孤闘の鬼
















 アジトのリビングに暗殺チームを集め、プロシュートは殺意を露わにした顔でこう宣言した。


「いいかお前ら、よく聞け。
 いまからオレが10数える間に、全員、逃げろ」


「はぁ?」
 イルーゾォが露骨に嫌そうな顔をする。

「何言ってんだオメー?」
 ギアッチョが眉根を寄せる。

 だが、プロシュートはその質問に答えない。憎しみをこめた険しい表情で、プロシュートは唸るように言った。


「聞こえなかったのか? 全員逃げろ、と言ったんだ。
 どこへでもいい。オレの手の届かないところへ逃げろ。
 オメーらは全員、鬼だ。こそこそ隠れ、そして石の下から這い出る虫けらのように逃げ回れ……いいな? 
 10秒だけ、猶予を与えてやる。それがオレの慈悲だ。いいか、いくぜ。いーち、にーい…………」

 プロシュートは数を数え始める。

 だが、そんなあいまいな説明では誰も動こうとはしない。


「おいおい、これって何なんだ? ちょっと、誰かリーダーから何か聞いてる奴はいないか?」
 メローネがリビングを見回すが、あいにくリゾットの姿はない。

「リーダーがいねーんじゃ、何が何だかわからねえよ。しょーがねーなあぁ」
 ホルマジオが困惑する。

「ごーお、ろーく、しーち……」
 プロシュートのカウントは止まらない。

「あ、あ、兄貴ィ!? 一体どうしちまったんですか!?」
 ペッシがおろおろしている。

 リーダー不在のまま、誰一人状況を理解できずに、ただプロシュートだけが無機質に数を数える。

「きゅーう……じゅう。……ほぅ、オメーら、誰も逃げなかったのか」

「当たり前ですよ兄貴ッ! だってこれじゃ意味がわから」


















 ズギュウウウウウーーーーーーン…………………ッッッ!!!!















「ギャアッ!」
 悲鳴をあげ、ペッシがもんどりうって床へ倒れた。

「なっ!?」
 暗殺チーム全員が驚愕の表情に変わる。


 いつの間に取り出したのか、プロシュートが手にしている拳銃からは白煙が上がっていた。床に倒れたペッシの体からは赤い液体が流れ出し、ぴくりとも動かない。


「ひっ!?」
「んなっ?」
「ちょ、なんだよこれ……」


「オラオラオラ逃げろテメーらああああああああーーーーーーーッッ!!!」


 ズギュウウウーーーーーンッッ!!

 プロシュートが撃った弾丸が、メローネの長髪をかすめて壁にめり込む。


「ひいっ! おニーサンが発狂したあああ!」
「クソクソッ、何なんだよこりゃあよおぉぉぉ!」
「しょーがねーってレベルじゃねーぞオイ!」
「仲間を撃つのは許可しないいィー!」
 4人はとっさに身を翻し、リビングから廊下へと転げるように飛び出した。



「オラオラオラァ! プロシュート兄貴を舐めんじゃねえぞオォ!」

 ズギュウウウーーーーーンッッ!!
 ガアアァァァーーーーーーーーンッッ!!

 間髪入れずにプロシュートが追いかける。廊下のあちこちに狙いの外れた弾が当たって、壁紙に穴をあけた。



「あいつ、今朝がた長期任務から帰ってきたばっかりだぜ!?」
「何か変なスタンド攻撃でも食らってきたんじゃねーのッ!? やだよおれ! アイツに勝てるわけないじゃんっ!」
 ホルマジオとイルーゾォは階段を駆け降りる。


「クソッ……何なんだアイツはよォ! オレは納得いかねーぞッ!」
「どうしちゃったのあれ!? こんなの、みんな大好きおニーサンのすることじゃないよッ!」
 ギアッチョとメローネは、廊下の階段を駆け上がる。



「逃がすもんかよ!」
 プロシュートは銃を構え、階段下に向けて弾を放った。



 ズギュウウウーーーーーンッッ!!



「ぎゃああーーっっ!」

 駆け下りていく途中で背中を撃たれ、イルーゾォが悲鳴を上げながら階段を転がり落ちる。

「イルーゾォ!」

 ホルマジオは階上を振り返り、落ちてくるイルーゾォを体で受け止めた。



「くっ……!」

 危ういところで衝突を避ける。だが、不安定な状態でイルーゾォを受け止めたために体勢を崩し、二人はそのまま階下のドアに体当たりして外へ転がり出た。

「うっ…………うぅ………」

 イルーゾォを抱えてうずくまり、うめくホルマジオに足音がゆっくりと歩み寄る。そして撃鉄を上げる音が。

 カチャリ。

「終わりだ、ホルマジオ」

「プロシュー……」












 ガアアァァァーーーーーーーー………………ン……………………




















 銃声がこだまする。
 アジトの三階でそれを耳にしたギアッチョは、怒りと軽蔑の入り混じった顔で吐き捨てるように言った。

「チッ、あの音……。ホルマジオたちがやられたらしいぜ」

「ぎ、ギアッチョおぉ……どうしよう。リーダーもいないし、まさかこんなことになるなんて……」
 メローネは顔面蒼白で少し震えている。その肩をぎゅっと抱き寄せ、ギアッチョは耳元で囁いた。


「いいか、あいつは下へ逃げたホルマジオとイルーゾォを追った。上へ逃げたオレとオメーのことは、後からでも追いつめられると判断したんだ。だからもうすぐあいつはこっちへ来る」
「ギアッチョ……」

「挟み撃ちにしてぇとこだが、スタンドの使えねぇオメーじゃあいつに対抗できねぇ。だが拳銃も、奴のスタンドも、オレ一人だったら勝てる」
「ギアッチョ?」

「オメーは四階へ上がれ。オレはプロシュートをここで食い止める。『ホワイト・アルバム』を全開で使うから、上に行ったらできるだけ階段から離れてろ……っつってもたいして広いアパートじゃねーけどなぁ、クソッ」
「え、でも、でも……」


 メローネが逡巡していると、ギアッチョの顔色が変わった。


「来る!」
「え?」
「行けッ!!!」

 ギアッチョに背中を押されて、メローネは慌てて階段を駆け上がった。



 下からゆっくりと階段を踏む足音が上がってくる。逃げも隠れもせずに、ギアッチョは仁王立ちになってプロシュートが姿を現す瞬間を待ちかまえた。










 だが、その時だった。













「ひっ! お、おニーサン! どうして!?」

 メローネの悲鳴が上から聞こえた。


「迂闊だったなぁ、メローネ。敵の侵入経路に使えそうなルートは覚えておけ、と言ったろう? 隣の屋上からこっちのアパートへ飛ぶ。そうすりゃこのアジトは上からも襲撃が可能だ」

「やだ、こんなのってないよ……」

 メローネの泣きそうな声を、銃声が描き消した。


 ズギュウウウーーーーー……ン……………………














「クソッ……くそがああああーーーーーーーーーーーっっ!!」

 憎しみの雄たけびを上げ、ギアッチョは怒りにまかせて階段を駆け上がった。

「クソクソッ!! ふざけやがってあの野郎……!!」

 つむじ風のようにステップを踏み、上階へ到着する。

 だが、さっきまでそこにいたはずのプロシュートの姿はない。

「あいつ……どこ行きゃあがった…………ッッ!?」



















「おっとガキッチョ、そこまでだ」

 背中に冷たい物が当たる感触に、ギアッチョの全身が総毛立つ。





 手すりの陰に身を潜めていたプロシュートに、背後を取られていた。





「オメーのことはこれでもけっこう買ってたんだが……所詮はこの程度かよ」

 侮辱的な口調に、ギアッチョの全身から怒りのオーラがほとばしる。



「テメェ…………なんでこんなことしやがった!?」
 だが反撃する隙は微塵もない。背中に突きつけられた拳銃の固さに息を呑み、ギアッチョは肩を震わせる。

「ハンッ、『なんで』だと? 間抜けなこと聞きやがる。……いいか、やると思った時にはスデに行動は終わってるんだ」

「何があったかはしらねーけどよおォ…………仲間にこんなことして、オレはアンタだけは絶対に許さねえからなああああぁァァァーーーーー!!!!!!」

「そうかよ。ま、オメーはこれでおしまいだ。地獄で仲間に詫びるんだな」

「!?」



 プロシュートが引き金を引く。


















 カチリ。
















「な…………?」

「クソッ、こんなときにタマ切れかよ…………ッ」

 焦るプロシュートの声を聞いて、ギアッチョはとっさに跳躍した。身を翻し、プロシュートの間に距離を取る。

 だが、プロシュートの顔に焦りはない。

「まあ、こうなることは予想済みだ。ギアッチョ」

「………………なんだ」




「次はこいつでいくぜ…………?」




 ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべながら、プロシュートは小さな箱を取り出した。
 真四角の木製の箱は、爆弾か、それとも毒薬か?



(何だ? 何だありゃあ? 見たことがねえ。何が入ってるってんだァ? 爆発物か、劇薬か。…………どっちにしろ、この距離だ。アイツは『あれ』を、投げてくる。そいつを避けてからが勝負だ。空振りした隙を突いて…………殺る!)


 メガネの奥から油断なくプロシュートの動作を観察しながら、ギアッチョは身構えた。




「さあー…………いくぜ……ギアッチョ!」


 プロシュートは箱の中に手を入れ、中身を握った。ニヤリと笑みを浮かべ、振りかぶって……。

 それをギアッチョに投げつけた。

 小さな粒が宙を舞う!


「複数!? クソ野郎がああああーーーーーッ!!」

 一発の弾丸をイメージしていたギアッチョは、まるで散弾銃のように広がって飛んでくるその『危険物』に一瞬ひるむ。


「クッ………………」

 だが、『それ』が何だか分からない以上、触れるのは危険だ。
 ギアッチョは間一髪でそれらをすべて回避した。


「よし、これで………………ッ」

 ギアッチョが会心の笑みを浮かべた、その時だった。


























「おーい、プロシュート、あったぞー。これ、けっこう探して……」

 廊下の奥の扉が開き、間延びした声が廊下に響き渡る。

 部屋から出て来たのはリゾットだった。


「リーダー!!??」

「お、ギアッチョ。もう始まっ…………ぶほっ!??」






 プロシュートが投げた『もの』が、リゾットの顔面を直撃した。













「り、リゾットおおおおおおーーーーーーーーッッ!?」

 ギアッチョが絶叫する。

(そんな、まさか、リゾットがこんな攻撃を食らうなんて、あ、ありえねえよなァ!? 嘘だろ? 嘘だって言ってくれよォ!!)

 自分が避けた弾を食らって、リゾットが死ぬ。
 リゾットを守ることこそが自分の使命だと思っているギアッチョは、体中から力が抜けていくのを感じた。がっくりと膝を折り、力なく床にへたり込む。

「り、リゾットぉ………………嘘だろ……まさか…………」






















「う……いてて…………」




「リゾット!?」




 だが、プロシュートが放った『危険物』を顔面に食らったはずのリゾットは、顔を押さえながらうめいている。
 まだ生きている!

「リゾット! 大丈夫か!?」
 ギアッチョは飛び上がり、急いでリゾットに駆け寄った。涙混じりの声でリゾットを呼び、顔を覗き込む。


「リゾット! リゾットよぉ! 大丈夫か!?」
「あ……ああ、大丈夫だが……。案外痛いものだな」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないぜ! プロシュートが……!」

 事情を説明しようと口を開いたギアッチョは、恐ろしい気配を感じて後ろを振り返った。




 そこには悪魔のような笑みを浮かべたプロシュートが立って、二人を見下ろしている。


「リゾットよぉ。遅かったじゃねぇか。もうあらかた片付いちまったぜ?」
「くそ…………リゾット! みんなやられちまったんだ! どうすりゃいい!?」

 ギアッチョの必死な訴えにも関わらず、リゾットは「何が起きたかわからない」というような顔でぼんやりしている。


「え? え? 何が起きてるんだ?」
「だから! プロシュートがチームの仲間を全員殺っちまったんだ!」
「だってプロシュートはせつ…………ぶっ!」

「おおっとォ、皆まで言うなよリゾットぉ〜〜〜〜?」

 言いかけたリゾットの顔面めがけて、またもやプロシュートが箱の中の『もの』を投げつけた。散弾銃を食らって、リゾットがうずくまる。

「いてててて…………」


「クソックソッ! テメェ……テメーは鬼かよ! プロシュートッ!」
「残念、オレは鬼じゃねえ。鬼はむしろ、おめーらのほうだ」
「なにワケわかんねーこと言ってんだよッ!」

 混乱するギアッチョの目前に、プロシュートが迫る。この距離では攻撃を避けることもできない。

「オメーで最後だ、ギアッチョ。観念しな………………」
























 ……ゴスッ。












「ぶふぉっ!?」



 プロシュートが変な声を上げる。




















「いい加減にしやがれ」

















 プロシュートの背後から華麗なかかと落としを食らわせたのは、ソルベだった。












「いってええええええ! 何しやがるソルベッ!」


「五月蠅ェ」

 ゴスッ。

「ぐほっ」




 ポケットに手を突っ込んだまま、ソルベが本日二発目のかかと落としを食らわせる。脳天にまともに蹴りを食らって、プロシュートは床に沈没した。

「いいぞーいいぞー。ソ☆ル☆ベ♪ きゃーっかっこいーっ!」
 後ろから、ギャラリーのジェラートが声援を送っている。

「……あー………………ウゼェ………………」





「んな…………なんだァ…………?」

 ソルベとジェラート、それにリゾット。
 何かが変だ、ということに、ようやくギアッチョは気づき始めていた。







「だから止めろと言ったんだ、オレは」
 リゾットが肩をすくめる。

「リゾット、これ、何ぜ?」

「あー……。プロシュートが、任務に出ててしばらくいなかっただろう?」
「ああ、帰って来たの今朝だったよなァ?」
「そうだ。日本に行ってたんだが、変な行事を覚えてきてな」
「行事だァ?」

「日本ではこの二月に、魔物を追い払う『節分』という行事と、恋人にチョコレートをプレゼントする『バレンタイン』を行うらしい。それをチームでもやりたいと、コイツが言い出したんだが……」

 リゾットはため息を吐きながら、床に倒れているプロシュートを足先でつついた。

「それがなんでこんな殺戮になってんだよ!」



「何でも、鬼の役の人間にマメをぶつける習慣があるらしくてな。だったらどこかに鬼の面があるからそれを使って……と思ったんだが、オレが探している間にコイツが暴走したようだ。まったく……」









 そんなことを話していると、下からぞろぞろと死んだはずの仲間たちが上がってきた。

「おーおー。ようやく収集ついたか〜? しょーがねーなぁ」
「もう! 何なんだよ! 服がべとべとになったじゃん! チョコレートを人にぶつけるのは許可しないィ!!」
「あははは、おニーサンにしてやられちゃったねぇ。オレもチョコレートまみれだよ」
「あれっ、兄貴? 兄貴大丈夫ですかい!?」

「お、オメーら…………無事だったのか!?」
 目を丸くするギアッチョに、イルーゾォが憤慨して怒鳴る。

「プロシュートの奴! ビビらせやがってさ! 何が「10数える間に逃げろ」だっつーの! おまけに拳銃の弾の代わりにチョコレート詰めてやがった!」
「まあ、そういうこった。プロシュートのおふざけってわけだな。ほんとしょーがねえ奴だよなあァ」
「ほんとにコロされるかと思ったもんな。おニーサンの殺意って、迫力あるよねぇ」

「兄貴〜。兄貴、大丈夫ですかい?」
「うぅ……ペッシペッシ……ペッシよォ……」
「兄貴!?」
「泣くんじゃねえ、マンモーニが……。どんな時でも立派に……敵に立ち向かう……それがオレたち暗殺チームだ…………ぜ……………」
「兄貴っ! 兄貴はわざと演技をして、オレたちを鍛えてくれたんだねッ!? 兄貴の覚悟が心で分かったよ!」

「アホらし」
「しょーがねーなぁ。キッチンにプロシュートが撃ち残したチョコレートがあったし、お茶にすっか」
「あ、いいねぇ。たくさん動いて疲れたよ。ギアッチョも行こー」
「お、おう…………何か納得いかないぜクソクソッ」
「お茶ならオレもいただこう」

「逃げろと言ったら逃げろ……しょっぱなから撃たれてんじゃねえよオメーは…………本当にマンモーニだぜ………………………………がくり」
「あ、あ、兄貴いいいいい〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」」


 愁嘆場を演じる2人を置いて、メンバーはぞろぞろとその場を後にしたのだった。









【END】





なにやら無理くり感の漂うネタでしたが、構いませんねッ!? 構います。ごめんなさい。すいません。何かいろいろ唐突ですが、節分とバレンタイン更新を同時にやってしまおうというアレでした。

ツイッターの方でお話しさせていただいていた最中、ビリー島田さんが急に何の前触れもなくギアッチョの絵を描いてくださり、動揺しまくった私は「何か!何かこのお礼をさせていただきたいのですが!」とあわあわしながら申し出ました。すると「じゃあリクエストしてもいいですか」と言われまして、「小説リクエストでしたら喜んでお受けします!」とお答えしましたところ、今度はこんな素敵な絵がアップされてきました。



「これで」って。

え?

え、もうこれは作品として完成でよくないですか?
立派な作品としてこれだけで発表できるレベルじゃないですか?
私にできることなんてもう何もなくないですか?
てかこんな面白そうな絵に私が雑文つけるのお目汚しじゃないですか?

などと訳の分からない供述をしており。

でもこんな素敵な絵に「小説を付けることを許可する」と言われました私、不肖明日狩り。がぜん燃えたのでございます!

いやー、「この絵に小説を付けてもいいよ」なんて言われたの初めてのことで(勝手に他人様のイラストに小説を書いたことはあったけど)、嬉しゅうございました! 楽しゅうございました!!

小説リクエストだかお宝映像大放出だか分からないですね! 楽しかったです。素敵なリク絵を下さったビリー島田様、ありがとうございました。グラッツェ!

 By明日狩り  2011/02/14