暗殺チームの回り物















 暗殺チームのアジトの掃除は一応、当番制ということになっている。アジトに私室を構える者が多くなり、人の出入りが多くなるにつれて、生活にかかわる様々な雑務も増えてきた。その頃にリーダーであるリゾットが各種の当番制を制定したのがそもそもの始まりである。

「ゴミ当番」……各部屋のくずかごからゴミを回収する係。週交代。
「掃除当番」……共同リビングとキッチンの掃除。週交代。
「食事当番」……夕食を、その日の人数分作る係。毎日交代。

 もちろん、最初に決めたときからメンバーの反発はあった。だが、誰かがやらなければどうにもならないという事実は誰もが理解していて、不承ながらも一応はルールとして決定された。

 食事当番は、サボると全員が夕飯抜きという危機的事態に直結するので、他のメンバーの監視の目も厳しい。しかも手を抜けば文句が出る。人数を間違えて少なく作れば文句が出る。当番の日に任務が入った時、代理を立てるのをうっかり忘れたりすれば次の日に袋叩きに遭う。空腹は何よりも恐い。
 みんな食事当番だけは真面目にこなすようになった。

 だが、そもそもがお行儀のよろしくないギャングの集団、である。掃除とゴミ出しについてはすぐに面倒くさがる者が出て、サボリが横行し始めた。今すぐやらなくても誰も困らないし、やらなくても割とバレにくいので、ちょくちょく誰かしらが手を抜く。

 そんなわけで、掃除とゴミ出しはほぼ実質的にリゾットの仕事となった。
 だが、建前上は当番制になっているので、リゾットが掃除をしているとみんな何となく居心地が悪い。たまに耐えきれなくなって手伝う者もいるが、基本的には皆、リゾットが掃除をしている間は「ごめんなさい」と「ありがとうございます」という神妙な表情を浮かべて黙っているのが常だ。



* * * * * * * * * *



 今日も、くずかごからあふれ出したゴミを見かねたリゾットが黙々と掃除を始めたので、リビングにいたイルーゾォが居心地悪そうにこっそりと部屋を出て行った。
 ギアッチョは先週の当番を真面目にこなしたので、平気な顔で雑誌を読んでいる。
 メローネはあまりそういった空気を読まないので、リゾットのことなど気にしないでギアッチョにくっついている。

「おいペッシ! オメーまだこんなモンちまちまと集めてやがんのかァ?」
 リビングのテーブルの前で、プロシュートが声を上げた。
「ご、ごめんよ兄貴。でも……」
「でも、じゃねーだろうがよォー。こんなくだらねーモン集めてどうすんだって、前から言ってるだろうが!」
 ペッシが慌ててテーブルの上に広げた物を片づけ始めた。そのひとつをつまみ上げ、プロシュートは顔をしかめる。

「こんなモン、何がいいんだよ」

 それはジュースのおまけについてきたボトルキャップで、映画のキャラクターの小さなフィギュアがついている。ペッシはこれを集めるのに少し前からハマっているのだが、どうやら兄貴はそれがお気に召さないらしい。

「いったいいくつ集めりゃあ気が済むんだ?」
「ええと、今回は全部で60種類あるんだ」
「ろくじゅうだぁ〜? それ全部集めると何かもらえたりするのか?」
「ううん、別にそういうのはないんだけど……」
 もじもじしているペッシの肩をバンと強く叩いて引き寄せ、プロシュートは耳元で囁いた。

「こんなモン集めて喜ンでるから、オメーはいつまで経ってもマンモーニなんだ」
「うぅ……そうかなぁ……」
「ったりめーだ。くだらねーモンに執着しても、何もいいこたぁねーぜ」
「そうだよなぁ。くだらないよね、こんなもの。オモチャだもんね」
「そうだペッシ。分かればいいんだ」
 プロシュートは我が意を得たりといった顔で満足げにうなずく。

 だが、これを聞いていたギアッチョが小さく「くだらねー」とつぶやいたのを、プロシュートは聞き逃さなかった。

「オイ、ギアッチョ。オメー今なんつった?」
 ギアッチョは読んでいた雑誌から目を上げ、メガネ越しに鋭い視線を投げかける。
「くだらねー、っつった」
「そりゃあ、ペッシのこのオモチャコレクションのことか?」

「違うぜ。そーゆー細けぇこといちいち口出しするオメーが、くだらねーって言ってんだ」
「………………」

 プロシュートとギアッチョは口を閉ざしたまま、きつい視線をぶつけてにらみ合っている。
 険悪な二人の様子を察したのか、メローネが苦笑しながら仲裁するように口をはさんだ。

「そうだよねえ。プロシュートはそのヘンなネックレス、似たようなのいくつも持ってるし、ギアッチョだってヘンなフレームのメガネいくつも持ってるし、誰しも何かを集めるものだよ。ペッシがおまけを集めててもいいんじゃないか?」

「「何がヘンなんだよっ!?」」

 二人同時に怒鳴られて、メローネは目を白黒させた。
「えっ? えっ? そういうハナシじゃあないのかい?」
「そういうハナシであってるけどよォー。オレのメガネのどこがヘンだって?」
「このネックレスは上物なんだ。こいつをバカにする奴は誰だって許さねーぜ?」
 急に二人がかりで詰め寄られて、メローネは不思議そうに首をかしげる。

「けどギアッチョのメガネは、レンズが大きくてフレームが太くて、今風じゃないというか、飾りもたまにスゴクへんてこだ。プロシュートのネックレスも、大きくて重そうでデザインが今風じゃないというか、ディ・モールトださい」

「「テメェェェェェェ-------------------------!!!!!!」」

 言われた二人は思わず同時に攻撃を仕掛けた。ギアッチョは拳、プロシュートは蹴りを繰り出したので、ぶつかることなく両方とも綺麗にメローネにクリーンヒットする。

「ヒャブッ! いたい! ひどい! ベリッシモつらい!」
「ウルセーばーか。自分の格好見てから言ったほうがいいぜ。変態」
「そうだそうだ。プロシュートおニーサンをバカにする奴はこうなる運命だ。覚えとけ」
 いつの間にかタッグを組んでいたギアッチョとプロシュートは、お互いに親指を立ててにやりと笑う。

「とにかくだ。ペッシペッシペッシよォー。こういうくだらねーもんは捨てたほうがいいって、分かってるよなぁ?」
 ひと悶着あった後、プロシュートは改めてペッシのオモチャを拾い上げた。
「う、うん。分かってるよ兄貴。これはもういらないや……」
「本当にか? 本当にいいよなペッシ?」
「うん。オレも子供じゃないからね」
「よし」

 うなずいて、プロシュートはテーブルの上に並べられていたボトルキャップをすべてかたわらのくずかごに突っ込んだ。

 それを見たリゾットが声をかける。

「いいのか? 捨ててしまうぞ」
「あァ、いいんだ。ペッシはもうこういうモンには興味がねーから。な?」
 兄貴にそう言われて、ペッシは素直にうなずく。
「うん」
「そうか、ならいいんだが」
 リゾットは特に何も言わず、そのままくずかごの中身をゴミ袋に移し替えた。

「あ、これもついでにお願い」
 メローネが食べていたお菓子の箱をゴミ袋に入れる。
「このシールもいいのか?」
 箱と一緒に捨てられたおまけのシールを見つけて、リゾットはそれを拾い上げた。 メローネは首を横に振って笑う。
「あーいいのいいの。オレはそーゆーの集める趣味ないから」
「そうか」

 特に感慨もなくうなずいて、リゾットはシールを眺めた。キャラクターの絵が書いてあって、「全12種類」と書いてある。
(近頃はこういった、コレクションを促すおまけが多いのだな)
 確かに集め始めればハマってしまうのかも知れないが、不要な者にとってはただのゴミでしかない。


* * * * * * * * * *


 アジト中のゴミを回収して、リゾットは最後にざっと中身の確認をした。機密情報や個人情報を含む物が紛れていないかどうかをチェックする。各自に注意はしてあるのでそこまでする必要はないと分かっているのだが、念には念を入れるのがリゾットのやり方だ。用心しすぎるということはない。

「………………………」
 ペッシが捨てたボトルキャップを取り上げ、しげしげと眺める。
(よくできたオモチャだ。欲しがる者には大切なコレクションなのに、いらなくなるとゴミか……)
 せっかく良くできているのに、もったいない。
 とはいえ、リゾットはこういうものを集めて楽しむ趣味はない。

「………………」
(別に、集めるつもりはないが……)

 リゾットはそのボトルキャップをポケットにしまった。ついでにメローネが捨てたおまけのシールも拾っておく。

 何となく、捨てられない気がする。
 とっておいてどうなるというわけでもないのだが、このまま他のゴミと一緒に出してしまうのは何となく気が引けた。
(まぁ、次回捨てればいいことだ)
 リゾット自身は生来、物持ちのいいほうではない。このゴミにしても、自分の気が済むまで保留しておくだけだ。

 ただそれだけのことだと考えて、リゾットはゴミ袋を閉めた。



* * * * * * * * * *



 翌日のこと。

「あの、リーダー……。ちょっといいですかい?」
「ん?」
 ペッシが何か言いにくそうな顔で、リゾットの部屋を訪ねてきた。

「あの……昨日のゴミはもう出しちまいましたよね?」
「ああ、昨日まとめて、今朝出したが」
「そうですよね……」

 肩を落として出て行こうとするペッシの背中に向かって、リゾットは声をかける。

「ちょっと待て。……これか?」
 机の引き出しを開け、昨日拾っておいたボトルキャップを取り出して見せると、ペッシの顔がぱっと明るくなった。

「リーダー! どうして!?」
「いや……特に理由はないのだが、何となくもったいなくてな。良く出来ているし」
 リゾットがそう言うと、ペッシは嬉しそうにうなずいた。
「そうですよね! おまけなのにすっげぇ出来がいいし、作りも細かいし、なーんか集めちゃうんだよなぁ! そんなに大事なモンじゃあないんですけどね」

 けれどペッシはそれ以上何も言わずにもじもじしている。リゾットは小さく笑った。

「持って行け、ペッシ」
「え? でも兄貴が……」
「あいつはいいんだ。自分だって靴だのネックレスだのとあれこれ集めているくせに」
「けど兄貴のはおしゃれだし……」
「くだらない物を集めて楽しんでいるのは同じだ。オレに言わせれば、な」
「ありがとうリーダー!」

 嬉しそうにボトルキャップを受け取るペッシに、リゾットは言う。

「オレは、こういう物を集めて楽しいと思うなら、それでいいと思っている。人生の楽しみなんてものは、他人から見ればくだらなかったり意味がなかったりするものばかりだ。でも、そういうものこそ大事にするべきだろう」
「そういうもんですかね」
「そういうもんだ」

 リゾットはうなずいた。

 他人から見ればくだらないと思えるもの。
 それは例えば、ジュースのおまけのボトルキャップ。
 かわいがっているペット。
 血の繋がらない家族。
 時には、友情。
 あるいは、プライド。

 それでも、本人には命より大切かもしれないものだ。

「誰かの大切な物は、他人が決められることじゃあない」
 それが、リゾットの考えだ。

「あ、ありがとうリーダー」
「プロシュートに見つかるなよ」
「はいっ!」
 ボトルキャップをポケットに詰め込んで、ペッシは嬉しそうに帰って行った。



「さてと」
 リゾットが作業に戻ろうとすると、今度はノックもなしにメローネが入ってきた。

「リーダァ! ごめんっ! 昨日のゴミもう出した?」
「今朝出したが」
「あっちゃ〜。遅かった」

 メローネが残念そうな顔をしているので、リゾットはまた引き出しを開けた。シールを取りだして見せる。

「これか?」
「わお! それだよそれ! ベネ! どうして分かったの?」
「いや、何となくな」

 嬉しそうにおまけのシールを受け取って、メローネが苦笑する。
「いや〜、別にこんなシール要らないと思ったんだけどね。キャンペーン中でプレゼントの応募券がついてたんだよ。うっかりしてた」
「そうか」
「うん。水色でしかめっ面のかわい〜い氷ポキモンのぬいぐるみが当たるんだ。それがもうギアッチョにソックリで! ディ・モールトほしいんだっ! ゼヒとも当てたいっ!」
「そうか。当たるといいな」
「うんっ! グラッチェ、リーダー!」

 シールをひらひらさせて、メローネはスキップしながら部屋を出て行った。



* * * * * * * * * *



 それからというもの。

「リゾットよォー。リビングに置いておいたカタログ、もう捨てちまったかァ? 目ぇつけてた車の価格と比較してーんだけどよォー」
 ギアッチョが来ても。

「ごめんリーダー! こないだ捨ててあったこれっくらいのイラストの描いてある紙しらない!? 大事なものなのに勝手に捨てられてたっぽいんだよもう!」
 イルーゾォが来ても。

「すまねーリゾット。先月のカレンダーもう捨てたか? 猫の写真のとこだけ切っておくの忘れちまったんだ。しょーがねーなぁ」
 ホルマジオが来ても。

「チッ。どこ探しても見つからねーなー。……オイ、リゾットぉ。オレのペンダントトップのかけら、見なかったか? こんな小せぇ銀細工なんだけどよォ」
 プロシュートが来ても。


「ああ、たまたま取ってある」
 それらはどういうわけか、リゾットの引き出しから出て来る。


 だからリゾットの引き出しには、案外何も残らないらしい。



【END】






あけましておめでとうございます! 新年早々ゴミ掃除の話になってしまいましたてへへ。本当は年末にアップして大掃除SSの代わりと思ってたんですが、コミケで忙しくて案の定今日になってしまいましたてへへ。新年に出すものじゃないけど、まあいいか!
チームみんなの平和を守るリゾットかっこいい。
 By明日狩り  2011/01/01