メローネと1/6のリゾット

















「大丈夫か、リーダー?」
「ああ……」

 そう言いながら、アンタは無表情な顔を背ける。そう、アンタはオレが気づいてしまうことを知っているし、オレは確かに気づいている。
 悪いねリーダー、アンタが今ひどく動揺してるってコトは、オレにバレちゃってるんだ。

 バラバラになった敵の死体は、今は完全に沈黙して床に散らばっている。オレの『ベイビィ・フェイス』がバラしてくれた。その死体に安心したのが、オレの油断だった。もちろん、リーダーも。






 ついさっきの話だ。
 オレのベイビィの「息子」は、ねらい通り敵をバラバラにしてくれた。そこで一体目の「息子」も一緒にバラして、オレはすぐさま二体目の「息子」の教育にとりかかった。

「二人目だ。追えるか?」
「最初からそのつもりで「双子」にしたんだ。大丈夫、弟がこれから仕事をするよ。……さーベイビィちゃん。お兄ちゃんはちゃんと敵をぶっ殺したよ。お前もできるだろう?」

 オレはリゾットに肯いてみせると、スタンド『ベイビィ・フェイス』の画面の中で戸惑っている「息子」に声をかけた。敵は二人、だから息子も双子で生んだ。教育のタイミングや制御が難しいんだが、こういうこともできる。

『メローネ。ボクハ、ドウシタノデスカ?』
「お前はこれからシゴトをするんだ」
『ボクハ、シゴトヲシマシタ。メローネ』
「ああ、それはお前じゃなくて、お前のお兄ちゃんだ。お兄ちゃん。一緒に生まれた別の奴だ」
『ボクハ、キエマシタ。メローネ』
「違うんだ。ああもう、これだから双子は難しいなぁ」

 オレはどう説明するか頭を悩ませた。標的が複数いるとき、ごくたまにこうして「双子の息子」を作ってみることもあるんだが、兄も弟も一緒に生まれるから区別が付かなくなるらしい。同時に生んで、別々の個体として教育する方法を研究しなくちゃならないな。

 リゾットが興味深そうに、あるいは心配そうに、ないしは部下の仕事の出来を査定するように、オレのスタンドをのぞき込んでいる。


 その瞬間だった。


「うばあああああーーーーーーーーーっっっっ!!!!!」

「えっ!?」

「なっ……!」

 いきなり、死体が動いた。

 バラバラになったはずの敵の死体がムクリと起き上がり、大きな影がいきなり襲いかかってきた。

「クッ……!」

「えっ!?」

 ほんの、一瞬のことだった。

 オレの視界が暗くなり、上から黒い影が覆い被さってくる。

「ぐっ!」

 けれどそれは動く死体じゃあなくて、黒くて大きな我らがリーダーだった。

 リゾットがオレをかばって体を張り、攻撃から守ってくれた。そのまま、リーダーに抱きすくめられたまま、2秒、3秒、4秒……。



「……………………」

 ようやくリーダーがオレを放した。

「ちょ、ちょっと、リーダー大丈夫か?」

 オレはあわてて状況を確認する。オレをかばったリゾット、リゾットの背中にべったりと腐った肉が張り付いている。そして肉片という肉片から尖った針を吹き出して、バラバラになった死体。


「……やってくれたな」
「こ、これなに?」

「……おそらく、『ベイビィ・フェイス』でバラしただけでは死ななかったのだろう。細切れの死体になっても生きていた。スタンド能力かもしれない。とどめを刺さなかったのが甘かった」

 リゾットの呼吸が荒い。見ると、腐った肉にまみれたその背中にはざっくりと深い傷が刻まれていた。

「うわ、リーダーすごい傷だ」

「背中をやられるなど……恥だな」

「そんなこと言ってる場合じゃないって」

 オレはとっさにどうしていいか分からずオロオロする。遠距離操作型スタンドを使うオレは、じっくり腰を据えて仕事をするのは得意だが、こういう目の前で起きた不測の事態に対処するのがニガテなんだ。

「……すまないが、少し、汚れを落としてくれ。止血したいがこれでは……」
「あ、ああ。待ってて」

 辺りを見回し、すぐそばに小さな蛇口があるのを見つけた。幸運なことに古びたタオルも掛かっている。そいつを失敬してたっぷり水に浸し、ひどい臭いを放っているリゾットの背中を拭いてやる。

「しかし本当に珍しいねぇ。リーダーが背中を許すなんてさ」

「ああ、油断した」

「でもオレがバラして、もう大丈夫だって思ったんだ。別にアンタだけの落ち度じゃあない。それを言うならオレだって油断してた」

「だがお前を守るのがオレの役目だ」

 まあそういえばそうなんだけど。オレのスタンドはとてつもなく強いけれど、オレ本体はとてつもなく弱い。だからオレが標的のすぐそばまで迫ってスタンドを使うときは、必ず誰かがオレの護衛でついてくれることになっている。今回はリゾットだった。だからリゾットがオレを守るのは当然なんだけど。

「でも、オレがしとめ損ねた。だからリーダーは悪くないよ」

「……………………」

 リーダーは沈黙している。自分が敵に背中を見せてしまったことに、恥と後悔を感じている。そして自分が動揺していることを、部下であるオレに見せたくないと思っている。でもリゾットはオレがそういうことを全部見抜いていることも気づいている。そして気まずく思っている。

 ああ、悪いねリーダー。オレって奴は、普段はびっくりするくらい空気読めないんだけど、こういうときはびっくりするくらい勘がいいんだ。

「リーダー、痛いか?」

「いや」

「これかなりザックリいってる。オレ、止血とか分からないけど……教えてくれればやるよ?」

 リゾットの背中は、ど真ん中に深い大きい真っ赤な谷間が口を開けている。オレは何度もタオルを洗っては戻り、リゾットの背中を綺麗にしてやる。

「止血は自分でできる」

「でも背中だよ?」

「……『メタリカ』があるから大丈夫だ」

「あ、なるほど。便利だねー」

 オレはからからと笑いながらリーダーの背中を拭く。

「ねえ……リーダー」

 リゾットはきっと、気づいているだろうな、と思う。気づかれたくはないんだけれど、この人もまた勘がいいからきっと気づいてしまっているんだろうなぁ。

「…………」

「ごめんなさい。これはオレのせいだ」

「…………」

 リーダーは、黙って首を横に振った。



 さすがに気づくよなぁ。



 オレが後悔と自己嫌悪で、頭が真っ白になってるとか。

 さっきからちょっと声が震えてるとか。

 誰かに守ってもらわないと使えないスタンドのことを、情けなく思ってるとか。

 リゾットに傷を負わせてしまって、泣きたい気持ちなんだとか。



 リーダーはそういうオレのこと、全部分かっちゃってるんだろうなぁ。


「これでいいんじゃないかな。さ、止血いいよ」

「………………」

「うぉう、いつ見てもエキサイティングだね。『メタリカ』がもぞもぞして肉を縫いつけているよ」



 こうして平然とあっけらかんと言うオレの、ちっとも平気じゃない心の中を、リーダーは知ってるんだろうなぁ。





<END>










病院の待ち時間でメローネを書くのも乙なモンですね(挨拶)。
私の中のメローネは飄々としてて、いろんなことが平気だったりどうでもよかったり自分に関係のないことだったりするんだけど、実はその中にはいくつか本気で焦ったり困ったりしてることが混じってるとかわいげがあっていいなぁという妄想です。
あとメローネの『ベイビィ・フェイス』が双子とか六つ子とかを意図的に生み出せてたら、便利だけど教育がめっちゃ大変だろうなぁという妄想。
 By明日狩り  2011/11/10