イルーゾォと1/6のリゾット

















 叫ぶのが、遅すぎた。

「『マン・イン』………ッッ!!??」

 間に合わない。
 砲弾のようなでかくて黒い塊が、リーダーの頭を直撃する。その一部始終を、おれは映画で見るようにスローモーションの映像で目の当たりにした。

「ッ!『メタリカ』ッッッ!!!」

 敵の攻撃を食らう直前、リーダーは『メタリカ』を出した。けれどそれとほぼ時を同じくして、リーダーの頭に砲弾がめり込む。

「ぐああああっ!」

 敵と味方、叫んだのはほとんど同時だった。
 砲弾を繰り出した敵が、体中から血を噴き出して崩れ落ちる。目から、口から、皮膚から、手足の先から、ありとあらゆる表皮から無数の針が飛び出して、体が内側から爆発したように見える。……それきり敵は動かなくなった。
 それを見届けたリーダーもまた、ふわりと地面に倒れ込む。

「くっ…………」

 おれは最初に敵の生死を確認しに行った。リーダーのことは心配だけれど、これでまだ敵がくたばっていなかったら厄介だ。油断なく血と肉の塊に近づき、確実に心臓が止まっていることを確かめる。大丈夫だ。リーダーの『メタリカ』に失敗はありえない。

「リーダー!」

 それでおれはようやくリーダーに駆け寄った。

 黒い衣装に大きな体のリーダーは、影のようにゆらゆらと実体がないように見えるときがある。今だって、何十キロという筋肉と骨が地面に倒れたとはとても思えない。どこかふわりと、漂うように、リーダーは倒れている。

 だからおれは酷い焦燥感に駆られていた。

(消えてしまうかもしれない)

 不思議な焦燥感だ、といつも思う。
 リーダーは強くて、頼り甲斐があって、誰にも負ける気がしない。殺しても死なない。
 そう思うかたわらで、なぜかいつもリーダーが消えてしまう不安を感じている自分がいる。

「大丈夫か!?」

 駆け寄って、体に触れる。肩を支えた手ごたえがなぜかフワリと軽くて、背筋が凍りつく。心臓が止まる。
 でもそれは本当に気のせいで。

「ああ……大丈夫、だ……」

 そう言ってしんどそうに頭を押さえながら起き上がろうとするリーダーは、いつも通りしっかりと重く詰まった筋肉で体を支えながら喘いでいる。

「待って。『マン・イン・ザ・ミラー』ッ! リゾットを許可する!」

 おれはリーダーを鏡の中の世界へ引き寄せた。ここなら万が一、いや、確認済みだから万が一もないんだが、それでも何かの間違いで追手が掛かったりしたとしても安心だ。

 誰もいない鏡の中の世界には、おれとリーダーのふたりだけ。

「…………すまない」

 リーダーはそう言いながら、起き上がろうとしていた体から力を抜いた。ふぅ、と陽炎のようなため息を吐いて、重量のある体がやっぱり粉雪のようにはかなく地面に横たわった。やっぱり体を起こすのはしんどかったらしい。

「謝るなよ」

 ふてくされたような口調で言ってしまってから、そんな言い方しかできない自分に嫌気がさす。でもリーダーは特に何も気にした様子もなく、というかそんなことに気を回している余裕もないのかもしれないけれど、体を横たえたまま目を閉じてじっとしている。辛抱強いリゾットが顔を歪めているのを見ているだけで、その痛みを想像してぞっとした。

 そっと頭に手を触れると、リーダーの体がビクッと震えた。まただ。おれはどうしてこうなんだろう。

「ごめん、触るよ?」
「ああ……」

 用心深いリーダーに一声掛けずに触れたおれが悪い。湧き上がる自己嫌悪を飲みこんで、おれはリーダーの頭巾をできるだけそっと外した。

 白い髪の毛が赤く染まっている。生温かい血のにおいをかぐだけで鳥肌が立った。
 指が血に染まるのもかまわずに髪の毛を掻き分け、傷口を探す。

(もし頭蓋骨が割れていたら…………もし致命傷を負っていたら…………まさか脳が見えたりしたら………?)

 人間の死体は見慣れている。でも、リーダーの死体なんて見たことがない。そんなものを見る羽目になるなんてごめんだ。内臓が腐って崩れていくような不安と焦りと恐怖をこらえて、おれはリーダーの怪我を探した。

 頭皮の一部に、大きな裂傷が見つかる。

 でもそれは思った以上に浅い傷で、すぐさま失血死だのショック死だのという事態に繋がるほどではなかった。おれは安心して、つい不機嫌な声を上げた。

「なんだ、心配させるなよ。ちょっと切れてるだけだ」
「そうか」

 でも、リーダーの顔色はどんどん悪くなっていく。多分、見た目の傷よりも、頭の中に行ってる衝撃の方がヤバいんだろう。なるべく早く、精密検査をした方がいい。明らかに、どっかヤバイ。

 おれはリーダーに心配させないように、わざと明るい声を出した。……つもりだったんだけど、やっぱりどっか怒ってるような不機嫌なような声になる。

「そんなたいした怪我じゃないよ。おおげさに見えるだけだし。頭はさ、ちょっと切れただけでもドバッて出血するんだよな。傷は全然大丈夫だけど、あんまり動かさないほうがいいよ。落ち着いたらすぐ帰ろう」

「大丈夫だ」

 おれが変に非難がましい感じで言ったせいか、リーダーは肘を突いて体を起こそうとする。多分、おれがリーダーに「おおげさだ」って言ったせいだ。違うのに、そういう意味じゃないのに。

「いいよ、寝てなよ。ちょっと応援ぶ。ホルマジオかギアッチョがアジトにいるだろ」

 今、リーダーを歩かせるのは多分危険だ。車もちょっと離れた場所に置いてあって、おれは運転ができない。

「いや、歩ける」

「動くなって! いいから! 鏡の中は誰もいないし、ちょっと休んでろよ! おれに任せろって!」

「………………」

「あんま動くと傷がもっと開いて、残っちゃうかもしんねーから! そしたらホルマジオみたいにハゲんなっちゃうし! あれ知ってるかリーダー? ホルマジオって、頭の古傷でハゲんなっちゃってるから、剃り込み入れてるんだってさ。あれはあれでカッコイイと思うけど、リーダーまで同じ髪型にすることねーし」
「…………そうか。知らなかった」

「今度ホルマジオに聞いてみな。頭んとこ、よく見ると傷がついてんだ。なあ、電話使ってくるからここで待っててくれ」

「ああ」

 そんなことを言いながら、おれはリーダーを残したまま鏡の中から出る。ここにいたら携帯電話の電波が通じない。

「はぁ……」

 外に出て、思わずため息を吐く。

 なんでこう、うまくできないんだろう。
 もうちょっとリーダーの役に立ちたいって、思ってるのに、うまくできない。
 スタンド能力だって誰にも引けを取らないのに、うまく使いこなせてない。使いこなせてたら、リーダーをこんな目に遭わせることなんてなかったはずだ。

 そしておれは今、一人でリーダーを抱えてアジトに戻ることもできない。

 もやもやした気持ちを抱えたまま、携帯電話を繋ぐ。

 なんでおれはもっとうまくできないんだろう。

 もっとできるはずなのに。
 そしてもっと、役に立ちたいのに。





【END】







イルーゾォはコミュ障という思いこみが最近ますます激しい、どうも私です。上手にできなくて焦るイルーゾォかわいいよかわいいよ。うちのイルーゾォはチームの若手組の中でも経験の長い方なんですが、それゆえに他の奴らに先を越されるのが嫌で、チームの年長組に追いつけないのも嫌で、「リーダーはおれが守る!」って思ってます。そこはイルーゾォの次に入ったギアッチョと近くて、イルーゾォとギアッチョは「自分の力でチームを支えたい、リゾットの役に立ちたい」っていう思いが強いです。でも覚悟が強くて一直線で納得いかないことを納得したいギアッチョと比べて、「これしきのことォォォ」で涙目で「許可しないぃ」のイルーゾォは自分がリーダーの役に立ってるって自分自身を信じられないところがあって、ジレンマが強い。そんな妄想でした。
 By明日狩り  2011/12/15