失敗の無い男









彼の人生において、失敗は一度もない。







「…………」

 リゾットは眉根を寄せて、暗闇の路地を見透かすように目を凝らした。だがターゲットの姿はもうどこにも見当たらない。

「リゾット! 奴は!?」

 後ろから追いついてきたプロシュートが荒い息を吐く。


「見失った」

「マジかー……」

 詳しく聞き返す必要のないほど簡潔なリゾットの返答に、プロシュートはくたくたとその場にへたり込んだ。

 ターゲットはどうやら、姿を消せるらしい。スタンド使いなのかどうかはまだ分からなかったが、厄介な相手には変わりなかった。

「やっとここまで追い詰めたってのによォー」

 情報を集め、ターゲットを待ち伏せること10日目。ようやく捕捉したと思ったのに、すんでのところで逃がしてしまった。

「かぁーっ」

 今日までの苦労が水の泡かと思うと、気力も萎える。へたれるプロシュートを一瞥して、リゾットは事も無げに言った。


「追うぞ」

「は? どこへ?」

「分からん」

 間抜けな返答に、プロシュートはますます力が抜ける。


「疲れさせんなよな」

「疲れている暇はない。逃がしはしない」

「任務に失敗したら、とりあえず一旦引いて出直すのがセオリーだろ?」

「失敗はしていない」

 リゾットの口調はやけに強情だ。


(子供じゃねーんだからよ)

「あのなァー、ターゲットに逃げられたんだから、失敗だって。こんだけ追い詰めたのに逃げられたんだ、あちらさんも相当警戒してるはずだぜ。もう当分の間は姿を見せねぇよ」

 理詰めで説き伏せようとするプロシュートの言葉に無理なところはない。それでもリゾットは頑なに首を横に振った。

「失敗はしていない」

「だからァー」





「奴が死体になるまで、オレが追い続ける。まだ失敗じゃない」





「…………」



 プロシュートは頭を上げて、リゾットの顔をまじまじと見上げた。



 漆黒の目を持つ暗殺者は、まだターゲットの喉に食らいついたままだという顔をして暗闇に目を凝らしている。





(恐え……)





 リゾットにとっては、たった今ターゲットが「目の前にいない」ことなど些細な問題らしい。どこまでも追いかけ、いつまでも待ち続ける。
 一度リゾットに狙われたら、あとは早いか遅いか、時間の問題なのだ。


 遠くない未来、ターゲットは必ず死体になる。


 リゾットがそうすると決めたからには。





「リーダー」

「なんだ」

「オレは何をしたらいい?」


 プロシュートはニヤッと笑って見せた。

 リゾットはニコリともせずに、答えた。


「どんな手を使っても、奴の尻尾を掴んで来い」

「了解!」




 軽快に踵を返して、プロシュートは裏の路地目指して駆け出した。

 ターゲットはそう簡単に痕跡を残すはずがないが、それでもこの世から消え失せることはできないのだ。吐く息の二酸化炭素まで、寝言の一声まで、奴の痕跡をたどってみせる。

(そうでなきゃ、我らがリーダーは納得しねえだろうからなァ!)


 雲を掴むような話だというのなら、雲どころか霧でも雨粒でも探し出してみせる。

 リゾットはそうやって、今まで狙った敵をすべて叩き潰してきたのだから。





「リゾットが味方でホント、助かったぜ」


 あんな恐ろしい男を敵に回さないですんだことに、プロシュートは心から感謝したのだった。












<END>











うちの相方が、リゾットの略歴にある「失敗は一度もない」という一文にやけにこだわっているので、「こういうこと?」と思って書いてみた。予約した歯医者で時間通りに行ったら30分も待たされるたぁどういうこったァ〜? オレは全然納得いかねーぞー!! という待ち時間にケータイでプチプチ打ってました。
 By明日狩り  2010/11/02