くたくたタイム・ふわふわタイム


















「あー……………………」

 うめき声を上げながら、ギアッチョがふらふらと部屋へ帰ってきた。
 耳の先から首まで、顔が真っ赤になっている。露出の低い服から出ている素肌も漏れなく真っ赤だ。

「くそ…………眠ぃ…………」

 ほとんどうわごとのように言いながら、ギアッチョはよろめく足をなんとか前に動かして壁伝いに廊下を歩き、ベッドルームの扉に体当たりするようにして中へなだれ込んだ。




 任務の、つまり暗殺を遂行した帰りだ。
 ターゲットが罠にはまるのを待ち、暗殺する。かなりの緊張を強いられる作戦だったが、ギンギンに張り詰めた精神と、キンキンに凍り付いた空気を身にまとって、ギアッチョは寸分の狂いもなく狙い通りにターゲットを葬った。
 不眠不休で張っていたせいで、身も心もくたくたになっている。

 それなのに、任務のパートナーだったメローネが、「仕事上がりに飲みに行こう」と言い出したのだ。

「まじかよ。疲れてるから今日は帰ろうぜ……。死ぬほど眠ぃしよォー」
 車を運転するのもしんどい。メローネにハンドルを任せて自分は助手席に座ったまま、もう意識がもうろうとしかけている。だがメローネは嬉々としてハンドルを切りながら、絶え間なく話しかけてくる。
「そう? オレはなんだかすごい元気だよ。ねえ飲みに行こう。こないだおいしい店を見つけたんだ。ぜひギアッチョと行こうと思ってて」
「一人で行けよ。ハイになんのはテメーの勝手だが、オレを巻き込むな」

 無造作にそう言い捨てて、ギアッチョは体をシートに深く預けた。だがメローネが片手でギアッチョの腕をつかみ、乱暴に持ち上げる。

「痛ッ! なんだテメーはっ!」
「いやだ! 一緒に飲みに行こう! 絶対につきあってもらう!」
「疲れてるから嫌だっつってんだろーが!」
「嫌なのはこっちだ! 仕事が終わったらハイサヨナラ、なんてそんなドライな関係は嫌だ!」
「もーわけわかんねーよ……」

 言い争う気力もない。疲れすぎてハイになっているメローネに逆らう気力は、今のギアッチョには残されていなかった。

「ああもう、好きにしろ……クソッ……」
「ヒャッホウ! ベリッシモ! ディ・モールト! マッスィマーレ! 最高にイイッ!」
「あー……ねみー…………」

 楽をしようとして、メローネに運転を押しつけたのが間違いだった。
 オープンカーのドアにぐったりと体を預けて、捕獲された獲物は陽気なハンターの思うがままに連れ去られていくのだった。




 そうしてメローネにつきあわされ、調子に乗って酒を飲み過ぎたのがいけなかった。
 やばいかも、と思った時にはすでに、疲れた体にアルコールが回りきっていた。ますます意識がもうろうとして、ろれつも回らない。

 自宅まで送らせ、「車は貸してやるから、乗って帰れ」と命じて追い返した。メローネは「このままギアッチョの家にお泊まりしたい」と言い張ったが、これ以上つきあっていたら間違いなく過労死する。

 ようやくメローネから解放され、這うようにしてベッドにたどり着いた時には、もはやゾンビのようにグダグダのグズグズになっていた。

「ね……む……………………」

 ベッドに倒れ込むと、その瞬間にもう眠りに落ちそうになる。

(せめて……靴…………と、服…………)

 どろどろに溶けそうな意識の中で、ギアッチョは最後の理性にすがりながらどうにかこうにか靴を脱ぎ始めた。さすがにターゲットの返り血などを浴びたわけではないが、長いこと屋外に待機していたので服もだいぶ汚れている。
 靴を脱ぎ捨て、服を体から引っぺがしたところで力尽きた。

(……つ……かれ…………た…………)

 裸のままベッドに転がったギアッチョは、生まれたての子猫のようにもぞもぞと布団の中に潜り込んでいく。手探りで掛け布団をめくり、その隙間に体を押し込んで、適当にくるまったところで丸くなる。

 泥沼に引きずり込まれるように、ギアッチョの意識は落ちていく。


 その瞬間。

−−−トゥルルルルル!
−−−トゥルルルルル!
−−−トゥルルルルル!

「……………………あ……」

 携帯電話がやかましく鳴り始めた。
 脱ぎ捨てたズボンのポケットに入っていた携帯電話は、ギアッチョの耳のすぐそばで遠慮なく鳴り続ける。

−−−トゥルルルルル!
−−−トゥルルルルル!
−−−トゥルルルルル!

−ピッ

「…………………………」
『ギアッチョ! 寝てる?』
「……メローネ……………………」

 電話の主はメローネだった。
 眠りかけていたギアッチョは、怒りを遙かに通り越してもう泣きそうだ。

『ギアッチョ……ギアッチョ寝てる?』
「メロー……ね………………」
『あれ、ギアッチョどうしたの? 大丈夫? 生きてる?』
「んな…………たの…………ねか……」

 −−−頼むから、寝かせてくれ。

 疲れと酔いと眠気のせいで、その一言さえうまく声に出せない。

『何、どうしたギアッチョ? なんか変だぞ?』
「あ…………ん…………」
『あれ、ギアッチョもしかしてマスターベーションの最中?』
「ちが…………ん…………」

 ろれつが回らない。いつものギアッチョならば「ふざけたこと抜かしてると殴り倒すぞクソがッ!」と勢いよく罵倒するところだが、言葉も出てこなければ、声も出ない。

『うふふ……なんだ。一人でするくらいならオレを家に入れてくれれば良かったじゃないか』
「ん…………」
『いや、もしかしてあえて『一人で』するのがお望みだったのか? そういうことはあるよな。うん。オレは理解するぜギアッチョ』
「だか…………あ……」
『でも嫌だな。ギアッチョがせっかくその気になってるのに、見て見ぬふりなんかできないよ。……なんだか興奮してきた』

 電話の向こうのメローネは好き勝手にべらべらしゃべっている。その声もまるで雲の上から降ってくるような、遠い遠い声だ。

『ギアッチョ、一人でするのはずるいぞ……ん……』
「も、ねむ…………」

 電話の向こうでゴソゴソやっている音が聞こえる。

 意識が飛びかけたギアッチョの耳に、不意にメローネの艶っぽい声がぬるり、と這入り込んできた。

『んあっ!』

「なっ……?」
『すご、ビンビンになってる……オレの…………ふふふ』

 耳元で囁かれる世にも卑猥な吐息は、朦朧としたギアッチョの意識を覚醒させた。

「……オナってんじゃねーよ……クソが…………ッ」
『だってそんな声聞かされたらたまらないだろう? ふふ、イイ声だギアッチョ……どうして今日は一人でシたい気分だったんだ……?』

 メローネの声がうわずっている。電話越しに熱い吐息が耳に掛かりそうで、ギアッチョの首筋が条件反射でゾクゾクと粟立った。

「だから……して……………………ね……ェ…………」
『え? してほしい? 何を? おねだりだなんて、はしたない子だな……ふふっ……スゴクいい……』

 メローネはすっかり勘違いをしている。
 だが興奮したメローネの喘ぎ混じりの声を耳のすぐそばで聞いていると、疲労で熱の籠もったギアッチョの体にも妙な疼きがうごめき出した。

(クソッ…………)

「…………ん……」

 半分は夢うつつ、半分はメローネの卑猥な声を聞きながら、ギアッチョは無意識に手を伸ばして自らの下肢に触れた。

「あっ!」

『気持ちイイ?』
「……クソッ」

 握った己の分身は、思ったよりずっと固くなっていた。おまけにやんわりと握ったつもりが、体の中を突き上げるような快感が走って思わずのけぞる。頭の中をぐにゃりと鷲掴みにされたような、凶暴でもやもやとした快楽がにじみ出てくる。

「……こ、れ……」
『イイの? ギアッチョ……スゴク色っぽいよ……うふふ……んっ』

 電話の向こうでピチャピチャと水音がする。興奮したメローネが受話器に舌を這わせているらしい。生き物のようなその赤い舌を思い出して、ギアッチョの手に力が入る。

「あっ」

 こんなことをするつもりもないし、気分でもない。

 それなのになぜか手が動いて、体温を搾り取るように動く。

『ギアッチョ、ねえ、イイの?』
「……るせ…………」
『イイ、って囁いてよ……そしたらオレ、イッちゃうかも……』
「イケよ…………」

 勝手にしろ、と怒鳴りつけたつもりが、まるで懇願のようになってしまった。

『んっ……ギアッチョに命令なんかされたら……あっあっ……』

 疲れたこっちの気も知らずに、メローネが自分勝手な欲望を満たそうと声を上げる。
 だが、腹が立つと同時に、そんな身勝手なメローネの絶頂がすぐそこに迫っていると思うと訳もなく興奮する。そんな自分がいる。

「クッ……クソッ……」

『あ、ダメ、ギアッチョ』

「う……ん…………っ」

『ダメ、あ、あ、イク……イキそ……あ、イク、あっ』

 途切れ途切れの甘ったるい声が耳から侵入する。
 ギアッチョの脳はまるで電波を受信した鉱石ラジオのように、その声に込められた情熱をありありと再現して発熱した。

 メローネの欲情に追い立てられて、ギアッチョの奥から快楽の塊が押し上がってくる。

『い、あ、あ、イ……イクッ』

「んああ……っ!!」

 ギアッチョの手の中に限界を突破した情欲が吐き出される。
 電話の向こうでも同じように絶頂に至ったらしい。メローネが心地良く息を切らせている。

「ん……あ…………」

 睡眠不足、
 疲れきった体、
 アルコール、
 快楽、

 そして絶頂。

(ふわふわ……する…………)

 自分のにおいのする布団にクタクタの体を横たえて、メローネの声を聞いている。



(あ、シアワセだ)

 ギアッチョは不意にそう思った。

 だがそう思ったことは現実なのかそれとも夢なのか。
 それすら分からないまま、ギアッチョは気絶するように今度こそ眠りに落ちた。





************************





「………………ん……」

 ギアッチョが目を覚ますと、世界は泥のようだった。

「………………あ?」

 締め切った部屋は、真夏の暑さが籠もってサウナのようだ。そこでびしょびしょに汗をかきながら、しがみつくように眠り続けていた。
 布団はひどくべたべたで、汗と汗以外の生臭い体液のにおいがムッと立ち上る。

「……………………」

 体も頭も疲れている。ギアッチョは覚めきらない目を再び閉じると、生臭い布団にダイブした。


 耳にメローネの声が染みついている。
 クタクタの体を絞って貪った快楽の味を思い出す。

(………………あぁ、こういうのは嫌いじゃねえ)

 まだふわふわしている。

 ふわふわした意識に身を任せて、ギアッチョは再び眠りに落ちていった。




【END】





調子に乗ってさらにメロギア更新。7/21がいわゆる0721の日だったのでツイッターで「ギアッチョの0721画像が見たいよ見たいようわああああん」と叫んだところ、「雷堂」のricoさんが「電話しながら布団の中で「ひとりもぞもぞ」をしてるギアッチョ」をうpなさっておられたので神だと思った。そしてたぎりすぎて文章にした。7/21は過ぎちゃったけどうp。ricoさんありがとうございました。眼福でした。
「雷堂」さんには絵の裏設定のお話もちゃんとSSになってるので、そっちが本家です。ふふ……同じ絵で違うお話とか……すごく楽しい。勝手に書いちゃってすみません&素敵な萌えをありがとうございます。
 By明日狩り  2011/07/24