プロシュートと1/6のリゾット

















「クッ……」

 敵が身を翻し、振り返りざまにその右手がリゾットの顔面を掠める。大振りのナイフを握った手が弧を描いて空を切るのを、オレはスローモーションのように見ていた。

「テメ……やりやがったなこの野郎ッ!」

 そう叫んだのはリゾットじゃない。オレ自身だ。
 考える前に体が動いていた。鞭のように体をしならせ、敵の足元を思いっきり蹴り付ける。

「ぐはっ」

 奴はバランスを崩し、地面に倒れた。オレは奴が起きるより早く、落ちていた拳銃を拾って奴に向ける。

「さよなら、だッ!」

 ガン、ガン、ガンッ。
 弾丸は残り三発だということを覚えている。それをすべて奴の頭にお見舞いしてやると、ピンク色の体液をぶちまけて敵は動かなくなった。
 ブッ殺す、なんて考える暇もねぇ。我に帰れば敵は死んでいる。

「リゾット!」
「う……」

 すぐにリゾットの元へ駆け寄る。額のあたりを手で押さえ、頬には血が流れていた。やべぇな。

「オイ、どこだ」
「大丈夫だ、かすっただけだ」
「どこだ、と聞いてるんだ」

 大丈夫かどうかなんて聞いちゃいねぇ。オレはしゃがみ込み、下からリゾットの顔を覗き込んだ。

「……目のあたりをかすった」
「眼球は?」
「分からん」
「ま、大丈夫だな」

 オレはあっけらかんと明るく言った。あまりにもあっさりとオレが心配するのをやめたんで、リゾットがほんの少しだけ気を悪くする。

 ……リゾットの名誉のために補足しておくが、コイツは自分が心配してもらえないくらいで機嫌を損ねるような奴じゃあない。ただ、オレがあんまり楽観的なもんで、それに呆れたんだ。

「大丈夫なんだろ?」
「ああ……」
「見してみ」

 オレはリゾットの手を取り、やんわりと下げさせた。わずかに抵抗した後、リゾットはおとなしく手の力を抜くと、されるがままに顔を晒す。

 目を閉じた、その瞼の上あたりに真一文字の傷が付けられている。見たところ皮を切った程度の薄い傷だが、範囲が広いもんだから顔面が血まみれだ。

「どうだ?」

 目を閉じたまま、リゾットが尋ねる。
 瞼の上をかすめる傷。眉間のしわ。流れる鮮血。……上を向いて少しだけ開いた口が、リゾットらしくない無防備さを感じさせた。

「かっこいいぜ、アンタ」
「馬鹿を言うな」
「いやほんと。こういう悪役いるよな」
「…………」

 オレは笑いながら、ハンカチを取り出すと血を拭き取ってやる。リゾットはやっぱり少しだけ機嫌を損ねているが、オレのなすがままにおとなしく身を任せている。

「瞼の上だ。大した傷じゃねえ。跡も残らねえよ」
「そうか」
「ま、目玉がイッたとしても、アンタならまた作り直せるんだろ?」
「そうだな」

 リゾットの目は昔、敵に潰されていて今は義眼だ。義眼といっても、スタンド『メタリカ』の力を使って体内で作ったお手製だから、視神経も繋がってるし目も見える。鉄色の目玉はちょいと目立つが、ま、便利なもんだ。

 リゾットは特に感慨もなく、オレの言葉を肯定した。その無表情なところがオレは好きだし、そして同時にちょっと腹立たしい。

「リゾットぉ」
「何だ」
「もしオメーの目が潰れて、『メタリカ』でも再生できないくらいになったらよォ」
「………………」

「オレがオメーの目の代わりになってやるから、安心しろよな」

「………………」

 リゾットは何も言わずに、黙って聞き流した。……そういう振りをした。
 でもオレには分かってるんだぜ。

 アンタは動揺してる。

 嬉しいのか、驚いたのか、それとも呆れたのか。
 それは知らねえ。
 けど、何らかの感情で、アンタは動揺してる。

 それでオレは溜飲を下げる。なんでもいいんだ、アンタのその生きにくい仏頂面を動かせればオレは満足だからな。

「さ、帰ったら一応病院行くか。目ェ開けんなよ。血が入る」
「……分かった」

 リゾットはオレの誘導で、慎重に足を進める。すぐそこに車があるから、乗せたら終わりだ。ちえっ、つまんねぇな。


 このまま、ずっとアンタの手を引いて歩いていけたら、面白いのに。

 無力なリゾットを連れ回す機会なんて滅多にないからな。


<END>










リゾットがけがをしても余裕の兄貴。ああーっ兄貴はカッコよくて男前で腹が立つなあ!(笑) あ、ただのけなし萌えですから気にしないでください。兄貴はリゾットのことを支えるのが当然みたいだし、自分がリーダーの役に立てるってことも疑う余地がないし、なんかもうすべてが当然のことのように思えている。ああほんと腹立たしいほど男らしくて好きーっ!
 By明日狩り  2011/10/28