「寒さで死ぬ、ってどんな気持ちがするのかな?」

 ベッドに寝っ転がったメローネは、薄いブランケットだけを背中に掛けて枕を引き寄せた。その上に顎を乗せ、ふっと息を漏らす。
 薄型のノートパソコンを手持ち無沙汰に操作して、ネットに落ちている画像をパラパラとめくるように開いては閉じる。

「ロクなもんじゃねーだろ、きっと」

 興味なさそうに切り捨てて、ギアッチョはブランケットを肩まで引き上げた。

 さっきまで熱を交し合っていたので、心はふっくらと耕されたように快い。
 けれど体はすっかり疲れ切ってしまっていた。
 うとうとと少し眠ったけれど、メローネが部屋の明かりを消さないので目が覚めてしまう。まだ眠い。

 ギアッチョの眠気も疲れも意に介さず、メローネは鼻歌を歌いながらパソコンを楽しむ。

「そうかな、そう悪いもんじゃないと思うんだ」
「じゃあ今すぐ味わわせてやろうか?」
「うーん、今すぐは嫌だな。せっかくセックスしてあったかいんだ。それに死んだら君に会えなくなるし、触れなくなる。それはスゴク良くないことだ」
「だったら黙ってろよ。あと電気消せ」
「それも嫌だ。オレは眠くないもの」

「……チッ」

 舌打ちをして、ギアッチョは目元までブランケットを上げる。けれどすぐに息苦しくなって顔を出す。
 まぶしさに顔をしかめた。


「凍死って、すごく気持ちいい、って言うよな」
「そうらしいな」
「本当なのか?」
「さぁ。オレの場合は、寒いとか気持ちいいとか感じる前に、ブチ割っちまうしなァ」
「ああそうか。君はディ・モールト強いから」

 つるつるとブラウザの画面がスクロールしていく。
 顔を上げて見ると、「雪」というワードのみでひたすら画像を見ている。

(……人とセックスした後にこんなあからさまな暇つぶしたぁ、馬鹿にしているのか?)

 少し不快になったが、メローネは楽しそうに雪の写真を次々と閲覧していく。本気で雪の画像を楽しんでいるらしい。
 こういうメローネの感性は、いつもギアッチョには理解できない。

「何見てんだ?」
「雪だよ。ギアッチョの『ホワイト・アルバム』のような、真っ白な雪の写真」
「楽しいのか?」
「スゴク楽しい」

 やっぱり、理解できない。
 ギアッチョはブランケットの下で寝返りを打った。眠い。

「眠ィ…………」

 そう言うと、メローネはいきなり嬉しそうに跳ね起きた。

「あ、ギアッチョ寝たら死ぬぞ! 雪山で寝たら死ぬぞ! 裸で暖めあおう!」
「ウルセーな」
「ちえっ」

 不機嫌なギアッチョをかまうのは今は無理らしい。メローネは大人しくパソコンに戻った。
 カタカタカタッ、と軽快なキーボードの音がギアッチョの耳をくすぐる。

(メローネのキーボードの音は、好きだ……)

 少しうとうとしながら、ギアッチョはその硬質の音に耳を傾ける。
 何を言っているか分からないメローネの言葉より、このキーボードを叩く正確で軽快で理知的な音のほうがよっぽどマトモだと、ギアッチョはいつも思っている。

「甘美な恍惚感」
「………………」
「体温が33度になると思考力は低下し、意識は朦朧」
「……なんだそれ」
「凍死について、の文章」
 雪の画像の次は、そんなものを検索していたらしい。

「ふーん」
「30度より低くなると意識がなくなり、25度以下になるともはや手遅れ。けっこうすぐ死んじゃうんだな」
「まあな」

 自分のスタンドの特性は知っておいたほうが戦闘に断然有利だ。ギアッチョもそれくらいは知っている。
 だがメローネは初めて知る凍死に興味津々だ。

「この意識朦朧、のときがすごく気持ちいいらしいな。うとうとして、春の風に包まれてるみたいだって。まるで今のギアッチョみたいだ」
 メローネはそう言って、ギアッチョに手を伸ばした。柔らかな巻き毛に触れ、ふわふわと撫でる。

(うぜ……)
 うっとうしいので振り払ってやろうかと思ったが、確かに今のギアッチョは優しい温かさに包まれていて意識は朦朧としている。あながち間違ってはいない。だからメローネの手をそのままにしておいた。

「おおっ、雪山で冷凍保存された死体は、血の気が失せて肌が透き通るように白くなるんだって。ベネ! ベネ! 素晴らしい! 外傷のない、あまつさえ恍惚の表情すら浮かべた死体が、白い肌で眠っているんだ。童話より美しい!」
 メローネは一人で興奮している。

(コイツに倫理観ってもんはねーんだな)

 ギャングの暗殺者にそんなものはないと分かっている。ギアッチョ自身だってそう自慢できるような道徳も倫理も持ち合わせてはいない。
 それでもメローネの価値観における「死」はどこかずれている。そんな気がする。

「甘美な恍惚感か。そんなものを味わえる死に方ってあるんだな」
「やってみるか?」
「うん」

 あまりにも屈託なく、メローネがうなずく。
 聞き間違えたかと思ったが、確かに肯定してうなずいた。そう言われるとギアッチョもどうしていいか分からない。

「ギアッチョの能力でさ。甘美な恍惚感を味わいながら死ねるなら、オレはぜひともそういう最期を迎えたいね!」
「いつだよ」
「そうだなァ。今は困る。まだまだ君と一緒にいたいし、君としたいし」
「じゃあいつだよ」
「そうねぇ」

 メローネはパソコンを閉じた。

 ごろん、と布団の上で半回転して、ギアッチョの隣にぴたりと体を寄せる。

「いつならいいんだろう?」
「早く決めろよ。さっさと殺してやるから」
「うーん…………どれだけ君と一緒にいたら、「もう死んでもいいや」って思えるんだろう?」

(そんなこと、あるわけねーだろうが)

 ギアッチョは呆れて、声に出さずに小さくため息を吐いた。
 誰かと一緒にいる。
 幸せを味わう。
 それには「もう十分だから死んでもいい」なんてことがあるはずないと、ギアッチョは考える。

 けれど、メローネにはその可能性があるらしい。

「だって他の奴とかさ、敵とかにさ、殺されるのはつまらないじゃないか。せっかく一度しか死ねないのに」
「そりゃそうだろ。誰だって殺されるのはつまんねーよ」
「せっかく死ぬなら、絶対にギアッチョに殺されたいよ。しかも甘美な恍惚とやらを味わいながらさ」
「だから殺してやるって言ってるだろーが」
「ううーん、いつがいいのかな……」

 メローネは「その時期」を真剣に検討し始めた。

(つきあいきれねー……)

 うんざりして、
ギアッチョはメローネに背中を向けた。ブランケットを体に巻きつけて少し体を折り曲げる。

「ギアッチョ」

 その上から、メローネが覆いかぶさってきた。
 不意に耳を舐められ、ギアッチョは思わず声を上げる。

「ひっ」
「ギアッチョの殺し方って、エロくていいね。スゴク興奮する」
「…………変態」

 心底蔑んだ声でそう言ってやると、メローネは羽根のように軽やかな笑顔でうなずいた。

「勃っちゃった。もう一度しよう」
「かみあわねーよ会話が」
「そうでもないよ」

 文句を言いながらも、ギアッチョの肌はぞくぞくとざわめく。
 耳は一番弱い。そこに湿った息を感じるだけで、体の芯が熱を持つ。

 メローネの手が体をまさぐってくるのを感じながら、ギアッチョは凍死寸前の哀れな犠牲者を思って目を閉じた。

 後は甘美な恍惚感を、心ゆくまで。






【END】







冬にギアッチョの本を出したとき、「凍死って気持ちよく死ねるって聞いたことがあるけど、すごく痛いとも言うし、どうなんだろう?」と思ってあれこれ資料を当たっていました。お友達の京子さんが「うちに完全自殺マニュアルあるから抜粋しましょうか?」と言って凍死の項を送ってくれたのですが、そのときにこんなメロギア妄想までつけてくれたのでカタチにしてみました。京子さんその節はお世話になりました。
By明日狩り  2011/02/20