ハグレモノの恋 |
オレとメローネは昨日の夜からずっと、リーダーの指示でアジトで待機していた。 外で作戦を展開しているチームに何かあったときのためのサブメンバーだったが、リゾットが実行チームのほうにいるからまず間違いなくオレたちの出番はない。とはいえ、本当に何か不測の事態が起きたらこっちはすぐさま行動に移らなきゃならないから、暇でありながら緊張感を失っちゃいけないというそれなりに面倒な役回りだった。 夏も終わりに近づいていたが、まだまだ暑い。アジトに籠もっていると、閉塞感と暑さで爆発しそうになるが、仕事中だから文句は言わない。任務が完了してこのアジトを飛び出す瞬間だけを楽しみにして、オレは事務室のパソコンにへばりついていた。 「オレ、アンタの作った料理が食べたい」 アジトの事務室で待機している間中、メローネはずっとそう言っていた。 下のリストランテの料理も悪くはないんだが、メローネの舌には刺激が足りないらしく、いつでも大量のペッパーやその他の香辛料をめちゃくちゃに振りかけて食べる。そんなものがうまいわけがなく、メローネは味が崩壊したスパゲティを昼に食べた後、ずっとオレに料理をねだり続けていた。 「アンタの作ったものじゃないと、食べた気がしない」 「これが終わったら、何でも食わせてやる。だから黙れ」 「本当に? とびっきり辛くて、ニンニクをたっぷりきかせた、オリーブオイルのペペロンチーノ・スパゲッティを作ってくれる?」 「ああ。だから黙れ。うぜぇ。イライラする」 作戦はすでに終盤にさしかかっている。オレが事務室のパソコンで仲間と敵の位置情報をずっと見張ってるってのに、メローネは後ろでぐだぐだとどうでもいいことをしゃべり続けていた。 メローネはリゾットから指示が出たらすぐにキープしている『母親』に連絡を入れて、『ベイビィ・フェイス』の息子を産ませる手はずが整っているから、それまではこうしてだらだらとおしゃべりしていてもかまわない身分だ。クソッ、納得はいくが釈然としねぇ。 「ああ、ギアッチョの作るペペロンチーノ・スパゲッティ! できたてでまだオイルがじりじりいってんじゃないかってくらい熱くて、しかも唇が痺れるほどにとびきり辛い奴! そいつを口いっぱいに放り込んで、オレはこう言うんだ。『辛い!』って! そうして空腹に耐えかねて三口ほどほおばったところでオレは我慢できずに、氷のいっぱい入った水を飲む。けれど氷を口に含んでも少しも引かないほどのその辛さ!」 「あああもう分かったから黙ってろ畜生! こっちはリアルタイムで位置情報チェックしてんだよ! 集中できねぇっ!」 「黙って見てたら眠くなるぞギアッチョ。オレに集中力を阻害されながらパソコンにかじりついているくらいがちょうどいいんだ。ああ、うまいもんが食べたい。アンタだって下のリストランテ、あんまり好きじゃないだろう?」 「キライじゃねーよ。サーモンのクリームソースパスタとペンネ・アラビアータは悪くねぇ」 「でも続けて食べたら飽きる。だからギアッチョの料理が食べたい。新鮮なトマトとバジルとモッツァレラチーズを重ねたカプレーゼが食べたい。それはオレがオリーブオイルをかけてあげてもいい。それくらいはオレにだってできる。とろーり、とオイルをかけるのは好きだ。なんかエロい。ついでに蜂蜜もかけるとなおエロい」 「蜂蜜はテメーの皿でやれよ。オレはキライだ」 「チーズと蜂蜜は恋人同士だから、合わせるとディ・モールトいい。トマトだってよく熟したフルーツみたいのを使うんだ。前菜(アンティパスト)っていうよりはデザート(ドルチェ)みたいでおいしい」 「だから嫌なんだっつってんだよ。前菜は前菜で食え」 「前菜から甘いのが、ベリッシモ嬉しいのに」 メローネは自分で料理をしないくせに、食の好みがうるさい。しかもそこらのリストランテじゃあ絶対に出てこないような、変な香辛料を使った民族料理みたいなものを好む。一番好きなのはアジア風料理だということだが、魚を腐らせた汁やら豆を腐らせたスープやらといったあり得ないモンのオンパレードだからメローネにはいいんだろう。オレはごめんだ。 ま、アジア風は無理だが、スペインやメキシコあたりの独特の臭みを利かせた料理を作るんなら少しは心得がある。こう見えても料理は得意な方で、食べに行くよりずっとうまいもんを作れる自信がある。イタリアンも普通の倍ほど香辛料を入れればメローネ好みの味になるってことをオレは知っていた。コイツと一緒にいるうちにいつの間にか好みを覚えちまった。 「ギアッチョの作る料理は本当にうまいからな。熱いし。なあ、何でアンタの作る料理はどれも熱々でおいしいんだろう?」 「一気に全部作るからだ。のたくた時間かけて作るのは趣味じゃねえ」 「でもいろんな物をいっぺんに作れるだろう? あれ、すごい手腕だな。とてもスピーディで手際が良い。オレは君のそういうところがベリッシモ気に入っている。早いことは、いいことだ」 「そうかよ」 実際、メローネはオレの作る料理がかなり好きらしい。アジトにいれば他の奴らの手料理を食べる機会も結構あるし、そういうときだってメローネは必ず「これおいしい!」と無差別に言いまくるから、何でもいいのかもしれない。誰かの失敗した料理だって「でもこれおいしいよ」と言って、口だけじゃあなく本当にうまそうに完食する。味覚が壊れてるのかもしれない。そんな奴の「おいしい」はとてもじゃないが信用ならない。 ただ、これは最近気づいた事なんだが、メローネが料理をねだる相手はオレだけらしい。好みがうるさい割に、食べるということ自体にはそれほど興味がないらしく、放っておけばずっと食べないままでぼんやりしていることがある。だからアジトにいても、外に出ていても、自ら飯を食いたいと主張することがない。そんなメローネが「料理を作ってくれ」と言うのは、オレに対してだけだった。そのことに気づいたとき、オレは何も言わなかったけれど、実はスゲー嬉しかった。 オレは生来の癇癪のせいで両親と仲が悪く、小学校卒業とともに家を出て一人暮らしを始めた。最初のうちは菓子パンやら出来合いの惣菜やらを食べて過ごしていたが、そのうちすぐに金が足りなくなった。親の仕送りは少なかったし、バイトができる年齢でもなかった。それに、買ってすぐに食べられるたぐいのものは飽きるのが早い。オレは自然と、安い旬の野菜だとか、魚のアラだとかを買ってきて自分で料理することを覚えた。 その後、リゾットに拾われて暗殺チームに入ってからも、料理を作ることはやめなかった。全部自分一人で完結できるところや、レシピの通りにきっちりと作ると一番うまくできるところなんかは、オレの性格に合ってたんだと思う。 ずっと一人で生きてきて、誰かに「求められる」ってことが、めったになかった。別にそれはそれでかまわないと思っているし、必要とされたいという欲求もない。寂しいという感情もほとんどない。だからその分、リゾットがオレのスタンド能力を「必要だ」と言ってくれれば全力でそれに応えたいと思うし、メローネがオレの料理を「食べたい」と言うなら作ってやるのはやぶさかじゃない。オレに何かを期待する奴は少ないから、頼られたときは本気を出す。メローネの奴、オレのそういう性格を知っててやってるんだろうか。まあ、アイツの呑気な顔を見ているとそうは思えないが。 だから、メローネが他の誰にも言わない欲求をオレに向けると、オレはつい嬉しくなっちまう。それをメローネに悟られるのは癪だから、顔には出さねえけどな。 「早く仕事が終わればいい。そうしたらギアッチョ、君のアパートに行って君の手料理を食べよう」 「勝手に決めんな」 「だってアジト(ここ)じゃあゆっくりできないし、調味料だって香辛料だって全然足りない。第一、アジトのキッチンにあるエクストラバージンオリーブオイルは品質が悪い」 「安物だからな」 「それに比べて、君の家にあるオリーブオイルは高級品だ。オレにだって分かるくらい、うまい。まろやかで味わい深くてフルーティだ」 「高かったからな」 自分のために使うんだから、小さな物でもこだわりたい。はっきり言って自慢だが、オレの家にそろっている調味料はどれも一級品だ。メローネには絶対に言わないが、オレ一人じゃ使い切れなくて買う気のしない物でも、メローネが家に飯食いに来るなら買ってもいいと思ったモンがけっこうある。オリーブオイルだって、二人なら酸化する前に全部使い切れるだろうと考えて一番いい奴を買った。だからコイツが家に来ないと無駄になる。 「あのオリーブオイルじゃなきゃ、カプレーゼを食う気がしないよ」 「まーなぁ。うめーモン食いてえからなあぁー」 「そうだろう? だから君の家に行く。それがいい。ベリッシモいい。そうしたらプロシュートの怒鳴り声もペッシの泣きべそもイルーゾォの嘆きも聞かないですむし、代わりに君と思う存分おしゃべりができる」 「おしゃべりっつーか、オメーが勝手に一人でくっちゃべってるだけだろうが。今みてーに」 「今みたいに、と言うならば、十分おしゃべりと呼んで差し支えのないレベルだ。君は君が自覚する以上によくしゃべっている。今みたいに」 「うるせぇ」 永遠にしゃべり続けるメローネを軽くあしらいながら、オレは目の前のディスプレイに散らばる点の位置をずっと見守っている。計画通りだ。このままいけばオレたちの出番はないまま、問題なく仕事は終わる。 そしてリーダーの計画通り、予定時刻きっかりに任務は完了した。さすがはリゾットだ。オレはリゾットの計画通りに追い詰められていく標的(ターゲツト)の軌跡と、それを追い詰めていく仲間の動きを見ながらゾクゾクした。自分が直接参加していなくても、任務の高揚感は味わえる。リゾットが直接指揮を執る任務はマジで痺れる。 ほどなくして電話が鳴り、ワンコールで取るとリゾットのクールな声が耳に響いた。暗殺任務の直後だってのに、普段と何一つ変わらないリーダーの声にオレはますます痺れる。 『仕事は完了した。問題ない。そちらはどうだ?』 「ああ、全部見てた。完璧だったぜリーダー」 『退屈させたな。お前のような行動派には、待機は酷だったか』 「別に。アンタの命令ならオレは何だってやるぜ。ただ、メローネがうまい飯が食いてえとか言ってずっとうるさかった」 そう愚痴ると、リゾットは電話の向こうで少しだけ笑った。 『そうか。退屈していたのはお前じゃなくメローネだったか。ならば二人でうまいものでも食ってこい』 「アジトはこのまま空けちまうが、かまわねえか?」 『ああ、かまわない。ご苦労だった』 淡々としているが、リゾットの声の最後の方はちょっとほっとした感じだった。オレに任務完了を通達することで、あの人もまた、自分の仕事が完遂できたことを実感したんだろう。 「任務、終わり?」 一人用のソファにだらしなく寝そべっているメローネが、携帯電話のディスプレイを見ながら尋ねる。 「終わりだ。アジト空けてもいいってよ」 そう言うと、メローネはバネ仕掛けの玩具のようにぴょこんと飛び跳ねた。こういうときのメローネは本当に玩具みたいだと思う。 「ベネ! ギアッチョ、市場に行こう! 約束したじゃないか!」 「へいへい。ペペロンチーノ・スパゲッティだろ? たった今約束したばっかりじゃねえか。忘れるわけねぇぜ」 「うん。約束はいいね。守れる約束はベリッシモいい。好きだ。守れる約束をするのは気持ちの良いことだ。オレはアンタのニンニクたっぷり激辛ペペロンチーノ・スパゲティが大好きだ。オレはギアッチョが大好きだ」 「あーあー、もういっぺんに言うな。つうか言っても言わなくてもいいことばっかだなオメーはよー」 「早く行こう! 完熟トマトとニンニクとチーズとワインを買おう!」 「他にも必要なもんがいろいろあるだろうが」 オレはパソコンをシャットダウンすると、ウサギのように部屋を飛び回っているメローネを事務室から追い出して、ポケットに手を入れた。アジトの鍵と、車のキーがちゃんと入っている。 「オメーはバイク持ってくんだろ?」 「うん。本当はギアッチョの車の助手席に乗りたいんだけど、足がなくなると困る。それに君の車は今、カーステレオの調子が悪いから乗りたくない」 「聴きたい音楽でもあるのかよ?」 アジトの二階から下へと降りて、アパートの入り口の鍵を閉める。昔は共同アパートだったんで各個室で施錠するようになってたんだが、今は全室を暗殺チームが借り切ってるのでここに鍵を掛けるだけでいい。 「ううん。ただ君は助手席に乗せた人から乗車賃を取るだろう。オレには分かる。君はオレを乗せたとたん、まんまとカーショップに突っ込んでステレオを買い換えたあげく、オレにこう言うだろう。『乗せてやったんだから、このくらい出せよな』と」 「なんだ、分かってんのか。じゃあ今回は諦めとくが、次に期待してるぜ」 「だいたい君はすぐ物に当たるからいけない。壊したら金が掛かるんだぞ」 「だからオメーを車に乗せるんだ。金が掛からなくていいぜ」 「オレは君の財布じゃない」 メローネはぶつぶつ言いながらバイクにまたがる。どうせメローネはバイク以外の高い買い物なんてしないたちだし、給料もけっこう余らせてる。私物は多いがそのほとんどが安物の輸入雑貨か拾ってきたものばっかりで、服にも食事にも金をかけない。金の使い道に困ってるんだから、オレの車の備品くらい買わせてもばちは当たらねえだろうぜ。 そうしてオレたちはアジトを出て、市場で食い切れないほどの食料品を買い込んだ。二人で食べきれるかどうかなんて考えずに、目について「うまそうだな」と思ったモンは全部買う。せっかく自炊をするなら、気分を最優先させて楽しい方が良い。 「何かを始めるときには、楽しくなくちゃいけない。そうだろう?」 「そうだな」 メローネはいつもそう言う。そうして、いつ食べるつもりだか分からない大量の果物だの菓子だのシロップだのを好きなだけ買い込んだ。大事なのは、目にとまったそいつらを「オレたちがいつでも食べられる状態」にしたって事実だ。買う、ってことにはそれだけで意味がある。 車に食料をどっさり積み込み、その足でオレのアパートに向かう。 【To be continued.....】 |
| GB6新刊「ハグレモノの恋」冒頭、18pくらいまで。これだけだと何がなにやら……って感じですが、ぶっちゃけずーっとこんな感じで、メローネとギアッチョが生活している3日間をずーっと書き写しただけの物になります。142pです。本誌はメロギアメロ18禁、リバーシブルエロス小説になります。かなり人を選びそうなので……覚悟のできてる人だけよろしくお願いします。 |
| By明日狩り 2011/09/14 |