メロンランチ(まずいぜ)

















「なあ、今日はあんたにランチを作ってやろうか」

 メローネがそんなことを言い出したので、ギアッチョは見ていた雑誌から目を上げて眉根を寄せた。

「急になんだよ。気持ち悪ぃ」
「暇なんだ」
「そうかよ」

 そう言ってギアッチョはまた雑誌に目を落とした。


 アジトのリビングには、今日はギアッチョとメローネしかいない。他のメンバーは仕事か、あるいは自宅にいるのか。ギアッチョは特に用事もないのでアジトで時間をつぶしているところだった。


「ねえ、作ってもいいかい?」
「作るのはオメーの勝手だ。好きにすりゃあいい。けどよォ、オレが食うかどうかは別の問題だからな」
「じゃあ、必ず食べると約束してくれ。お客さんがいないんじゃ張り合いがない」

 メローネはそう言って、ソファに座っているギアッチョに後ろから抱きつく。

「けどなァー……オメーの作る料理は、ぶっちゃけ、マズイ」
「あ、ひどい」
「だってそうだろ? オメーはなんで自分がアジトの夕食当番を免除されてるか、その理由を考えたことがあんのか?」

 いつも誰かしらがたむろっているアジトでは、毎日の夕食当番がローテーションで回ってくる。
 わがままなメンバーの好みを考慮したり、人数を見て材料を調達したりと、それなりに面倒なので嫌がる者も多いのだが、それでも当番制が成立しているのは「自分以外の奴が作る料理が楽しみだから」に他ならない。
 面倒だけれど、廃止したくはない。それが暗殺チームの夕食当番の実情だ。

 だが、自主的に動くことを全くしないソルベは最初からこの当番に入っておらず、そしていつの間にかメローネの名前も自然消滅していた。理由は簡単、「まずいから」だ。

「そんなにまずいかな?」

 メローネは首をかしげた。

「……自覚ねえのかよ」
「うぅん、よく分からない。……っていうかオレは、まずいってことがそもそもよく分からない」
「じゃ、ダメだな」

 ギアッチョはあっさりそう言って雑誌をめくった。

 確かにメローネは何を食べても「これおいしい!」と言う。多少失敗した料理でも、冷めてしまっても、ファストフードでも高級レストランでも、食べれば必ず「これおいしい!」と言うのだ。
 どうもメローネには味覚、というものがないらしい。

「でも、おいしいのは分かるよ」
 
後ろから抱きついたまま、メローネはギアッチョの首筋に舌を這わせた。

「うひっ!」
「うん、ギアッチョの味がする。おいしい」
「クソッいきなり人の首筋舐めてんじゃねえよっ気色悪ィ! 鳥肌立ったじゃねーかっ!」

 バタバタともがいてメローネを振りほどこうとするが、肩から上をしっかりホールドされて逃げることができない。
 腕の中で暴れるギアッチョに体重を預けて、メローネはううん、と小さくうなった。

「おいしいのは分かるのに、まずいのは分からないんだよなぁ」
「オメーいつもあのくそマズイ料理作るとき、味見してんのかよ?」
「してるさ。これでいい、と思ったから完成品として出してるんじゃないか。それなのにどうにも評判が良くないんだよなぁ。不思議だ」
「ちっとも不思議じゃねえよ」

 ギアッチョはあきれて溜息を吐いた。ちら、と時計を見るともう正午を回っている。

「おいメローネ。そろそろ昼飯の時間だぜ」
「うん。だからランチを作ってやろうかと思ったんだが、だめかな?」

 料理がマズイ、と酷評されたので、メローネはもう一度丁寧に尋ねた。
 ギアッチョは不機嫌そうにむっつりと黙り込んでいたが、チッと舌打ちをすると顔をそむけたまま呟く。

「作るんなら、早いとこ頼むぜ」
「グラッツェ、ギアッチョ! 心をこめて作らせてもらうよ」

 メローネはぴょんと飛び上がり、身をひるがえすと嬉しそうにキッチンに入って行った。

「今から買い出しなんか行ってたら、時間かかるぜェ?」

 首をひねってギアッチョが忠告する。メローネはキッチンから顔だけ出して、指で丸印を作って見せた。

「もう材料買ってあるから大丈夫」
「計画通りかよ。なら早いとこやってくれ。はらへったぜ」
「オーケー。善処する。……ニホンでは善処する、って言ったらノーと同義語らしいけどな」
「じゃあ善処じゃなくて確実に急げ」
「分かった、善処する!」

 そう言い残すとメローネはキッチンに引きこもり、バタバタと冷蔵庫やら戸棚やらを漁る音が聞こえ始めた。

(あーあ……こりゃあ時間かかりそうだぜ……)

 メローネが夕食当番から外されたもう一つの理由は、「作るのにやたらと時間がかかるから」だった。夕飯前に作り始めて、出来上がるのが真夜中なんてこともざらにある。

(あいつの料理は手間と材料が多すぎるんだよなァ……)

 前にメローネが料理するところを見ていたことがあるが、とにかく手間がかかる。
 調理器具も調味料もやたらと多いし、ボールに小分けにするやら、寝かせておくやら、いったん皿に取っておくやら、面倒な手順を踏む料理が多いのだ。おまけに材料がないと「これでいいか」と、似ても似つかないもので代用してしまうので、丁寧なのだか大雑把なのだか分らない。

「仕方ねえなぁ……」

 ギアッチョは雑誌をたたむと、車のキーをつかんでリビングを出て行った。
 メローネの破壊的なランチを食べさせられた後、せめて口直しにデザートくらいあったほうがいいだろうと考えたからだ。今からそれを買いに行っても、料理が出来上がるまでには帰ってくる自信があった。





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「ギアッチョ、ギアッチョ起きて」
「…………んぁ?」
「ごはんできたよ!」

 メローネに揺さぶられて、ギアッチョはもそもそと体を起こした。

 デザートを買いに行って、戻ってきたらやっぱりランチはまだできていなかった。それでリビングで待っていたのだが、いつの間にかソファでうたた寝をしてしまっていたらしい。

「さ、起きて起きて。早くランチ食べよう!」
「早くって……もうランチっつーかティータイムじゃねえかよ」

 ギアッチョは時計を見て文句を言った。時計は三時半を回ったところだ。こんな時間まで待たされて、すっかりお腹が空いている。

「さ、さ、どうぞどうぞ」

 メローネに背中を押されて、ギアッチョはキッチンに入った。


 小さな二人用のダイニングテーブルの上に、色とりどりの皿がいくつも並んでいる。

「へー。すげーじゃねーか」
「そうだろう? 今日は中華料理の満漢全席をイメージしてみたんだ」
「なんだそれ?」
「なんか、フルコースみたいなものかな」
「それ、絶対にランチに出るもんじゃねえだろう」
「たぶんね」

 メローネはあっさりそう言うと、席についてティーカップにお湯を注いだ。

「これ、中国茶なんだ。フラワー・ティーって言うらしい」

 メローネが差し出した透明なティーカップの中に丸い塊が入っていて、それがお湯を吸収してむくむく膨らんでいく。そのうち触手のようなものが伸び出してゆらゆら揺れ始めた。

「なんだこりゃ。気色悪いな。何の海洋生物だよ」
「違うよ。お茶の葉を丸めて花弁を入れてあるんだ。きれいだろう?」
「どう見てもイソギンチャクとか、食虫植物とか、エイリアンだけどな」

 文句を言いながらギアッチョは花茶に口をつけた。熟成されたお茶の深い香りが鼻の奥を抜ける。

「どう?」
「なんかカビくせぇ」

 ギアッチョは顔をしかめた。

「イタリア人は味覚が衰えているな。センスがない」
「オメーに言われたくねーよ」

 文句を言いながら、ギアッチョはさてどの皿から手をつけようかと視線を巡らせる。
 目の前に広がる料理のどれから手をつけたものか、とりあえず小さな団子のようなものを口に放り込んでみた。

「熱っ!」
「あ、それ熱いから気をつけてね」
「おせーよ!」

 噛んだ瞬間、熱い汁が中から飛び出してきた。肉の油が熱を逃がさず、ジューシーだがとにかく熱い。そして予想通り、何を入れたのか疑うほど香辛料が派手に利いていた。

「……んー」
「どう?」
「くせぇ」
「ギアッチョはそればっかりだな」

「だってよォー、これ何が入ってんだ? すげー香辛料が混じってんだけどよ。それに肉もなんか、なんつうか……くせぇ」

 恐ろしく複雑な味が、ギアッチョの口の中いっぱいに広がる。
 香辛料だけでなく、いろいろな材料が細かく混ぜ込んであるようだ。肉もいわゆる豚や牛ではなく、何か独特の獣のにおいがする。

 これが、メローネの料理の特徴だ。
 とにかく材料の種類が多い。香辛料が多い。知らない材料を使う。
 何とも言えない摩訶不思議な味がして、予想のはるか斜め上をいく。生まれてこのかた一度も食べたことのないような独特の香りと風味があり、そしてとても個性が強い。

 だからメローネの料理は総括してただ一言「まずい」と評価される。

 だが正確にいえば、それは「食べたことがない」と「癖が強い」ということだ。どのみち評判が悪いことには変わりないが。

「ほんと、オメーの作る料理はくせえよなぁ」

 ギアッチョは文句を言いながら、別の皿に取りかかる。赤と黒と白が何やらグチャグチャに煮込まれているミートソースのようなもので、見た目からトマト味を想像しながら口に含んだギアッチョは「うっ」と小さくうめいた。

「辛っ!」
「あ、それ辛いから気をつけてね」
「おせーよ!」

 トマトの甘みと酸味を想像していたギアッチョの舌は、いきなり投下された激辛の物体に驚いて少々混乱をきたしている。辛く、そしてやたらと熱い。そしてこれまた香辛料がたっぷりと利いていてとても癖が強い。

「まーぼーどーふ、というらしい」
「そんな間延びした悠長な名前の料理じゃねえぞこれ! 絶対!」

 これもまた、知らない味のオンパレードだ。とにかく癖が強くて、香りが強くて、ガツンとパンチがきいている。

「はーっ、熱ィ……」
「こっちは熱くないよ」
「どれだよ。…………熱くはないな。確かに熱くはねえけど、やっぱりクセーな」
「くさいんじゃない。香ばしいんだ」
「同じだぜ」

 文句を言いながら、ギアッチョはどんどん料理を平らげていく。


 メローネの料理は、自分の固定観念との戦いだ。
 料理を目で見た瞬間、人は無意識に自分が知っている味で想像してしまう。だがそれは必ず裏切られ、予想もしなかったような強烈なパンチを舌に食らう。

 次々と繰り出される激しい攻撃を受け止めきれるかどうか。
 その戦いはまさにエキサイティング。そしてギアッチョはそこにプライドを賭けている。

(……まけねー。オレはまけねーからなァ!)

 何としてもその味の元を突き止め、味のコンセプトを理解して、それが本当にまずいのか、あるいはもしかしたらおいしいものなのかどうか、判定する。
 ただ一言「まずい」で片付けるには、メローネの料理は複雑すぎるのだ。


「ったくよォー。オメーの作る料理はほんとクセーよなぁ」
「ううん、香辛料はたっぷり使ったほうが刺激的だと思うんだが。みんなの料理が無味無臭すぎるんだ。それはそれでおいしいと思うけど、オレはこういうほうが割と好きなんだよな」

 そう言いながらメローネはおいしそうに自分が作った料理を食べている。


(これ……、は、メローネの好みの味なんだよなァ)

 ふと手を止めて、ギアッチョはじっと料理を見つめた。

 ここには、メローネの「好き」が詰まっている。
 価値観がずれているメローネのルールは、普段一緒にいてもなかなか把握しきれない。何が好きだとか、何が正しいとか、メローネの判断基準は本人に聞かないと分からないことが多い。

 そのメローネが「おいしい」と思ったものが、これだ。

(……まるで、こいつの心の中が見えてるみたいだぜ)

 ギアッチョのことを好きなメローネが、この料理でギアッチョを喜ばせようとしていることは確かだ。
 ということはこのテーブルにあふれる個性的な料理は、すべてギアッチョに向けた好意のカタチであり、かつまたメローネが「良いもの」だと思ったカタチでもある。

 それを、口に含んで味わい、飲み込む。
 メローネの好意が、ギアッチョの体の一部になる。

(……悪い気はしねぇ、な)

 そう考えながら、ギアッチョは料理を残らず平らげた。




「ふぅ〜、食った食った。腹いっぱいだぜー」
「ワォ、残さず食べたね。そんなにおいしかった?」

 メローネがニコニコ笑って尋ねる。イソギンチャクのような茶葉の揺れるティーカップを傾けながら、ギアッチョはうーんと唸った。

「……ロクヨンでまずかった」
「どっちが6?」
「まずいのが6、食えたのが4」
「おいしかったのは?」
「なし」

「ひどいなぁ。全部食べておいてそりゃないだろう」

 メローネは頬を膨らませて不満そうな顔をする。だがギアッチョは澄ました顔でお茶を飲み干した。

「残したら、他の奴が食うかもしれねーだろうが」
「まずいから食べないんじゃないか?」

 不平を言う割に、平然と自分の料理をまずいと言う。

「間違って口にした奴がかわいそうだからなァー。危険物はきっちり責任持って処理しておかねーと」
「それもそうか」

 揶揄したつもりなのに、メローネがあっさりと納得したのでギアッチョは思わず吹き出してしまった。

「オイッ!」
「ナニ?」
「それでいいのかよ?」
「ナニが?」

 フォークを口にくわえたまま、メローネは首をかしげた。

(こいつは自分の料理を誉められたいのか、けなされたいのか、どっちなんだよ……)

 苦笑しながらギアッチョはそう心の中で思い、そして次の瞬間、はた、と気づいたのだった。



 この料理の存在意義は、

『ギアッチョに食べてもらう』

 ただその一点にあったということを。



「……ま、残さず食べられるくらいには、食える味だったな」

 言葉を選びながらギアッチョがそうつぶやくと、メローネは満足そうに深くうなずいた。

「それはベネだね。何よりだ」


「さて、デザートで口直しすっか」

 大きく伸びをして、ギアッチョはリビングに戻って行った。

「デザートがあるのか?」
「おう。さっき行って買ってきた」

 ギアッチョが持ってきた白い箱には、白桃のタルトがふたつ入っていた。つややかな白い桃がたっぷりと乗ったタルトを見て、メローネがぱっと弾けたように笑う。

「桃のタルトだ!」
「好きだろ? デザートにしようぜ。……つーか時間的にはおやつだけどなァ」
「ディ・モールト・ベネ! お茶を淹れなおすよ」
「今度はイソギンチャクじゃなくて普通の紅茶にしてくれよな」
「そうだね。ケーキには紅茶がいいからね」

 空いた皿片づけ、戸棚から紅茶の缶を取り出して、メローネはうきうきとティーポットの準備を始めた。

「おいメローネ」
「なに?」

 ケトルを火にかけながら、メローネは振り返らずに返事をする。

「オメーの料理、クセーけど嫌いじゃないぜ」
「そう? ありがとうギアッチョ。オレもギアッチョの料理大好きだよ」

「ったりめーだろうが」

 ギアッチョはくっくっと笑った。ギアッチョの作る料理はチームでも評判がよく、自分でも腕に自信がある。それをメローネと比べられてはたまらない。

 白桃のタルトを皿に移しながら、ギアッチョは考える。

(これもメローネの好きなもの、なんだよなぁ。あのヘンテコな料理と、これと、どっちもメローネの好きなものなんだぜ……? イカレてんな)


 どう考えても不条理で、納得がいかない。
 納得がいかないから、面白い。


 ギアッチョはくっくっと笑って、白桃をひとかけらつまみ食いした。



【END】




調子に乗ってメロギア更新。いやあ、やらなきゃならない原稿があるかと思うと、サイトの更新が進みますね!(ニコリッ!) 家田キリゼンさんにいろいろよくしていただいて「何かお礼ができませんかね?」と言ったところ、「リゾギアかメロギア、テーマは料理かデートで」という素敵リクエストをいただいてしまって、お礼というかもらいっぱなしな私。まさに俺得! とりあえず「メロギアで料理」にしてみました。ギアッチョが作るのかと思いきやメローネが作ってくれた(まずいぜ)。意外、それは料理ッ! 他のも書きたいな〜。リゾギアデートとか想像つかないけどw 家田さん、妄想の膨らむリクエストありがとうございました!
 By明日狩り  2011/07/20