落ちて行く長い長い時間の中で。

 最期の一瞬の中で。






 私はようやく、思い出したのだった。









 自分が、多くのことを「忘れていた」という、事実を。



















エンペラーズ・デッド















 なぜ、こうなってしまったのか。
 それを理解するのにだいぶ時間がかかった。

 これが現実の事件である、ということが、しばらくわからなかったのだ。

 けれど、落ちて行く長い長い時間の中で、私はようやく自分が裏切られた、という事に気付いた。



 私は間もなく、新しい力を手に入れるところだった。
 若く、フォースの力に満ち溢れた青年。その才能は生まれつきなのだろう。
 怒りで心を揺さぶるのは難しいことではなかった。事実、彼はもうすぐ怒りを解放し、そして私のものになるはずだった。

「お父さん、助けて!」
 彼の必死の叫びは、虚しかった。『そんなことが起こるわけがない』からだ。

 誰も、彼を助けることはない。
 ただ、暗黒面に落ちるのを待つだけだ。


 そのはずだった。





 気付けば、私は落下していた。

『なぜだ?』
『なぜだ?』
『なぜだ?』
『なぜだ?』
『なぜだ?』

 そればかりが頭を巡る。
 すべてが私の思い通りだった。若きスカイウォーカーを追い詰め、堕ちるのは時間の問題だった。

 それなのに、なぜ私は死のうとしている?

『なぜだ?』
『なぜだ?』
『なぜだ?』
『なぜだ?』
『なぜだ?』

 間違いなど、あるはずもなかった。
 
銀河はすべて私のものであり、私自身だった。私の意志そのものだった。

 私の意志を伝え、私の意志を実現する。そのために宇宙は存在する。

 銀河のすべてが、私自身だ。










 すべてが。









 すべてが。









 ふと。














 何の予兆もなく、私は思い出した。














 ああ、そうだ。
















 私の隣にいたのは、もう一人のスカイウォーカーだったのだと。















 銀河はすべて私のものだった。それを支配する力も、人間も、私自身だった。

 私に付き従い、どんな命令にも背いたことのない黒い影も、私自身だった。
 ダース・ヴェイダーという名前も、その意味を無くして久しい。自分の一部に名前をつけてなんの意味があるだろう?
 私の右手、私の神経、私の意志。ヴェイダーは常に私自身だった。



 だから、彼がかつて青年スカイウォーカーであったということを、私はもう何年も忘れていたのだ。




 ああ、そうだ。

 若きスカイウォーカー。

 ジェダイの訓練生であるにも関わらず、ジェダイの掟を容易には受け入れなかった、頑固な青年だった。
 己の信念を大切にする青年。
 何よりも友人を、命を、大切にする青年だった。

 私は彼がまだ幼い子供だったころから、ジェダイの訓練を終えてナイトに昇格するまで、ずっと見守ってきた。
 誰よりも、彼の苦悩を理解していた。
 だから彼は私を信頼していた。誰よりも、彼のマスターよりも。

 彼の才能をシスの復活に役立てることは常に考えていたが。
 私たちの友情は、その思惑にもまして本物だった。
 彼を利用する計画と、彼との本当の友情は、私にとって何の矛盾もなく両立できるものだった。


 スカイウォーカー。

 ああ、そうだ。……アナキン、という名だった。

 アナキン・スカイウォーカー。


 人間的な、なんとも生々しい個性。
 愛情、悲哀、憤怒、すべての感情をむき出して、私にぶつけてきた。
 その何と心地よいことか。

 うわべだけの人間と腹の探り合いばかりしていた私……議員としてのパルパティーンにとって、彼のその生々しさは癒しだった。
 人間が、人間であるということを、彼はいつも私に思い出させてくれた。
 真剣に感情と向き合い、真剣に前を見つめ続ける。
 アナキンに私は惹かれていた。












 ダース・ヴェイダーは、かつてアナキン・スカイウォーカーだった。

 あの生々しさを秘めた、人間だった。


 彼は黒い甲冑の中に、手足のない肉を納め、彼のものではない呼吸を繰り返した。
 彼のものではない声、彼のものではない視線。すべて私が造り与えた、機械の体。



 あの黒い塊の中心に、アナキン・スカイウォーカーは二十年もの間、うずくまり続けていたのか。

 私は、あの黒い塊が人間だということを二十年もの間、忘れ続けていたのか。

















 私は、落ちていた。
 アナキンが、私を裏切ったのだ。
 息子を助けるために、私を殺したのだ。

 そう、あの黒い塊は。
 愛するものを救うために自ら動くことのできる、「私以外の意志」であった。


 私はそれを、忘れていた。














 落ちながら。

 どこまでもどこまでも落下しながら。




 私はふと、思い出していた。


 遠い昔、私がまだ元老院の最高議長であった頃。



 長年の政敵をようやく議会で葬った日。
 私を欺き続けてきた議員を、議会で陥れた。大切な友人だったその男を、私は議会で罠にかけた。

 『これで私の地位は安泰だ』
 そう思った。事実、そうなった。

 そして自宅へと帰り、一人でぼんやりしていた。
 私はひどく疲れていた。



『スカイウォーカーに会いたい』



 不意に、そんな思いにとらわれた。
 あの日オビ=ワンとアナキンは辺境に派遣されていて、会うことなどできなかった。
 それでも、私はアナキンに会いたかった。会いたいと、思った。

 あの子の素直な顔が見たいと、痛切に思った。
 誰を欺くこともない、素直なままの存在に、会いたいと思った。






 あの時感じた寂しさが、私の胸に甦っていた。

『スカイウォーカーに会いたい』

 私はあの日と同じ、痛々しいほどの強い欲求に身をよじった。
 あの子の生々しさに触れたかった。

 そうすれば、きっと忘れていた多くを、思い出すことができる気がしていた。







 そう、その昔。

 自分がパルパティーンという議長であった日のことも。
 多くの民に慕われ、多くの議員に支援された人間であった日のことも。

 ジェダイの反乱の日、失ってしまった温和な老人の顔も。


 なくしていた、多くのものを、取り戻せるような気がしていた。












 ああ、スカイウォーカー。

 もう一度、君に会いたい。











 私は、二十年もの間忘れていたものを、思い出していた。
 それは、パルパティーン議長という男の感情。
 ダース・シディアスでも、皇帝パルパティーンでもない、もう一人の私の感情。

 いつの間にか忘れていた、もう一人の自分を。















 そう、思ったとき。















 私の意識は冷たいフロアに激突した。





 それきり、何も思い出せない。










<<END>>














パルパティーンでした。公式では「シディアスは完全なる悪だった」みたいなコメントがよく見受けられますが、私はそうではなかったと思います。何しろ、時間をかけすぎる。手際が悪すぎる。効率が悪すぎる。いつも失敗しては「必要な犠牲だった」とか言い訳してますが、忍耐とかそういうレベルの問題じゃなく、なんか手際が悪い。それってパルパティーンとしての意識がちゃんとあったからじゃないかと思うのです。
二重人格ではないけれど、悪いことも良いことも同じだけの真剣さでもって実行できる、というケースが人間にはあると思います。アナキンを利用しようと思って近づいていながら、彼の相談に親身に乗ってあげられる。パルパティーンは元老院というどろどろした世界に生きてきて、アナキンの素直な人間性に惹かれていたのだと思うのです。アナキンとの交流は本当に楽しかったと思うし、友情は本物だった。でも、銀河を征服する過程でそのことを忘れていっちゃったんじゃないかなぁ。そんな気がしてなりません。

ただ暗黒面に引き込むだけだったら、もっと手っ取り早い方法がいくらでもあったでしょう。しかもパダワンならともかく、ナイトになっちゃったらジェダイの自覚も強く芽生えちゃうし、余計に引き込むのに手間がかかると思うんですけど。……アナキンがあんなに成長するまで放っておいたのは、パルパティーンが彼との友情を楽しんでいたからに他ならないと思います。戦争が悪化して、飽和状態になって、もうアナキンを暗黒面に引き込まないとだめだー間に合わなくなるーっていう局面になってようやく手を出した……みたいに見えます。何だかんだと言い訳してるけど、結局アナキンとの時間を楽しんでいたんでしょ、議長は。

 パルアナは普通に好きなので、私の中のオビ=ワンが許す限り書いてみたいです。パルアナ書いてるとなーオビ=ワンが心の中で泣くのでつらいのですよ(笑)
by明日狩り 2005/08/03