「しかし荘龍君、分かっていますか?





恋は、罪悪ですよ……」





















Sin-信-























 あれは春だったと思う。
 桜の頃に、オレは先生と一緒に高台の公園へ行って、そこでずいぶんとキレイなカップルを見た。場所が場所なだけに、花なんか見もしねえでそいつらの方を見ている奴らも少なくなかった。

「新婚の夫婦らしいね」、と先生が言った。
「仲が良さそうじゃねーか」、とオレが答えた。

 先生は苦笑さえしなかった。それどころか、カップルから視線を避けるように足を遠ざける。
 それから、オレにこう聞いた。

「荘龍君は、恋をしたことがありますか」

 オレは、ねえよ、と答えた。

「恋をしたくはありませんか」

 …………オレは答えなかった。



「したくないことはないでしょう?」

「まあな」

 そんなことを言い出す先生が珍しくて、オレはどう答えていいやら分からなかった。それでも、先生は遠くの桜を見つめながら、まるで独り言のように言葉を繋ぐ。

「君は今、あの2人を見て冷やかしたでしょう。あの冷やかしのうちには、君が恋を求めながら相手を得られない、という不満が混じっていますよ」

「…………そんなふうに……聞こえたかな……」

 まるでオレが飢えたオトコみたいで、気恥ずかしい。先生、オレのことをそんな風に思ったんだろうか。
 ちらり、と先生の顔を見たが、やっぱり先生はどこか遠くを見ているような目だった。

「聞こえました。恋の満足を知っている人は、もっと暖かい声を出すものです。しかし……しかし荘龍君」

 そうして、先生はオレの方を見て言った。




「しかし君、恋は罪悪ですよ。……分かっていますか?」





 そのときの先生のカオときたら、なんて言やいいんだ……。言葉にならない。
 寂しそうな、つらそうな、そんなカオの先生に、オレは驚かされた。

 それで、何にも返事をしなかった。



 周りは花見の連中で賑わっていて、オレたちはまるで世界から取り残されたみてえだった。
 そのまま黙って歩き続けて、花も人も見えない森の中へ来るまでは、同じ問題を口にするチャンスがなかった。

「恋は罪悪、かい?」、と、オレは突然聞いてみた。

「罪悪です。確かに」、と答えたときの先生は、前と同じようにきっぱりとした口調だった。

「なんでだよ」

「なぜだか今に分かります。いや……今に、じゃない。……もう、分かっているはずです」
 意味シンな先生の言葉は、いつもオレには難しかったが、このときばかりは本当に先生の考えが、これっぽっちも分からなかった。

 先生は、オレの目を見て言う。

「君の心は、とっくの昔からすでに恋で動いているじゃありませんか」



 そんなことを突然言われたって、分かるもんか。

 オレは先生から目を逸らして、自分の胸の中を覗いてみる。

 けど、そこは案外からっぽだった。思い当たるようなものはなんにも、なかった。

 だからオレはもう1度、先生を振り仰ぐ。


「オレの中には……別にそんなものないみたい、だぜ? 先生に何も隠しちゃいねえし」

「心の中に何もないからこそ、ですよ。何もないから、動くんです。何かがあれば落ち着けるだろうと思って、動きたくなるのです」

「そうかぁ…………?」

 何だか今日の先生は、言ってることが難しい。
 でも、だから。

 オレの心はひどく緊張していた。

 まるで、何かを見抜かれそうな、そんな気がしていた。

 先生はからっぽなオレの中の、その向こうにあるものまで見抜こうってのかい?


「君は物足りないから、私のところに来たじゃないですか」

「それは…………」

 そうかも知れなかった。
 オレは、自分の中にないものを求めて、からっぽをどうにかしたくて、ひたすら先生のところに通い続けているのかも知れねぇ。

「それはそうかも知れねぇぜ。でもそれは、恋とかじゃない…………」


 言いながら、急に体温が上がってくるのを感じて、オレは最後まで言うことができなかった。

 恋。

 考えたことも、なかった。

 恋って、恋か?



 先生はため息のように微笑んで、オレの方を振り返った。メガネの向こうの目が、優しい。

「恋に上る階段なんですよ。異性と抱き合う順序として、まず同性の私のところへ動いてきたんです」

 弁護士先生の口から出るその言葉の数々に、オレはほとんど圧倒されていた。
 どんな罵倒だって、負ける気がしねぇ。ケンカの口上なら、いくらだって口から出る。
 でも、こんな先生の口から、こんな言葉がポンポン飛び出てきたら、太刀打ちできねえじゃねえか……。

「センセイ…………そりゃ、全然違うぜ……?」

「同じです。でも、私は…………」

 先生はちょっと笑った。眉をひそめて。

「私は男としてどうしても君に満足を与えられないような、人間なんです。それから、ある事情があって、なおさら君に満足を与えることはできない。……実際、気の毒に思うよ」

「……………………」

 先生の言葉は何のことを言ってるかさっぱり分からなくて、でもそのくせやたら生々しくて、オレは唐突に、自分がコドモなんだってことを思い知らされていた。
 先生は、オトナの顔で言う。

「君が私から離れていくのは仕方がない。私はむしろそれを望んでいるのかもしれない……しかし……」

「先生」
 とっさに口が開いた。

「オレは先生から離れようなんて、思ったことねえぜ? 勝手にそう考えてるなら、それは先生の勝手だけどよ……」

 でも、先生はオレの言葉には耳を貸さなかった。

「しかし気をつけないといけないよ。恋は罪悪なんだから。私のところでは満足が得られない代わりに、危険もないが……」

 罪悪だの、危険だの、先生の言葉はさっぱり分からなかった。そのうえオレはちょっとムカついてきてた。


「センセー、さっきから罪悪とか何だとか、もっとはっきり言って欲しいぜ。そうでなきゃこの話はこれでお終いだ。……少なくともオレ自身に、罪悪ってコトバの意味が分かるまでは、な」



 そう言うと、先生ははっと気がついたようにオレを見た。困ったような顔で、苦笑して見せる。オトナの顔で。

「や、悪いことしたね。私は君に真実を話してるつもりだったんだが。…………君をじらすようなことばかり言っていたみたいだ。私は……すまない」

 困ってうつむく先生の顔を見ていると、つまり、あれが先生の「本音」って奴だったのかな、って気がする。
 何にも言えないでいるオレを見て、先生は言った。

 最後にもう1度だけ。




「荘龍君…………恋は、罪悪ですよ。そうして、神聖なものなんです」





 先生の言葉はやっぱりオレには分からなかった。





<了>






変な文章ですみません。えーと、これパロディです。日本一有名な小説家の高名な文学です。それでもシンカミにはまってしまうジャパニーズマジック!
ていうかこんなものしかないですが、とりあえず貢さんの誕生日祝いに捧げてみよう(メイワク)。
 By明日狩り  2004/9/23