「おいリゾット」 「なあリゾット」 「こっちを向け」 「こっち向いてほしいんだぜ」 左右の腕を引かれて、リゾットは無表情のままどちらを向くべきか逡巡した。 「暗殺のガキめ。遠慮も礼儀も知らんな」 ディアボロが嫌悪感も露わに吐き捨てる。 「うるせーな。権力者だからって部下を私物化しようとしてんじゃねーぜ」 ギアッチョが今にも噛み付きそうな勢いでうなる。 「…………………………」 間に挟まれたリゾットは、なんと言って良いか分からない。 「おいリゾット、アイスを買ってやる。好きな味を選べ」 ディアボロが右腕を引っ張る。 「なあリゾット、コーヒー飲もうぜ。砂糖は二つだよなァ?」 ギアッチョが左腕を引っ張る。 「あの…………腹が減らないか? あそこの食堂でランチにしよう」 リゾットは仕方なく、右でも左でもない正面にある適当な食堂に視線を向けた。 「そうか。腹が減ったのなら何でも食わせてやろう。あんなチンケな店ではなく、車を呼んで高級リストランテへ行くぞ。私はボスだからな。遠慮するな」 「あっ……」 「腹減ったんなら、うちでスパゲティでも作ってやろうかァ? リゾット、オレが作るペペロンチーノ大好きだって言ってたじゃねーか」 「えっ……」 ここで手を離したら奪われてしまう。ここで奪うことができたら邪魔者を引き離せる。絶対に負けられない勝負に直面して、ディアボロとギアッチョは手に力を込めた。 「痛い痛い!」 リゾットが悲鳴を上げる。本当に愛している方が手を離す……かと思いきや、どちらも譲らない。 「おい、リゾットが痛がっているじゃないか。手を離せガキ」 「リゾットが痛てーって言ってンの、聞こえてんのかぁ? だったらオメーこそ離せよなァ!」 「うう……痛い……千切れる……」 鍛え抜かれた暗殺者の肉体も、好きな人に左右から引っ張られたらさすがに耐えられない。 取りうるベストな選択は、屋外でボスの顔を立ててギアッチョをいったん返し、アジトに帰ってから改めてギアッチョの相手をすることだ。だが今の状況でギアッチョに「お前は先に帰れ」と言うのは可哀想すぎる。大人げないボスが余計なことを言って追撃することも想定できる。 かといって組織のボスに「今日のところは帰らせてください」とは言えない。 「離せ、暗殺のガキ」 「オッサンこそ離せ」 「ボスに向かって口の利き方がなってないぞ」 「これもボス命令なのかァ? うちのボスは公私混同する小物なのかよ?」 「うぐぐ……」 敵対する二人は仲直りする様子もない。 (誰か助けてくれ……ああ、こんなときにあいつがいたらどうするだろう?) 困り果てたリゾットの脳裏に浮かんだのは、チームの頼れるナンバーツー、右腕でもあり相談役でもあるプロシュートの顔だった。 (あいつならどうする……? そうか、そうだな。危険だが、やってみるか) 覚悟を決めたリゾットはキリッと口許を結んだ。 「うにのパスタだ」 「ん? パスタがいいのか? それなら行きつけのホテルにいいのが……」 ボスが提案する。 「パスタなら得意だぜ! うにのパスタだって作ってやるからな!」 ギアッチョが腕を引く。 だがリゾットは頑なに前を指した。 「あそこがいい。あそこでなくちゃダメだ」 ずかずかと店に入り、四人席のテーブルにつく。慌てて追いかけてきたボスとギアッチョを左右に座らせ、「うにのパスタみっつ」と有無を言わさず注文してしまう。 「おいリゾット、このような店ではなく私の……」 「オレが作る方が……」 「ここがいいと言ってるんだ。つきあってくれないのか?」 強い口調で左右を睨み付けると、ボスもギアッチョも口をつぐんで大人しく引っこんだ。 だがすぐに身を乗り出してきて、懲りずに囁きかける。 「リゾット、これを食べ終わったらデザートはホテルのラウンジへ二人で……」 「デザートこそオレの手作りだよな!? リゾットの好きなやつ作るぜ!」 「デザートはここの先のジェラート屋だ」 きっぱりとそう言って、リゾットは一切譲らない。 「街のジェラート屋だと? そんなものうまいわけがない」 「えー、家でゆっくりしようぜー?」 文句を言う二人に向かって、リゾットは断固として言い放つ。 「ジェラートだ。それ以外は認めん」 「むう、仕方がないな……付き合ってやらんこともない」 「リゾットがそれがいいってんなら、そうするぜ」 二人ともようやく納得したのか、にらみ合いながらも黙って席についている。 (すごい。なんとかなった) 強面の裏に驚きを隠して、リゾットは心密かに安堵のため息を吐いた。 これぞプロシュート戦法「ワガママ言えば周りはついてくる」である。 (ありがとうプロシュート、お前にさんざん振り回された経験が役に立ったぞ) プロシュートのドヤ顔を思い出して、感謝するのは心の中でだけにしておこうと思うリゾットなのだった。 【終】 |
| 鳥野ささみさんからのリクエストで、ボスとギアッチョがリゾットを取り合うお話でした。リゾットはみんなのものなので、プリゾじゃないよ! ていうかナチュラルにボスが顔見せしてる設定のお話はそれだけでいろいろ書けそう。 |
| By明日狩り 2014/05/16 |