電話/MG

















 晴れた空。
 白い雲。
 涼しい風。
 降り注ぐ陽の光。

 なんて美しい日。

「ああ、ワラ・ビュリホゥ・デイ! ディ・モールト・ベネ!」

 バイクにまたがって、晴れた空を見上げて、オレはこの世に生まれた喜びを謳歌する。
 世界は美しさに満ちている。今ここにいて、暖かい光を浴びながら呼吸している幸せを噛みしめる。

 世界はなんて素晴らしいんだろう。

「フフ…………」

 携帯電話の固い手触りを確かめて、オレは一人でニヤケている。

 今、この広い空の下のどこかにアンタがいる。
 そのことを思うだけで、世界の美しさは何倍にも輝きを増す。

 アンタは今、何をしてるだろう? 何か食べている? 車を運転している? 本を読んでいる? また何か矛盾を見つけて怒り狂ってる?
 何をしていてもいい。ギアッチョが生きてるならそれでいい。生きて、呼吸して、アンタが吐き出した二酸化炭素もここまで届くような気がする。それを吸って、同じ地球の空気を共有して、同じ青空の下で生きてる。

 そうしてアンタはきっと、オレがアンタのことを考えているなんてこれっぽっちも知らないだろう。

 一人で生きられるギアッチョ。自分で歩いて、どこかへ行って、何かして、誰かを誘って、やりたいことがあって、やろうと考えて、それをする。
 そういうことを、自分でできる。
 自立した、ギアッチョという存在があって、それがこの空の下のどこかで今もひとりでに動いて生きている。

 ああ、それはなんて素晴らしい!


 携帯電話の傷ついた表面を手で撫でる。
 こいつはアンタに繋がることができる。短縮ボタンと通話ボタン。それをプッシュするだけでアンタに繋がる。

 でも、オレが電話を掛けるまで、ディスプレイにオレの名前が表示されるまで、アンタはオレのことなんて忘れているに違いない。忘れて、他のことを考えて、自分の意思で生きていて、自分の生活に関わる何かこまごまとしたことを処理しているに違いない。

 そのことを思うだけで、オレは本当に幸せな気分なんだ。


 短縮ボタン、通話ボタン。

 ……とぅるるるる、とぅるるるる、とぅるるるる、

 呼び出し音が鳴る。今、オレの意思がギアッチョを呼び出している。

 なあ、アンタは絶対にオレのことなんか考えていないだろう? 他のことを考えて、自分の人生を生きている最中なんだろう?
 そうだと言ってくれ。

 ……とぅるるるる、とぅるるるる、とぅるるるる、

 まだアンタはオレに気づかない。けっこう長いこと気づかない。だからオレは、電話の呼び出しが長ければ長いほど、嬉しくなる。
 それはオレがアンタのことを考えているってことを、アンタが知らないからだ。アンタがアンタの人生を今一生懸命生きてるからだ。

 ……とぅるるるる、とぅるるるる、とぅるるるる、

 もしも、万が一。
 電話に出たアンタが「オレもオメーのこと考えてたとこだぜ」なんて言おうものなら、きっとオレの恋は終わってしまう。
 それはオレの好きなギアッチョじゃないんだ。

 なあ、頼むから、「オメーから電話が来るなんて思わなかったぜ」って言ってくれないかな。
 そうでないと、オレはアンタのこと好きでいられる自信がないよ。

 ……とぅるるるる、とぅるるるる、とぅるるるる、

 ガチャッ。

『何だ、メローネ?』

 ギアッチョの声がする。不機嫌そうな声が耳から内部に這入り込んできて、それだけでオレの幸せは絶頂に達する。
 ねえギアッチョ、今、アンタはこの空の下のどこら辺にいるんだろう?

「ギアッチョ、今アンタのこと考えてたんだ」

 何気ない振りしてそう言ってみる。

 だけど本当はものすごく意味のある、命がけの一言。

 これはオレの秘かなロシアン・ルーレットだ。

『そうかよ』

 ぶっきらぼうなアンタの声に、シビレる。

「な、ギアッチョ。オレ、アンタのこと考えてたんだ。今ずーっと」

 オレは浮かれる。
 オレのハイテンションに、アンタはますます不機嫌になる。

『知るかよ。うぜぇ』

 不機嫌なアンタの声。うっとうしがる、アンタの意思。

 ありがとうギアッチョ。
 オレはまだまだアンタに恋していられそうだ。

 自分の恋心が救われて、オレはようやく安心する。


 あとはどうでもいい話。
 本当にどうでもいいのだけれど、きっとアンタにとってはこっちが本題に聞こえるんだろうな、なんて思う。

「なあ、腹が減ったんだが、何か食べにいかないか?」

『いいけどよォー。てかオメー今どこにいんだよ』

「湖のとこ」

『バカだろオメー。オレはネアポリスのど真ん中だぜ。こっち帰ってくんのにどれだけかかんだよ』

「待っててよ。すぐに行く」

『待てねーよ。こっちだって腹減ってんだ』

 そして、沈黙。
 ギアッチョの葛藤。

 大げさに『チッ!』と舌打ちする音。

『しょうがねえな。30分だけここで待つ。来なかったら、置いてく』

 なんて愛しい恋人。

「急いで行くよ。待っててね」

『オメーが事故ったって、30分以上は待たねーからなァ』

 そう言ってアンタから電話を切る。


 自立して、自分の意思で生きてるギアッチョ。
 なんて素敵なギアッチョ!

 さあ、急いでバイクを走らせよう。

 確固たる君に逢いに行こう。

 この同じ空の下、電話を切ったらもうオレのことなんか考えてもいないであろう君に、今すぐ逢いに行こう。



【END】










なんじゃこりゃ。メローネの恋愛観を表現したかったんですが、私の日本語力では言語化することができませんでした。
 By明日狩り  2011/08/09