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「なんでさあ」
「あ?」
「ホルマジオはオレに優しくできんの」
「別に優しくねーだろうがよォー」
「優しいよ」
「そうかぁ?」
「あ、そうか。ホルマジオにとっては別に普通だもんね。当たり前のことだもんね」
「そーでもねーけど……何だ、どした? イルーゾォ?」
「いやいや。当然なんだ。誰にだってこうするんだ。別にオレだけじゃないんだ」
「そんな言い方すんなよ」
「だってそうだもん。マジオって誰にだって優しいっていうかそれがマジオの普通なんだよな。特別じゃないもんな」
「どうしたんだよ、急に。さっきからよォ」
「別に」
「何、機嫌損ねてンだよー。もー、しょーがねーなあぁ」
「悪かったね」
「別に責めてねーだろうがよ。機嫌直せって」
「機嫌損ねてなんかない」
「嘘吐け。すげー怒ってる」
「怒ってねーよ」
「じゃあ、寂しがってる」
「………………………………」
「あれ、ビンゴ?」
「ちっげーよバカ」
「素直じゃねーなあ。てかよぉ、オレがそばにいるのに寂しいとか、どーゆーワケだ?」
「だから寂しくねーってば」
「嘘だ。ほら」
ホルマジオは後ろからイルーゾォを抱きしめたままの姿勢で、肩口に柔らかく噛み付いた。
「…………ッ!?」
「寂しがってるじゃねーかよ」
「ナンでそんなことが分かるんだよっ!?」
「この味は嘘を吐いてる味だぜー」
「そんなの分かるもんか! 変態! メローネかよ!」
「うん。寂しがり屋の味がする」
「だからわかるわけねーだろーがッ! 離せッ!」
「オメーってちょっとバケモノじみてるよなァ」
「!!!????」
「なんつーかよー。髪も黒いしよー。上目遣いとか迫力あってこえーしよー」
「………………………………」
「けど放っておけねーんだよなァー。しょーがねーよなー」
「…………だったらほっとけよ。ほっとけよ! オレなんか!」
「だからほっとけねーって今言ったばっか……」
「ウルサイ! ホルマジオは許可しない!」
「あっ」
腕の中からイルーゾォが消える。
あわてて飛び起きるホルマジオ。
壁に懸かった鏡の中に、黒い髪がよぎる。
「ちょ…………鏡に引き篭もんなよイルーゾォ」
「ウルサイ! ウルサイ! 許可しない!」
「だからオメーはどーしてこう、手がかかんだろーなあぁ」
「手なんかかけなくったっていい! どっか行けよ! 消えろよ!」
「イルーゾォ。おい、出て来いって」
「イヤダ! どーせオレはバケモノだよ! 誰にも愛されたりしないんだ! ホルマジオがそう言った!」
「あー…………そーゆー意味じゃねーんだけどよォー。いや、そーゆー意味も含むか?」
「嫌いだ! 大嫌いだ!」
「はいよはいよ。オメーがオレを嫌いになるのはしょーがねーよな」
「しょーがなくない!」
「いや、なぁ。最近気づいたんだけどよ、イルーゾォ」
「は?」
「オレ、かわいいモノをかわいがるのが、スゲー下手らしいんだわ」
「…………まあ、そうだよね。ネコとかすっごいいじめるじゃん」
「イジメじゃねーよ。かわいがってんだよ」
「明らかに嫌がってんじゃん、ネコ」
「いや、あれは喜んでるだろ」
「全然そうは見えない。間違いなく嫌がってる。ホルマジオを好きなネコなんていません」
「そーだよなあぁ。オレはかわいがってるつもりなんだけどよォー。全然うまくできてねーんだよ」
「ていうか今さら気づいてんの? ばかなの? 死ぬの? 主にホルマジオが死ぬよ?」
「うん、今さらなんだよな。ていうか、本当はあんまり自覚してねーんだけど、人に指摘されて、そーなのかなーってよ」
「ばかじゃん。気づけよ。ホルマジオはネコにめっちゃ嫌われてるよ」
「だからよ」
「は?」
「だから、オレよ。……オメーにも嫌われてるんだってことに、よーやく考えが至ったんだわ」
「…………は」
「オレはすげーかわいいと思ってて、かわいがってるつもりで、好きなんだけどよ。ネコはオレのこと嫌いなんだろ? どう考えても」
「どう考えてもね」
「だったらよォー。オレがすげーかわいいと思ってて、かわいがってるつもりで、好きなオメーにもよ。嫌われてるってことだよな」
「…………は」
「ネコに嫌われてるっつーのは、薄々、ほんとに薄々だけどよ? 気づいてるときもあるんだよ」
「嘘だ。すげーかまうじゃん」
「あー、けどケモノだろ? ちっとくれー嫌われても、モフモフしてーから別にいーかなーと思って」
「ネコがかわいそうだ」
「いーじゃねか。どうせ餌もらえればいいんだろあいつらは」
「そんな簡単なもんじゃねーけど。生き物だし」
「まあ、ネコはいいんだネコは。けどオメーにも本気で嫌われてるとか、それはけっこう思いつきもしなくてよ」
「あっそう。ばかなんだ」
「そうだよな。バカなんだわ。かわいいって思ってて、スゲー好きだって思ってんのに、嫌われてるなんて、想像もしてなかった」
「本物のばかがいる」
「ああ。さっきもオメーのことかわいいって言ったのに、結局こうしてスゲー嫌がられた挙句、鏡の中に逃げられてるだろ」
「当たり前じゃん。人のこと、バケモノ呼ばわりしてさあ」
「それが当たり前ってことに、気づかねーんだよなあぁ。……オレは」
イルーゾォは顔を上げた。
ホルマジオの背中が見える。
ドアの隙間から洩れる光がうっすらと、その寂しげな背中を暗闇に浮かび上がらせている。
「…………ばかなんだな、ホルマジオは」
「そーらしいな。何でもっとうまくかわいがれねーんだろ?」
「ばかだからじゃないの」
「多分、そうだな。オメーが言うならそうだ」
「オレの言うことなんか関係ないじゃん」
「いや、たまにはオメーの言うことも信じてみようじゃねーか」
「オレの言うことなんか信用するなよ、ばか。それこそばかだ」
「なんでだよ」
「オレの言うことなんかだいたい嘘だし」
「あっそう」
「嘘だよ。だいたいうそ。口から出まかせ」
「そーかねぇ? オレがかわいがるの下手だって、オメー知ってたじゃねーか」
「それは本当だな。ホルマジオは何かかわいがるのすごく下手だ。ガチ下手だ」
「だろ?」
「でもオレはネコじゃねーし」
「そうだな」
「ホルマジオ。ちょっと教えてくれ」
「ん?」
「なんでオレがバケモノなんだ?」
「あー…………。なんかよー。生まれつき人と違う存在みてーな、なんつーか異形っつーかトクベツっつーか」
「………………」
「そういうのが、寂しくって、人と一緒にいたいのにいれなくて、ぽつんと暗がりでうずくまってる感じ」
「……ずいぶんなイメージだな」
「けどなんかそーゆー感じなんだよ。オレの中では。そんでな」
「うん」
「そういう寂しいのってさ、ほっておけねーじゃん」
「エゴイスト」
「そうかなァ」
「でも、オレは確かにそういう異形では、ある」
「そうは思わねーんだけどよォー」
「言ってることが違うじゃんか!!」
「ちげーよ。オレは別にオメーのこと、そんなバケモノとかモンスターとか思わねーよ。かわいい顔してるしよ」
「カワイクナイ!!」
「だからよ。オメーは自分のことかわいくねーかわいくねーって言ってるしよ」
「う」
「すぐ鏡ん中引き篭もるし」
「う」
「だからオメーって、オレから見たらなんでもねーカワイイ人間なんだけど、もしかしたら自分のことバケモノだと思ってんのかなぁって」
「う」
「そういうよ。自分のことを異形だとか言い張りがたるオメーをよ。ほっておけねーって話」
「……………………」
「分かったか?」
「知らない」
気づくと、イルーゾォはもうホルマジオのそばにいた。
触れるか触れないかの距離でそっと肩の皮ふを合わせる。
「ホルマジオってさ、本当に、何かかわいがるの下手だな」
「そーだな。しょーがねーだろ」
「ほんと、しょーがない奴」
ホルマジオはそっと、イルーゾォの肩を引き寄せる。
イルーゾォは何も言わず、けれど抵抗することもなく、ホルマジオの肩に頭を乗せた。
【END】
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