「ここで裸になりたまえ」 奴の声がやけに低く、耳に響いた。 くだらねぇ これは三文小説か、ポルノ映画か 馬鹿げている、と思う。 だが、 馬鹿げている、と言い切れるのは オレが観客席から出たことのない、第三者だったからなのだと そう、思い知らされる。 |
| ZANSHI |
残 滓 〜1章「志操」 後編〜 |
| SHISOU |
「ここで裸になりたまえ」 その声は、やけに低く耳に届いた。 「……………………はっ……」 ゴドーの咽喉から息が漏れる。言葉が遠く、現実が理解できない。ただ息苦しさだけが胸の辺りに漂っていた。 「何だ、そりゃあ」 本気で、訊いた。ゴドーには現状が理解できない。 「言葉のとおりだ。服を脱ぎなさい。たった今、この場所でだ」 (つまり……つまり……どういうことだ……?) それでも意味が分からない。 言葉が意味することは分かる。服を脱ぐ、ということくらい子供にだって分かるだろう。だが、その行為が何を意味しているのかが理解できない。 「クッ……。辱めを受けることが、それに耐えて見せることが、アンタへの忠誠の証しなのか?」 ゴドーは思わず嘲笑した。何と馬鹿馬鹿しい、幼稚な要求だろう。裸になり、床に這いつくばって靴でも舐めろというのだろうか。 それではまるで、ちゃちな三文小説だ。 「アンタ、マンガの読みすぎじゃないのかい? そんなことをさせて忠誠の証しとは……恐れ入るぜ」 笑いがこみ上げる。まるで子供が考えそうなことだ。あまりの馬鹿馬鹿しさに笑い飛ばそうとしたゴドーを、しかし局長は真面目な顔で凝視している。 「何か少し、勘違いをしているようだね」 あくまでも穏やかに、局長は言葉を紡ぐ。その静かな口調が、ゴドーの嘲笑を強い力で封じた。 「それだけで終わると、思っているのか」 「…………………………何がだ」 「私の要求だ」 「……………………」 裸になり、忠誠を示す。その後はどうなるか。 そこまで考えていなかったゴドーは、再び言葉を失った。 「君の体を自由にする、と言ったろう」 「………………馬鹿馬鹿しい、ぜ」 「そうかな。そう言うのは勝手だが、私の要求は変わらないよ」 局長は穏やかな笑顔で、固く言い放つ。顎を引き、下から舐めるような視線でゴドーを見上げる。 「服を脱ぎたまえ。君のその体を、楽しませてもらおう」 「…………………………」 「何か言いたいことでも?」 黙って立ち尽くすゴドーの周りを、局長はゆっくりと歩いて回る。視線が、どこまでも体に絡みつくようで、ゴドーは不愉快そうに眉根を寄せた。 「つまり、どういうことなんだ」 「何がだね?」 「アンタが俺にさせようとしていることの、すべてがだ」 背後で忍び笑いが聞こえた。 「フフフ……知りたいのなら、教えてやっても構わないが?」 「言ってみな、聞いてやるぜ」 振り返り、顎を上げて局長を見下ろす。自分より十センチ近く高いところから見下ろされて、局長はますますおかしそうに含み笑いを漏らした。 「そうか……無粋な男だ」 「何とでも言いな。俺に何をさせる?」 「ならば、具体的に教えてやろう」 局長は不意にゴドーの顎をつかみ、顔を間近に寄せて醜悪な笑みを浮かべた。冷たく燃える目の光が、ゴドーの真っ赤な視界の中で異彩を放っている。 凍てつく視線が、ゴーグルを通して両目を射抜く。 「君の体に触れ、隅々まで私のものにしてやろう。犯し、陵辱し、君を快楽の虜にするまで遊ばせてもらおうか」 「クッ…………」 顎をつかむ手に力が入る。ゴドーは小さくうめいた。 「君のような傲慢で怖いもの知らずな男を自由にできると思うだけで、たまらなくなるよ。私の手で、堕落したまえ……」 「馬鹿げてる」 本心で、そう思った。 自分のような、どちらかといえば無骨な体つきの男の、しかももう決して若くはないその体に、そんな欲望を持つこと自体が信じられない。 (やっぱり理解できねぇぜ……) ゴドーは局長の手を振り払い、クッと咽喉を鳴らした。唇の端が歪む。 (おや……?) 局長はここにきて、少しだけ意外そうな顔をした。怯えるかと思ったのだが、ゴドーがニヤリと笑って見せたのだ。 「言いてえことは、それだけかい? 局長サンよ」 さっきまでの恐怖は消えている。今、ゴドーにあるのはただ一言、 「馬鹿げてるぜ」 その感想だけだった。 「ほう、やはり馬鹿げてる、と思うのかね」 「ああ、くだらねえな……アンタ」 ちゃちな三文小説が、陳腐なカストリのエロ小説になっただけだった。 「つまり、見返りにケツを貸せ、ってことなんだろう?」 「ますます無粋な男だね、君は」 「飾るなよ。カッコつかねえぜ」 所詮、それだけの男なのだ。言うことを聞く代わりに体を差し出せ、とは月並みにもほどがある。まさか自分がそんな立場に置かれる日が来るとは思ってもみなかったが、それ以上に局長を軽蔑する気持ちのほうが強かった。 顎をしゃくって嘲笑う。 「アンタみてぇな小物にゃ、お似合いの筋書きかもな……クッ」 「それで、どうするんだね? 嫌だとは言うまい?」 一瞬、さすがに気分を害したらしい顔を見せたが、局長はすぐに余裕を取り戻して訊ねた。 「…………嫌、とは言えねえな」 普通ならそんなことは腕ずくでも拒否するが、今は契約を交わした身だ。ゴドーは手の中の検事バッヂをそっと握り締めた。それがゴドーの胸に付いている間は、局長には絶対服従なのだ。 覚悟をバッヂに託し、それをベストのポケットに突っ込んで、ゴドーは顔を上げた。 「いいぜ、アンタの話、乗ってやる」 「よかろう」 局長は軽くうなずき、後ろへ下がって応接用のソファへ腰を下ろした。革張りの分厚い背もたれに深く体を預けて、腕を胸の前に組む。 視線だけを上に向けて、局長は命じた。 「服を脱げ」 「…………………………」 遠くを見つめ、深く息を吸う。このまま息を吐き出してしまえば気力が萎えてしまいそうな気がして、ゴドーはスッと息を止めた。 自らのベストに手をかけ、たった三つしかないボタンを外した。風のようにベストを脱ぎ捨てると、今度はほとんど引きちぎらんばかりの勢いでモスグリーンのシャツを脱ぎにかかる。 「色気のないことだねぇ」 ゆったりとくつろいだ姿勢で眺めながら、局長が呆れ声でつぶやく。しかしそんなことに構っている余裕は、ゴドーにはなかった。 シャツのボタンを強引に外していき、最後のひとつなどは本当に糸がちぎれて飛んでしまった。ボタンが転がって乾いた音を立てることさえ知らずに、ゴドーはほとんど夢中でシャツを脱ぎ捨てる。 腕に留めていた銀色のアームバンドが二つ、床に落ちてけたたましい音を立てた。 「………………ほう」 モスグリーンのシャツの下から、思った以上にしっかりとしたゴドーの上半身が現れた。服の上からは骨ばっているようにしか見えなかったのだが、こうして見ると普通の男性程度には筋肉も付いている。 「病を得ていた、と言う割には、結構筋肉があるね」 「リハビリ、って奴だ」 しかし常識で考えて、これはただのリハビリの域を超えている。普通に生活するためだけではない、何かを成し遂げるための鍛錬の成果が見られた。 (ゴドー君……君はいったい何を背負っているのかね……?) ますます、興味をそそられる。愉快そうにうなずき、局長は命じた。 「下もだ」 「解ってる」 吐き捨てるようなその口調がたまらない。悔しさと苛立ちの交じり合った苦い声が、局長の耳に甘く蕩けた。 革製のベルトに手を掛け、自室で着替えでもしているかのように無造作に引き抜く。ズボンのジッパーを下ろしたところで一瞬だけためらったが、勢いをつけると膝下まで一気に引き降ろした。いちいち脱ぐほうが精神的に辛くなると解っていたので、下着も一緒に下ろす。 「………………フッ」 局長の忍び笑いなど聞こえもしない。下ろしたズボンと下着を足首から抜くとき、同時に靴下と靴が引きずられて脱げた。右、それから左と、素足を床に着ける。 気に入りのジャンフランコ・フェレのズボンが、下着と靴下を巻き添えにしたままもみくちゃの団子状態になってしまったのを見て、ゴドーは不愉快そうに眉をひそめた。 (まったく、サイテーだぜ) ゴミ箱に捨てるような手つきで、それを足元に捨て置く。 「ほう…………」 すべてを脱ぎ捨て、わずかにうつむくゴドーの横向きのシルエットを仔細に眺めて、局長は目を細めた。 骨太のがっちりとした骨格に、無駄のない筋肉。大きな印象のある体だが、思ったよりは全体的に細い感じがする。手といい足といい、体のパーツがむやみに長いせいだろうか。肉が付いていれば大柄に見えるのだろうが、自称病み上がりのこの男は、ひどく細長く見える。 局長はこの薄い影を、果敢無い、と感じた。 「悪くない」 二、三度手を打ち、賞賛の意を表すと、あからさまに機嫌の悪そうな顔をして見せた。その瞬間、果敢無い影は消え失せ、代わりに堅固な壁が立ちはだかる。何もまとわぬ全裸になっても、強い意志が固い鎧のようにその体を覆っていた。 (素晴らしいね) 自分の目利きに間違いがなかったことを知り、局長は我知らず微笑した。一目見ただけでは特にそそるところもなく、ただの自信過剰な男に過ぎない。が、その鎧のような固い自尊心を、欲望にまみれた手で少しずつ剥ぎ取っていくことを想像すると、体が熱くなる。 (逸材というのは、見た目だけではない。素質なのだ) そしてこの男には、下劣で卑怯な欲望の餌食になる素晴らしい素質が備わっていた。強い意志と弱い立場。太い骨と細い体の線。そして堅固なプライドと、それを崩していく…………調教。 人間は、アンバランスな中にこそたまらない魅力を隠しているものだ。 「ゴドー君、こっちを向きたまえ。君の体をよく見せないか」 自然とうわずってしまう声で、命じる。 ゴドーはクッと咽喉でうめくと、局長を睨みつけた顔の角度はそのままで、体を正面に向けた。 「ほぉ……なるほどな……」 上から下へ、下から上へと、舐めるように視線を這わせる。その卑猥ににやけた口元を見て、ゴドーは酸っぱい唾液を飲み込んだ。 (反吐が出る、とは、このことだ) 本能的な、生理的な、嫌悪感が皮膚の表面を這いずり回る。いますぐ殴りかかりたい衝動を、拳を握り締めて抑えつけた。 「では、こちらへ来なさい」 右手を軽く上げ、指先で招く。その些細な動作ひとつ取っても、今のゴドーには耐え難い屈辱である。 それでも、逆らうわけにはいかない。 ゴドーは局長が背にしている本棚の向こう側に目をやり、さらにもっと遠くを見つめるような気持ちで、頭を空っぽにしようと努めた。何か考えたらますます余裕を失っていくだけだ。 (とにかく、従うしかねえ。簡単だ……好きにさせてりゃいい) 「……フフ、いいねぇ。こんなに気分が好いのは久しぶりだよ」 嬉しそうに囁くその声を右から左へと聞き流して、ゴドーはゆっくりと局長の待つ椅子へと歩を進めた。永遠に到着しなければいいのにと虚しく願ってみても、わずかな隔たりは十歩も行かないうちになくなってしまう。 (クッ……首吊りの処刑台だって、十三歩の余裕があるんだぜ?) ゴドーの歩幅で、たった八歩だった。もう局長の伸ばす手に、体が晒されてしまう。 椅子の肘掛に右肘を付いたまま、局長は手をゴドーへ向けた。 さら、と肌に触れる。 若くもなく、年老いてもおらず、何の感慨も起こさないその手触りに、局長はかえって興奮させられた。 (これが、私の手で熱く、湿るのだ……) たまらずゴドーの手を引き寄せ、手の甲に舌を這わせる。 ぬるりとした生ぬるい感触に、ゴドーの全身が総毛立った。 「………………っ!」 反射的に手を引くが、強い力で引き戻された。手の甲に、指の股に、分厚い舌を這わせて恍惚とした表情を浮かべる局長を見下ろして、ゴドーは強烈な不快感に必死で耐えいていた。 「どうしたんだね、こんなにして」 鳥肌の立った腕を下から上へと撫で上げて、ゴドーの顔を覗き見る。歯を食いしばって耐えるその表情が支配者の劣情をそそることを、果たして本人は知っているのだろうか。 (征服者の心理など、こんな男が知る由もなかろう) それを楽しめるのは、力を持った者だけなのだ。 固く強張るゴドーの腕をほぐすように撫で上げる。そのたびに腕の皮膚がざわめくのが楽しくて、意地悪くその動きを繰り返した。 何度かそうしていると、乾いた肌の感触がさらりと手のひらに伝わってくる。 (慣れたな) 見上げると案の定、入りすぎていた肩の力が少し抜けている。 ここが、入り口だ。 局長はニヤリと笑うと、おもむろに立ち上がった。ゴドーの耳元へ口を寄せ、低い声で囁く。 「私の言うことを聞いていればいい。簡単なことだ」 頭の中を読まれたかのような錯覚に、ゴドーは驚いて局長の目を見た。 薄汚い色の目が、ゴーグルの視界の真正面に光っている。 「そう、気張らなくてもいい。どうすればいいのかは、教えてあげよう」 「………………そいつは、ご親切に、だぜ」 「ああ、最初から無理なことを強いるほど無粋ではないからね、私は」 局長は一瞬だけ人の良さそうな笑顔を浮かべ、そして次の瞬間には再び支配者の目でゴドーを射抜いた。 (何てぇ性質の悪さだ……) 甘く見すぎていたかもしれない、と背筋が凍る。が、今更そんなことを思ってみてもどうすることもできない。 局長が手を伸ばし、ゴドーの体を導く。柔らかく、しかし有無を言わさぬ動きで、長い方の応接ソファへとゴドーを横たえた。 全裸でそんなところへ寝そべる自分を思わず想像してしまい、ゴドーは固く目を閉じる。 (考えるな……考えるな…………) みっともない、惨めな自分を思い浮かべたらますます辛くなる。何も考えず、ただそこに在りさえすればいいのだ。 (君の考えは、手に取るように分かりやすい……かわいいことだ……) 葛藤するゴドーを満足げに見下ろして、局長は獲物の上へ圧し掛かった。体を抱き、顔を寄せる。 「クッ」 「こっちを向きなさい」 「……………………」 言ってはみたものの、ゴドーが言うとおりに動かないであろうことは予想している。顔を背けたままのゴドーの首筋に唇を付け、筋の張ったうなじを舐め上げた。 「………………っ!」 声にならない悲鳴を上げて、ゴドーが身をよじる。 「肌を舐められる感触がよほどお気に入りのようだね」 「ふざけんなっ……」 「ふざけているのはどっちかな」 首筋を指でなぞり、舌先でくすぐる。力いっぱい顔を背けるゴドーの耳元まで、蛞蝓の這うようなおぞましい感触が上がってきた。 耳朶をゆるく噛まれ、湿った声が耳元で囁く。 「絶対服従だ」 「……………………ク」 分かっているはずなのに、すぐに体がそのことを忘れようとする。いや、覚えているのかもしれないが、反射までは制御できない。強張る体を震わせ、逃げ出さないようにするのが精一杯だった。 (クッ……情けねぇ……っ) 協力的な態度を取るつもりはさらさらないが、かといっていつまでも往生際の悪いところは見せたくない。そう思っているのに、「こちらを向け」というだけの簡単な指示にすら従うことができなかった。 諦め切れないプライドが、滓のように体中にこびり付いて落とせない。 「強情だな。困った子だね、君は」 言葉ではそう言いながら、局長の口調は楽しげだった。ゴドーの顎をつかみ、強く引き寄せる。 そして無理やり向かせると、唇を重ねようと顔を寄せた。 「ク……………………ッ」 (簡単だ……ただ放っておけばいい……させたいようにさせてりゃいい……) 心の中で強く強く念じているのに、それでも体は強張り、言うことを聞かない。息の掛かる距離まで迫られて、唇が触れようとする瞬間に思わず顔をずらしてしまった。 乾いた唇のすぐ下あたりに、湿った柔らかな感触が当たる。 「キスすら、できないじゃないか」 局長は不満そうな声を上げたが、やはりゴドーを非難するほどではない。むしろそうして無様に足掻く獲物を楽しんでいるようだった。 「…………………………」 返す言葉もない。言いなりになるどころか、それを拒否する自分さえ止められない。 ゴドーは唇を噛んだ。 「力を抜きたまえ。これではまるで彫像のようだよ」 張り詰めるゴドーの体を緩やかに撫で、首筋から今度は胸のほうへと舌を伸ばす。緊張と恥辱で強張るゴドーの体は真っ赤に染まっていた。 手でまさぐり、舌で味わう。緊張のために汗ばむ肌は、高い体温とあいまって雄の臭いをまとわせていた。 「ここも、固くなっているね」 胸の突起に指で触れると、ゴドーの咽喉がかすかに痙攣する。指と舌で敏感な突起を刺激すると、弾かれたように跳ね起きた。 「…………………………ク……」 「活きがいいな。まるで牡鹿だ」 手足は細く、しかし力強いその瞬発力が、まさに角を構えた牡鹿のようだ。 ベッドに細長い体を横たえたゴドーを改めて眺めると、その感想はいっそう強いものになる。押さえ込んだかと思っても、隙あらば跳ね除けようと身構えている。……そんな動物に似た緊張感が、雄の狩猟本能に訴えかけてくる。 おもむろに獲物の上にのしかかり、再び胸に指を滑らせる。今度は跳ね除けようとはしない。何度か擦ってやると、赤い突起は腫れたように固くなった。 舌先で転がし、指で押しつぶす。そのたびに喘息病みのような荒い呼吸がゴドーの咽喉から漏れた。 (狩られるからこそ、獲物という……) 逃がすつもりはない。ギリギリまで追い詰め、体力と気力の限界まで弄んで、最後には自ら檻に入ることを望むまでに追い込んでやりたい。残忍な狩猟者の欲望が、局長の顔にまざまざと浮かんだ。 (気色悪ィ…………) 先端を無遠慮に触られて、強烈な痺れが神経を直接刺激する。胸をまさぐる、という、まるで女を喜ばせるような手で愛撫されていることが嫌だった。オトコもそこで感じる、ということは知らないではなかったが、それが快感になるとは到底思えなかった。 何よりも、この吐き気を催すような最悪のオトコに体を弄られて、それがいつか快楽になるなどと想像もつかない。 (考えるな……黙って……やり過ごせば……) とにかく神経を拡散させようと努力するが、敏感なところを摘まれて体がびくっと反応する。どうしても神経の集中するところ、刺激の中心へと意識がいってしまう。 「だいぶ好いようじゃないか」 身悶えするゴドーの肌に吸い付くように唇を這わせて、局長が湿っぽい息を吐く。 (何見て言ってるんだ……ドブネズミ……) 醜悪なその顔を赤い視界に映して、ゴドーは顔をしかめた。体中の鳥肌はもう収まっていたが、快感には程遠い気分だ。 煽るためにわざと卑猥なことを言っている、ということくらい分かっているが、反発する気持ちを抑えられない。 「体がどんどん受け入れていくね。……素質があるじゃないか」 「言ってろ」 「フフ……もっと好くしてあげよう」 局長は醜く唇を歪め、手をさらに下方へと伸ばした。 「…………ひっ」 ビクンと体が震える。男などに触らせたことのないところを、何の前触れもなく握られてカッと頭に血が上る。 「てめ……ェ……ッ」 「胸よりこちらのほうが、慣れた快楽だろう?」 (男にニギられて、いいわけねぇぜ) 言葉を飲み込むのが精一杯だった。ゴドーの意思とは関係なく勝手に逃げようとする腰を、局長はしっかりとつかんで離さない。 「ホラ……硬いじゃないか」 局長は見せ付けるように、ゴドーの物を手で扱き上げる。素早い手の動きが鋭く尖った神経を撫で、腰から背骨へと突き抜けるような痺れが走った。 「くうっ…………」 「悪くないだろう?」 言いながら、次第に手の動きを早めていく。根元から先端へと繰り返し擦られても、こみ上げるのは快楽ではなかった。 吐き気と嫌悪感が内臓を駆け上がってくる。 「ん…………うっ……」 眩暈と吐き気が、脳をかき回す。罵りの言葉と吐き気を必死で飲み下すと、目にうっすらと酸っぱい涙が滲んだ。 ゴーグルを着けていてよかったとぼんやり思う。こんな顔を見られたらまた何を言われるか分からなかった。 (ああ……必死になって、かわいいねぇゴドー君) ゴドーのそんな反応も心理も、局長にはすべて手に取るように分かっていた。権力者として、支配者として、他人を踏みにじる術には長けている。弱者の反応など、手のひらから逃げ出そうとうごめく小さな毛虫のようなものだ。 生殺与奪の権は局長の手の中に在る。 その快楽、その優越感。 (たまらないねェ……) 目を細め、次第に熱をはらんでいくゴドーの物を執拗に擦り続けた。 「う…………あ…………」 時折、ゴドーの口から堪らなくなった喘ぎ声が漏れるのが、局長の中心を痺れさせる。快楽か、屈辱か、その混じり合った感情か……。いずれにしろ強い刺激がゴドーの体内を駆け巡っている。 想像するだけで、自らも熱くなるのが分かった。 「どうだい、ゴドー君」 手をせわしなく動かしながら、顔を玩具のようなゴーグルへ近づける。息をするだけで精一杯、といった様子のゴドーの唇を舐め、逃げないのを確かめて今度は唇を重ねた。 「ンッ…………」 固く閉じる唇をこじ開け、歯を舌先でなぞるが、そこから先へは侵入を許してくれない。湿った肌とは対照的な、かさかさに乾いた唇を甘く噛むと、ゴドーの全身にぞっと鳥肌が立った。 「キスが感じるのかな」 「…………………………」 もう何かを言うのもうんざりする。ゴドーはむっつりと黙り込んだまま、顔を背けた。汗と唾液で濡れた首筋を眺めて、局長は含み笑いをこぼした。 「退屈かな、ゴドー君?」 「さてね」 四肢をソファに投げ出し、顔を背けたままでゴドーはうそぶく。投げやりになっているのか、行為に慣れてきたのか。……おそらくはその両方なのだろう。ゴドーは少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。 (そんな余裕など、獲物にはないのだよ) 「せっかくだ。君の知らないことで、楽しんでもらおうか」 局長はおもむろにゴドーの両足首をつかむと、ためらうことなく左右に開いた。 「クッ!」 バランスを崩したゴドーが、後頭部をソファの低い肘掛に強くぶつける。ゴン、という鈍い音とともに、ゴドーは一瞬視界が真っ白になった。 が、そんなことにも気を使うことなく、局長は開いたゴドーの下肢に手を伸ばす。足の付け根をぐるりと指でなぞり、締りのいい固い双丘を手のひらでまさぐった。 「…………く、う……」 ふらふらする顔を上げようとしたが、腰を高く上げられていて頭が上がらない。尻を撫でられる不快感に声を上げても、咽喉が塞がって動物のようなうめき声しか出なかった。 「フフフ……ココの良さは知らないだろうね?」 局長の卑猥な含み笑いが空虚な部屋に低く響く。ゴドーの後ろを親指で割り開き、その中心に指を押し付けて、抉るように弄ぶ。 「うあっ……や、めろ…………ッ」 誰にも触れられたことのない場所を指で弄られて、ゴドーは思わず悲鳴を上げた。力が入って固くなるそこへ強く指を押し当てて、局長は声を上ずらせる。 「何を言う。本当ならば君にはそんなことを口にする権利さえないのだよ、ゴドー君?」 「クッ……」 中指の先端が中へと入り、そのまま第二関節ほどまで飲み込まれていく。締め付ける入り口の固さに興奮して、局長は挿入した指を激しく動かした。 「く、あ、やめ…………やめろ……ッ!」 「拒否することはできないと、言っているだろう」 柔らかく熱い内壁を指の腹で擦ると、その動きにつられてゴドーが声を上げる。 「う……クッ…………うぅ……」 「感じるか?」 「…………ふっ……う……」 声を出すまいとして、唇を固く噛んでいる。それでも耐え切れない喘ぎが、吐息と共に途切れ途切れに唇から漏れ出るのが、たまらなく劣情を誘う。 指を入れただけでは飽き足らず、今度はその指の抜き差しを始める。根元まで入れ、引きずり出すと、未知の感覚にゴドーがとうとう大声を上げた。 「やめろっ! ぬ、いて……くれ……」 「どうした、これからだぞ?」 (これから…………?) 頭に血が上り、一瞬その意味が理解できなかった。が、何が「これから」なのかを思い出したとたん、今度は一気に血の気が引いた。 (これから、もっと…………) ほんの少し想像しただけで、体中から力が抜けるような気がした。指を入れ、次には局長の物をそこに受け入れなければならない。指より太くおぞましいものが自分の内部に侵入することを考えて、ゴドーは体を震わせた。芯から来る小刻みな震えが、やがてゴドーの全身を支配する それは嫌悪と、恐怖だった。ぎりぎりのところで屈辱に耐えてきたプライドと羞恥心が限界に達し、津波のような恐怖が押し寄せる。 「頼む……止めてくれ……」 「おやおや、降参かね」 「もう…………耐えられねぇ…………」 自分が何を言っているか、分からなかった。ただ、これ以上は嫌だと、萎えた心が悲鳴を上げている。一度感じてしまった恐怖を振り払う気力はもうなかった。 局長はやれやれ、と首を横に振る。 「私との契約は、どうする」 「……………………頼む、許してくれ……」 カッコなどに構っていられなかった。ただ、体をまさぐられる嫌悪感に、これ以上耐えられない。 局長はゴドーの顎をつかみ、乱暴に引き寄せた。 「仕方のない奴だ」 「……………………」 「情けない顔をするじゃないか。さっきまでの勢いはどこへ行ったんだね」 歪んだゴドーの顔を見て、嘲笑する。 (情けを乞う姿さえそそるとは……君は本当に素晴らしいよ、ゴドー君) 弱者の泣き言なら、踏み潰してしまうだけだ。だがゴドーの悲痛な哀願は、まるでガラスが砕ける音のように鋭く心地良い。 局長は寛大にうなずいて見せた。 「いいだろう、今日はこれまでだ」 「……………………は……」 そう言うと、ゴドーはまるで子供のように無防備な顔でほっと息を吐いた。肩から力が抜け、張り詰めていた空気が瓦解する。 ニヤリ、と局長は笑った。 「……私のほうを良くしてくれたら、今日はそれで許してあげようじゃないか」 「……………………あ?」 思わぬ言葉に、ゴドーが身じろぎをする。まっすぐ見上げてくる視線を心地良く感じながら、局長は横たわるゴドーの体の上におもむろにまたがった。 「私を感じさせてくれ」 「………………な……に……」 胸の上に腰を下ろし、ダンヒルのズボンのジッパーに手をかける。上品な色合いのスーツから、興奮しきった自らの物を取り出すと、ゴドーの顔に突きつけた。 「…………ッ!」 そそり勃つ物を目の前にして、体が硬直する。一瞬でも緊張を緩めてしまった精神には、わずかな気力さえ残されていない。 「舌を出して舐めろ」 熱を帯びる自身を右手に握り、見せ付けるように擦り上げて命じる。固くなったそれは、ゴドーの視線に興奮を増したのか、数回擦っただけでもう先端に露を宿す。 「どうした、舐めないか」 「クッ…………無理、だぜ……」 「ハハ、聞こえないな」 あざ笑う声が高く響く。完全に降伏の姿勢を取るゴドーに自らの欲望を突きつけて、局長は昂ぶる気持ちを抑えることなくぶちまけた。 「どうした、その口で咥えてみろ」 腰を近づけ、顔のすぐそばで擦る。反射的に顔を背けたゴドーの手を乱暴につかみ、ぐっと引き寄せた。 「握れ」 「ク……」 「握るんだ」 強引に自分の先端を握らせ、擦り付けようとする。ぬらつくものから必死に手を引いたが、一瞬だけ触れてしまった指先から生温かい感触が伝わってくる。 「……ク……ッ……」 ぞっと、全身から血の気が引く。あまりの生理的な嫌悪感に、眩暈がした。 「ほら、感じさせてみろ。どうした。自分で握ることさえできないのかね」 罵声がゴドーを打ちのめす。 (畜生……畜生………………ッ!) 目の前の物が限界まで張り詰めている。熱くぬめるそれから目を背けて、ゴドーは歯を食いしばった。 苦悶するゴドーの横顔を見下して、局長は恍惚とした表情を浮かべた。 「堪らないな、ゴドー君。……ほら、もう、出すぞ」 「……………………ツッ」 「ん……うぅ……ゴドー君……ッ」 次の瞬間、ゴドーは強い力で顎をつかまれた。力任せに正面を向かされた顔に、熱い飛沫が注ぐ。 「うっ」 「クッ…………!」 断続的に降りかかるそれを避けることもできず、まともに顔面に受けてしまう。生臭い雄の臭いが鼻につき、吐き気がゴドーを襲う。 「………………ッ」 唾液を飲み込み、固く目を閉じて、生理的反応が落ち着くのを待つ。胃が痙攣して強く不快感を訴えるが、耐えることしかできない。 胸の上の重圧がふと軽くなり、乗っていた局長の体が退いたことを知った。ゴドーも身を起こし、べとつく顔を手で拭う。 白い液が手に付き、蛍光灯の下でいやにてらてらと光って見えた。 「フフ……悪くなかったよ、ゴドー君」 呆然と濡れた手を見詰めているゴドーの背後に立ち、肩に手を置く。緩慢な動きでその手を振り払うゴドーに、まだ抵抗する気力があったのかといささか驚かされた。が、局長にとってはそれもまた嬉しい驚きである。 「仕方ないね。今日はここまでで許してあげよう」 恩着せがましいことを言いながら、ゆっくりとゴドーのそばを離れる。デスクの前に行き、机の上に置かれた秘書の伝言メモに目を走らせる。 『橋田様より、本日十九時のお約束の確認でお電話がありました』 時計を見ると、間もなく約束の時間になろうとしている。局長は崩れ落ちるような姿勢でソファに座ったままのゴドーを振り返り、優しい口調で声をかけた。 「ゴドー君、私はこの後約束があるのでね。これで失礼させてもらうよ」 「……………………ああ……」 「片付けたら、勝手に帰りなさい」 「………………ああ……」 ゴドーは頭を上げ、辺りを見回す。脱ぎ捨てた服が床にぼろくずのように打ち捨てられていた。それを拾い、着て、帰らなければならない。だがどうしようもない倦怠感が体中に残り、しばらくは動けそうになかった。 靴音を響かせて、局長がゴドーに近づく。白髪の髪に手を乗せ、耳元に口を近づけて囁いた。 「明日もこの時間に、ここで」 「……………………………あ、ああ……」 「君はまだ、私の物を握ってさえいないのだからね」 フフ、と笑うと、局長はまっすぐ部屋を横切り、出入口の重い扉の向こうへと姿を消した。 後に残されたゴドーの頭に、局長の声が何度も繰り返し響く。 『まだ、握ってさえいないのだからね……』 初めは、簡単なことだと思っていた。馬鹿馬鹿しい取引だとさえあざ笑った。 (ただカマを掘らせりゃすむ、なんて誰が思ったんだ……?) それがどういうことか、何もわかっていなかった。ただ体に触れられただけで弱音を上げ、局長の体に自ら触れることさえできなかった。 長い長い時間、屈辱に耐えたつもりだったが、まだ何もしていないも同然なのだ。 「明日…………」 次の陵辱まで、あと二十四時間の猶予もない。たったの二十四時間。それが過ぎれば、今度はもっと悲惨な行為を強要されるのだ。 たったこれだけのことにも耐えられないのに。 いったい明日は何をされるのか。させられるのか。 「………………クッ……」 背筋を、嫌悪と屈辱が駆け上がる。ぶるっと大きく身震いをして、ゴドーはぼんやりと天井を見上げた。 どうやら神様は、俺から何もかも根こそぎ奪わなきゃ気がすまないらしい……。 何も失うものはないと思っていたのに、残り滓のようなプライドが容赦なく奪われようとしている。 搾取の手は、ゴドー・神乃木の上に宿ってまだ離れる気配はなかった。 明日もまた、奪われる。想像することさえ拒否して、ゴドーは目を閉じた。 身じろぎもせず、まぶたの裏の暗闇をじっと見つめ続ける。己の闇以外は、何も見えなかった。 <To be continued..........> |
|
|
| by明日狩り 2004/8/1 |