イルーゾォのコミケ奮戦記

その4














 時は少し遡る。

「東館、入場規制中でーす。こちらに並んでくださーい」
 ようやくイルーゾォの居場所に目星がついたと思ったのに、ギアッチョ一行の行く手を阻んだのはまたしても人の列だった。

「ちょ……また並ぶのか!? さっき嫌というほど並んだのにか! もうオレは一生分の行列に並んだぞ!?」
 崩れ落ちそうになるメローネを支えて、ペッシが苦笑いをする。
「でもさ、ここは屋根もあるし、さっきよりはマシなんじゃないかな?」
「けどよォー、さっきより人口密度が上がってるぜ。これは……」
 ギアッチョが汗をぬぐいながら、列の様子をながめている。
 館内にぎっしり詰め込まれた人は、緩やかに流動しながら確実にどこかへと向かっている。屋外で待機していたときよりずっと人が多く、誰かの肌に触れないようにすることはできない。

「うう……死ぬ……死んぢゃう」
「頑張って、メローネ! きっともうすぐだよ!」
「しかし……これじゃイルーゾォを探すのも至難の業じゃねーかぁ……?」
 これだけ人がいたのでは、くだんの「東館」とやらに入れたところで、どうにかなる気がしない。

「こうなったら、スタンド出すか?」
 メローネが思いつめた顔で言う。
「そ、それはさすがにまずいんじゃないかなあ?」
 スタンド能力の乱用は、リーダーのリゾットに固く禁止されている。ペッシが慌てふためくが、ギアッチョは腕組みして思考を巡らせた。
「けどよォー、こうなったらそれもアリかもしれねーなぁ……」
「だ、だめだよギアッチョ。こんなに人が大勢いるのに……」
「大勢いるから、いいんだよ。ほら、オレの『ベイビィ・フェイス』を使って……」
「で、でも……」
「こんだけ人がいるんだ。女が1人くらいいなくなったって誰も気づかないよ。フフフ……」
 パソコンのような『ベイビィ・フェイス』を取りだして、メローネは背中を丸めてキーボードを叩いた。だが、すぐに顔を上げる。

「誰か、イルーゾォの血液持ってないか?」
「んなもん持ってるわけねーだろーが! オメーが持ってねーのかよ!」
「持ってるわけないだろう! ダメじゃないか! 追跡できないぞ!?」
「クソッ、使えねーな。しょうがねえ、おいペッシ」
「な、なんだい?」
「オメーの『ビーチ・ボーイ』でイルーゾォの野郎を一本釣りにできねーか?」
「う……こんな大勢の中からイルーゾォだけ探すのは無理だよ。そんな能力じゃないし……」
「ギアッチョが『ホワイト・アルバム』で冷やしまくったら、イルたん気づいて慌てて飛んでこないかな?」
 メローネが提案するが、ギアッチョは首を横に振った。
「ここはやたら広くて、出入り口もデケェ。いくら冷やしてもせいぜい快適なクーラーになるのがオチだろうぜ」
 スタンド能力を使っても、この状況はどうにもならないようだ。

「まァ、仕方ねーか……。オラ、行くぜ。並ぶぜ」
「うへぇー。もーダメだぁ。嫌だぁ」
「メローネ、こうなったらトコトン、だよッ! 頑張ろうよ!」
 グダグダになったメローネを抱えて、ペッシがカラ元気を出す。

 そうして3人は「最後尾」とか「こちら」とかいう表示を頼りにしながら、列に並んでじわじわと進んでいった。
 だが、コミケの列は素人には難易度が高い。とにかく人が多く、導線も複雑に回されているため、うっかりするとまったく意図しない方向へ連れて行かれてしまうこともしばしばだ。


 そして東館へ入場しようとしたはずの3人は、気づけば再び屋外へと出てしまい、しかも珍妙な衣装をまとった謎の集団に巻き込まれていた。

「な……なんだこりゃあ……」
 ギラギラ照りつける太陽の下、普通ではありえない衣装を着てポーズを取る者と、それをカメラで撮影する者が、好き勝手にうろうろしている。ここにはさっきまで嫌というほど遭遇した行列はなく、その代わりに道もなければ順番もない。一面の広場が隅から隅までカオスと化していた。

「あれ、あれれ……オレタチ、どこへ行けばいいんだろ?」
 メローネが不安にひきつった笑顔であたりを見回す。異様な雰囲気に圧倒されて、ペッシもおろおろするばかりだ。
「チェッ……どっかで間違えたらしいなァ。落ち着け。どこかに突破口はあるはずだ……」
 三白眼で鋭い目つきをさらに尖らせて、ギアッチョは熱気に揺らめく異世界のごとき広場を睨みつけた。

 こんな瀬戸際に追い込まれた3人の状況を知ってか知らずか、不意にギアッチョに声をかけた者がいる。

「あのー……」
「あ?」
「写真いいですかぁ?」
 顔を真っ白に塗りたくり、ゴスロリ衣装を身にまとった女子がカメラを構えている。他にもフランス人形のような服、中世ヨーロッパの農民のような服、軍服のようなもの、スポーツのユニフォーム、日本のキモノなどなど、常軌を逸した服装の集団がいっせいにこちらに注目していた。

「あのォ、これってぇ、何のコスプレですかぁ?」
「すっごくいいですね! 雰囲気できあがってます!」
「何の合わせですかー?」
「すいません、原作知らないんですけどなんかカッコいいなと思って!」
「これって生地、何使ってます?」
「ひょっとしてオリジナルとかですかぁ?」
「えーでもどっかで見たことあるってばーコレぇー」
「すごーい、これってウィッグじゃなくて地毛なんですかあ? すっごーい」

「な、な、な……?」
 押しまくりのパワーに圧倒されて、無敵の暗殺者を自負するギアッチョも思わず怯む。
「ポージングおねがいしまーす」
「3人で合わせてもらえますか?」
「目線くださーい」
「こっちもお願いしまーす」
「すいません、こっちもお願いします」
「こちらもお願いしまーす」
「僕もいいですか? 写真お願いしまーす」

 気がつけば、ギアッチョ、メローネ、ペッシの3人はカメラを持った人々に囲まれて、良く分からない決めポーズを取らされたまま動けなくなっていた。



* * * * * * * * * *



「ちょっと! あんたら何やってんだ!」
 撮影するカメラマンの最後尾からじりじりと順番を待って近づき、イルーゾォがようやくそばに寄った時には、すでに3人は魂が抜けたようになっていた。謎のポーズを決めて固まったまま、目が死んだ魚のようになっている。
「おーい……大丈夫か?」
「……い、いるーぞぉ……だ……」
 メローネの膝が折れ、その場に崩れ落ちる。それを合図に、ギアッチョとペッシもくたくたと地面に座り込んだ。
「レ……死ぬかと思った……」
「てか、なんでお前らがコミケにいるんだよ! しかもコスプレ広場で! 何やってんだ!?」
「そんなもん、オレらに分かるかってんだ! 何なんだこりゃあよオォーっ!?」
 ギアッチョが逆ギレする。
「オレが知るかよ! 何だってこんなとこにいるんだ、って聞いてんだ! 質問に質問で返すのは許可しない!」
 コミケはイルーゾォのホームグランドだ。今日ばかりはいくらギアッチョに怒鳴られても、負けてはいない。

「い、イルたん……」
 息も絶え絶えのメローネが、飲みかけのぬるいペットボトルを差し出す。
「な、何これ」
「これ……さしいれ……ガクッ」
 そう言い残して、メローネが力尽きる。
「メローネッ! クソッ、とうとう死んだか。オメーのせいだぜイルーゾォ!」
「なんでだよ! 勝手にこんなとこ来たのが悪いんじゃないかあ!」

 反論するイルーゾォの肩を叩いて、ずっと様子を見ていたホルマジオが苦笑する。
「まあまあ、こいつら、オメーに差し入れしに来てくれたみたいだぜ? 是非はともかくよー、ありがとうくらい言ってもいいんじゃねーかぁ?」
「う……」
 ホルマジオにそう言われると、イルーゾォも神妙な顔になる。
 冷やかし目的かコミケ見物か、詳しい動機は知らないが、とにかくこの3人はイルーゾォに会うためにここまでわざわざ来てくれたのだ。

「あ、ありがた迷惑なんだけどさ……こういうの。けど、来てくれたのは……その……ありがとな……」
「別に。メローネが暇つぶしに行こうって言うから、連れてきてやっただけだぜ」
 ギアッチョが唇を尖らせる。
「連れて来たって……ギアッチョだってコミケのことなんか何にも知らないくせに」
「けど、今日のギアッチョはすごかったんだよ! オレとメローネにいろいろ指示をくれたり、いろいろ考えてくれて、すごく辛抱強くオレたちを引っ張ってきてくれたんだ」
 ペッシが素直にそう訴える。言われたギアッチョはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「こいつらがあんまり頼りなかったからよォー。オレが一緒じゃなかったら、今頃ガチで死んでたぜー」
「ふぅん。けどオレがお前らを発見しなかったら、今頃ここで3人とも全滅してたかもなあー」
「ウルセーな。氷漬けにすっぞ」
「スタンドは許可しないィ」
 イルーゾォとギアッチョはすぐケンカ腰になる。まあまあと間に割って入って、ホルマジオが苦笑した。

「オレら、これから遅い昼飯食いに行くとこだったんだけどよォ、オメーらも一緒にいかねーか? 疲れたろ」
「ごはんっ!」
 その言葉を聞いて、今までへたれていたメローネがばね仕掛けのおもちゃのようにぴょこんと起き上がった。
「温かいごはん! 冷たい飲み物! 栄養摂取! ディ・モールト(・∀・)イイ!!」
「オメーって奴ァ、ほんとテキトーだな」
 ギアッチョが呆れる。
「ごはん(・∀・)イイ!! イルたんのおごり(・∀・)イイ!!」
「おー、そいつぁいいぜー。オレらに礼を言うんだから、メシおごるくらい当然だよなァ?」
「ちょ……! 何勝手に決めてんだよっ!」
 顔を真っ赤にしてイルーゾォが怒るが、調子に乗ったメローネとギアッチョは止まらない。

「何食べようか?」
「そうだなァ。イルーゾォはマンガの売上がしこたま入ってんだろ? だったら何でもイケるぜきっと」
「近くのホテルのビュッフェとか行こうか?」
「んんー、悪くねぇな」
「だからっ! オゴりは許可しないィーっ!」

「おごりはともかくよ、ここの敷地内にうまい居酒屋があるんだってよ。そこ行くからついて来いよ。すぐそこだぜ」
 ホルマジオが館内を指さす。さっきまではまったく目に入らなかったが、言われてみると確かに飲食店の並ぶ一角がすぐそばにあった。
「近いな。近いのはいい。ベリッシモいい。もう疲れた。あそこにしよう」
「よし、行こうぜー」
「冷たい飲み物あるといいねぇ」
 3人がぞろぞろと館内目指して歩き出す。後ろからついて行きながら、イルーゾォはまだブツブツと文句を言っている。

「てかさぁ、なんでこいつらと一緒なわけ」
「来ちまったもんはしょーがねーよなぁ。こいつらだって相当苦労したみてーだし、ま、メシおごってやるくらいはいいんじゃねーか?」
「よくないよ。勝手に来たくせにさぁ」
「けど、オメーのやってることに関心があったわけだろ? いい仲間だと思うけどよ、オレは」
「ほっといてほしいんだよ、オレはッ!」
 だが、口ではそう言いながらも顔が怒っていない。自分の趣味に関心を示してくれたことはやっぱりどこか嬉しい気がして、けれどあまり首を突っ込まれたくないという本心も多少はあり、イルーゾォは複雑な表情で口をつぐんだ。

(ま、おごるくらいなら、いいけどさぁ……)
 手元には今日の売り上げが入っている。印刷所に支払った金が返ってきただけともいうが、「いっぱい売れた」という実感で気が大きくなっているので、おごりくらいならいいかなと思ってしまう。
 それにせっかく新刊が完売したのだ。お祝いに、みんなに気持ち良くご馳走してあげるのは悪くない。

「けどさ、こんなに人がいっぱい集まるイベントなら、食べ物屋とか入るのにまた並ぶんじゃないかな? 少し場所を移したほうがよくないかな?」
 ペッシがふとそんなことを言い出したが、イルーゾォは首を横に振って否定した。
「ううん。ここにいる奴らは今、全員ハンターだからね。時間との戦いだから、まともにメシなんか食わねーんだわ。だから案外空いてるんだよ」
「へぇ……」
 ペッシはその意味があまり理解できなかったらしい。だが現場を目の当たりにしてきたホルマジオは、うんうんとうなずいた。
「ほんとだよなぁー。さっきのとこにいた奴ら、ほとんど誰もメシ食ってなかったしよォー。売ったり買ったりして、あとは寄り道もしないで直帰して、戦利品を読むんだろ?」
「そ、そうだよ……」
 無駄に知識の増えていくホルマジオに申し訳ないやら恥ずかしいやら。イルーゾォはうつむいて小さくうなずいた。

「へー、そうか。分かったぞ。イルたんはマジオとデートがあるから、まっすぐ帰らないんだ。ほんとはふたりっきりになりたかったんだ」
 メローネがにやにやと笑って、イルーゾォの脇腹をつつく。
「ウルセーなっ! そんなんじゃねーよ! 黙れバカ!」
「わーい、イルたん照れてるぅ。ベリッシモかわいい! ベネベネ!」
「かっ切るぞテメェ!」
「おお、こわいこわい」
「おいおい、あんまり熱くなんなよなぁ。ただでさえ暑いんだからよォー」
「あーつかれた。冷たいビールでも飲んでスカッとするかぁ」

 そんなことを言いながら、わいわいと館内に入っていく。イルーゾォの言う通り、怒涛のごとき参加者を誇るイベントが開催されている割には、すんなりと席に通された。客も食事が終るとすぐに席を立ち、次の「戦場」へと向かっていくので回転が早い。

 特に狩りの予定もない暗殺チーム御一行様だったが、暑さと混雑で全員がへとへとに疲れている。結局たいして長居もせずに、ちょっとした昼食程度ですますと早々に家路へとついたのだった。



* * * * * * * * * *



「ただいまー」

 イルーゾォ、ホルマジオ、ギアッチョ、ペッシ、メローネ。
 暑い中、5人がぞろぞろとアジトへ帰ってきた。

「おかえり」
「おーおー、暑い中どこ行ってたんだ?」
 リゾットとプロシュートがクーラーのきいたリビングでくつろいでいる。氷の入ったアイスティーのグラスを勝手に奪い取って、メローネが答えた。
「イルたんのコミケを見に行ってきた」

「おーっ、今日だったのかよ。コミケってあれだろ? スゲー人が来て、スゲー金が動くオタクのやつだろ?」
 プロシュートが身を乗り出して聞く。
「そうそう。すごかった。ディ・モールトすごかった」
「イルーゾォよぉー、売れたのか? 何百万くらい売れたんだ?」
「そんなに売れねーよバカ」
「けど、テレビでは一日に数百万の売り上げが出るっていってたぜ?」
「そういうのはごくごく一部だよ! もーっ、メディアの取り上げ方が悪いからそういうヘンなイメージついちゃうんじゃないかあぁ。メイワクなんだよなああぁ!」
「けど、その顔はけっこう売れたんだろ? 教えろよ。いくら儲かったんだよ?」
「儲けなんかねーよ。プラマイゼロだよ。せいぜい黒出たとしても、今日みんなにご飯おごらされてチャラになる程度の能力だっつーの」
「じゃあいくら売り上げたんだよ? なあ、何冊売っていくらくらいになるんだ?」
「しつけーなあ」
 プロシュートは同人誌の売り上げに興味津々らしい。うるさいのを手で振り払って、イルーゾォはため息を吐いた。

「売り上げはともかく、『完売』したんだよなー?」
 ホルマジオがイルーゾォの肩を抱いてにこにこ笑う。
「ほう、すごいじゃないか。事務所のコピー機を使って刷ったのも全部売れたのか?」
 リゾットが感心した声を漏らす。これを聞いてプロシュートが「えー」と批判がましい声を上げた。
「なんだよ。事務所のコピー機勝手に使ってんのかよ。だったら売り上げの一部はアジトに還元すべきだぜ」
「いいや、イルーゾォはきちんとコピー代を払ってくれたからな。お前のように勝手に備品を持って行ってしまうわけじゃない」
「う……」
 うかつにやぶをつついたら蛇が出てきてしまった。プロシュートはこれ以上突っ込まれないように、そっとソファに腰をおろして深く体を沈める。

「頑張っていたからな、イルーゾォは」
 リゾットに穏やかな笑顔で褒められて、イルーゾォはもじもじとうつむいた。
「あ、うん。コピー機貸してくれてありがと」
「せっかくあるんだから使ってくれて一向にかまわないぞ。お前はコピー代も出すし、コピー紙も買ってきてくれるし、きちんとやってくれるからな。……どっかの誰かと違って」
 リゾットがあてつけがましい視線を送るが、当の本人はソファの陰に隠れてそしらぬ顔をしている。

「ともあれ、スケベ本が全部売れて良かったな」

「きゅわあああああーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!????」
 リゾットの不意打ちに、イルーゾォは奇声を発して飛び上がった。ホルマジオが慌ててそれを支える。
「おいおい、大丈夫かイルーゾォ?」
「ちょ…なっ…ま……バッ……」

「いっぱい持っていっただろう? あのスケベ本が全部売れたなんて、すごいじゃないか」
「す、す、す、スケベ本て言うなあああああ!!!!」

「ん? 違うのか? 事務所でコピーしてたスケベ本じゃないのか?」
「あばばばばばば……」
 言語中枢までおかしくなったイルーゾォは、耳まで真っ赤になってぶるぶる震えている。リゾットは首をかしげた。

「あれか? 前に印刷会社に振り込み手続きをしてやったほうのスケベ本か?」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!!??????」
「専門業者に印刷を頼むなんて、本格的だなと思ったんだ。仕事の合間に頑張って執筆に打ち込んでいたし、きちんと結果が出せて良かったな、イルーゾォ」

 リゾットはどうやら真面目に、イルーゾォの趣味の活動を褒めているつもりらしい。様子を見ていたギアッチョがゲラゲラ笑いだす。
「なんだよォ、オメー、エロ本描いてたのかぁ!?」
 メローネがにやにやしながら口をはさんだ。
「あ、オレ見たことあるよ。ベリッシモ刺激的なゲイの本だったね。しかもオレの知らない「仕方」でしてたな」
「オメーがしらねー「仕方」なんてあんのかよ」
「知らないというか……物理的に「不可能」な「仕方」だったんだ。あの角度だと絶対に挿入らないし、動けない。非常にアクロバティックだ」

「ううううううるせーなあ!! あり得なくていいんだよ! やおいはファンタジーなんだよ!」
「でも間違った知識で描くのはスゴクよくないことだよ、イルーゾォ。オレがちゃんと教えてやろうか? ……というか、君も自分で一度はしてみるべきだ。どうせあの「仕方」でやったことないんだろう?」
「余計なお世話だ! だから別にそういうのはいーんだっつーの!」

「あー、やっぱありゃあ、無理だよなぁ?」
「うん、無理だね」
 ホルマジオとメローネが顔を見合わせて苦笑する。
「オレも原稿とか印刷とか手伝ってるときによー、「こりゃあ無理なんじゃねえか?」って思ったんだよなあ」
「せっかくだから実際にやってみればいいんだ」
「けど、イルーゾォの描く奴はけっこう激しいからなぁー」

「きゅわああああああーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!」
 イルーゾォの羞恥心が限界突破した。無我夢中で鏡に閉じこもろうとして駆けだし、勢い余ってリビングの鏡に激突する。
 がしゃーん!
「うっきゃあああああーーーー!!!」

「お、おい、イルーゾォ。だいじょぶかあ?」
 ホルマジオが割れた鏡の中を覗き込むと、粉々になった小さな鏡の奥でイルーゾォが果てしない地平線に向かって泣き叫びながら走っていく後ろ姿だけが見えたのだった。



* * * * * * * * * *



 それからしばらくの間、イルーゾォは任務のとき以外は鏡の中から出てこなくなった。

「おーい、イルーゾォ? いい加減出て来いよぉー」
「……………」
「ほら、オメーの好きなアニメ始まるぞー?」
「……………」
 イルーゾォは「中から見てるから、チャンネルそのままにしといて」というメモを鏡の表に出して意思表示をする。

「ったく、しょおーがねーなあぁー」
 鏡越しにイルーゾォの頭をなでてやるしぐさをして、ホルマジオはため息を吐いた。

 そこへギアッチョが来て、何気なくチャンネルを変える。鏡の中のイルーゾォの顔色も変わる。
「……………っっ!!!!」
「あー、すまねーギアッチョ。それ、今イルーゾォが見てんだ」
「あァ? イルーゾォいねーじゃねーかよ」
「ここに……よ」
 ホルマジオが指した鏡の中で、イルーゾォが何か叫んでいる。ギアッチョは鼻で笑い飛ばした。

「アホか。リビングにいる奴が優先でチャンネル変えられるってルールだぜ。鏡の中にいるんじゃ関係ないぜ」
「んー……まーなぁ。オメーの言うことも間違っちゃいねーよなぁ」

「ちょ……な……! イナイレ見せろギアッチョ!!」
「鏡の中はノールールだぜ」
「ふざけんなギアッチョおおおお!!!! そのアニメはオレの命なんだっ!!」

 勢い良く鏡から飛び出し、イルーゾォがギアッチョにつかみかかる。だが根っからのひきこもりオタクであるイルーゾォと、スポーツ万能のギアッチョでは体力に差がありすぎる。簡単にねじ伏せられてしまった。

「うわあああんイナイレ見せろギアッチョおおおおおお!!!」
「へへーん、弱いぜ。弱い奴にはテレビを見る資格なんかないぜ」

「あーあ……しょーがねーなぁ…………」

 泣き叫ぶイルーゾォと勝ち誇るギアッチョを眺めて、ホルマジオはただ苦笑するばかりだった。






【終われ】









わーい終わった〜! ずいぶん長くなってしまった……。落書きのつもりだったのになあ。リゾットに「スケベ本」て言わせることができてよかったと思います。ちなみに私がうちの父に言われたことです。事実です。屈辱です。軽く死ねます。スケベ本作家で悪かったな!! あと相変わらずtwitterのイルーゾォbotのセリフをお借りしています。いつもありがとうございます。楽しいです。
By明日狩り  2010/11/27





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