リゾットのバースディプレゼント















「誕生日おめでとう、ギアッチョ」

「あ、ありがとよ……」

 満面の笑みでかわいらしいプレゼントの箱を差し出したリゾットに、ギアッチョはいささかの戸惑いを感じながらもおずおずと礼を述べた。

「よく覚えてたなァ」
「オレは仲間の誕生日を忘れるような男じゃないぞ」
「そ、そうかよ……」

 当然だ、と言わんばかりのリゾットの顔がなぜだか恥ずかしくて、ギアッチョはちょっとうつむきながらプレゼントを受け取る。

 冷酷な暗殺者、頼れるリーダー、最強の男。
 そういうリゾットが「誕生日」だの「プレゼント」だのといったイベントを案外大切にしているということ自体に、ギアッチョは普段から違和感を覚えている。
 けれど仲間のことを大切に想っているリゾットの気持ちはありがたいし、それに誕生日を覚えていてくれたことは素直に嬉しかった。

(けどよォー、いい年した男に贈る包装じゃねーだろーが……これ……)

 小さなクマさんがちりばめられた包装紙に、鮮やかな青色のリボン(おそらく「男の子色」だから青を選んだのだろうと察しがついた。そういうところが、リゾットにはある)。そこそこ大きめの箱は、見た目よりは軽かった。

「……開けていいか?」
「もちろん」

 リゾットは大人らしい穏やかな目でギアッチョを見守っているが、その顔には『ギアッチョは気に入ってくれるかな?』という期待がありありと浮かんでいる。

(あ、開けづれぇ……)

 正直、このリゾットの期待に応えるリアクションができる自信は、ない。だが今ここで開けないというわけにもいかない。

 仕方なく、ギアッチョはプレゼントのリボンをほどいた。

「………………………」

 箱の中身を見て、

 リゾットの顔を見て、

 もう一度箱の中身を見て。

「どうだ?」

 ギアッチョの反応をワクワクしながら待っているリゾットに、いったいどんな顔をして見せたらいいのか。

(ちょ……頼む、ちょっとだけ待ってくれ。5秒でいい、オレに考える時間をくれ! 時間よ止まってくれ!! これはなんなんだああああっ!!???)

 ギアッチョは真っ白にフェードアウトしかける頭を必死で支え、なんとかその場に踏みとどまった。



 箱の中に入っていたのは、奇妙な形のぬいぐるみだった。

 青い帽子に青い服、白いゆきだるまのような形状、アホのような笑顔。


「これ……何だァ?」

 言葉を失うギアッチョの動揺に、リゾットはまだ気づいていない。

「ジャックフロスト、というらしいぞ」
「いや、キャラクターの名前じゃなくて……」
「お前知らないのか? ゲームか何かに出てくる化け物らしいんだが」
「いや、化け物ていうか……。ジャックフロストは知ってるけどよォー」

 ジャックフロストはメガテンという有名なゲームのキャラクターだ。以前、イルーゾォに「これだけは必須、ていうか一般教養の域」とか何とか言われて押し売りされたのでやったことがある。それにプリクラのキャラクターとしても有名で、一昔前は街中でもけっこう目についた。

(いくつか聞きてぇことはあるが……)

 ギアッチョはジャックフロストを取り出してまじまじと眺めた。

(まず、これ、ジャックフロストじゃねえし)

 なんか変だと思って良く見たら、帽子の形が違う。悪魔っぽい帽子には違いないのだが、こんなリゾットの頭巾みたいな玉っころは付いていなかったはずだ。
 それに服が変だ。確かに端がギザギザした服は着ていたような気がするが、こんなに裾が長くなかったような気がする。しましまズボンも履いていなかったような気がする。

 ジャックフロストに良く似ているが、どうもパチモンくさい。
 あまつさえ、リゾットの頭巾とギアッチョの服を足したようなパチっぷりだ。

(中国かどこかがパクったのか知らねえがよォー。なんでこのデザインにするんだっ!!?)

「なあ、これ、オレとお前に似てないか?」

 今まさにその点を指摘しようとしていたギアッチョに、リゾットがやけに嬉しそうな口調でたずねる。

「あァ?」
「帽子とか、服とか、他人とは思えないんだ」

(そりゃよかったな!!!)

 思わず叫び出しそうになる自分の口を、今世紀最大の努力を費やして閉じさせる。
 いくら珍妙かつ納得のいかないプレゼントだとはいえ、これはリゾットが(おそらくは)心をこめて選んでくれたプレゼントだ。むげにするわけにはいかない。


(それにだ、もうひとつ疑問を持っていいというなら、言わせてくれ。……これがギャングの男に贈るプレゼントとして、果たして適していると思うか?)

 箱から取り出したそのパチモンのソレは、ぬいぐるみではなかった。いや、ぬいぐるみであってくれたほうがまだマシだった。

 紐がついていて、チャックがついていて、それはどうやら「リュックサック」の用途を果たすらしい。


(こ……こんなものをオレに……背負えと言うのかよおおおおおっっ!!!???)

 まだ未成年とはいえ、ギアッチョは立派な男子だ。趣味は理数学書を読むことと、ウィンタースポーツ。音楽は歌詞のないものなら何でも聞く。クラブなんかで遊びまわるほうでもないが、イルーゾォのようにオタクでもない。
 どうひいき目に見積っても、キャラクターぬいぐるみのリュックサックを背負って街を歩き回るタイプの人間ではない……つもりだ。

(いらねええええええええええええええええーーーーーーーっっ!!!!!!)

 心の中で絶叫しながら、ギアッチョは自分を黙らせることに全力を注いだ。
 そんなギアッチョの苦労などこれっぽっちも知らずに、リゾットは楽しそうに話を続ける。

「何でも、霜の妖精らしいな?」

「これが「ジャックフロスト」なら、そうだな……(でもこれ、パチモンだから違うぜ。リゾットよォ)」

「ならやっぱり、お前の仲間だな。お前は「ホワイト・アルバム」を使えるから」

「そうだな……(だったら何だっていうんだよチクチョウ……)」

 どうやらリゾットはその点も気に入って、これを選んだらしい。




 もはや、選択肢は2つに1つとなった。

(この場でコイツをリゾットに叩きつけて怒鳴り散らすか、あるいは……)

 ギアッチョはもう一度、リゾットのほうをちらりと見た。
 リゾットはやっぱり満足そうな表情でこちらを見ている。

 一瞬だけ、ためらってから。

 ギアッチョは無言でそのファンシーなリュックサックを背負って見せた。

「お、似合うぞギアッチョ」

「……ぉぅ」

 もう返事をする力も残っていない。


 ギアッチョの暗い顔にも気付かず、リゾットは時計を見た。

「もうこんな時間か。そろそろ夕食の準備ができたんじゃないか?」
「……あぁ……んん?」
「みんなお前の誕生日パーティの準備をしてるんだぞ」
「マジでか!?」

 ギアッチョはその場に凍りついた。

(ちょ……待てよ。となると、オレいったいいつまでこいつを背負ってりゃいいんだ!?)

 リゾットが見守っているから、今すぐ下ろすわけにはいかない。というより、もうすぐ誕生日パーティとやらが始まるとしたら、そこに持って行かないわけにはいかない。
 なにしろ、リーダーからの誕生日の贈り物なのだ。

「あああああ……」
(逃げてえ! 今すぐこのアジトから逃げ出してええええ!!!!)

 今すぐ窓をぶち破って飛び出したい衝動に駆られる。

 だが、ギアッチョが逃走を決意するより先に、いきなりドアがバタンと開いた。

「ギアッチョおお! パーティの準備できたよおおっ!!」

「メロ……ッ!」

 勢いよく飛びこんできたのはメローネだった。

「早く来……っちょギアッチョなにそのかわいいのなになになにそれッ!!??」

 当然、メローネがギアッチョの背中に張り付いているファンシーな「ソレ」に気づかないわけがない。

「ギアッチョ! チョーかわいい! ディ・モールト・ベネッッ!」

「うるせー! 黙れ! 触んなっ!」

「なにそれリゾットの贈り物!? かわいいかわいいっディ・モールトかわいいいいっ!!! ああんっギアッチョもかわいいしソレもかわいいいいいっっ! 合わせて百万倍かわいいいいいーーーーーーーっっっ! ベネベネ! ベネベネベネッ!」


「な? ギアッチョに似合うだろう?」

「似合うよ似合うよ! ディモールト似合うっ! リゾットは神なの!? 神の采配なの!?」

「そこまで言われると、照れるが」

 リゾットが余計なことを言うので、メローネの興奮は止まらない。
 おまけにメローネが大騒ぎしているので、他のメンバーまで集まってきてしまった。

「ナニ騒いでんだよ。パーティ始めようよ」

「見てよイルーゾォ! ギアッチョと何か、スゴクかわいいいい!」

「うわなにソレ、ジャックフロストじゃん! ていうかジャックフロストじゃないじゃん!?」
 イルーゾォはパチモンだということに気づいたらしい。

「お、似合うじゃん。いいねぇ。かわいいんじゃねーのぉ?」
 ホルマジオが驚いた顔でテキトーな感想を述べる。

「あ、ギアッチョそういうのが好きだったの? い、いいと思うよオレは……」
 ペッシが若干引いている。

「オイオイオイ、ギアッチョ、えれーカワイクなっちまったなぁ」
 プロシュートがニヤニヤしている。

(チクショウ、見せ物じゃねーぞ……)
 ギアッチョは歯噛みして耐えるが、どう考えても今の自分は見せ物以外の何物でもない。

「ちょ、ちょ、ちょ。ナニコレ。ジャックフロスト?」
「……ちょっと違うんじゃねーかな」
「全然違うって! なにこのリゾ玉。なにこの妖精スカート。なにこのしましまズボン」
「……さぁ」
「パチくせー!」

 盛り上がるイルーゾォに、リゾットが不審そうな顔で尋ねる。
「何か、おかしいか?」
「おかしいも何もこれパチ……うぐっ」
「な、なんでもないぜリゾット!」
 イルーゾォの口を押さえて、ギアッチョが笑顔で答えた。とっ捕まえたイルーゾォの耳元でひそひそと囁く。

(てめぇイルーゾォ!  余計なこと言うんじゃねーよ!)
(だってこれ、パチモンじゃん!? ジャックフロストじゃないじゃん! ヒーホーじゃないじゃん!)
(いいんだよこれで! リゾットのことだから多分騙されてパチモンつかまされてんだよ!)
(ああ、そっかぁ。リーダーって仕事はできるけど、そういうマヌケなとこあるもんねぇ……)
(ああ、そうだよ。けどせっかくくれたのに、イチャモンつけるわけにいかねーだろうがよォ)
(ギアッチョも苦労してんだねぇ)
(ウルセーな、ほっとけ)

 そう囁いて、ギアッチョは恥ずかしまぎれにイルーゾォを突き飛ばした。解放されたイルーゾォは、ギアッチョの背負っている「パチモンフロスト」をまじまじと眺める。

「いやー、けどまぁ。良く見るとかわいいよね、ソレ」
「ウルセーな」
「どことなくリゾットとギアッチョに似てるよね」
「そう思うだろう?」
 リゾットが嬉しそうに口をはさむ。(それにしてもこのリーダー、ノリノリである)

「うん。帽子とか、服とかね。似てるよね。……それに寒さの妖精だし」
「そうなんだ。だから気に入って買ってきた」

(やっぱり気に入ってるのか……)
 ギアッチョとイルーゾォが顔を見合わせる。
 そんな若者たちの思惑など知る由もないリゾットは、はにかみながら語り始めた。

「コイツに何だか、呼ばれたような気がしてな。オレがいないときでもコイツがギアッチョのそばにいてくれたら……と思うと、暖かい気持ちになるんだ。コイツがお前の部屋にいたり、お前の背中にいたりするところを想像すると、何だか嬉しくなる」

「ハハン。つまり、「コイツをオレだと思って大切にしてくれ」……と?」
 プロシュートがまだニヤニヤ笑いを口元に浮かべたまま、首を突っ込んでくる。

「そこまでは言わないが……そう思ってくれたら嬉しいかもな」
 からかわれていることにも気づかず、リゾットは素直にそう答えた。

「……だ、そうだぜ。どうよギアッチョ? けっこー嬉しいんじゃねーの?」
 ばんばんと強く肩を叩かれて、ギアッチョは顔をしかめる。
 だが、プロシュートの言う通り、確かにけっこう嬉しい気がする。

(リゾット……)

 ガキっぽくてマヌケでファンシーで、しかもパチモンだが、この贈り物にはリゾットの本物の心がこもっている。そう思うと、悪い気はしない。
 いや、もしかしたら、すごく嬉しいかもしれない。

「ま、いいか……」

「さーギアッチョ、誕生日パーティはじめよー!」
「おう」

 パチモンのキャラクターリュックを背負ったまま、少しだけ笑って、ギアッチョはリビングに向かったのだった。


【END】






昨日、「ジャックフロストはギアリゾ足して2で割らないみたいなキャラだね」、という話をオシジョウさんとしてたので書いてみた。あとヒマだったので。嘘です。やることいっぱい。やることに追い立てられてカッとなってやった。あと私はメガテンやったことないです。正直すまんかった。ヒーホー。
そのうちオシジョウさんがこのSSに絵を付けてくれると期待している。
 By明日狩り  2010/11/09