リゾギアで「……嘘つき」から始まる小説















「……嘘つき」

 プロシュートの亡骸を見たとき、口をついてでたのはそんな言葉だった。

 お前は、必ずボスの娘を手に入れると言ってアジトを出た。だが、それはお前に与えた任務の話。任務は失敗することだってある。完璧な人間などいるわけがない。だから、お前がボスの娘を取り逃がしても嘘つき呼ばわりすることはない。

 オレが思い出していたのは、はるか昔にお前が言っていた言葉だった。


『オレの身体は神様の気まぐれのせいでよ、時間の流れから取り残されてんだ。だから70年以上生きてるのにまだこのありさまだ。
 第二次世界大戦だって生き延びてきたんだ。戦後のどさくさだって、イタリアマフィアの抗争だって、全部くぐり抜けてきてる。
 だからオレは死なねえよ。少なくとも、アンタより先に死ぬこたぁねえさ。安心しな。アンタが死んだら、一年にいっぺんくらいは墓参りに行ってやるから………』


「……お前は嘘をついた」

 だが、お前は死んでしまった。オレより先に。

 オレはなぜかあのとき、お前の言葉を疑うことなく受け入れていた。そしてお前の言葉に安心していた。だから思わず、「嘘つき」と、そんな言葉が出てしまったのだ。

「お前がこんな失敗をするとは……な」

 もちろん、他の仲間が死ぬと思っていたわけではない。ただ、ホルマジオの気楽さはいつか敵に付け入られるのではないかと、イルーゾォの無敵のスタンド能力はいつか足元を掬われるのではないかと、心配に思うことがあった。ペッシについては言うまでもない。

 ただ、お前の死ぬ理由は思い付かなかった。

「こういうこともあるだろう、とは薄々思っていたが……」

 プロシュートが不死身だとはさすがに思っていない。切られれば血が出るし、首を絞めれば息が止まる。
 だが、プロシュートが死ぬと思ったことはなかった。

「……信じていなかった」

 お前も死ぬときは死ぬのだと、そんな当たり前のことをオレは信じていなかった。

「やはりお前は嘘つきだ」

 あの時、ひとことでも言ってくれれば良かったのだ。『オレが先に死ぬことだって、あるかもしれないけどな』と。冗談めかしてでいい。そうすればオレは、その可能性だって心のどこかに置いておいた。
 だから、これくらいは言わせてくれ。お前は嘘をついた……と。


 無残に千切れたお前の腕に触れてみる。

「オレはバカだ」

 そこに温かい血が通っているわけはないのに、なぜ確かめずにいられないのか。
 どうしても、この冷たく固い体に触れずにはいられない。

 お前がもうここにはいない、ということを体で覚えなければ。

 冷たいペッシに、形のないイルーゾォに、焼けただれたホルマジオに、手を触れなければその死を確認できない。認められない。オレは本当にバカなのだろう。

 これだけ激しい戦いに身をさらしてなお、プロシュートの髪はほとんど乱れていない。死してなお凛としたプロシュートの死体に、叱られているような気がした。

『メソメソしてんじゃねーよ。早く次へ行け。死んだ奴は後回し、生きてる奴が先だ。リーダーなら、物事の優先順位を理解しろよ』

「……お前なら、そう言うだろうな。だがこれは失態だ」

 そう、これはオレの失態だ。死んだ仲間の死体を確かめずに次へは進めない。死んだ、と聞かされるだけでは、納得できない。この戦いを始めてから今まで、オレはこの失態を晒し続けている。

 だから許してくれ。

 お前たちの最期をこの目で、この手で、確かめることだけは。



「……お前たちが残した手がかりは、必ず次に繋げる。オレがやってやる」

 オレは立ち上がった。いつまでも感傷的になっているわけじゃない。けじめをつけたら、あとは過去を振り返ることはしない。

「お前とペッシが残してくれた手がかりのおかげで、今メローネがブチャラティたちを追っている。お前たちがしたことは無駄ではなかった。ホルマジオも、イルーゾォも、命と引き換えに道を繋いでくれた。オレたちはそれを受け継いでいく。オレは必ず、お前たちの命と名誉に懸けて、ボスの正体を暴く」

 プロシュートに言い聞かせるように、そう言ってもう一度お前の亡骸を見る。
 
 聞いているか? プロシュート。

「……プロシュート」

 オレは必ず、ボスの正体を見届ける。そして、オレたちの尊厳を取り戻す。

 だからオレを信じて、先に休んでくれ。

 後はオレたちに任せろ。

「嘘つき!」

「……すまない。だが」

「嘘つきは嘘つきだ!言い訳できねえっての!」

 ギアッチョの語気に圧されて、リゾットは口をつぐんだ。







 ギアッチョが怒っているのは、今日の任務のことだ。かなり厄介な案件で、リゾット一人では失敗する可能性があった。少なくともあと一人、仲間が必要だ。だが暗殺チームのメンバーは全員が自分の任務に赴いていて、アジトには誰もいない。

 一番近くにいるのはギアッチョだ。リゾットはすぐギアッチョに電話を掛けた。

「ギアッチョ、厄介な仕事が入った。お前の助けが必要だ」

『おいおい、こっちはまだ任務の途中だぜぇ〜?』

「分かっている。いつ帰ってこられる?」

『そうだなァ……。あと半日……いや、六時間てとこか』

「分かった。アジトで待つ」

『おう』


 そうして電話を切った直後、入れ違いで今度はプロシュートから電話がかかってきた。

『プロント?ああ、リゾットか。こっちは任務完了した』

「予定より早いな」

 リゾットは驚いてカレンダーを見る。プロシュートはあと数日は戻らない予定だ。

『ターゲットが自爆してくれてよ。こっちが手を下すまでもなかったぜ。あと六時間くらいでそっちへ戻る』

「そうか、それは好都合だ」

『なに、ご褒美に飯でもおごってくれんのか?』

「それはお前にとっては好都合だろうがな。生憎とオレに都合のいい方の話だよ。今すぐ手助けが必要だ。すぐ帰ってきてくれ」

『ヤレヤレ、人使いの荒いリーダー様だ』

 文句を言いながらも、プロシュートはすぐに戻ることを約束した。


 リゾットはすぐにギアッチョに電話をしたが、留守電に繋がった。

「さっきの件は、プロシュートに任せることにした。お前は急がなくていいぞ」

 それでリゾットはプロシュートを連れ、すぐさま仕事に向かう。速やかに任務を終えて帰ってきたら、ギアッチョがすごい剣幕で怒っていたというわけだ。







「一度はオレに任せるって言ったくせにヨォー、なんでプロシュート連れてくんだよ!」

「それは……プロシュートの方が適任だと判断したからだ。状況が変わったからな」

 人手さえあれば、スタンド能力は関係ない状況だった。あえて言うなら、今の任務に直面しているギアッチョと任務を終えたばかりのプロシュート、どちらかといえば後者の方が余力を残しているだろうというくらいの考えだった。

 ギアッチョは顔を真っ赤にして、うっすらと目を潤ませている。そんなに怒らせるとは思っていなかったが、リーダーとして自分の判断に大きなミスがあったとは思えない。

「任務が続くお前より、プロシュートの方が余裕があると思った」

「そんなん!プロシュートだって任務の直後だってのは変わらねーじゃねーか!なんでオレじゃダメなんだよ!」

「別に、お前じゃダメだというわけでは……」

「だったら待っててもいいじゃねえか!オレはアンタのために急いで仕事片付けて、次の仕事があるつもりで帰ってきたんだぜ?それなのに待ってねえってのはどういうこったああ!?オレは全然納得いかねえぞッ!」

「………………」

 暗殺は、一般人のような商品の販売や弁当の製造などという当たり前の「仕事」とは訳が違う、極度の緊張とエネルギーを使う仕事だ。だからそれが続くのは負担が大きいし、危険も増える。無理な任務がなくなったのだから喜んでもいいくらいなのに、ギアッチョはなぜこんなに怒っているのか。

「約束を破ったのは悪かった。無駄に急かしてしまったことも謝ろう。だが、オレはお前の電話に連絡も入れていたし……」

「そーじゃねえよ!なんでオレじゃダメだったんだって言ってんだ!なんでオレを外したんだよ!」

「だから、お前よりプロシュートの方が余力を残しているだろうと……」

「余力ぅ?そんなもん気力の問題じゃねーか!オレはやる気だった!プロシュートにだって負けねーよ!」


 リゾットはほとほと困り果てた。

 ギアッチョはすっかりへそを曲げてしまい、上目使いにリゾットを睨んで黙っている。


「分かった。次はお前を使おう」

「次ィ?今のオレじゃ頼りねーってのかよォ!」

「だからそういうことじゃあ……」


 何を言ってもギアッチョの怒りを買うばかりだ。なんとかなだめる方法はないだろうか……と考えていたリゾットだったが、ふとあることに気付いた。



(ギアッチョは、頼りにされたかったのだろうか?)



 さっきからギアッチョが主張していることをよく思い出してみると、仕事がしたいとか外されたとか、そういうことだけではないように思える。

 急な仕事でリーダーに抜擢されたことが、ギアッチョには大きな満足だったのだろう。それをあっさりと奪われて、だからこんなに怒っている。



 リゾットは口元に薄く笑みを浮かべた。


「ギアッチョ」

「あんだよ」

「プロシュートはお前よりも、最近の任務で使ってくる経費が多い。むやみに金をばらまいて任務を解決しようとするからな」

「ケッ。ほんとそーゆーのムカつくぜ。目的さえ果たせば手段はどーでもいいっつーの、考え方が雑なんだよ!リゾットが金の管理にどれだけ苦労してるか全然分かってねーんだぜ!?」

「ああ。だからプロシュートには少し余分に働いてもらおうと思ってな。金を使い込むなら、それだけ多く働いてもらう。経費だってタダじゃないんだ」

「………………」



 ギアッチョは口をつぐみ、しばらく何かを考えていたが、やがて憑き物が落ちたようにスッキリとした顔になった。

「そうかよ。ならいいぜ」

「お前の仕事のやり方はスマートだからな」

「普通に考えて行動すりゃ、手間も金も掛けずに一番簡単なやり方で殺れるだろー?そんなの当たり前だぜ」

「だから、お前を頼りにしている」

 リゾットが微笑むと、ギアッチョは満足そうに唇の端を吊り上げてニッと笑う。



 ギアッチョはリーダーに認めてほしかった。ただそれだけのことだ。だがそれがギアッチョにとってのプライドであり、生き甲斐なのだろう。

(……ありがたいことだな)

 こんなふうに部下に慕われ、支えられて、リーダーとしてこんなに嬉しいことはない。



「ギアッチョ、飯でも食べに行くか。金はオレが出す」

「あぁ?別におごりでなくていいぜ。そんな機嫌取るような真似するなよなァ〜」

「いや、お前が節約してくれた分の経費だ。いわば還元だな」

「カンゲン!そんなの聞いたことねーよ!」

 すっかり機嫌を直したギアッチョがケラケラと笑う。今怒っていたカラスがもう笑ったな、と心の中でつぶやいて、リゾットも「フフッ」と笑みを漏らす。

「そういうこともあるんだ。遠慮なく何か食べに行こう。経費で」

「経費でな」



 強くて、素直で、子供のように純粋な、頼れる部下。
 そしてその部下はリーダーをとても慕っているのだった。





【END】






ツイッターの「リプくれたら指定のカプで小説書く」企画。リゾギア。
思いっきり私のリゾギア萌えポイント詰めまくりました! ていうかもうこういうのしか書けない気がする。リゾギアていうかギア→リゾか。てことはギアリゾなのか? いやいや、あくまでも「頑張る年下受け」的な感じでリゾギアと言い張る。
プロシュートも「リゾットに頼られたい」っていう欲望が強いんだけど、それはむしろ既成のプライドであって、「あって当然だし、頼られないなんてあり得ない」という背水の陣に近い。ギアッチョの「リゾットに頼られたい」はまだ達成していない夢ないしは目標に近い。ギアッチョとしてはそれなりに頼られてる実感も実績もあるんだけど、まだまだ足りないっていう自覚もまたあって、もっと行かないと山頂にはたどり着けないって思ってる。頑張れギアッチョ。そういうギアッチョが好きです。
 By明日狩り  2013/03/07