「兄貴ィ! すいません! 昨日やれっていわれてたこと、終わってなくて、……明日にしてもらってもいいですかい?」
 ペッシの買い物に付き合ってやる約束が延期になった。

「リーダー、悪ィ! オペラの招待券、今日じゃなくて明日だったぜ。大丈夫か?」
 ギアッチョと行く予定が延期になった。


「あーあ、どーすっかなー」

 特に用事もないが、一人で家にいるにはもったいない天気だ。

「どこかへ行く……にしても、あてはないな」

 初夏の風は涼しく、けれども陽射しは強くて夏の予感がする。
 こんな季節にあてもなく街をぶらつけば、目につくものはただひとつ。


「ジェラテリア……か」




「ん?」

「お?」

 同時に店の扉に手をかけて、二人は顔を見合わせた。

「プロシュート」
「リゾットじゃねえか。なんだ、呑気にジェラート食いに来たのか?」
呑気は余計だ。お前も呑気なのか?」
「ああ、ペッシの野郎に約束反故にされてよ。暇人の呑気者だぜ」
「そうか、俺もだ」
「暇だとジェラート食うくらいしかねーのかよ。お互い寂しいな」

 プロシュートがおかしそうに笑うが、リゾットは困惑する。

「ジェラートを食うのは寂しいのか?」
「そうじゃねえよ。ったく、話の通じねえ野郎だ」

 文句を言いながら店の扉を開け、色とりどりのジェラートの前に立つ。

 ジェラートの並ぶケースは、まるで花畑かおもちゃ箱のようだ。

「お、うまそ」
「…………」
「なに難しい顔してんだよ。ジェラート選ぶときくらいもっと楽しそうにできねえのか?」
「充分楽しんでる。この中から二つしか選べないのを恨むくらいにはな」
「ハン、ダブルで食う気満々かよ」

 平日の昼なので店内には他に客はいない。長身のいかつい男二人は人目を気にすることなく、あれやこれやと言いながらジェラートを二種類ずつ選んだ。

 コーンにたっぷりと盛られたジェラートを手に、店を出る。

「こんな日は外で食うに限るよな」

 明るい初夏の太陽と風を浴びて、ジェラートを食べる。自分たちが日陰者のギャングであることなど忘れてしまいそうだ。

「お前、何にしたんだ?」
「バラとエスプレッソ」

 何気なく答えたプロシュートだったが、なぜかリゾットが小さく噴き出したので訝しげに眉根を寄せた。

「オイ、なに笑ってんだ」
「いや、笑ってなど……」
「笑っただろ! テメェ、人が厳選したジェラートにケチつけんなら相手になってやるぜ?」

 本気だか冗談だか分からないプロシュートの挑発に、リゾットは緩く微笑みながら首を横に振った。

「違う、恐ろしいくらい似合うと思ったんだ」
「は?」

 意味が分からない、という風にプロシュートはリゾットを睨み上げる。

 この綺麗な顔をした伊達男が、バラの花束を片手にエスプレッソを飲んでいたら、さぞ絵になるだろう、と思う。
 そうして華やかなシニョリーナがやって来たら、バラを差し出し、手を取って「愛してるぜ」なんて言うのだろうか。
 さぞかし似合いの二人になるだろうな。美男美女は絵になる。

 そんなとりとめもない空想に頭を巡らせていると、無視されたと思ったのか、プロシュートが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
 ずい、と手にしたジェラートをリゾットに突きつける。

「なら食えよ。笑ってっけど、このチョイスは神だからな?」

 リゾットは目を丸くした。

(同じだ……)

 花束の代わりにジェラートではあるが、芳醇なバラの香りを漂わせてピンクのものを突きつけるプロシュートは、今リゾットが思い描いた姿と同じだ。

 笑いをこらえながら、差し出されたジェラートに口を付ける。
 一口目は華やかなバラの香り。
 二口目は苦み走った大人のコーヒー。

「うまいな」
「だろう?」

 見たか、とばかりに会心の笑みを浮かべて、プロシュートはリゾットの手を取った。

「あっ……」
「俺にも寄越せよ」

 許可も待たずに勝手にジェラートに食い付き、味見をさらう。

「……レモンと、ミルクか?」
「シチリアレモンと、シチリアの塩味だ」
「故郷を偲ぶ甘さか。うめーな」
「シチリアはなんでもうまいからな」

 そう言いつつ、リゾットは笑いを隠すのに精いっぱいだ。バラの花束を差し出して、代わりに相手の手を取るプロシュート。
 まさか相手は可憐なシニョリーナではなく、自分だったとは。

 空想と現実が変な具合にリンクしたので、リゾットは笑いをこらえながら肩を震わせた。


「だから! さっきから何なんだよ気持ち悪ィ!」
 ついにプロシュートがキレた。

「すまない。違うんだ、これは……ふふっ」
「また笑った! もう許さねぇ! テメエ……」

 つかみかかろうとするプロシュートに、リゾットはなんの前触れもなくこう言った。


「愛してるぞ」


「…………ハン?」

「愛してる」

 いくら妄想と一緒でも、そこまでは言ってくれないだろう。ならば愛の語らいだけはこちらからしてやってもいい。

 プロシュートは不審そうに顔をしかめ、首をかしげた。

「オメー、本気でイカレたか?」

「お前があんまりカッコいいからな」

「ダメだ、イカレた」

 気味悪そうに肩をすくめ、プロシュートは大人しく自分のジェラートを舐め始めた。

「ジェラートはいいな。色々な味がする」
「おー、ついでにしっかり頭も冷やせよ。調子狂う」
「たまにはいいだろ、いつも俺のほうが翻弄されてるんだから」

 そう、たまにはこんな日があってもいい。

 眩しそうに目を細めて、リゾットは甘い味の唇に笑みを浮かべた。



【終】






かのんさんからのリクエストで、急にお休み頂いた兄貴とリーダーが一緒にお出かけするお話を甘めで。一回リテイク入れて、今度こそあまーいお話が書けました! どやあ! 甘いプリゾ!(物理) イタリアーノは甘いもの好きらしいですね。
By明日狩り  2014/05/13