Sugar boy








 コーヒーの香ばしい匂いが、給湯室いっぱいに広がっている。

「ほら、コーヒーが入ったぜ、所長サン」
「あ、ありがとうございます。……じゃ、休憩にしようかな」

 んーっ、と大きく伸びをして、成歩堂は読んでいたファイルを閉じた。

 ゴドーが自分と揃いの白いコーヒーカップを持ってくる。もちろん、成歩堂のものだ。


 ゴドー神乃木が相談役として成歩堂法律事務所にいつくようになって、早一年。「コーヒーはこれじゃねぇとダメなんだぜ」というゴドーのこだわりにあえて反対する理由などなく、今は同じカップで同じコーヒーを飲むのが習慣になっている。

「ほら、アンタの分だぜ」
「ありがとうございます」
 渡すゴドーの左手と、受け取る成歩堂の左手。
 その人差し指にはやはり揃いのシルバーリングがはめられていた。

 出会ったときは敵同士だった2人が、今こうして恋人同士になっているなんて、成歩堂もたまに信じられないような気がしている。
 けれど。

「ゴドーさん」
「何だい?」
 いつもの角度で尊大に微笑むゴドーの笑顔に、こんなに胸があったかい。

(えへへ……幸せだなぁ……)
 ゴドーは、オトコの目から見ても、カッコいい人だ。それが惚れた弱みなどではないことは、御剣やイトノコ刑事がゴドーを誉めていることからも分かる。
 かつては、チヒロもこの先輩に憧れ、目標にしていたらしいと聞いた。

 誰の目から見てもカッコいい、ゴドー神乃木。
(それが僕の、恋人、かぁ)
 何だか信じられなくて、でも嬉しくて。

 成歩堂は一人で勝手にうきうきした気分で、スティックシュガーの端をつまんで開けた。
 それを見たゴドーが、呆れたように言う。

「アンタ、まだブラックの良さがわからねぇんだなァ」
「いいじゃないですか。前はコーヒーだってあんまり得意じゃなかったんですよ」
 実際、コーヒーよりは紅茶、それより緑茶、というのが成歩堂のかつての好みだった。真宵も「緑茶におせんべ」の組み合わせをこよなく愛していて、事務所では常に「飲み物といえば、緑茶」だったのである。

 成歩堂は砂糖とミルクをたっぷりコーヒーに注ぎ、ゴドーに言わせれば「もはやコーヒーとは呼べないような甘ったるいシロモノ」になったそれに口をつけた。

「砂糖とミルク、か」
「いいじゃないですか、別に。外でコーヒーを頼めば普通、付いてくるでしょう? おかしいことじゃないですよ」
「まぁな」

(そんなもの入れたら、どんなブレンドだって同じ味になっちまうんだがな……)
 コーヒー好きのこだわりは、一般人には分かりえないかもしれない。

 ゴドーは、美味しそうにその「もはやコーヒーではない、何か」を飲んでいる成歩堂を見て、小さく笑った。


「砂糖とミルクも、ま、悪かねえな」
「まあ、ゴドーさんは好きじゃないでしょうけどね」
「そうでも、ねえぜ?」
「えっ?」
 意外な答えに驚いて顔を上げると、いつの間にそんなところに来ていたのか、椅子の傍らにゴドーが立っている。
 手を差し伸べ、成歩堂の顎を長い指でつかんだ。

「砂糖の甘さなら、アンタに教わったから、な」
「え? 何の……」

 驚く成歩堂の反応を愛おしく思いながら、ゴドーは恋人の唇に口付けた。

「んっ………………」
「…………まるほどう……」

 舌を絡め、吐息を吸う。

 ブラックの苦味と、カフェオレの甘味が舌の上で熱く溶け合う。


「ぷは…………」
「アンタのキス、いつだって甘いんだぜ」

 ゴドーはクッと笑って、いたずらっぽく成歩堂の唇を舐めた。

「うー……もう、いつも唐突なんだから……」
 機嫌を損ねた顔をしてみせても、きっとゴドーにはそれがただの照れ隠し、でしかないことはばれているだろう。

 少しだけ不満な顔をして、成歩堂はゴドーを軽く睨みつけた。
「でも僕は、言うほどコーヒーだって飲んでませんよ。ゴドーさんのキスはいつも苦いですけどね!」
「そうかい? でもアンタはいつだって甘いぜ……」
「嘘です。僕はもっぱら緑茶派ですからね。カテキン味だって言われたら認めてあげても良いですけど……」



 駄々っ子のように視線をそらした成歩堂の上に、ゴドーの低く響く声が、降り注ぐ。











「甘いのさ。オレにとっては………………アンタの声が、言葉が、笑顔が」








「なっ…………」







 真顔で言われ、照れ隠しを考える暇もなかった。
 反射的にかあーっと赤くなる成歩堂の額に口付けて、ゴドーはクッと笑った。


「かわいいコネコちゃんだぜ。お砂糖たっぷり、ミルクたっぷり、いつでも同じ味でオレを喜ばせる」

「ははははは恥ずかしいこと言わないでくださいっ!!!」

 成歩堂は恥ずかしさの勢い余って、机を大きく叩いた。

 バン!
 そして人差し指をゴドーに突きつける。
「異議あり! ミルクは何ですかミルクは! 砂糖はともかく、ミルクは関係ないでしょう!」

 頭に血が上って、自分が何を言っているのか分からない。

 ゴドーも一瞬、きょとんとして、それから心底おかしそうにクックックと笑った。
「ミルク? 言っちゃったなまるほどう?」
「な、何がですか!」
「そこまで言うなら、アンタのミルク、今すぐ味わっちゃうぜ?」
「だから僕のミルクって……って……あ、な、何するんですかーーーっ!!」

 両手をつかまれ、スーツの前をはだけられる。
「事務所ですよココは! 仕事中ですよ!」
「知らねぇなァ。アンタが言ったんだぜ。『まるほどうのミルク味』の証拠品提出をな」
「いいいい言ってませんっそんなことっ!……ぎゃーーーーーっ!」
 ズボンのベルトをいともたやすく引き抜かれ、今更わが身の危機を知るが、もう遅い。

「さ、お砂糖の次はミルク、オレに味わわせてくれよ?」
「だ、ダメですっ…………あ、や、やだ…………っ……ゴドーさんっ!!」
 いとも簡単にズボンの中に手を差し込まれ、直接握られるその感覚に成歩堂は思わず悲鳴を上げる。
 生温かい舌に敏感なところを舐められて、思わず甘い息が漏れた。

「あう……ゴド……さ…………ぁん……」
「クッ……アンタのミルク、すぐに出ちゃいそうだぜ?」
「や、……やだ……あうぅ……」




 考えなしの発言は、足元をすくわれる。

 身をもってそのことを勉強した成歩堂なのであった。




<END>





わーいこれも昨日のチャットから頂いたネタですv すごく気に入っちゃって、一応「このネタちょうだいしますよ?」と言ったんですが誰も異議がなかったので、多分私が勝手に使ってもいいんでしょう……いいんでしょうか……? チャットってネタの宝庫ですね〜v ネタそれ自体というか、とっかかりというか、胸にキュンと来るフレーズを見るとたまらなくなりますv  
By明日狩り  2004/7/10



※このサイトのSSは、「成歩堂日記」と「小説全般」と「裏ページ」では別々の世界観・設定と考えてください。SSはおおよそ同じ設定で書いていますが、たまに違っていることがあります。
ひとつずつ別のものだと思って読んでくださると……助かります。