ギブユー・チョコレィト















 お世辞にも立派とはいえない8つのチョコレートを見つめて、リゾットは軽く肩をすくめた。
「…………まあ、いいか」

 今日は2月14日、バレンタインデー。
 暗殺者がバレンタインだチョコレートだと、世間のイベントに乗じて騒ぐ必要などまったくないのだが。

「うちの奴らはうるさいからな……」
 そうつぶやいて、リゾットはため息を吐いた。

 プロシュートとメローネという大のおふざけ好きに加え、兄貴のすることなら何でも大賛成のペッシ、面白いことが好きなホルマジオ、世間のイベント事に敏感なイルーゾォ、騒がしいことなら何でも便乗するジェラートと、うちのチームは妙にお祭り好きが揃っている。バカバカしいことが嫌いなギアッチョと、他人のことにほとんど関心がないソルベはまあいいのだが、他のメンバーはイベントのたびに騒ぎを起こすのでリゾットも手を焼いていた。

 そうして数々のイベントを乗り越え、リゾットはひとつの法則を発見した。いわく、

『イベントは、先手必勝』

 これである。
 プロシュートあたりが機嫌を損ねて騒ぎを大きくする前に、こちらから何かしらのアクションを起こせば、わりと穏やかに事が済むということを、リゾットは長年の経験から学んでいた。
 クリスマスなどは要請されるまで何もしなかったため、各自が欲しがるプレゼントをぶっつけ本番で配るという面倒な「シゴト」をしなければならなくなってしまったが、バレンタインデーなら話は簡単だ。ただ人数分、チョコレートを用意して配布すれば終わる。

「あまり立派なものは買えなかったが……」

 リゾットが持っているのは、スーパーの菓子売り場で一番安かった手のひらくらいのハート型のチョコレートだ。ビニールのパッケージに安っぽいリボンがプリントされていて、一応はバレンタイン向けの商品であるらしい。

 それなりにプレゼントらしく包装されたチョコレートもあるにはあったのだが、しょせんその大半がパッケージ代だと思うとどうにも買う気がしない。どうせ中身は大差のないチョコレートだろう……という思いもあり、イベントを無事にクリアーできればそれでいいという思いもあり、これをまとめて8つ買ってきた。

 リゾットとしては、最小限の費用と労力でメンバーがおとなしくしていてくれればいい。
 8つのチョコレートを持って、リゾットはさっそく「バレンタインデー」の義務を消化するべく事務室を出た。





**********





 まずはプロシュートの部屋を訪れる。
(コイツが一番うるさいからな……)

 一番年上で、ギャングの経験も長く、チームの中でも最強の存在感を誇る男。それがプロシュートだ。
 だが非常に残念なことに、騒ぎが大好きでワガママで気分屋で、機嫌を損ねると恐ろしく扱いづらい。
 そういう意味でも、チーム最強の存在だった。

(最初に面倒なところを潰しておかないと、後が大変になる)
 部屋の扉をノックすると、「入れよ」と声が返って来る。
 中に入ると、クローゼットをごそごそと漁っている最中のプロシュートが「お」と顔を上げた。

「何だ、リゾットかよ」
「作業中か」
「いや、どうでもいい探し物してただけだ。……ていうか何だそれ。ひょっとしてバレンタイン?」

 リゾットが手にしたチョコレートを見て、プロシュートはにやっと笑った。

「ああ、そのつもりだ」
「へーっ。アンタもそういう色気を出してくる年頃になりましたか」
 ニヤニヤと嬉しそうに笑うプロシュートに、「お前を黙らせるための予防策だ」と言ってやりたくなったが、そこは自重する。

「まあ、そういうイベントだしな」
「いーじゃんいーじゃん。リゾット自ら愛のプレゼントね。嬉しいじゃあねーか」
「……愛、かどうかは分からないぞ」
「愛でしょ、愛。美形で伊達男で強くて男前でイケメンのプロシュート兄貴に、リゾットも愛のチョコレートを差し出さずにはいられなかったと、こういうわけだな」
「おそらく、違うだろう」
「うそつけ。へっへー。照れちゃってもう。ガチムチのくせに」
「……関係ない」

 プロシュートの戯言に付き合っていると日が暮れる。さっさと用件を済ませてしまおうと、リゾットはチョコレートを差し出した。

「お前の分だ」
「ちゃんと言ってくれよなァー。お前の分だけは、他の奴らとは違う。特別な気持ちがこもってる、ってよー」
「……そうだな。お前は特別かもな」
 ひたすら大人しくしていてほしい、と思うリゾットの願いは、このチョコレートにとりわけたっぷりと詰まっている。だがそこをあえて口に出さないことで、プロシュートの機嫌を良くすることに成功したようだ。

「よしよし、ならば大人しく受け取りますか」
 ニコニコと笑って、プロシュートが近づいてくる。
(よし、来い。大人しくこれを取ってくれ)
 まるで猛獣を手なずける飼育員か何かの気持ちで、リゾットはチョコレートを差し出した。

 だが、その瞬間。




 ばくんっ!!!!




「ひっ!!!!????」


 リゾットが差し出したチョコレートに、プロシュートが猛獣のように食らい付いてきたのだ。

 予想外のことに、リゾットは思わず小さな悲鳴を上げて後ずさった。
 それを見てプロシュートが「ハン」と小馬鹿にしたような声を漏らす。

「これしきのことで驚くようじゃあ、アンタもまだまだだな」
 チョコレートを口に咥えたまま、プロシュートは勝ち誇ったように顎を上げてリゾットを見下ろした。

「な……。ま、まさか口で取りに来るとは思わないだろう!!?」
「甘いぜ。誰が手で受け取ると言った?」
「普通は手で取るに決まっているだろう! 誰だってそうする。オレだってそうする!」
 まだ心臓がドキドキ言っている。リゾットは動揺したまま思いつく言葉を並べたが、感情的になっていてはプロシュートには絶対に勝てない。

「ハン! 誰だってそうする? その思い込みが甘いって言ってんだ。これが暗殺だったら、アンタ失敗してるところなんだぜ」
「だがオレが手で差し出したものを……」
「誰も手で受け取るとは言ってないぜ。アンタも手で取れ、とは言ってなかったしな」
「クッ……!」
「常に想定外の事態に気をつけろ。常識なんて何の役にも立たねぇ。暗殺チームのリーダーともあろう者が、そんなことすら忘れちまうなんてなァ!」

 ちょっといいことを言っているように聞こえるが、唾でべろべろに濡れたチョコレートを咥えた姿ははっきりいって恰好悪い。だがリゾットは「くっ」と小さくうなったまま、悔しそうに拳を握っている。

「ま、今日のところはこれくらいで許してやるぜ。次は油断するなよ……?」
「…………分かった、覚えておこう」

 リゾットは素直にうなずくと、プロシュートの部屋を後にした。





**********





(言ってることは無茶苦茶だが、確かにプロシュートの言うとおりだ。オレが甘かった)

 反省しながら外に出ると、廊下にギアッチョがいた。

「お、リーダー。何してるぜ?」

「ギアッチョ、ちょうど良かった。お前に渡したいものが…………」
 チョコレートをひとつ取り出しながら、リゾットはハッと息を呑む。

(そうだ、油断してはいけない)

 ギアッチョはチームの中でも一番真面目で、ふざけたことが嫌いなたちだ。よもやおかしな方法でチョコを受け取ったりはしないはずなのだが、そういう思い込みが失敗の元だとたった今学んだばかりだ。
 何事も、注意深くやらなければならない。

 リゾットは慎重にチョコレートを差し出しながら、ギアッチョとの距離を用心深く観察した。
 手を差し出して受け取れる距離。だが、口で咥えようとするには難しい下向きの角度を付ける。

「これを、お前にやろう」

「んぁ? チョコレート?」
 ギアッチョは首をかしげた。

「バレンタインデーだからな」
「あー……あーあー。そうかよ。そうだったなァ確かによ。けどよォー、なんだ、アンタ。こんな細けぇこと気ィ使うのか。リーダーなのに」
「……オレもそう思うんだが、他の奴らがうるさいからな。お前以外の奴らが」
「あー、そうだな。うちのチームはよォー、バカばっかりだもんなァー。アンタも大変だぜ」
 ギアッチョが心底呆れたといった表情でため息を吐く。

(この反応……ほっとするな)
 プロシュートに常識を引っ掻き回された後では、ギアッチョの至極まともな対応が妙に嬉しい。うっすらと微笑んで、リゾットは一歩前に踏み出した。
 だが、ここで気を抜いてはいけない。
(念のため、きちんと口で言っておくべきだろう)

「ギアッチョ」
「ん?」
「手で受け取れよ」
「はぁ??」

 リゾットの突拍子もない注意に、ギアッチョは思わず変な声を上げた。

「手で受け取れ、と言っているんだ」
「そりゃあ……言われなくてもそうするつもりだったけどよ……」
「そのつもりなら、それでいい。手で、受け取るんだ」
「なんでいちいちそんなこと言われなきゃならねーんだ……? このオレを信用してねーのかぁ?」
「そういうつもりはない。ただ、手で受け取ってくれればいい」
「だから、その言い方が引っかかるんだぜ。何か変だぜ。何なんだぜ?」

 ギアッチョがいぶかしげにチョコレートを睨みつける。

(わざわざ手で受け取れ、って言うってこたぁ、手で取ると何かが発動する仕組みでもあんのかよ? そう言われてバカ正直に手を出したら、毒針でも出て来るんじゃねーかぁ? まさか、これ、やっぱり暗殺者としての観察力と判断力を試すテストか何か……?)

 うかつに手を出したら、何が起こるか分からない。少なくともリゾットがかもす異様な雰囲気は、ただ事ではない。
 ギアッチョはしばらく逡巡していたが、こうしていても埒が明かないと、思い切って行動に出た。

「おりゃあああっ!!!」
「なっ……!?」

 予想外の動きに、リゾットはびくっと体をこわばらせた。

 ギアッチョがいきなり、リゾットに全力で抱きついてきたのだ。

「ぎ……ギアッチョ……?」
「攻撃は最大の防御だぜ! この至近距離なら、おかしな真似できねーだろうからなあぁ!」

 勝った、と言わんばかりに誇らしげな顔をしたギアッチョは、さてこの後どうやってチョコレートを取ればいいかと頭をひねった。

(あれ?)

 リゾットに抱きついたままでは、チョコレーを受け取れない。
 仕方なく片方の手でリゾットに抱きついて動きを封じたまま、もう片方の手でリゾットの腕を掴むと、じりじりと手先のほうへにじり寄っていく。
 指先がチョコレートらしきものに触れたのを感じて、ギアッチョはそれを取った。

「取れたぜ」

「…………ああ、ご苦労だった」

 どう言えば分からず、リゾットはとんちんかんな返事をする。

「で、コレは何のテストなんだぁ?」
「いや、そういうつもりはないんだが……」
「そうかよ」

 リゾットから離れて、ギアッチョは首をかしげた。何だか納得がいかない。

(ひょっとしてコレ、別に何でもなかったのかよ? だとしたら今のオレの必死すぎる謎の行動はナンだったんだ?)

 ちらり、とリゾットを見ると、いつもどおりの平静な顔をしている。
 だからギアッチョもこれ以上騒ぐのはやめにした。なんにしろ、ちょっと恥ずかしい。

「あ……チョコ、ありがとよ」
「ああ」
 うなずくと、リゾットは何も言わずにそのまま去っていった。

 後に残されたギアッチョはまだ納得がいかないという顔で、チョコレートをあれこれ観察してみるが、種も仕掛けもないただのお菓子だ。

「うー……何だったんだぜ……? 意味がわかんねーぜ。納得いかないぜ」
 眉根を寄せ、何の変哲もない不気味なチョコレートを指先で摘んで、ギアッチョはいつまでも首をかしげていた。





**********





「誰かいるか?」
 リビングに入ると、ソルベとジェラートがお茶を飲んでいるところだった。クッキーの缶を開けて、ジェラートが楽しそうに中を見ている。ソルベはいつものようにつまらなそうな顔で煙草を咥え、糸の切れたあやつり人形のように無気力な姿勢でソファに体を預けている。

「あ、ネエロ。どしたのー?」
 ジェラートがぱっと明るい表情で反応する。

「ああ、バレンタインの贈り物をな」
「あー。くれるんだ。わざわざありがとう」
 ソファのところまで言って、リゾットはチョコレートを2つ差し出した。
「わざわざありがと…………」

 そう言ってジェラートが受け取ろうと手を伸ばした瞬間、すごいスピードで風のように目の前を横切ったものがある。

「あっ」

「っ!?」

 それはソルベの手だった。
 かかしのように無関係な表情で座っていたはずのソルベが、猛禽のような素早さと鋭さで横からチョコレートを奪ったのだ。

 リゾットとジェラートが驚いて振り返ると、パッケージごとチョコレートを口にほうばって、そのままもぐもぐやっている。

「こらあーっ! ソルベだめでしょ! ペッてしなさい、ペッて!」
「…………まずぃ……」
「包みのまんま食べてるからでしょ! もーう、ソルベはー。オレがいないとダメなんだからー!」
 ジェラートは嬉しそうにそう言いながら、ソルベの口からチョコレートを引っ張り出す。

「あ、ごめんねーネエロ。ソルベってばせっかくのプレゼントなのにさー。今ちょっと薬キマっちゃってて」
「……任務には支障のないように、な」
「うん。それはオレがちゃんとついてるから大丈夫だよ」
 本当に大丈夫なのかどうか定かではないが、これまでソルベとジェラートが任務に失敗したことはない。その事実だけを評価して、リゾットは呆れた気持ちを隠して小さくうなずいた。





**********





 リビングを出て、キッチンへ入る。ここには誰もいない。
「……部屋のほうには誰かいるんだろうか…………………………ぅぉ……」
 最後のうめき声は飲み込んだつもりだったが、少しだけ口をついて出てしまった。

 壁にかけた鏡の中から、恨めしそうな顔がこちらをじっと見つめている。

「い…………イルーゾォ。そこにいたのか」

「いたけど、何か?」

 何を怒っているのか、イルーゾォの機嫌はあまり良くないようだ。
 リゾットは鏡に向かってチョコレートを差し出した。

「お前の分だ」

「へー。それでチーム全員の機嫌を取ったつもり?」
「……そういうわけじゃないが……」
 いったい何を怒っているのか、リゾットにはよく分からない。
 チョコレートを恨めしそうに見つめて、イルーゾォはますます不機嫌そうに眉根を寄せた。

「どーせ、誰か本命にあげるカモフラージュなんだろ?」
「は?」
「リーダーは本命の誰かさんに本当はあげたくてさあ! でも1人だけにあげたりしたら、他の奴らから何を言われるか分かったもんじゃないじゃん!? だから他の奴らにも仕方なく配って回ってるんだろ!!」
「……その発想はなかったな」
「へーへーへー。そうですか。オレにはあるけどね。この無差別に配布されたと見せかけたチョコレートのどれが、リーダーの特別なんだろーねっ!? それって絶対、オレじゃないんだけどさあ!」

 半ば叫ぶようにそう言って、イルーゾォはぷいっとそっぽを向いた。
 言っていることはよく分からなかったが、疎外感を覚えて拗ねているらしい。

(イルーゾォは難しいな……)

 どういうわけか、イルーゾォは「他の奴ら」とか「世間の奴ら」とかから自分が仲間外れにされていると思い込む癖がある。何かというと「みんなは楽しくやってるのに、オレだけ仲間に入れない」という妄想に取り付かれ、自分の世界に引きこもっていつまでも落ち込んでいる。
 いつもならホルマジオが持ち前の明るさでフォローしてくれるのだが、今はリゾット1人だ。せっかく用意したチョコレートを、イルーゾォにも喜んで受け取ってもらいたい。

「オレの特別なんてないぞ。みんなに感謝をこめて、渡している」
「ほんとかなぁ? プロシュートとかさあ、ギアッチョとかさあ、リーダーはそーゆー有能で目立つ奴が好きなんじゃないの?」
「そんなことはない。お前の能力も高く評価している」
「でもオレ、暗いしさ。口悪いしさ。好かれてないしさ。リーダーだってオレみたいな奴にチョコレートなんかあげたくないって思ってるだろうけどさあ」
「そんなことはない、と言っている」
「どーかね。てゆーか、オレだってそんな義理で渡されるようなもの、もらいたくねーし」

 言葉で否定しても、イルーゾォは納得しない。
 このチョコレートにリゾットが込めた感謝は誰に対しても平等のつもりなのだが、イルーゾォは「その他大勢」にはなりたくないのだろう。その子供っぽい嫉妬とプライドを包み隠さず出してくるイルーゾォを、リゾットはほほえましく思った。

(素直だな…………。少し、羨ましいくらいだ)

 チームのリーダーであるリゾットは、感情を表に出すことを自らに禁じてきた。だが、情が薄いわけではない。むしろ感情的なほうだし、自分でも執念深い性格だと思っている。本来はかなり激しい気性の持ち主なのだ。
 けれどリゾットは感情を捨て、心を殺して生きてきた。それでも胸の奥に押し込めた心は熱く、激情を飼い慣らしていても完全に消滅させることはできない。リゾットの心の中にわだかまる黒い感情は、もしかしたらイルーゾォが持つそれと大して変わらないかもしれない。

 そういう自分の代わりに、イルーゾォは嫉妬と不安を次々と口にする。
 心が命じるままに、躊躇することなく。

「オレは、お前のそういうところは、けっこう好きだぞ」
「………………テキトーなこと、言ってさ」
 イルーゾォはふくれてそっぽを向いた。だが、「好きだぞ」と言われてまんざらでもなかったらしい様子がありありと窺える。リゾットは薄く微笑んだ。

「じゃあ、お前にはオレの特別をやろう」

 そう言うと、リゾットは手近な棚に入っていたペンを取り出し、チョコレートのパッケージに何かを書き始めた。

「ほら、お前だけだ。特別だぞ」

「………………」
 鏡に向かって差し出されたチョコレートをじっと睨みつけ、イルーゾォは小さくつぶやいた。

「チョコレートだけ、許可する」

 するとリゾットの手から一瞬にしてチョコレートが消える。
 鏡の中のイルーゾォがそれを手にして、じっとパッケージを見つめる。







「……なにこれ。ダサい」
「お前のだけ、特別だ」
「ダサい」
「そうか。下手ですまないな」
「……けど、ダサいのがかわいい。ダサカワ」
「……そうか」

 フッと微笑んで、リゾットは鏡の表面をなでた。素直じゃないけれど、悪い奴でないことは分かっているのだ。

 イルーゾォは鏡の中からこっちを見て、ばつが悪そうに言った。

「……ありがと」

「いや、たいしたことはない」

 お互い、気持ちは十分伝わったと思う。リゾットはそれだけ言うとキッチンを後にした。





**********






 廊下を出ると、アジトに帰ってきたばかりのホルマジオに出くわした。

「お、リゾット。何してんだ?」
「ホルマジオ。お前にも贈り物だ」
 リゾットが差し出したチョコレートを素直に受け取り、ホルマジオはため息混じりに苦笑した。

「アンタも大変だなぁ。わざわざこんなことまでよー」
「いや、たいしたことはない」
「いやいや、お仕事ご苦労様だぜ。お祭り騒ぎの好きな奴らがいなけりゃあよ〜、こんなことしなくって済むのになァ」
「……まあ、な」
「任務の報酬以外に、チョコレートの配給までしなきゃなんねーとは。……つくづく暗殺チームのリーダーなんてアンタ以外できねーと思うぜ」
「それほどでも、ないが」

 ホルマジオは暗殺チームの中でもけっこうな古株だ。そのホルマジオに評価されるのは、リゾットとしても素直に嬉しい。

「けどよォー、これ、イルーゾォに渡すときはひと言ふた言、添えてやったほうがいいかもな。アイツ、けっこうめんどくせートコあっからよ」
「ああ、今渡してきたところだ」
 そう言うと、ホルマジオは「あちゃ」小さくつぶやいた。

「大丈夫だったか?」
「ああ…………何かあるのか?」
「いやー……なんつーか…………。イルーゾォってよー。バレンタインとかクリスマスとか、そーゆー恋人同士のイベントになんか敵意があるらしくてよぉ。ナンだっけか、「りあじゅう」だっけか?」
「いや、知らないが……」
「なんかまー、世の中の幸せな奴らが幸せだって目に見えて分かる日によ、スゲー機嫌悪くなんだよ。しょーがねー奴だよなぁ」

 そう言ってホルマジオは苦笑した。リゾットもつられて小さく笑う。

「そういうイルーゾォのことを、よく理解してやっているじゃないか。お前は」
「まーなあ。オレがフォローしねーとアイツ延々と「バレンタイン爆発しろ」とか「バレンタイン中止のお知らせ」とかつぶやいてるしよー。暗いんだよなァー。……ま、今年はリーダーがかまってくれたから、もうオレの出番はないかな?」
「いや、あいつのことだ。たくさんかまってもらえればそれだけ喜ぶだろう」
「……だよな」

 昔から面倒見のいいホルマジオは、ちょっと思い込みが激しくて手のかかるイルーゾォにけっこう目をかけている。放っておけない、と思うらしい。

「部下が全員、お前のような奴ばかりだと助かるんだがなぁ」
 思わず本音を漏らすと、ホルマジオがケラケラと笑った。

「そりゃあ、張り合いのねえこった。何でもかんでも「しょーがねえ」で済ましちまう奴ばっかりじゃあ、どうにもなんねーだろうなァ」
「……そうだな」
「それによォー。個性を尊重したチーム運営は、アンタの方針だって、前に言ってたじゃねーか」
「確かに、そうだがな」

 任務のことは厳しく口を出すが、それ以外のプライベートにはなるべく関与しない。それがリゾットの方針だ。冷酷に、かつ正確に暗殺ができるだけの人間を育てるつもりは、リゾットにはない。

「さーて、鏡の国のアリスにご機嫌をお伺いして来るかー」
「頼んだ」
 キッチンへ入っていくホルマジオの後姿を見送ってから、リゾットはアジトの階段を上っていった。





**********





「さて、残りは…………」
 アジトの上の階へ行くと、ギアッチョの部屋からごそごそと物音が聞こえた。
 だが、ギアッチョとはさっき下で会ったばかりだ。

 不信に思い、開きかけた扉の隙間から中を覗いて見ると、メローネがギアッチョのベッドの辺りで何かやっている。

「メローネ」

「うわっごめんごめんごめんなさいギアッチョオレ何もしてないよまだ何も!」

「……いや、オレだが」
 入ってきたのがギアッチョでないと知ると、メローネは盛大にため息を吐いた。

「もーっ、リーダー。脅かさないでくれ。ギアッチョが帰ってきたのかと思ったじゃないか」
「すまない。……だが、ここはギアッチョの部屋だぞ」
「そうだよ。間違ってない。ここはギアッチョの部屋だ。だから誰かが入ってきたらギアッチョだと思うじゃないか」
 当然だろう?とメローネは胸を張った。

「いや……。そのとおりだが、なぜお前はここにいるんだ?」
「それは、ギアッチョが帰ってくる前にイタズラを仕込もうと思っているからだけど?」
「……そうか」
「それなのにいきなりリーダーが入ってきたら、驚くじゃないか。せめてノックくらいしてくれ。そうしたら、ギアッチョじゃあないってことが分かる。なぜなら、自分の部屋に入るのにいちいちノックする奴なんかいないからだ」
「そうだろうな」
「だけどここはリーダーの部屋じゃない。ということは、リーダーは本来ノックをするべきなんだ。アンタはそれを怠った。そうだろう?」
「……そうだな。失礼なことをした」
「分かればいいよ」
 自分の立場は棚に上げて、メローネは偉そうにうなずいた。いや、偉そうなわけではない。メローネは元からこういう奴なのだ。

(まあ、いいか……)
 メローネがギアッチョの部屋に不法侵入していることについて咎めるべきか否か、リゾットは少し考えたが、何も言わないことにした。メンバーのプライベートには口を出さないのがリゾットの方針だ。もしこの件について不服があればギアッチョが怒ってくれるだろうし、それで十分だろう。リーダーが口を挟むほどのことではないと判断する。

「お前に渡すものがあるんだが、今、いいか?」
「いいよ。何? ゴミとかやっかいな証拠品以外なら受け取る」
「何だそれは。やっかいなものじゃないはずだ。バレンタインの贈り物を……な」
「ああ、なるほど。リーダーともなるとこういうのを配って歩かないと、体裁が悪いのか」
 メローネも、イルーゾォと同じようなことを言う。おまけにイルーゾォと違って、リゾットの常識を覆すような言葉ばかりが出てくるので返答に困る。メローネと会話するのは、これでなかなか難しい。

「体裁を気にするたちじゃないが……。まあ、気持ちだ。受け取ってくれればそれでいい」

 そう言って差し出したチョコレートを、メローネは何の躊躇もなく……




 ばくんっ!!!!




 ……と、口で咥えた。


「あああああああああああーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!??????」

 リゾットが絶叫する。

「え、何? 何? そんなに驚くほどのこと!!??」

 少しおどかそうとしてやったのだが、これほどの反応があるとはさすがのメローネも予想していなかった。逆にあわてて、メローネがよだれまみれのチョコレートを口から離す。

「油断していたああああああーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!」

「ナニナニナニ!? どうしたのリーダー? 逆にこっちが驚くんだけど!?」

「やられた! さっきまで気をつけていたのにっ!!!」

「え、え、え、何が何が何が????」

「く……くそっ…………うおおおお………………気ッ……気をつけていたのに…………ッッ!!!!」

 こんなことにならないようずっと注意していたはずなのに、ホルマジオとまともな会話を交わしてつい気が緩んでしまった。
 そしてここにきて、まさかの落とし穴だ。

「オレが甘かった………………」

「あ、あの、リーダー……」

「こうなることは予想できたはずだ。よりにもよってメローネを相手に不覚を取るなどと……ッ」

「あ、あの…………なんかごめん」

 リゾットのあまりの絶望っぷりに、さすがのメローネも何かとんでもない地雷を踏んだことは理解したらしい。気配を殺してそっと出入り口へ近づくと、こっそりと外へ姿を消した。

「オメー、オレの部屋で何してたのぜ?」
「はうぁ、ギアッチョ」
「また変なことしてたんだな」
「変なことはしていない! オレはただイタズラしようと」
「ブチ割れなっ!」
「ぎゃーーーーっ」
 廊下でなにやら騒ぎが起きているようだが、ショックを受けるリゾットには関係ない。
 無言で肩を落とし、ふと、手に持った最後のチョコレートを見る。

「あと1つか……」





**********





 この階には他に誰もいないらしい。
 再び階段を下りていくと、階段の下から誰かがよたよたと上がってくる音がする。この足音はきっとそうだろう、と思って待っていると、果たして姿を現したのはペッシだった。

「うおっ。リーダーじゃないですか。そんなところで何してるんですかい?」

 大きな荷物を抱えて上がってきたペッシは、階段の上に大柄のリゾットが立って待ち構えていたことにびっくりしてよろけそうになる。とっさにその腕をつかんでサポートし、リゾットはふんわりと鼻をくすぐる甘いにおいに気がついた。

「お前を待っていたのだが……」
「ああ、すいません。何かお待たせしちまいましたか?」
「いや、たいした用事じゃあない。しかし……いいにおいだな」
「これですかい? 全部知り合いからもらったもんです」
「そうか……。お前はずいぶんもてるんだな」
 リゾットがそう言うと、ペッシはぶんぶんと首を横に振った。

「まさか! そんないいもんじゃありませんや」
「だが今日は……」
「違いますって! 知り合いがケーキ屋やってましてね。今日はたくさん売れるからっていっぱい作ったお菓子やらケーキやら、その中で形が悪くて売り物にならない奴をみんなくれただけですって」
「そうか」
「うちのチームはみんな、甘いの好きでしょう? ちっとくらい形は悪くても、味は確かなんです。みんなで食べましょう」
「そうだな」

 とはいえ、ペッシが抱えている紙袋の中にはずいぶんたくさんのスイーツが入っている。ちょっと見た限りでは、それほど出来損ないというようにも見えない。
(少なくとも、好意は寄せられていると思うがな……オレは)
 もっとも、こんな話題でペッシに要らぬ詮索をする気は、リゾットにはない。

「あれ、リーダーももらったんですかい?」
 リゾットが手にしているチョコレートを見て、ペッシが言った。
「いや、これはお前に渡そうと思っていた」
「ええっ!?」
 驚くペッシの反応が妙に新鮮だ。リゾットは小さく笑って否定した。

「違う。全員に配っていた。日頃の感謝をこめて……といったところかな」
「ああ、そうですか。良かった。オレだけ何か気ィ使われたかと思って……」
「そうじゃない。それに、お前に愛を告白するわけでもない」
「良かった〜。安心しました」

 素直に笑うペッシは、ギャングとしてもまだ日が浅い。ましてや暗殺も実践に手を染めたことがない。
 別に自分や仲間を卑下するつもりはないが、こういうペッシの反応はいかにも「世間一般」に触れている気がして、心が休まるときがある。

「では、お茶を入れるか。今日は全員アジトにいる」
「そいつはちょうど良かったですね」

 甘いスイーツを抱えて、ペッシとリゾットはリビングへと入っていった。




【END】






いつもの暗殺チーム。リゾットは暗チ全員を大切にするといいと思う。そう思う。暗チ9人全員書きたくなる病は依然進行中です。
あと不二家のハートチョコは安くておいしいのでみんな買うといいと思うよ。私ピーナッツ食べられないから良く分からないけど。あとパラソルチョコが大好きです。あの先っちょのところが折れないでスッと出せるとすごい嬉しいよね。
 By明日狩り  2011/02/12