクワイ=ガンはため息混じりに自室へと戻っていった。 体が熱い。 どうしてなんだろう。何も分からない。どうしたらいいか分からない。 オビ=ワンは1人で膝を抱え、じっと薄暗闇にうずくまっていた。 (マスターと……キスしたいだなんて……) 頭に血が上って、ずきずきする。自分の欲望に自己嫌悪し、そしてまた自分の欲望の本質がつかめない。 (いったい僕は何がしたいっていうんだ?) この思いはマスターに対するパダワンの敬愛。何度もそう念じてきたけれど、この体の熱はそんな綺麗事を否定するように燃え盛っている。 夕日を浴びたあの横顔。思い出すだけで体の芯に火が点り、涙が出るほど焦がれる。鼻の奥のつーんとした痛みをこらえて、オビ=ワンは混乱する頭を鎮めようと躍起になった。 「どうしたのかな」 突然声をかけられて、オビ=ワンは飛び上がらんばかりに驚いた。はっと顔を上げると、背にした林檎の木の陰に、誰かが立っている。辺りはだいぶ暗くなってきていて、少し離れただけでも誰の顔だか判然としなくなっていた。 逢魔が刻。 まさか化け物など出はしないだろうが、漆黒のローブに身を包んだその人はまるで物の怪のように見えた。すっと木の陰から姿を現し、長い黒髪を揺らして、オビ=ワンを見下ろす。オビ=ワンはその青年を知っていた。 「ザナトス……」 「久しぶりだね、ひよこ君」 至近距離ならまだ顔が見える。暗闇に目をこらして、オビ=ワンはその人の名を呼んだ。ザナトスは妖艶に微笑み、かすかにうなずくとオビ=ワンに視線の高さを合わせた。かがみ込んでくる姿勢にクワイ=ガンを思い出し、オビ=ワンは思わず目を伏せる。 「どうしたのかな、ひよこ君」 「な、なんでも……な……」 不意に手を取られて体がびくっと震える。 「やっ……」 思わず小さな悲鳴を上げてしまい、動揺を悟られたと思ったオビ=ワンは悔しそうに眉根を寄せた。 ザナトスはくすっと笑い、取った手を放した。 「どうしたのか、言ってごらんよ」 「…………………………」 オビ=ワンは黙ってその青年の顔を見上げている。 ザナトス。彼はクワイ=ガンの弟子だったらしい。意見の相違があって弟子を辞したと教えられた。ザナトスもクワイ=ガンもあまり多くを語らないので、オビ=ワンは2人の間に何があったのか詳しくは知らない。 しかし確実に、すれ違いがあったのだということだけは分かっていた。 ザナトスを語るときの、クワイ=ガンの静かな憤懣。 クワイ=ガンを語るときの、ザナトスの苦い瞳の色。 その2人の表情は、同じ過去について語っているとはオビ=ワンには思えなかった。 「ひよこ君?」 「ザナトス」 オビ=ワンは目を上げて、兄弟子の顔を見た。いや、正確には兄弟子ではないのだが、オビ=ワンはこの美しい青年のことを何とはなしに自分の兄のように思っている。 少し目を潤ませた少年はしばらく逡巡していたが、やがて困り果てたように口を開いた。 「僕は……どうかなっちゃったんだ」 どう言葉にしていいか分からず、そして正確に言葉にすれば己の醜悪な部分をさらけ出すことを知っているので、ただ自分の激しい気持ちを訴えることしかできない。 「僕は、なんだかおかしくて……病気みたいな感じで、でも多分病気じゃないんだ」 「…………そう」 「おかしいんだ。こんなふうになるなんて。絶対おかしいんだ」 「……どう、おかしいのかな」 優しく尋ねるザナトスに、しかし自分の恥ずかしい思いなど告げることはできない。オビ=ワンはただひたすら「おかしい」を繰り返した。 「とにかく、おかしくて」 頭を振って感情だけを訴える。ザナトスは深くうなずくと、そっとオビ=ワンの顎に手を伸ばした。 「たとえば、こんな風に?」 そして、素早い動きで唇を重ねた。 「んっ……!」 拒否しようにも、いつのまにか抱きしめられいて逃げることができない。唇を割って入り込んでくる舌に驚いて、固く目をつぶった。 「ん、ん……っ」 人の顔が、こんなに近くにある。人の体が、こんなに傍にいる。 思えば、初めての経験だった。いつでもマスターは傍にいるけれど、こんな風に、言葉通り「近くに」誰かがいたことはない。体を触れ合わせたことはない。 「ん……」 そう意識した途端、また体が熱を帯び始めた。胸の中から息苦しいほどの熱い想いがこみ上げてくる。喘ぐように口を開くと、生温いものが絡みついてオビ=ワンの舌を捕らえた。 熱を絡める行為が、オビ=ワンの意識を焦がしていく。 存分に口内を犯して唇を解放すると、オビ=ワンは熔けた視線を泳がせて呆然としていた。口の端から零れた唾液を拭うことすら忘れている。ザナトスはくすっと笑って、その柔らかい頬を撫でた。 「教えてあげようか、ひよこ君」 オビ=ワンは熱に浮かされた目でザナトスを見た。自信に満ちた笑みが試すようにオビ=ワンをのぞき込んでいる。 (教えてくれるの) 「知りたいんだろう? 君のこの、どうしようもない熱の正体を……ね」 そう言って深くうなずくと、ザナトスは己のローブを大きな動作で地面に広げた。まるで何かの儀式を始めるかのように。 わずかな力でたやすく押し倒され、オビ=ワンの体は玩具のようにその上に転がされた。 「さ、教えてあげるよ」 辺りはすっかり暗闇に覆われた。東の空から昇ってきた大きな月は禍々しい朱に染まり、果樹園を妖しく照らしている。覆い被さってくる影に息を呑んで、オビ=ワンは今己が踏み出そうとしているこの闇の正体に怯えた。 「や……」 「イヤじゃない。知りたくて、分からなくて、苦しいんじゃないのかい?」 美しい暗闇が優しげに囁く。再び唇を塞がれて、理性が熔けた。 こんなに苦しくて、熱くて、どうしていいか分からない。 これは、何……? おしえて………………。 「ほら、そんなに緊張しなくていい」 細い指が、オビ=ワンの着物を剥いでいく。ベルトを外し、上着をはだけて、白い肌の上を指先でなぞる。 「あっ」 くすぐったい感覚に似ている。けれど、ますます体の芯を灼く炎が燃え盛って、オビ=ワンはたまらず身をよじった。 「ああ……」 「こうすると……もっと熱くなる」 露わになった胸に顔を寄せ、舌を這わす。ぬめる舌が敏感な突起に触れ、オビ=ワンの体に甘い痺れが走った。 「あああっ!」 びくん、と体が揺れる。舌と指とを使い執拗にそこを刺激すると、未熟な体は面白いように反応を示した。 「んっ……やだぁ……」 「そのまま……スナオに感じていいよ……」 若い体は、わずかな刺激さえも貪るように快楽に変える。白い肌は桜色に上気し、胸の蕾はますます固く尖ってきた。それを指先でじらしながら転がして、オビ=ワンの切ない喘ぎ声を搾り取る。 「んあっ……あふぅ……」 ますます熱さを増していく体が怖かった。こんなになってしまって、一体自分はどうなってしまうのだろう……? けれどもう拒否することはできなかった。体はザナトスに翻弄されるがまま、快感を求めて疼いている。 ザナトスの形の良い爪が、オビ=ワンの肌にかすかな爪痕を残しながら下へ移動する。足の付け根に軽く爪を立てると、魚のようにオビ=ワンの体が跳ねた。 「ひっ」 「ここら辺が……切ないんじゃないのかな?」 するりと手を返してオビ=ワンのものを握る。すでに限界まで張りつめていたそれは、何度か擦りあげただけで簡単に果ててしまった。 「ああああっ……あっ」 体を震わせ、初めての絶頂に耐えかねて声を上げる。腰が抜けそうな感覚に怯えて、オビ=ワンは思わずザナトスの首筋にしがみついていた。 「……んう……ふっ……う……」 「よしよし、イイ子だねオビ=ワン」 オビ=ワンの欲望を手のひらに受け、ザナトスはこれ見よがしにその白い体液を舐め取った。濡れた指を咥えるその淫猥な表情に、オビ=ワンは我知らず体の芯が疼くのを感じる。 ザナトスはまだ白濁の残る手をオビ=ワンの目の前に突きつけた。 「君の、だ」 「………………い……や……」 「君の欲望だよ」 そして嘲りと同情の混じった優しい顔で笑う。 それなのに、体はますます熱く「なにか」を求めている。オビ=ワンは自分が自分でなくなるような気がした。 足を、大きく左右に開かせる。 体の中心を濡れた指でまさぐられると、奥が反応して疼く。 「感じる?」 「やっ……分かんな……い……っ」 どうしてそうなるのか、何が欲しいのか。オビ=ワンは焦れた体を持てあましてただ湿った呼吸を繰り返すばかりだった。 「分からないことは、ないはずだ」 指先をわずかに挿入れて入り口を広げると、オビ=ワンが甘い悲鳴を上げた。 「んあっ」 「ほら、分かるだろう。どうして欲しい?」 意地悪く指をうごめかせ、浅いところを何度も刺激する。きつく締め上げてくるそこを執拗に弄んだ。 奥が熱くて、疼いて、たまらない。オビ=ワンはいつしか求めるように腰を動かし始めていた。 「ふふ……イイ子だね」 しかしそれだけでは満足できる快楽は与えられない。 「オビ=ワン、言ってごらん。どうして欲しいのか」 「……わ……かんなっ……」 「分からなくない。君は知ってるんだ。……自分の体に聞いてごらん」 くちゅくちゅとみだらな音が耳につく。無意識に腰を動かして、オビ=ワンは浅い快楽を貪欲に求めた。 「ほし……いっ……」 「何が?」 くすくすと意地悪な笑みを漏らして、ザナトスはオビ=ワンの顔をのぞき込んだ。オビ=ワンは目に涙を浮かべ、顔を真っ赤に火照らせて、すっかり翻弄されきった表情だ。たまらなそうに眉根を寄せて、苦しそうに言葉を紡いだ。 「お……奥……奥をし……て……欲しいのっ」 喘ぎながら訴える瞳に欲望の色が光っている。ザナトスは一瞬息を呑み、そして一気に根元まで指をねじ込んだ。 「うあああっ!」 体を弓なりに反らせてオビ=ワンが叫ぶ。奥まで届く快楽にがくがくと体を震わせて、貪るように腰を振る。 「ああっあああっ」 「キモチイイだろう?」 「んっ……いい……いいよぉ……」 恍惚とした表情で訴えるオビ=ワンから指を引き抜き、固くなった自らのものを押し当てる。 「もっと……良くしてあげよう」 そして、熱の塊をオビ=ワンの体にねじ込んでいく。 「うああああっ!」 痛みと、そしてそれ以上の熱が体を引き裂く。奥まで挿入れられ、引き抜かれ、再び体を貫いて、何度も抽送を繰り返す。そのたびにオビ=ワンは声を上げ、息を漏らして快感を味わった。 「んっんっ……んうぅ……」 「ほら……キモチイイ?」 「いいっ……あっ……すごい…………」 もう理性など欠片も残っていないのだろう。恥ずかしげもなく喘いで、腰を揺さぶるオビ=ワンに、ザナトスは暗い笑みを浮かべてさらに強く腰を突き上げた。 「ふああっ……ザナトス……っ」 「イイ子だ……オビ=ワン…………んっ」 熱がこみ上げる。肉体の摩擦は熱を否応なしに高め、2人は限界まで上り詰める。心も体も溶け合うような激しくも甘い悦楽に身を委ねて、何度も何度も2人は互いを感じた。 乱れて、重ね。 挿入れて、引き抜いて。 抱きしめて、絡めて。 そして、互いに。 絶頂の快楽を放つ。 オビ=ワンは荒い息を吐いて果樹園の地面に転がされている。ザナトスは乱れたオビ=ワンのローブを拾うと、そのぼろ布のような哀れな体にそっと掛けてやった。 「早く、お帰り。寒くなるから」 漆黒のローブを羽織り、フードを目深にかぶって、ザナトスはオビ=ワンを一瞥した。まだ現実に立ち返らない少年が、すがるように見上げてくる。ザナトスは苦笑して、かすかに首を横に振った。 「これが君の本性だ。覚えておくがいい。それと……」 夜空を見上げると、いつの間にか満月が高く昇ってきていた。赤かった月は、今は青白い光を煌々と放っている。まぶしそうに月を見上げて、ザナトスは独り言のようにつぶやく。 「クワイ=ガンは、決してこんなことはしてくれない」 フードに隠れてザナトスの表情はオビ=ワンには見えない。けれど、その一言は永遠に溶けない氷のようにオビ=ワンの心に深く、冷たく突き刺さった。 「覚えておくんだね」 一度だけ振り返り、冷たい視線をオビ=ワンに投げつける。 そして、闇色の人は暗い夜の中へと去っていった。 独り、果樹園に取り残されて。 オビ=ワンは震える体を抱きしめた。 体の熱は今はもう収まっていた。放てば消えるものだと、初めて知った。 けれど、知ったからといって、どうなる? オビ=ワンは静かに涙をこぼした。青白い光に照らされて、冷えていく自分の体を憎んだ。自分の意志とは関係なく勝手に熱くなるその体を憎んだ。 ザナトスの言葉はきっと、正しい。 クワイ=ガンは決してこんな真似はしないだろう。 だったら、この恥ずべき体はどうしたらいい? この憎むべき欲望はどうしたらいい? 「…………マスター……」 かすかに唇を震わせて、その名を呼ぶ。 高潔なマスター。そして、穢れた自分。 今はっきりと、それが分かった。 涙が、止まらなかった。 月が静かに夜空に懸かっている。美しい光で、オビ=ワンの欲望をさらけ出そうというかのように。 禁断の実を食べた者は。 永遠に楽園を追われる。 <<END>> |
| お待たせしました。華南さんからの7000HITキリリク、ザナオビです。「大人な魅力で教えてあげちゃうザナトス」ということでナチュラルにこんな感じだったのですが、よく考えたら前にも同じような奴、書きましたね〜(汗)。ダメじゃん自分! ザナオビっていうと同じものしか書けないんだよきっと! このままじゃオフライン長編小説の続編も知れたものですね。ゴメンナサイ。 ザナオビはどーしてもザナクワが前提になってしまうのですよ。クワイに抱いてもらえなかった復讐をオビにする、っていうのが私のザナトスの存在理由なので。 もっと甘いザナオビが書きたくて設定までパラレルにしたのに、結局ダメでした。ごめんなさい華南さんっ!! こんなものでも目を通して頂けると嬉しいですが……。あせあせっ。 |