かぜのさかみち あのとき、オレに足りなかったものは。 痛みでも、心でも、愛情でもなくて。 ただ、リアルってモンが圧倒的に不足していた。 |
| 「荘龍君」 クソ真面目な顔をした弁護士のオッサンとツラつき合わせるのも面倒で、オレはぼんやりとどこか天井の隅辺りを見つめている振りをしていた。 まともに話し合う気もねぇオレに、眼鏡のオッサンはため息を吐いた。 「何がそんなに、気に入らないんだ?」 「別に」 「別に、というのは答えにならないよ。言ってみなさい、聞いてあげよう」 また、これだ。 オッサン、暇さえあればそう言う。「言ってみなさい、聞いてあげよう」だとさ。 オレには話すことなんて何もないんだ。 「君の審理はもう、明日なんだよ」 「死刑にすれば」 「またそういうことを……」 やる気のねぇ態度でオッサンに嫌がらせするのも、もう何度目か。 先週のショウガイ事件。ようするにいつも通りの、ありふれた、代わり映えもしないケンカの話。 ただ、相手が面倒な奴だったってだけの話。 殴り飛ばした奴のことなんていちいち覚えちゃいないが、その中にソイツがいたんだそうだ。 鼻の骨が折れて、肋骨にひびが入って、前歯が欠けたとか何とか。 それで親がしゃしゃり出てくるってのが、意味わかんねぇぜ。 ママのエプロンの紐が手放せないようなガキは、拳を握る権利もねぇ。 「相手の子は、前歯が欠けちゃったんだよ。もう二度と生えない」 「知ってる」 「ならもう、こんなことは止めなさい」 ソショウ、になったと言われた。 要するに裁判だろ? ケンカで負けたバカが、ママに泣きついて裁判起こして、俺には形どおりに弁護士が付いて? オレは何もかもが面倒くさかった。 もういいから、終わりにしようぜ。 「だから、死刑でいい」 「君ね………………」 弁護士はまた、ため息を吐いた。深いため息にどんな気持ちが込められていたかなんて、そのときまでオレはこれっぽっちも知らなかった。 「君は、死にたいのか」 「別に」 「ならばそんなことを言うもんじゃない。…………人が悲しむよ」 「誰も悲しまねえよ」 毎日ケンカに明け暮れるオレのことを、オヤジは出来損ないだと言い、オフクロは産むんじゃなかったと後悔する。 生きてたって死んでたって、同じことだ。 そうしたら弁護士のセンセイ。 いつもみてえに眼鏡を押し上げた。 インテリくさい眼鏡の向こうがきらりと光って。 それでオレは、初めてオトナのオトコが泣くところを見ちまった。 「センセ…………?」 「………………………………」 弁護士センセイは、オレを睨んでいた。 目から綺麗なしずくを落としながら、まっすぐにオレを睨みつけていた。 そんな目を、オレは見たことがない。 憎しみじゃない。 暴力じゃない。 ただ優しくて、力強くて。 その目は、強くて、強くて、強くて……………………。 「そんなことを言うんじゃない」 みぞおちにヒットするような重い一発が、弁護士センセイから繰り出される。 オレは息が詰まりそうだった。 「荘龍君、君の拳には有効な使い道があります」 「………………………………」 「オトコとして、言わせてもらう。君の強い拳は、こんなことに使っちゃいけない」 じゃあ何に使えばいいんだい、と言いかけて。 オレは黙った。 ハンカチで涙をぬぐうセンセイを見て。 ああ、こんな風に人を傷つけないために、オレの拳はあるのだと。 どうしてアンタはあんなにもオレを弁護してくれたんだろう。 涙を流すほど、オレに傷ついてくれたんだろう。 それはいまだに分からなかったけれど。 それでもあの時、オレは初めて知った。 人を傷つける悲しさ、って奴を。 オレを弁護してくれたアンタにだけは、心を開いた。 荒んだオレという野良猫の、たったひとつの帰る場所だった。 オレはアンタに「オトコ」を教わった。 拳の本当の使い方も教わった。殴るんじゃなくて、守るんだと。 生き方を、言葉を、涙を、強さを、悲しさを。 ありふれた日々なんてものは、どこにもないことを。 アンタに教わったすべては、めちゃくちゃに「リアル」だった。 アンタがオレに刻み込んだ「リアル」は重くて、硬くて。 だからアンタが永遠に帰らぬ人になっちまったあの日にも。 オレは泣かなかった。 ただ、アンタが教えてくれたことを繰り返し、繰り返し、思い出していた。 「荘龍君」 アンタの声を、思い出す。 「足元から続く、君の道の行方を見なさい」 「言い訳はいけない」 「怒っちゃいけない。ただ、怒りを忘れてはいけない」 「弱いからこそできることがあるんだよ」 「泣いてもいい。強くなるために、泣きなさい」 「これは君のための人生です。荘龍君」 「これは誰のためでもない、君のための人生なんです。…………神乃木荘龍君」 本当に大切なものに気が付いて。 それを忘れないようにと、心に。 刻んだ。 オレの人生のスタート地点に、永遠に立つアンタへ。 御剣信。 アンタへ。 愛してました、センセイ。 <END> |
| 「風の坂道」 作詞 小田和正 君とはじめて会った その時から 自分が 変わってゆくのが分かった 君がはじめて 涙 流した時 人を傷つける 哀しさを知った ありふれた日々が かがやいてゆく ありふれた今が 思い出に変わる 誰のものでも 誰のためでもない かけがえのないこの僕の人生 愛という言葉をはじめて 語ってから このまま流されては 生きてゆけないと誓った こうしてこの時が 続けばと願ってから 人生はやがて たしかに終わると感じた ありふれた日々が かがやいてゆく ありふれた今が 思い出に変わる 誰のものでも 誰のためでもない かけがえのないこの僕の人生 言葉の前に走り出す いつも遠くを見ている いいわけしていないか 怒りを忘れてないか 弱いから立ち向える 哀しいからやさしくなれる 時はこぼれていないか 愛は流されていないか 二人で生きる 夢破れても 二人立ち尽くしても 明日を迎える 誰のものでも 誰のためでもない かけがえのない 今 風に吹かれて かけがえのないこの僕の人生 ほんとうに大切なものに気がついて それを忘れてはいけないと 心に 決して それを忘れてはいけないと |
| サイト40000HITのニセキリリク、奥村貢さんから「御剣信弁護士が傷害事件を起こした神乃木少年の弁護をする話」でした。ぽえ夢ですいません……あああポエム! ちゃんとしたお話で書こうとするとむやみに長いので、こんなものでお茶を濁してすみませんすみませんっ! 信神いいですよね〜!! 神乃木の目標は御剣信だったという設定、もう俺デフォルトになってます。つうかもうここまでくると逆裁だか何なんだかさっぱりわかりません。まあいいか。神乃木と信さんは私の中で5本の指に入る好きキャラなのでこれでいいです。 |
| By明日狩り 2004/9/19 |