被殺人事例
〜マーダードケース〜


ソルベとジェラートの場合










※ネタバレ注意※
同人誌『組曲暗殺ソルベ&ジェラート』のネタバレが含まれています。



↓ネタバレOKな方は、ソルベとジェラートのスタンド設定(オリジナル捏造)を踏まえた上で、お読み下さい。







 
illustrated by 吉田大




「………………ッ! ……ッッ!」

 両手足を縛られて床に転がされたジェラートは、何とかしてこの状況を打開しなければならないとジタバタ暴れている。だが、そんなことで逃げられるわけがない。
 猿轡を噛まされ、言葉を奪われたジェラートの目には涙が浮かんでいた。

 親衛隊が様々な用途に使う「作業場」の一角。
 丘の上にある一見小ぎれいな別荘のように見えるが、周りに家がないのをいいことに、ここでは目を覆うような残酷な拷問、取り調べ、暗殺、死体処理などが行われてきた。
 海に面した窓辺から、綺麗な夕日が見える。
 だがこれは強い海風の音に紛れて犠牲者の悲鳴をかき消すことを目的としていて、決してリゾートのために作られたわけではない。
 赤い夕焼けに照らされて、部屋の中はオレンジ色に染まっていた。


 中央に大きな平たい台が設置されている。
 膝丈ほどのごく低い位置にある台の上には、ソルベが四肢と胴体を固定された状態で横たえられていた。

「……………………チッ!」

 ジェラートほど錯乱してはいないが、それでも顔は紙のように青ざめ、唇がかすかに震えている。体中の毛を立たせ、びりびりと極限まで緊張した様子が窺える。


 かたわらではさまざまな器具が並べられ、「作業」の準備が着々と進められていた。
 白衣を着て太い髪を立たせた特徴的な髪型の医者が、道具を確かめている。チョコラータだ。

「セッコ、ビデオの準備はいいか? 電池(バツテリー)も確認してあるだろうな? 表情を重点的に撮影するんだぞ」

「うあああっおおっ」

 体を丸ごとボディスーツのようなもので固めたセッコが激しくうなずいた。手にはビデオカメラを用意し、撮影する準備ができている。


 ティッツァーノが声をかけた。

「これはあなたの入団試験を兼ねています。あなたはジェラートの目の前でソルベを切断し、三十六個の美しい美術品を制作しなくてはなりません」

 壁際に置いた椅子に腰掛け、まっすぐ背筋を伸ばして、ティッツァーノは学校の入学試験を取り仕切る試験官のように淡々と告げた。

 その隣には、髪をいくつもの束に分けて結い、バンダナで前髪を掻き上げた今風の青年が、いささか緊張した面持ちで座っている。

「ティッツァ、オレこーゆーの苦手なんだよな」

「慣れておいた方がいいですよ、スクアーロ。この『組織』にいるのであれば」

「お、おう。分かってるよ……」

 スクアーロはティッツァーノの相棒だが、まだギャングの経験は浅い。
 五歳の頃から『組織』で生きてきたティッツァーノとはくぐり抜けてきた修羅場の数が格段に違う。

 親衛隊の二人は、今日は試験官だ。チョコラータがボスに忠誠を誓う『儀式』を見届け、彼を引き入れることに問題がないかどうかを判断する。


チョコラータは肩をすくめた。

「私がボスの命令ならどんなことだって引き受けるということを、君はきちんと目撃して証言してくれたまえ」

「ではお願いします」

 チョコラータはためらうことなく短刀を手に取り、台に近づいていった。

「私はこの『パッショーネ』に入団するために、お前を切り刻まなくてはならないんだ。お前はこの『組織』を裏切ったそうじゃないか」

 チョコラータはおもむろに短刀をひらめかせ、何の前触れもなくソルベの右手の小指を切断した。

「ぎゃあああああああああ―ッ!」

「…………………………ッッッ!」

 そばで見ているジェラートがバタバタと暴れる。
 苦しんで身悶えするソルベを抑えつけ、チョコラータは右手の薬指、中指の第二関節を順番に切り落としていった。

「セッコ、しっかり録画しておけよ。こういういい声が録音できるのは今のうちだからな」

「あうっあうっ」

「ぐああああああああああああああ―ッ!」

 とてつもない絶叫が部屋中に響き渡る。
 手足を縛られたジェラートは、耳を塞ぐこともできずにソルベの絶叫を聞かされていた。

「−−−−ッッッ! −−−−ッッ! −−−−−−−ッッ!」 

体がビクンビクンと魚のように跳ね、苦しそうに床の上を転げ回る。

「ぎゃあああああああああ―ッ!」

(ソルベ! ソルベッ! うわああああああああ!)

 ソルベの絶叫が、ジェラートの脳に直接突き刺さる。
 ソルベが受けている壮絶な痛みと苦しみが、何倍にもなってジェラートの意識をずたずたに引き裂いていた。


「こういうことは時間を掛けても面白くない」

 チョコラータはチェーンソーを手に取り、エンジンを掛けた。

 ―ブルン、ブルンッ、ブオオオオォォォンッ!

 バイクや車のそれとよく似たエンジンの凶暴な爆音は、ソルベとジェラートの心臓を氷の手で鷲掴みにする。


「さて、足の方から順番にいくかな。バラバラにしてあげよう」

 チョコラータは日曜大工のような気軽さでチェーンソーをぶら下げ、ソルベの足首に刃を当てるとそのまま下げて肉と骨をブチ割った。


「うぎゃああああああああ―ッ!」

「−−−−ッッ!」

 ソルベの絶叫が、ジェラートの声にならない悲鳴が、エンジンの爆音を伴奏にして部屋中にこだまする。
 チョコラータはチェーンソーの重さを利用してあっという間に両足首を切断した。
 血しぶきと肉片が飛び散り、切断面からは止めどなく鮮血が流れ出る。

「絶命するまで何カ所切断できるかな。楽しみだ。まずはザックリと十等分くらいにしてみるか」

 チョコラータはそう言い、今度はすねの真ん中に刃を下ろした。

「ぐがあああああああががががががががあああ」

 ソルベの喉に涎が溜まり、絶叫に混じって辺りに飛び散る。体をビクビクと痙攣させ、想像を絶する痛みの中で、ソルベはあることを考えていた。

(ジェラートオオオオオオ…………ッッッッ!)

 ソルベはジェラートのスタンド能力を知っている。
 断末魔の叫びはジェラートの心に強烈な苦痛をもたらし、脳を火箸でかき混ぜるような地獄の苦しみを与える。ましてや目の前で殺されようとしているのは、ジェラートが自分の命よりも大切に思っている相棒のソルベだ。この悲鳴を聞かされているジェラートがどれだけ苦しい思いをしているか、想像に難くない。

 ソルベはここでバラバラになって殺される。だがその苦しみを共にして二重三重に味わい尽くした後、ジェラートはまた別の残酷な方法で命を奪われるのだろう。死ぬ苦しみを二度も味わわなければならないのだ。

(そんなこと…………許せるかよオォォォォォ!)

「ぐぎゃあああああああああああああ―ッ!」

 足が切断され、ソルベは苦し紛れにスタンドを出した。頭上に大きな肩と太い腕を持った威圧感のあるスタンド『ファットボーイ・スリム』が姿を現す。

「な、なんだあれッ!」

 顔面蒼白になって見ていたスクアーロが声を上げる。チョコラータは「ああ」と事も無げに答えた。

「彼のスタンドだよ。物質を圧縮する能力だ。有機物に触ることができないから、こう見えて肉体を傷つけることはできない。せいぜい服にだけ気をつけたまえ。首を絞められるぞ」

「ひぃ…………」

 スクアーロは慌てて服の首元を緩めた。


「ぐああああっごあっごおおおああああああッ!」

 ソルベが絶叫を上げながら、スタンドを振り回す。太い腕がブンブンと空を切り、手の届く範囲の物を握りつぶしては放す。壁が、機材が、椅子が、絵画が、ほんの少し歪んでは爆発音を立てて元に戻った。

 だが、チョコラータは少しも怯まない。


「さ、次は足の付け根を切断するぞ」

「ぎええええええああああああああああああ!」

 チェーンソーの爆音とソルベの断末魔の悲鳴は最高潮に達する。
 チョコラータの目はギラギラと輝き、セッコはカメラを持ってその命が奪われていく様子を撮影している。
 ティッツァーノとスクアーロも、輪切りにされていくソルベにじっと注目している。

 その時、誰も床に転がるジェラートのことを見ていなかった。

(ソルベ! ソルベえ……あああああああああ!)

 断末魔の苦痛が、何倍にも膨らんでジェラートを襲う。耳から脳をつんざく嵐のような絶望的苦痛の中で、

 ……ジェラートは何か穏やかな、静かな別の苦しみが忍び寄ってくるのを感じた。


(………………え? えっ?)

 ―苦しい。

 ジェラートはバタバタと体をよじらせた。

 ―苦しい。

 だが、頭の中で暴れる痛みとは全く別の種類の、むしろどこか穏やかささえ感じる苦しみだった。

(なに……これ…………い、息が…………?)

 見ると、ソルベのスタンド『ファットボーイ・スリム』の腕がジェラートの胸の辺りを締め付けていた。服が縮んで、首を締める。さらに勢い余ったスタンドの腕はジェラートの肺の中の「空気」まで握りしめていて、それが強い力で圧縮され始めた。

 肺の中の空気が縮み、口を塞いでいる猿轡が気圧の差で喉の奥へと引き込まれる。

(息が……詰まる…………ソルベ……)

 ジェラートは涙を流した。

 ソルベはこの恐ろしい断末魔のさなかに、傍らで苦しんでいる相棒のことを思っていたのだ。
 このままソルベの苦痛を味わい、その後も拷問を受けて殺される運命なら、いっそここで安らかに死んだ方が楽になれる。

 ソルベは生きたまま輪切りにされながら、最期の力を振り絞ってジェラートの首を絞め続けているのだ。
 自身も考えられないほどの痛みを味わいながら、それでもソルベはジェラートの圧縮を解除しない。

(ソルベ…………ソルベ…………)

 ジェラートの意識が遠ざかっていく。そういえば初めて会った時もこんなふうに喉を締め上げられたんだっけ、とジェラートは懐かしささえ感じていた。

(あのときみたいに……ソルベに殺されるなら……オレ本当に幸せだと思う……ありがとう……ソルベ……ごめんね………………)



「ぎゃああああああああああ―ッ!」

「次は胴体だな。さすがにここを切断すればもう死ぬだろう。さらばだ」

「ごがああああああががががぼぼぼごぼごごごご」

 腹のど真ん中を切断され、ソルベの喉に血があふれる。
 その奥で最期の悲鳴が生まれ、長い長い絶叫の果てに。

 …………ソルベはついに絶命した。

「………………………………」

 もうチェーンソーのエンジン音しか聞こえない。ザクザクと体を切り刻んでいたチョコラータは、首をかしげた。

「おや、逝ったかね。……セッコ、撮れてるか?」

「うおっうおっ」

「あとはつまらん仕事だ。こいつを三十六分割してホルマリン漬けにしなくちゃならん。骨が折れるね」

 チョコラータは淡々とそう言った。


 一部始終を見ていたティッツァーノはおもむろに立ち上がり、床で動かなくなっているジェラートの元へ歩み寄る。

「次はあなたの番ですよ。存分に苦しんで、ボスを裏切ったことを後悔してから死んで下さい。…………?」

 そこでようやくジェラートの様子がおかしいことに気付く。ジェラートの喉には猿轡がぎっちり詰まり、息をしている気配がない。首筋に手を当て、脈がないことを確認して、ティッツァーノは苦々しい表情で歯を噛んだ。


「……死んでる。あの男のスタンド能力のせいだ」

「ティッツァ? あれ、死んでんの?」

「油断した。まんまと道連れにされましたよ。最期まで薄汚い暗殺者だ」

 吐き捨てるようにそう言うと、ティッツァーノはジェラートの頭を思い切り蹴りつけた。




 こうして、ソルベとジェラートは物言わぬ死体となった。
 ジェラートは猿轡を飲み込んだまま、ソルベは三十六分割の美術品に姿を変えて、暗殺チームの元へ送られる。

 その後どうなったかは、誰もが知る通りである。


<END>











殺人事例なのにむしろ殺されるという今までにない取り組み(?)。今回だけのマーダー「ド」ケース。
もし同人誌を読まずにこれだけ読んだら、あちこち何がなにやらさっぱり分からないかも知れないです。不親切ですみません……。ソルベとジェラートの過去があって、そのお話をたっぷり語って、その物語を集約するのがこの最期のシーンなので、いろんなオリジナル設定が盛り込まれてます。なんかもういろいろすみません。サンプルにするには不適当だとは思いましたが……、殺人事例はネットにアップすることにしてたので、このままアップします。もし興味のない方がコレを読んで「本編も読んでみたい!」ってなったら嬉しいのですが。
いくら絶望したからって猿ぐつわを飲み込むのは無理じゃね?という疑問から、「肺の空気を圧縮」という死因を考えて、そこから芋づる式に『ファットボーイ・スリム』と『レディオ・ヘッド』の能力を導き出しました。ソルジェラはオリジナル設定をたくさん考えられるのが醍醐味ですし、いろんな人のいろんなソルジェラがあるのが好きなので、私もその仲間に入れてもらえたら嬉しいなぁと思います。
 By明日狩り  2013/01/20