a frozen child -before dark- |
暗殺チームの夕飯は、アジトで自炊と決まっている。 なぜ、ということもなく、そうしなければならない理由もないのだが、いつの間にか「夕食当番」というものができていた。 その日の夕食当番は、オレだった。リーダーでも免除されることはなく、平等に順番が回ってくる。 オレは大人に囲まれて暇そうにしていたギアッチョを連れて、市場へ出かけた。 オレにとっては見慣れた、なんの面白みもない市場だが、ギアッチョはきょろきょろとあちこちを見回している。 放っておくとすぐ興味のある方へ走って行ってしまうので、オレはずっとギアッチョと手を繋いでいた。 野菜、魚、肉、缶詰、パスタ。必要なものはそれだけだ。 ふと気がつくと、ギアッチョが果物屋の前にぶら下げられたライチの枝を見つめている。 「欲しいのか?」 そう尋ねると、ギアッチョはううん、と首を横に振った。だが、その目は真剣にライチを見つめて動かない。 初めて見たのだろうか。確かにここらではあまり見かけない果物だ。 「それをくれ」 オレが店主にそう言うと、ギアッチョは驚いて目を見開いた。 オレは店主から、枝についたままのライチを受け取り、そのままギアッチョに手渡した。 「ほら」 「…………これ、何ぜ?」 「ライチだ。東洋の果物で、その赤い皮の中に白い柔らかい果実が入っている。帰ったら夕飯の後、デザートに食べよう」 「…………ん」 しなやかな枝の先に、10粒ほどの赤いライチがたわわに実っている。ランタンのように胸の前にかざして、ギアッチョはライチをゆらゆらと揺らしながら歩いた。 まもなく日が暮れる。赤い夕陽が市場を染め上げ、そこかしこに暗闇と影を落とし始める。 「……………………」 繋いだ手が、「きゅっ」と引っ張られた。小さな、けれど意思のある力を感じて振り向くと、ギアッチョが首をそらして何かを見つめていた。 「……サーカスだな」 隅の広場に、小さなサーカスが来ていた。今日は休日だから、訪れた親子連れを楽しませたり、賑やかな音楽で市場の雰囲気を盛り上げたりしていたのだろう。 けれどその役目は少し前に終えたらしい。今は撤収作業の最中で、動物も小道具もそそくさと楽屋裏へ消えていく。 そんな寂しくたたまれていくサーカスの中に、まだひとつだけ、華やかに光と音を放つものがあった。 「メリーゴーランドだ」 「……………………」 ギアッチョはその名前を知らなかったのだろう。小さく「メリーゴーランド」と繰り返した。 まだ遊び足りない子供の相手をしているのか、それとも他の片付けに忙しくてこちらまで手が回らないのか。寂しい広場にメリーゴーランドだけがキラキラと輝き、柔らかい音楽を奏でている。 「……………………」 ギアッチョはその光を瞳に映してしばらくぼんやりしていたが、ふいと目をそらした。立ち止まっているオレの手を引き、その場を離れようとする。 その手の力。 オレは何だか、大切なものが引きちぎられるような、そんな痛みを感じた。 「……………………」 ギアッチョは、あれに乗ってみたいのだろう。 だが、オレはギアッチョをあの遊具に乗せてやることはできない。 この子は今や「悪者にさらわれた行方不明の子供」だ。人目につく場所に出すことはできない。 たとえこの子が親の虐待を受けていたとしても、この子が自分の意思で今オレの手をつかんでいたとしても、世間はそれを許しはしないだろう。 ギアッチョはうつむき、オレの手をぐいぐいと引っ張って広場を離れる。 「ギアッチョ」 オレはギアッチョを呼び止め、不意にその体を抱き寄せた。 「?」 この年齢にしては明らかに軽すぎるその体を高々と持ち上げ、不審そうな顔をしているギアッチョを肩に乗せた。 「帰るぞ」 「…………?」 「しっかりつかまっていろ。揺れるからな」 そう言って、オレは少しだけ体を揺らした。ギアッチョが小さな手で頭にしがみつく。 「ぜ!?」 「メリーゴーランドは、揺れたり動いたりするもんだ」 「ぜ!」 両手で頭を抱え、両足にも力を込めて、苦しいくらいにオレの首を締め付ける。けれど、興奮しているギアッチョの手の強さが嬉しくて、オレは自分でも知らないうちに笑みを浮かべていた。 オレはギアッチョが落ちない程度に適当に揺れながら、なるべく人気のない道を選んで市場を後にする。 こんなもの、メリーゴーランドでも何でもない。 少しも代わりになってはいない。 それでもギアッチョはオレの頭にしがみつき、声を抑えて、楽しそうにくつくつ笑っている。大きな声を上げてはいけないと、こんな小さな子供なのにちゃんと分かっている。 「あっ」 ギアッチョが顔を上げた。重心がかすかに横へよれる。 「ん?」 「動物がいるぜ」 すぐ隣には、天幕が高く掲げられている。その向こう側にはせわしない気配がうごめいているのだが、オレの目には見えない。だが、サーカスがその裏で店じまいをしていることは知れた。 「見えるのか」 「ぜ!」 ギアッチョは興奮気味に声をあげ、背伸びして向こう側を覗き込んでいる。 何がいるのだろう。象か、熊か、馬か。そんなところだろう。 オレが立ち止まろうとすると、ギアッチョは「止まらなくていいぜ」と言わんばかりに足をぎゅっとさせてオレを促した。 子供を肩車させてサーカスの動物をのぞき見するのは、あまり行儀がいいとは言えない。オレはそのまま何気なく天幕の横を通り過ぎた。 「……………………」 「……………………」 サーカスの出し物でもない、ただの動物の姿。 メリーゴーランドでもない、ただの肩車の上。 ギアッチョは嬉しそうに足先をぶらつかせ、手でしっかりとオレの頭をつかんでいる。 真っ赤に燃える夕陽の最後の光を浴びながら、オレたちは暗闇に溶け込むように家路に着いた。 【END】 |
イマダさんのリクエスト「ショタギアッチョ」、当初はこんな感じのを書く予定でした。これはこれでオマケとしてUP。 |
| By明日狩り 2012/03/26 |
| オマケをうpしたらイマダさんからお返しにイラストいただいちゃいましたァン! きゃーきゃー! おやこー!! やべえ親子かわいいよ親子。うひょ〜。元気なショタッチョ! 優しそうなパパ!(notパパ。He is リーダー) ぎゃああああリゾットさんのほっぺとショタッチョのほっぺの質感の差に萌える!!(変なとこ萌えるなよ) わざわざ色までつけていただいてありがとうございました!! ![]() |