大切な人を、なくしました。

僕らにできることは、何ひとつなくて。

ただ、寒空の下、寄り添いあっていました。
















ぽっかり
















 それは年も明けてしばらく経った、ある寒い日のことだった。
 薄く曇った空の下は北風が容赦なく吹き付け、寝転んだ土の下からは寒さがしんしんと襲ってくる。

 凍える体をまるで他人事のように感じながら、荘龍は真っ白に広がる冬空を見上げていた。

「おい、不良コーコーセー」
 河原に寝そべってぼんやりしている荘龍に、上の土手から声を掛けた者がいる。
「あんだよ、不良ショーガクセー」
 顔を見なくても誰だか分かる。荘龍は感情のこもらない声で、うるさいのを振り払うように言った。

「コーコーセーは、ガッコ行かなくていいのかよー。冬休み終わってんだろー?」
「ガッコ行かねえショーガクセーに言われたかねー…………」
 土手の上の少年は乾いた土手を滑り降り、荘龍の隣に到着して腰を下ろした。胸に付けた「成歩堂龍一」の名札が揺れる。
 ランドセルを脇へ置くと、龍一少年は膝を抱えて寒そうにうずくまった。

 それきり、2人の少年は黙り込んだ。

 小学校も高校も、今はちょうど3時間目が始まった頃だろうか。
 それでも「不良」たちはこんな場所で、何をするでもなくぼんやりと空を眺めている。

「帰れよ」
 不意に、荘龍が言った。言われた龍一も慣れたもので、いつものようにふてぶてしく
「やだ」
 と、一言ではね返す。

「帰れよ。今日はオマエの相手する気はねーんだ、クソガキ」
「僕がオマエの相手してやってるんだよー」
「かわいくねー」
「オマエがかわいくねー」

 年も7つ離れたこの2人は、どういうわけか気が付けば一緒にいる。
 気が合うというのでもない。何かするわけでもない。
 それでも荘龍と龍一は、なぜかしょっちゅうこうして悪口の言い合いばかりしていた。

 いつもなら口ゲンカをして、たまにはアイスのひとつもおごってやったりする荘龍だったが、今日ばかりはガキの相手をする気分にはなれなかった。




(御剣先生………………)

 ケンカをして、人を傷つけて、無益な時間を潰して生きてきた荘龍に、オトコを教えてくれた人。
 神乃木荘龍という野良猫を、優しく拾い上げてくれた大人の手。

 荘龍は御剣信のことを考えていた。

 ケンカが傷害事件に発展し、誰もが敵にしか見えなかったそのとき、荘龍の味方をした弁護士がいた。それが御剣信だった。
 目の前の人間すべてに拳を振るい、触る奴には噛み付く。そんな荘龍に何度も手を差し伸べてくれた御剣弁護士は、荘龍のたった1人の理解者だ。

(センセイ…………センセイ…………)

 誰にも懐かなかった荘龍が、「センセイ」と呼んで慕っていた男。

 しかし、御剣弁護士はもうこの世の者ではなくなっていた。


 先月の話だ。
 地方裁判所で、殺人事件が起きた。密室で殺された被害者は、他でもない、御剣弁護士だった。
 犯人はまだ捕まっていない。容疑者とされる人間はいたが、本当に彼がやったのかどうかは依然として不明だ。

 けれど荘龍にとってそんなことはどうでも良かった。
 御剣信はもう、この世にはいない。
 それだけが、胸に突き刺さっている。氷のような痛みは、荘龍にとって真冬の寒さよりもリアルだった。


「ソーリュー」
 龍一がうるさくまとわりついてくる。
「うるせーんだよ。オマエ、もう…………」
「ソーリューは、大事なヒトっているか?」

『もう帰れ』と言いかけた荘龍は、思わぬ言葉に口をつぐんだ。
 この小学生のガキはときどき、とんでもないことを言うことがある。
 まるで心を見抜かれたかのような錯覚にとらわれて、荘龍は息を呑んだ。

 そんな荘龍に気付いた様子もなく、龍一は膝を抱えてぼんやりと川の方を眺めている。
「大事なヒト、いるか?」
「…………さぁな」
「僕はいるよ」
「へぇ…………ハハオヤとか?」
「違うよ。親とかじゃなくて。もっと別の大切なヒト。……ソーリューはそんなこともわかんねーのかよ」

 生意気な口をきく小学生に、内心冷や汗が出た。
 それでも何気ない振りを装って、話を合わせる。

「それで?」
「いい奴なんだ。僕を…………助けてくれたんだ」
「ふぅん」
 龍一は肩を落とし、ずっと川面を見つめている。独り言をつぶやいているような龍一にとって、この話をする相手は誰でもいいらしい。
(本当に、自分の話なんだな……リューイチ……?)

 いつも元気で生意気なだけのリューイチが、珍しく深刻な顔で話す「大事なヒト」の話に興味をそそられて、荘龍は体を起こした。
「そいつ、どんな奴?」
「僕のことを助けてくれた」
「いつ?」
「夏に。……誰も信じてくれなかったのに、アイツだけが僕を信じてくれたんだよ」

「分かった、オンナだろー?」
 からかい気味にそう言うと、龍一は顔を赤くして声を上げた。
「違うよ! オトコ!」
「そういうことにしといてやるよ」
「違うったら!」
「へーへー」

 繰り出された軽いパンチをかわして、荘龍は少しだけ笑った。
 が、すぐに真面目な顔になって2人とも黙り込む。

 龍一の話は、他人事とは思えなかった。

「…………そういうことって、あるよな」
「ソーリューもか?」
「まぁ、な。あのヒトだけは……オレを信じてくれた……」
「ふぅん」

 乾いた北風が頬を殴る。
 龍一は寒そうに体を縮め、抱えた膝に顔をうずめた。


「なあ、ソーリュー…………」
「何だよ」
「僕、ちゃんとありがとうって言えばよかった」
「何で」
「多分、ありがとうって言ってなかったと思うんだ。……なんかさ、言いにくくてさ」
「そうだろうぜ」

 そんなコト、なかなか言えるもんじゃない。
 照れとか、プライドとか、慣れていないとか。
 そういうつまらない理由で大切なことを言いそびれることは、よくあることだ。

「でも、言える時にちゃんと言わないと、ダメなんだよな」
「………………………………」

 龍一の言葉が重くのしかかる。

(オレはセンセイに、ありがとうと言ったっけか……)
 よく思い出せない。
 いつも感謝はしていたが、それをきちんと言葉にして表したことがあったかどうか。

「ソーリュー」
「何だよ」

「僕の大事なヒト、いなくなっちゃった」
「!!!」

 やっぱり心を読まれている、と思う。だが、そんなはずはない。ありえないことだ。
 龍一は自分の気持ちを話すのに精一杯で、他人のことなど考える余裕はどこにも見られない。

 つまりこの話は、龍一自身の話なのだ。

 すごい偶然だな、と荘龍は顔をしかめる。

「…………オマエの大事なヒト、どうした?」
 覗き込んで尋ねると、龍一はほんの少しだけ顔を上げた。
 目が、真っ赤になっている。

「引っ越したんだって。冬休み終わったら、もういなくなってた」
「…………そうかぁ…………」

 そりゃ辛いな、と荘龍はため息を吐く。
 小学生にとって、「引越し」「転校」というのは、今生の別れに等しい。
 自分が幼かった頃のことを思い出して、荘龍は苦笑した。

「そりゃあ、残念だな」
「連絡、取れないんだって。急に引っ越したから」
「オマエにも何も言わないで?」
「……………………うん」
 荘龍の言葉に頷いて、龍一はぎゅっと顔をしかめた。堪えきれずにこぼれた涙がひと粒、乾いた頬を伝う。

(やべ…………)
 考えなしに口をついて出た言葉だったが、小学生には残酷すぎるひと言だったと思う。
 いくら大切に思っていても、相手にそう思われていないこともある。
 そう思い知らされるときほど辛いことはない。
 龍一の「大事なヒト」がどんなつもりで去ったのかは分からないが、余計なことを言って龍一をことさらに傷つける必要はなかった。


 荘龍は慌てて、立ち上がる。

「待ってろ、リューイチ」
 吐き捨てるようにそう言うと、荘龍は勢いよく土手を駆け上がった。
 すぐそばの橋のところに自販機があることは知っている。めちゃくちゃに駆け出して、リューイチが逃げ出さないことだけを祈った。

 急いで戻ると、まだ小さな小学生はそこに座っていた。
 荒い息を吐きながら、荘龍は土手を滑り降りる。

「リューイチ! 受け取れ」

 荘龍はそう言うと、手にした缶をまっすぐ龍一に突き出した。
 目を真っ赤に腫らした龍一が、小さくしゃくり上げながら、その手を見上げる。

「飲め」

「…………コーヒー、嫌い」

 荘龍が突き出したのは、熱い缶コーヒーだった。
 自分のと、龍一のと。2本の缶コーヒーが荘龍の手に握られている。

 寂しそうにうつむく龍一の手をつかむと、無理矢理ひとつの缶を持たせた。

「熱ッ」
「いいか、リューイチ。教えてやるぜ」

 荘龍は怒ったように龍一を睨みつけ、声を低くして言った。

「オトコが泣いていいのは、すべてを終えたときだけ、だぜ」
「ソーリュー……」

 それは荘龍が、今は亡きセンセイ、御剣信から教わった言葉だった。御剣にはいくつも大切なことを教わったが、その中でも取って置きの言葉を、荘龍は龍一に伝授する。

 突然そんなことを言い出す荘龍に驚きながらも、龍一は歯を食いしばって小さく頷いた。
 荘龍の言いたいことが、何となく分かる。



 真剣な面持ちの少年たちは、土手に座ると、熱い缶コーヒーを開けた。
 カシュッ、と小気味良い音がして、ふわりと苦みばしった香りが漂う。

「…………苦い」
 ひと口飲んで、龍一が顔をしかめる。砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーは、子供の口には合わない。
「文句言うな」
 やはりまずそうに顔をしかめながら、荘龍もそのブラックコーヒーに口をつける。

「いいか、大人のオトコはブラックコーヒー、だ。そう決まってるんだ」
「まずいよ」
「まずくても、だ」
「そうか」

 訳も分からず、けれど真面目腐った顔で、龍一はそのブラックコーヒーを飲んだ。


 決しておいしいとは思えないその「オトナの味」を、2人の少年は黙って飲み干す。
 熱いものが胃に落ちていくのが分かった。

(おなかがあったかい)
 河原に座り込んでいたせいで、体が冷え切っている。味はキライだったが、熱いブラックコーヒーが胃の中にある感じは心地良かった。
 龍一は涙の乾いた頬をジャンパーの袖で擦り、荘龍を見上げる。

 川面を見つめながら、荘龍はつぶやいた。
「オトコが泣いていいのは、すべてを終えたときだけだ」
「………………そうか」

 じゃあ、もう泣かない。
 龍一は小さくそう言うと、荘龍の隣で膝を抱えた。










 大切なものを失った少年たちは。

 それはあまりにもつたないやり方ではあったけれど。






 その日、こうして立派なオトコになったのだった。









<END>











勝手にネタをパクってすみませんでした! と先に謝っておきます。
えーと、一部の間で近頃むやみに流行している学ラン神乃木ワールドですが、次第に成長の兆しを見せているようです。もう元ネタがどこから出たとか、誰が振ったネタだとかよく分からなくなってしまったんですが、まぁ美味しい世界は共有しましょう。と。そういうことでどうですかだめですか。

でもって、そんな言い訳をしながらもこのネタはやっぱりパクリです。すんません。「mimic」のハシバさんのところで「高校生神乃木と小学生成歩堂」がDL6号事件に際していろいろ考える、と言うようなデリシャスシチュエーションを振られてまして……く、食いついちゃいました。ああああ筆がすべるすべるっ! このネタは「やみのみ」のまっつんさんが振ったのでしょうか? なんかお2人の間で着々と成長しつつあるネタだったようですが、横取りしてしまいました。本当にすみません。どうしても書きたかったんです! おいしそうな材料があったら迷わず調理する、そいつがオレのルールだぜ!(ゴドーで言ってもダメ)
い、一応ハシバさんとまっつんさんには先にメールでお伺いしまして、「OK、美味しいものはみんなで食べる。そいつがオレのルールだぜ!」と了解を得てあります。ここに改めてお礼申し上げます。美味しいネタをありがとうございましたーーーーーっっ!

<パラレル設定>
不良中学生だった神乃木荘龍は、傷害事件を起こしてしまう。その弁護に当たった御剣信と出会うことで、荘龍の人生は変わっていく。御剣弁護士を「センセイ」と呼び、更正していく荘龍。しかし彼が高校1年生の冬、DL6号事件によって御剣信は帰らぬ人となり、荘龍は彼を人生の目標として弁護士を目指すのだった。
その一方で、荘龍には何かとからんでくる小学生の「悪友」がいた。小学3年生の成歩堂龍一は、生意気な口をきいて荘龍にまとわりつき、隙あらば「何かオゴれよ」とたかってくる(笑)。年も離れた2人だったが、どういうわけか仲がいいのであった。


ああああーーーっ萌え! 萌えーっ!! 世界の中心で神乃木を叫んでみたい! 神乃木荘龍ーーーーッ!(ほらやっぱり今月は神乃木祭りじゃん)
 By明日狩り  2004/9/25