「相談があるのですが、お時間はありませんか? 聞いていただけたら幸いです」

 そんなメールがフーゴから届いて、イルーゾォは困惑した。

「フーゴ…って、あれか。海でデートしたバカなイタリア男だ」
 そうつぶやいて、眉根を寄せる。

 あれは二週間ほど前のことだった。
 スタンドの新しい能力に目覚めたイルーゾォは、『性別を反転させる』という技を覚えた。暇をもて余した暗殺チームは全員で女性集団に変化し、『バカなイタリア男にナンパされて飯をおごらせる』というバカな遊びを思い付き、実際に裕福そうな男たちを手玉に取って帰ったのを覚えている。そのとき相手の男たちと連絡先を交換したのだが、なにしろこちらの正体は男だ。
 もう二度と会うこともないだろう……と思っていた矢先に、向こうから連絡が来た。

「フーゴって、あれだよな? 一番マトモそうで、一番頭良さそうで、なんか割り食ってる感じの……」
 困ったような優しい笑顔を思い出して、イルーゾォはふっと自分の顔が赤くなるのを感じた。

「えっ? ち、ちげーし! そんなんじゃねーし! 別に惚れたとか絶対ねーし!」

 誰も聞いていないのに、慌てて否定する。

「だ、だって、フーゴってなんかいじられキャラだったし、一人で抱え込んで悩んで爆発とかしそうなタイプだし」
 そこから先の語気がどんどん小さくなる。
「だから……なんかかわいそうだし…悩みとか聞いてやるくらいなら、バチも当たらねーんじゃねーの? うん。そうだ。それは良いことだし。浮気にもなんねーし」

 思いを寄せる本命の相手はまた別にいるのだが、そのことは今は置いておく。




「わざわざ来てくださって、ありがとうございます」

 待ち合わせ先の洒落たカフェで、先に待っていたフーゴが席を立ってあいさつする。

「あ、お、遅かった? 待たせたかな」
「いえ、約束より少し早いですよ」
 それなのにすでに来ていたフーゴはいつからここにいたのだろう。

 あの日と同じように、イルーゾォは性別を反転させて女の姿で来ている。女物の服など持っていないので地味なTシャツとジーンズを身に付けているが、当然ながら貧相で見映えがしない。
 一方のフーゴは凝ったデザインの、おそらくブランド物の服を着ている。
 周りはお洒落なカップルばかり。店員も上品で優雅。フーゴはそんな店を馴染みにしているようだが、イルーゾォだけがこの場に相応しくないような気がした。

(これだから海でナンパとかするリア充イタリアーノはムカつく。爆発しろ)
 同じ男としての嫉妬を飲み込んでぐっと堪える。

「……でさ、相談って何?」
「あ、ええ。実は、最近気になってる人がいるんですよ。ふと気が付くとその人のことを考えているし、これって恋なのかなって…」
「…………」

 フーゴが恥ずかしそうに目を伏せる。色恋沙汰にはうといイルーゾォだが、これが分からないほど鈍感ではない。

(それって、おれか! おれのことか! そうだよな? これってフラグだよな? まずいよ! やばいよ! 惚れんな! ちょ……こっち見んな!)

 あたふたするイルーゾォのほうを見て、フーゴが言いづらそうに切り出す。

「告白、しようかと思っていて」
「や、それはやめたほうがいいんじゃないかな?」
「始まる前から諦めろと?」
「や、まあそりゃあ、何事もトライは必要だけどさ…」
「開けない箱にはどんな贈り物が入ってるか分からないでしょう? 僕は開けてみたいんです」
「そ、そっかー。でもいいものばかりじゃないかもよ!?」
「ええ、それはわかってます。でもできるだけ良くなるよう、努力はできる」
「努力は必ずしも報われないから…」

 まっすぐに見つめてくるフーゴの視線を避けて、イルーゾォはおろおろと目を彷徨わせた。だがリア充に囲まれて告白されかけているイルーゾォ自身もまたリア充の仲間だ。逃げ場はない。

「ねえ、僕、好きな人に告白しようと思うんです。だから……」
「え……?」

「だから、その人にプレゼントするための物を一緒に選んでもらえませんか?」

「……えっ?」

「恥ずかしながら女性の友達がいなくて、こんなことを頼めそうな人があなたしかいないんですよ」

 照れて肩をすくめて見せるフーゴを前に、イルーゾォは全身の力が抜けていくのを感じた。

(ばっ、バーカバーカ! おれのバカ! なに自分が告られるつもりでいんの? 自意識過剰だっつーの!)

 告白かと思ったら、仲人や協力を頼まれるパターン。こんなことは漫画やラノベではよくあるズッコケシーンだ。
 裏返る声をなんとかなだめつつ、イルーゾォは言葉を探した。

「あっ、お、贈り物ね! いいねそれ! 告白なのに手ぶらはないもんね! いいんじゃないかな?」
「一緒に見てもらえますか?」
「も、もちろん! 喜んで協力するよ! あっでも! おれ……いやあの、私、あんまり女の子らしくねーし、趣味も悪いし、役にたたねーかもっ!」

「参考にするだけで、責任もって選ぶのは僕ですから」
 そう言い切るフーゴのイケメンぶりに感心して、なるほどこういう男がリア充になれるんだな、などとイルーゾォは学習する(実践はできそうにないが)。




 カフェを出て、二人であちこちの店を覗く。服、靴、鞄、小物……いろいろな物を見るが、イルーゾォに「女が喜びそうなもの」など分かるわけがない。いくらフーゴの自己責任とはいえ、あんまり適当なことを言って失恋させてしまっては後味が悪い。

「ご、ごめんね? あんまりよくわかんなくて〜」
「いいんですよ。なにかピンと来るものがあれば教えてくださいね。参考にするので」

 延々と連れ回されているのに嫌な顔ひとつせず、フーゴは笑顔で答えた。

(うぅー、さすがリア充のイケメン様は格が違いますなあ!)

 十件以上の店をあれこれ見て回ったが、どれも女子が喜びそうな物ばかりだし、逆に言えば決め手になるものもない。

(何を贈れば女子が喜ぶか、なんておれがしりてーよ! むしろイケメン様が自分で選んだ方が、おれみたいな非リアの非モテが選ぶよりずっといいんじゃねえの!?)

 もう自分に選べる気がしない。

「あのー……おれ、選ぶの無理そうだし、そろそろ……ぉ?」

 ギブアップを口にしかけたイルーゾォの目がウィンドウに釘付けになった。
 本屋の店頭に『初回限定!フィギュア&DVD付きコミックス』というポップが貼ってある。イルーゾォが好きな漫画だ。

「やっべ! これ今日発売だ!」
「こういうの、好きなんですか?」
「え、あ、いやその……」

 イルーゾォは真っ赤になって顔を伏せた。それは日本でも人気の、かわいい女の子同士の日常を描いたゆるいギャグ漫画で、いわゆる『萌え系』という奴だ。

「ちっ違うし! 全然好きじゃねーし!」
「今時の若い娘さんって、こういうのが好きなのかな?」
「ぜ、絶対に違うから! これは参考になんないし! ダメダメ! おたくの奴だよ!」

 うっかり本性を現してしまい、慌てて取り繕う。今のイルーゾォは、海でナンパされた女子で、告白に使えるアイテムを探しているリア充なのだ。おたくアイテムに食い付くなんてもってのほかだ。

「本屋なんてダメ! ほら、あっちいこ! あっちとかいいのありそうだし!」

 フーゴの腕を引っ張って、急いで隣のオーガニックショップへ向かう。

(もー、せっかく女子ごっこしてても、すぐおたくになっちゃう。おれってホント馬鹿……)



 だが結局これといったアイテムは見つからなかった。

「あーあ、やっぱりおれには無理だったな。ごめんフーゴ、全然役に立てなくて」
「いえ、そんなことないです。とても参考になったし、それに楽しかった」

 フーゴの笑顔にはお世辞も嘘もなく、どこまでも本音で言っているのが分かる。

「それじゃ、ごめんね」


「あ、待って」

 別れ際、フーゴが何かの包みを差し出した。

「え?」

「今日付き合ってくれたお礼です」

 ちょうど手のひら2つ分くらいの大きさの、受け取るのにちょうど良い手頃な包み紙を受け取って、イルーゾォはちょっと呆れた。

(こんな気の利いたものを用意できる実力があるんだから、おれなんかに何も聞くこたぁなかっただろーが! このリア充! イケメソ! ばくはつしろっ!)

 嬉しいけれども恥ずかしく、そしてちょっぴり悔しい。悔し紛れに心の中で悪態を吐きながら、丁寧に包み紙を開いた。

「え……えっ?」



 中に入っていたのは、限定フィギュアとDVDの付いたコミックスの新刊だった。



「ちょ、ま、これ、やだぁ!」
「これ、好きなんでしょう?」
「す、好きだけど! やだなぁ! 恥ずかしいよ!」

 誤魔化したつもりが、見事に見抜かれている。おたく趣味を見抜かれるのは最高に恥ずかしいものだし、ましてやこんなシチュエーションで気を遣われるほど恥ずかしいことはない。

「好きな人の好きなものが、知りたかっただけなので……」
 フーゴはそう言って目をそらした。

「え?」

「漫画とか、おすすめのがあったら今度教えて下さい。読んでみたいです」

「え?」

「好きな人の好きなものを、僕も好きになりたいです」

「え?」

「……すぐに恋人になりたい、なんて言いません。お友達から、お付き合いしていただけませんか?」

「え………」

 開いた口が塞がらない。
 まさかこうくるとは。
 カフェで一回フラグが折れたはずではなかったのか。
 あれはフラグが折れたのではなく、壮大なフラグの始まりに過ぎなかったのか。

「あ、あの…」

「告白にはプレゼントがあったほうがいい。そうですよね?」

「え、あ、まあ」

「それはあまり深く考えずに受け取って下さい。よかったらまた一緒に遊びに行きましょう。今日みたいにショッピングもいい」

「あ、しょ、ショッピング……」
 確かに今日のはデートだった。まったく気付いていなかったが、まごう事なき、デートだった。

「また連絡します。今日は連れ回してすみませんでした。楽しかったです」

「あ、うん。こちらこそ……楽しかったよ……」
 そんな言葉が口から素直にポロリ、とこぼれる。

「本当に?」

 フーゴの嬉しそうな笑顔が眩しくて、イルーゾォはこくりとうなずいた。

「本当。楽しかった」

「それじゃまた」
「うん、またね」
 そう言って二人は別れた。




(おいおい、どーすんだおれ!? フーゴと仲良くなるとか……ってかあいつおれのこと女子だと思ってるじゃん? あんな良い奴騙すの悪いだろ? てかそういう問題でもない?)

 どうすばいいかわからない。


 フーゴの笑顔が浮かぶ。

『また遊びに行きましょう』


 もし次にメールが来たら、イルーゾォはそれを断ることができるだろうか。
 もし食い下がってきたら、正直に自分は男だと言って謝罪できるだろうか。


(……わかんねえ)


 呆然と佇むイルーゾォを、赤い夕日が照らしていた。




【終】







もにいさんからのリクエストで、フーゴと女体化したイルーゾォがデートに行く話でした。昔出した同人誌『マンミラ狂想曲』の中で、にょたイルとフーゴさんが良い雰囲気になるっていう小説を書いたんですが、その設定を使いました。イルちゃんはフーゴみたいに上品で物腰の柔らかい人とか好きそう。
By明日狩り  2014/05/13