電話/FI

















 最初の電話は、コール3回で切った。
 携帯電話へなんて自分から掛けたことがなくて、だからホルマジオがどこで何しているかなんて見えないし、相手の迷惑も考えずにいきなり電話を鳴らすなんて失礼なことだと思った。
 だから呼び出し音が鳴るたびに焦りが募って、3回目でもう切った。

 そしたら、しばらくして折り返しが来てしまった。

『イルーゾォか? 悪ィ。気づかなかった。何?』
「あ、あの、全然……」
『え、なんか用あったか?』

 そこでおれは、用もないのに電話をかけてしまい、あまつさえ着信履歴から折り返しの電話を掛けさせるというとんでもない過ちを犯してしまったことに気づいた。

「ご、ごめん。あの、用ないんだけど……。あの、電話番号、教えてもらったやつさ、ちゃんとあってるか、確かめただけで……」

 ものすごくどうでもいい言い訳をすると、ホルマジオはけらけらと笑ってくれた。

『はいよはいよ。ちゃんと繋がってるぜぇ〜』
「あ、うん。ありがとう。そんだけ。じゃあね」
『またな』

 今この場所にいないお前の声が聞けただけで、おれはすごく幸せな気持ちになった。
 でも、どうでもいいことに時間を使わせてしまったことにものすごい罪悪感も持った。


 だから、次の電話はずっと待った。
 何コールも、繰り返しホルマジオを呼び出す間、おれは加速する後悔に耐えた。掛けてしまったからには着信が残るし、そうなったらきっとまた折り返させてしまう。そうならないように、ホルマジオが電話に出るまで、待った。

 でもなかなか出ない。
 実はおれはまた、何の用もなくて、ただ電話が掛けたかったというだけだった。でもこんなにしつこく呼び出したんだから、大事な用事があるんだと思われるだろう。それは困る。でももう電話は10回以上もコールし続けている。

 どうしよう、どうしようどうしよう、どうしようどうしようどうしよう!

 ……で、オレは結局、電話を切った。

 ……で、案の定、折り返された。

『着信あったけど、どーした?』
「あ、あれぇ? 電話なんか掛けたっけ? あっそうだ。ほ、他の人に掛けたつもりでさあ! 間違えたみたい! ごめんなっ!」
『そっか。OK。じゃあな』
「うんっ! ごめん!」

 おれは考えに考えて用意したとっておきの言い訳をしどろもどろに伝え、ホルマジオはあっさりと電話を切った。


 3回目は、今度こそ折り返し電話を掛けさせまいとして、我慢してコール音を聞いていた。ここで切ったらまた用もないのに折り返しさせてしまう。今度こそ我慢だと自分に言い聞かせた。

 ……ガチャ。

「あっ、あのっ! おれだけど!」
『留守番伝言サービスに転送します。発信音の後に、お名前と、ご用件をお話しください』
「え?」

 ……ピー

 ちょ、ちょっと待ってくれ。おれは「ご用件」なんてない。そんなたいそうな「ご用件」もないのに電話を掛け、あまつさえ留守番に繋がるほどしつこくコールしまくったのがいけないのか。それが罪なのか。過ちなのか。

 やっぱり電話なんて、掛けちゃいけないのか。

「あ、あの、ごめん。ご用件とかないんだけど。あの、だから折り返しとかしなくていいから。……そんじゃ」

 どうにかそれだけは言って、電話を切った。
 すさまじい罪悪感だった。

 ……で、案の定、折り返された。

『おー、イルーゾォ』
「お、折り返さなくていいって言ったじゃん! 用事とかないんだし!」
『ああ、けど何かなって思ってよ』

 なんだこいつ、意地悪か? 意地悪なのか?
 用事もないのにしつこく何十コールも電話を掛けて、あまつさえ留守番に繋がってしまったおれの罪悪を嘲笑ってるのか? 謝罪を要求するつもりか?

「だからごめんってば! 用件とかないし! 何も話すことなんてないんだし!」

 なぜかおれは上から目線で怒鳴っていた。自分でも何が何だか分からない。
 でも、ホルマジオはけらけらと笑っていた。

『何怒ってんだよォ〜。しょーがねーなあぁー』
「怒ってないよッ!」
『オメーの声が聞きたかっただけだってば。そんなに怒んなよなぁ〜』

「……………………」

 なんだそれ。

 そんなのありか。

 なんだよ。

 あっさり、何でもないようにそう言うんだな。

 声、聞きたかっただけ、ってさ。

 そんなのありかよ。

「そういうの、ありなのか?」
『あぁ? 何が?』
「声聞きたかっただけ、とか、そういうのって、ありなのか?」

 おれが真面目腐ってそう言うと、ホルマジオは本当に楽しそうにげらげらと笑い転げた。

『ぎゃはははは! オメーって奴はよおおお〜〜〜〜〜〜っっ!!!』
「……………………」
『ははは、悪ぃ悪ぃ。笑って悪かったって。ありだぜ、あり』
「声聞くとかは、用件なのか?」
『大事な用件だと思うぜェ〜。オレはよぉー』
「そうか。分かった。ありがとう」
『ああ、また掛けてこいよな。声聞きたくなったらよ』
「………………ウン」

 ものすごく小さな声で返事をして、ホルマジオが『え、何? 聞こえねぇ』と言っているのも構わずに電話を切った。


 ああ、もう。

 そういうことかよ。

 頼む、神様。
 いや、神様じゃなくていいや。誰でもいいから。

 今すぐおれを殺してくれ。

 幸せなうちに、死にたい。




【END】











恥ずかしすぎて私が死ぬ。イルたそが乙女すぎて本当にごめんなさい。ホルマジオまじ王子。
 By明日狩り  2011/08/09