「ムフ……ムフフ………」 飽きることなく同じ本を何度も読み返して、イルーゾォは今日もご機嫌だ。 「イルーゾォ、それ何度目だ? 毎日読んでねーか?」 ホルマジオが呆れ半分、興味半分で尋ねる。 「うん、毎日読んでるけど全然中毒じゃナイヨ?」 「いや、それ明らかに中毒だろ…」 イルーゾォが読んでいるのは、前回のイベントで手に入れたホル×イラの同人誌だ。描き手が少ないカップリングで、去年まではイルーゾォ一人で本を出していたのだが、ここ最近のイベントではついに仲間ができた。 「はぁ〜自分以外の人が描いた本を読めるなんて、サイコーだねぇ」 「よかったなー。今までは自分の本と、俺たちが作ったやつしかなかったもんな」 イルーゾォがあまりにも孤立奮闘していたのを見かねて、暗殺チームの仲間が同人誌を作ったこともある。 「あ、あの本も週一ペースでは読み返してるよ?」 「まじか。よく飽きねえな」 「主食だよ?」 「麻薬だろ」 「ふー、いいよなあ。イコさんの本もかわいいしー、幽子さんの本はエロいしー、飽きないわー。ホルイラまじいいわー」 たかが数十ページの小冊子(と言うとイルーゾォがマジギレするので口に出しては言わないが)を何度でも読み返すイルーゾォのことは、さすがのホルマジオも理解できない。 「なあイルーゾォ」 「うん? 飽きてないよ?」 「それは分かったからよ。あのさ、そんなにホルイラっていいか?」 うっかり口を滑らして、言葉の選択を誤ったと後悔した瞬間、まるでナイフのような殺意がホルマジオを貫いた。 「は? それ、バカにしてる?」 「してねえしてねえ! 違うって! ……じゃなくてよォ、なんでそんなに好きになれんのかなって」 「やっぱりバカにしてる?」 「違う! うーんと……そうだ。ホルイラのここが好き、ってとこ、教えてくれよ。なんだっけか、萌え語り? それやってくれよ」 一般人がヲタ用語を使うのを見て、イルーゾォはいたたまれない気持ちになる。 「萌え語りってゆーな!」 「いいじゃん、やるんだろ? ツイッターの裏垢とやらで、いつもやってんだろ? 俺には許可してくんねーアカウントでよォ」 「ふわあぁ、裏の話もフォローするのも許可しないィ!」 「だからここで聞かせてくれってんだよ、いいじゃねえか」 ホルマジオがちょっと不機嫌な顔をしたので、イルーゾォは困ってむにゃむにゃと言葉を濁した。 恋人のヲタ趣味に寛大で理解もあり、積極的についてきてくれるホルマジオには感謝している。エロトークを自重しない裏垢を許可することはさすがにできないが、萌え語りくらいならいいだろうか。 「そ、そんなに興味あんの? だってホルイラなんて原作でも絡みねーし」 「だからなんでそんなに好きなんだ?」 「ええと、だから、なんか………お似合いだなーっていう気持ち…」 「それだけじゃこんなに萌えねーだろ?」 かなりの正論だ。あまり深く突っ込まれたくないのだが、仕方ない。 「あ、あのね? ホルヤジオってけっこー明るいキャラじゃん」 「おう。よく笑うよな」 「イラネーゾォってけっこー暗そうじゃん?」 「そうか? 漫画では頑張って戦ってたぞ」 「うんまあ、そうなんだけど………。同人界ではネクラ設定がデフォっつーか………」 「安全地帯に引き込んで戦うからか?」 「そうそう!」 「まあ、漫画だと戦闘シーンしかねーけど、普段の生活はどんなだったか想像するしかねーもんなあ」 「そこが二次創作の醍醐味ですよダンナ! イラネーゾォはちょっと泣き虫でネクラでネガティブで、明るいホルヤジオにいっつも助けられてたってのがおれの設定なわけよ!」 イルーゾォの顔が俄然輝き始めたので、ホルマジオも楽しくなってくる。 「そっか、そうかもな」 「そーなんだって! 絶対! そんでイラネはネガティブだからすぐやなこと考えちゃって、ヤジオのポジティブ発言に救われたりして、感謝してたりするんだよねーっ」 「それもあるかもなぁ」 「そーゆー、ネガティブがポジティブに支えられて初めて生きる意味を見いだすってゆーか、生きててよかったなあって思うような、そういうところが……!」 そこまで一気にまくしたてて、イルーゾォははたと息を飲んだ。 「そ、そういうところが………ね、あの、なんつーか………好きってゆーか」 「あー、そうか。なんか前のもそんなだったよなあ。タイバムのとき?」 「あ、うんうん! そう! おれ、そーゆーのハマるタイプでさぁ! 共感するんだよねー」 ホルマジオが理解を示してくれたので、イルーゾォはついうっかり口を滑らしてしまった。 「共感? 誰に? キャラにか?」 「えっ? あっ、きょ、共感………まあ、共感………みたいな…」 (やべぇ!言っちまった!) 創作はあくまでも創作、夢小説とは違うのだから、自分をキャラに見立てて私物化するやうな真似はしていないというのがイルーゾォのプライドだ。だが、実のところ、ジオジオのホルイラには密かに「共感」を込めて読んだり描いたりしている。普段は「キャラが幸せになるためにはどうしたらいいか?」だけを考えているが、ホルイラにはそこにちょっぴりだけ「自分もこうなったらいいな」という夢を託していたりする。 そんなイルーゾォの葛藤に気付いているのかいないのか、ホルマジオはニコニコして言った。 「そっか、まあ漫画とか、共感するから面白いんだもんなぁ」 「う、うん」 「オレはてっきり、ホルイラってオレたちに似てるから好きなんじゃねーかと思ってたぜー」 「ふあっ!?」 まさかのツッコミに思わず変な声が漏れる。 「だってよォ、暗躍チームってオレらに似てんじゃん? ホルイラもなんか似てるし、もしかしてイルーゾォの願望とか、そーゆーの詰まってんのかなーってよ」 「そ、そそそ、そんなことネーゾォ!」 「おっ、新しいギャグか?」 「違う! 噛んだ! べべべ別に似てねーし!」 「そうかぁ?オレは似てると思って読んでたけどなぁ」 「それじゃ、それじゃまるで……ッ」 そこまで言って息を詰まらせ、イルーゾォは酸素の足りない金魚のように口をぱくぱくさせた。 「まるで?」 「その、まるで……まるで……」 (まるでおれが、ホルマジオとやりたいコトを妄想して、漫画にしてるみたいじゃないかあああああっ!) イルーゾォが描くホルイラ同人誌は、ほのぼのもあるが、ちゃっかりエロのR-18作品もある。当然、ホルマジオは全部それらを読破している(恥ずかしながら)。 (こっ、これじゃあ、ホルマジオにおれの頭の中を見られてるようなもんじゃないかッ! そりゃあ同人誌はイコール頭の中の妄想なんだけどさぁ! そうじゃないじゃんッ!おれがホルマジオとしたいあんなことやそんなことが、イコール同人誌だと思われたらそれはディ・モールト・やばいッ!) 完全に混乱の頂点に達している。あわあわと慌てふためくイルーゾォを面白そうに観察しながら、ホルマジオはケラケラと笑った。 「ああいうプレイがしてーのかなーって思いながら、オメーの本読んでるぜ?」 「ばああああっ!?」 「ま、妄想と現実は別ってオメーいつも言ってっけどよォ」 「そーだよッ!」 「でもやっぱり、ちょっとは願望入ってんじゃねーのォ? だっておれがオメーに言った台詞とか、同人誌に使ってんじゃねーかw」 「うぼあーっ! バレてたーッ!?」 まさか覚えていないと思ったのに、昔ホルマジオに言われてちょっといいなと思った台詞を拝借したのはまずかった。 「とっとにかく! 別だから! おれの願望じゃねーし! ホルイラはおれとホルマジオには似てませんッ! 全然ッ!」 「そーかー」 全力で否定しているのに、なぜかホルマジオはニコニコ笑っているばかりで、ちゃんと分かっているのかどうかも判然としない。 「もー、わかってんのかよ!?」 「ああ、分かってるぜ」 「だったらホルイラはおれとマジオに似てるなんて言うなよなッ!」 「ああ、分かったよ」 なぜかおとなしく引き下がったのが逆に怪しい。顔をしかめて訝しがるイルーゾォに、ホルマジオはけらけらと笑ってこう言った。 「ホルイラがオレらに似てるんじゃあなくて、オレらがホルイラに似てるんだよな?」 「だーーーーーーーーーーーッ!!」 「いいじゃねーかよー。オレの明るい性格に救われてんだろ? イルーゾォちゃんはよォ〜〜」 「うるさーい! 黙れ小僧! 次は耳だ! 跪いて命乞いをしろ!(ジブリ)」 「作品には作家性が出るとか言うけどよォ〜。文学だとかそういうの全然縁なかったからピンとこなかったんだよなァ。でもようやく分かったぜ。作品って、人が出るよな」 「うるせえ! 批評書きどってんじゃねーよッ!」 「照れると切れるところもオメーの描くイラネーゾォそっくりだなぁw」 「qあwせdrftgyふじこlp;@:」 もう何を言ってもドツボにはまるだけだ。 「 こ、これ以上いじるのは許可しないィ!」 最後の手段、鏡に逃げ込んで事なきを得る(得てない)。 残されたホルマジオはまだケラケラ笑いながら、表面だけは静かな鏡を眺めて呟いた。 「オメーが自分の描く漫画に、自分の経験とか考えとか込めてるの、知ってるんだぜ? だったらそこにオメーの願望なんかが入っててもおかしくねーって、そんなの、フツー気付くだろうがよぉ〜。しょーがねーなぁ〜」 気付かれていないとでも思ったのだろうか? 「ほんっとにオメーは、隠し事苦手だよなぁ。……それもオメーの描くイラネーゾォそっくりだしなァ」 読めば読むほど、イルーゾォのことがよく分かる。だからホルマジオは、イルーゾォが描く同人誌を読むのが大好きなのだ。たとえそれが漫画のキャラ同士のホモ漫画であっても。 【終】 |
| 神尾さんからのリクエストで「ホルイラについて語るホルイル」でした。イルコミ設定はほぼ自然体で書けるからか(笑)いくらでも書けちゃいそうです。つるつる文章が出て来るな〜。 |
| By明日狩り 2014/05/21 |