星に願いを〜サンタさんご飯をください〜 |
7月7日午前7時11分 |
今日は7月7日、七夕の日。 朝、成歩堂とゴドーはいつもより早めに事務所に来て、大きな笹を運び入れた。客が来ないとはいえ、法律事務所にそんなものを飾り付けるのは沽券に関わるかもしれない。成歩堂も少し迷ったのだが、 「やりゃあいいじゃねえか。思いついたら、やってやれ。そいつがオレのルールだぜ」 「……そうですよね」 結局、事務所に持って行くことになったのだった。 「おはよ…………うわぁっ! 何コレ!?」 いつもの時間に事務所に来た真宵と春美は、天井まで届く大きな笹を見て、目を丸くした。 「おはよう。今日は何の日か、覚えてる?」 「土用の丑の日でしょ?」 「違うよ! それはまだ先だろっ」 食べ物と関連のあることが真っ先に来るあたり、真宵らしい。成歩堂はため息を吐いて折り紙を出した。 「ほら、七夕といったら願い事だよ。飾りとか作っても良いし」 「なるほどくん、まめだね〜。折り紙まで買ってあるんだ。よし、はみちゃんやろうか!」 真宵ははさみやクリップの入っている道具箱を棚から出して言った。 「ええ、ええ、やりましょう! お願い事を書いてつるすのですよね?」 春美は不器用ながらも、折り紙を短冊に切り始めた。 「七夕かぁ。……でも実際、今日はうなぎが食べたくなるような暑い一日になりそうだよね」 真宵が両手を胸の前で組み、夢見るような輝く瞳で成歩堂を見つめる。まだ土用の丑の日にこだわっているらしい。成歩堂は細い折り紙を輪っかにしながら、呆れて言った。 「…………そんな夢のない子供には、サンタクロースはうなぎをくれないぞ」 「ええっ土用の丑の日って、サンタさんがうなぎをくれる日だったの!? し、知らなかった……」 ……大げさに驚いているところを見ると、信じているらしい。 「ねえねえ、はみちゃん! いい子にしてると、サンタさんがうなぎをくれるんだって! 知ってた?」 「いいえ、初めて知りました! ……あ、それじゃあ短冊に食べたいものを書いておいたら、サンタクロースさんが見てくれるかもしれませんね」 「そうだよ、やろうやろう! えーと、まずはうなぎだね……もちろん肝吸い付きで!」 「おこさまランチ……と」 「親子丼食べたいなぁ」 「クリームみつまめ…………芋ようかん……」 「みそラーメン大盛り・ねぎと半熟卵トッピング・麺は太め固めで油少なめ!」 (ラーメン屋の注文かよ……) 成歩堂の心の突っ込みもむなしく、短冊にはまるでメニューのように食べ物の名前が書かれていく。 「クッ……こいつぁどこの定食屋のお品書きだい?」 短冊を一枚ずつ吊るしながら、ゴドーが笑う。真宵が緑色の短冊をひらひらさせてゴドーを呼んだ。 「神乃木さんも何か書く?」 「ああ、それじゃ、ひとつ書いてみるか」 そう言ってさらさらとペンを走らせたゴドーは、自分の短冊を枝先に結んだ。成歩堂が後ろから覗き込んで、読み上げる。 「…………ゴドーブレンド200号? 何ですか、コレ?」 「クッ……まだ見ぬ幻の、そして究極のコーヒーになるはずのものさ」 「やっぱり食べ物じゃないですか」 「アンタはどうだい? 食べたいもの、ないのかい?」 ゴドーが突き出した短冊を、成歩堂は首を横に振って断る。 「え、いやいやいや、いいですよ僕は」 「欲のねぇオトコは、枯れちゃうぜ?……クッ」 (欲っていうか……食欲だろ……) 果たして食欲とオトコの間にどんな関係があるのか、成歩堂には知りようもないことであった。 わいわいと大騒ぎしながら、短冊のほかにもいろいろな飾りを作る。 「まあ、マヨイ様。折り紙でくじゃくまで作られるなんて、すごいです」 「えへん。これでも折り紙3段だからね」 (折り紙の段って……どこの誰が認定するんだ?) 「私なんて、このようなものしか作れなくて……その、工作はニガテなのです」 「そんなことないよ……かわいいよ、この………………………………」 春美が恥ずかしそうに差し出した「それ」を見て、成歩堂は返答に困った。確かに何だか見当が付かない。冷や汗をかいている成歩堂のギザギザ頭を軽く叩いて、ゴドーがクッと笑った。 「かわいい、鶴じゃねえか。なぁ?」 「はい! 分かりますか?」 「ああ分かるぜ。なあ、まるほどう?」 「え、え、ええ……そうだね。鶴だよね」 (助かった……) 輪っかの鎖や、切込みを入れた色紙や、それから真宵のくじゃくに春美の……いわゆる鶴など、さまざまな飾りが出来上がった。 事務所の一角に大きく広がった笹は、綺麗な飾りの間にお品書きを吊るして優雅にゆれている。 「すごい楽しいねー! ……あれ、もうお昼だ」 「早いものですね。ワタクシ、何か作りましょうか? 暑いから、おそうめんでも……」 春美が席を立ちかけると、ゴドーが手でそれを制する。 「それには及ばねえぜ。良い子のところにはサンタさんが来るって、まるほどう先生が言ってたじゃねえか、なぁ?」 そう言って成歩堂を見ると、にやりと笑った。 「え、え?」 「お嬢ちゃん、うな重4つだ。肝吸い付きでな。……まるほどうのサンタがおごってくれるらしいぜ!」 「えええええっ! そ、そんなの僕……」 「いやったああああ! おごちそうだよはみちゃん! 電話電話!」 「まあああっ! うな重ですか? 四角い箱に入っているほうのですよね?」 「そうだよ、丸いどんぶりに入ってるのじゃないほうだよ!」 「ちょ、ちょっと待って……」 思わず身を乗り出した成歩堂に、春美がほとんど飛び跳ねるような勢いで近寄ってくる。 「本当にうなぎを頂けるのですか!? ワタクシ、お話の上だけだとばかり思ってました」 「クッ……まるほどうは話だけで終わらせるような小さいオトコじゃないんだぜ、お嬢ちゃん」 「うなぎなんて、久しぶりです。ワタクシ、お恥ずかしながらうなぎが大好物で……」 「ははは……よかったね。僕も久しぶりだよ」 嬉しそうに笑う春美に見えないように、成歩堂はこっそりと財布の中身を確認していた。 (うう……明日からイトノコさん並の食生活を覚悟しよう……) 成歩堂事務所の七夕は、こうして豪華なうな重でお祝いされたのであった。 |
7月7日午後8時24分 |
「よっと……今日はお疲れ様でした」 大きな笹を横に寝かせて、成歩堂はゴドーを見上げた。 「大喜びだったじゃねえか、おチビちゃんたち。やってよかったな」 「はい。たまにはこういうのも悪くないですよね」 (うなぎさえ、僕のおごりじゃなきゃね……とほほ) 成歩堂の心の雨などそ知らぬ顔で、ゴドーはコーヒーを飲み干した。 せっかく飾り付けたが、今日一日だけで片付けなければならない。……もっとも、定食屋とラーメン屋と喫茶店が合体したメニュー一覧をぶら下げた笹では、長く飾っておく気にもなれないのだが。 「もったいないですけどね。全部取り外して、片付けますか」 「ああ、そうだな」 お品書きを一枚ずつ外しながら、そこに書かれた乙女たちの夢と希望と食欲の跡を見て、何度も笑う。 「真宵ちゃん、すごいたくさん書いてるな」 「ああ、まったく元気なお嬢ちゃんだぜ」 すべての飾りを取り外し、短冊を片付ける。 「…………ん?」 ゴドーは、笹の葉の奥にもう一枚の短冊が隠れているのを見つけた。草色の短冊は、一番葉っぱの茂っている枝の奥に、まるで見つかりたくないとでもいうようにひっそりと吊るされている。 「残ってるぜ、まるほどう」 「え……………………あ、あっ! そ、そうですねっじゃあ僕取りますからいいですから! もうコレで最後だしゴドーさんはあっちでコーヒーでも飲んでてください!」 慌ててそれをむしりとろうとする成歩堂を、ゴドーは後ろからがっちりと捕まえた。 「まるほどう」 「は、はいっ?」 「そいつは、なんだ?」 「な、なんでしょう。短冊ですね。さ、片付けて帰りましょうか」 成歩堂の慌てぶりが、あからさまに怪しい。ゴドーは後ろから抱きしめた腕に力を入れ、ぎゅうぎゅうと成歩堂を締め上げる。 「く……くるし……」 「なんて書いてあるんだ?」 「エート…………さんま定食ご飯大盛り、って書いてあるのかな?」 明らかに短冊を見ないで言う成歩堂の手から、その草色の紙切れを取り上げる。 「あっ!」 「………………………………なんだ、こりゃあ?」 そこには、何も書いていなかった。ただの紙切れである。 「誰だ、コイツをつるしたのは」 「さあ、誰でしょう」 「オレじゃねえぜ。覚えがねえ………………アンタだな?」 「えーと………………どうでしょうねえ」 苦笑いする成歩堂の顔には、「僕が犯人だ」とくっきり書いてある。 「ほら、何も書いてないんだったら、いいじゃないですか。片付けましょう」 腕の中でもがく成歩堂を抱えたまま、ゴドーはしばらくその短冊を眺めていた。 「ねー、ゴドーさぁん。もういいでしょう?」 「…………………………………………」 ゴドーは何も言わず、じっと草色の短冊の表を見つめている。裏返しても、白い紙には何も書かれていない。 ……やがてゴドーはその短冊の裏を成歩堂の目の前に突きつけて、こう言った。 「読みな」 「え…………?」 「分かったぜ、まるほどう」 ゴドーはにやりと笑って、成歩堂の目の前に短冊をひらひらと泳がせる。 「こいつは、表には何も書かれていない」 「そうですね。見たところ」 成歩堂はどこまでもとぼける気らしい。ゴドーは短冊を裏返した。 「だが、裏はどうだ?」 「さあ、ゴドーさんどう思います?」 「あるんだろうぜ……オレには見えない、コネコのいたずらがな」 成歩堂は無言で、その短冊を眺めている。 ゴドーは成歩堂の手を取り、それを握らせた。 「白地に赤……。オレには見えねえ、秘密の暗号だな」 「まさか見つかるとは思わなかったんですよ…………。見ても白紙だと思ってくれるかと」 「クッ……熱い思いは、目に見えなくても心で読めるんだぜ」 「ほんとかなぁ」 「さ、読んでみな。聞いてやるぜ。アンタは何が食べたかったんだい?」 「……………………ううっ」 成歩堂は真っ赤になって、口をつぐんだ。 許して下さい、と目で訴えるが、ゴドーはニヤニヤと笑ったまま成歩堂がそれを読むのを待っている。 「わ、分かりましたよ。僕が書きました」 「素直なコネコちゃん、嫌いじゃないぜ。読んでくれよ」 「はい…………うううっ……」 (まさか見つかるとは思わなかったんだけどなぁ……) 今更後悔してももう遅い。成歩堂は顔を真っ赤にしてさんざん逡巡していたが、やがてあきらめたのか、ゴドーの首をぐいと引っ張った。 顔を近づけ、耳元に唇を寄せる。 「そんなことしなくても、誰も聞いてないぜ?」 「い、いいんですよ! だから、僕はこう書いたんですよ。いいですか?………………」 成歩堂の願い事は、ゴドーの耳にだけひっそりとささやかれる。 「上出来だ、コネコちゃん」 ゴドーはニヤリと笑うと、成歩堂をソファに押し倒した。 「ちょ、こ、ここでですかっ!?」 「コネコちゃんのリクエストには即座に応える。そいつがオレのルールだぜ」 驚く成歩堂に顔を寄せ、唇を重ねる。 「んっ…………」 「………………まるほどう……」 「…………ふぁ……ゴドーさん」 ゴドーのキスは足先まで痺れるほど心地良い。成歩堂はふわふわした表情でゴドーの首に手を回した。 「おいしいです」 「星に願ってまで欲しかったコイツは、何味だい?」 「…………コーヒー味、ですね」 「だろうぜ」 顔を見合わせて小さく笑い、もういちどキスをする。 「ハラを空かせたコネコには、これじゃ足りねえだろう?」 そう言いながら、成歩堂のスーツの中に手を忍ばせる。 「あ、やだ……汗かいてますから……」 逃げようとする成歩堂を押さえつけ、ゴドーはクッと笑った。 「かまわねぇさ。小さいことにこだわってたら、でっけえ夢、追えないぜ?」 「この際、夢とかは関係ない気が…………あっ、ちょっ……」 身をよじる成歩堂の手から、はらりと草色の短冊が落ちる。成歩堂もゴドーもそれに気付かない。 草色の短冊の裏側、白い面には、赤いペンでこう書かれていた。 「ゴドーさんが食べたいです」 <END> |
| あー間に合った! あと30分! 何とか今日中にUPすることができそうです。事前に用意できればよかったんですけど、「今日って七夕だよね」と会社で人に言われたときにふっと思いついたネタだったので、いかんともしがたく……。急いで書き上げたので微妙です。前半は良いと思うが、肝心の後半部分はどうなのか。逆裁書いてると、真宵とかオバチャンのセリフを書くのが楽しくて本題を見失います。タクシューの気持ちがよく分かる。 ともあれ、ようやくラブラブラヴァーなゴドナルが書けてたいそう嬉しいですvvやっぱりゴドナルはいいね! By明日狩り 2004/7/7 |