殺人事例 〜マーダーケース〜 プロシュートの場合 |
| 「舐められてたまるかっつーのよォ!」 「っざけんじゃねーぜ! アイツいつかマジでブッ殺してやる!」 「俺たちはそこらのチンピラとは訳が違うんだぜ? ギャングなんだよ、ギャング」 血気盛んな若者が五・六人ほど、口角泡を飛ばしてむやみに血圧を上げている。テーブルの上には空になった酒の瓶やグラスが散乱し、誰かが机を叩くたびに山盛りの灰皿が崩れて雪崩を起こす。他に客はなく、彼らは文字通り傍若無人に振る舞っていた。 酒場のマスターも慣れたもので、平然とした顔でグラスを拭いている。あくまでも自分の職務を全うすることだけが、この店主のポリシーだ。店の器物に損害があっても、すぐ彼らの「組織」が賠償してくれることになっているから特に気にすることもない。 カウンターのスツールに独り腰掛けながら、プロシュートは至極つまらなそうな表情でグラスを傾けた。真っ赤な顔でせせこましいプライドを叫ぶ若者たちも、白茶けた染みの付いたナプキンでおざなりにグラスを拭いているマスターも、何もかもがお粗末でレベルが低い。おまけに、口にしたワインは一体何色の絵の具を水に溶いたものかと疑いたくなるほど変な味がした。 (何でこんなトコにいなきゃいけねーんだか……) プロシュートはうんざりして、カウンターの上に置いた携帯電話を何度となく眺めた。 連絡さえ入れば今夜の仕事は終わりだ。そしてプロシュートの考えでは、リゾットが「もういいぞ、帰ってこい」と連絡してくるまでにそう長いこと時間はかからないはずだった。 そもそも、こんな場所にプロシュートがいるのには理由がある。ここはイタリアギャング『パッショーネ』の中でも下っ端の連中が溜まり場にしている酒場で、組織の人間以外は滅多に近寄らない。つい最近、組織の金を持ち逃げしたロベルトという男がここへ来るのではないかという情報が入り、プロシュートがそれを確認するために差し向けられたのだ。 (けどよォ、ロベルトって奴ぁ一応どこぞのチームのリーダー格だったんだろ? こんな場末の酒場に逃げてくるかね) 正直なところ、この情報は「はずれ」だとプロシュートは考えていた。根拠はないが、長年の経験から培った彼特有の「勘」がそう言っている。そして彼の「勘」は滅多に外れたことがなかった。 それでもリーダーは念のためにとプロシュートを向かわせた。 (だいたい、リゾットは慎重過ぎンだよ) 彼のチームリーダーであるリゾットは恐ろしく強い男だったが、それと同時に恐ろしく慎重でもあった。石橋を叩いて壊すほどの力の持ち主が、ああも慎重に計画を練り、注意深く人員を配備するのは、見ていて妙にアンバランスな気がする。狙った獲物を逃したことがただの一度もないという不敗の暗殺者は、仕事に対して神経質なくらい心を砕いていた。 リゾットが慎重派なら、プロシュートは完全なる猪突猛進タイプだ。己の直感を頼りに疾風のごとく攻撃を仕掛ける。反撃を食らうことやミスも少なくないが、そういうやり方が性に合っているのだとプロシュートは知っている。人には人それぞれの最適な「やり方」があるのだ。 (まだ連絡はこねーか……早くしてくれよ。うざいぜ) 十中八九、次の電話でリゾットは「情報はガセだったようだ」と言うだろう。あの石頭が納得してさえくれれば、プロシュートはさっさとこんな場末の掃き溜めとおさらばして、口直しにいつものバーでいつものワインを飲むことができる。気分が悪いから、今日は少し奮発して最上級のを注文してもいいかもしれない。 そんなことをぼんやり考えているプロシュートの背後では、いかにも頭の悪そうな若者たちの空っぽな議論がますます無駄に白熱していく。 「もうこうなったら奴らとは戦争だぜ、戦争」 「マジだぜ。ヤルっきゃねーよ」 「兵隊、集められるぜ。ヤッちまうか?」 目をギラギラさせながら、彼らは自分たちの勇猛さに酔いしれている。 (あーあー、若者は楽しそうでイイネェ。おニーサンがこーして真面目にお仕事してるってのによォー) オリーブの実を指先で摘んで口に放り込み、プロシュートは苦虫でも噛み潰したような顔でそれを咀嚼した。一応、彼らもパッショーネの人間のはずなのだが、どうもさっきから聞いているとただの街のチンピラと大差ない。最近では組織もここまで堕ちたものか、とプロシュートはうんざりした気分でカウンターに頬杖を突いた。 (だいだいよぉ、戦争って何だ、戦争って。バカか。たかがチンピラが数十人でナイフちらつかせて、ちょっと切ったり吠えたりするだけのどこが戦争だ。戦争っつーのはよォー……) 不意に、胸の中で爆音が響いた。地面が揺れ、空気が轟き、爆発の衝撃が体の芯を通過していく。空から降ってくる爆弾の雨。銃声。戦車の音。世界中の大地が震え、海が揺れ、多くの人間が燃えて消された時代の気配。 プロシュートは短く息を飲み込んだ。それだけで幻影は消える。 ……何十年経った今でも、肉体に刻み込まれたあの音たちはいとも簡単に蘇ってくる。脳に丁寧にしまい込まれた記憶たちとは違う、胸の奥のあたりにひっそりと身を隠した怨念のような塊だ。 それはたとえ、争いの絶えないギャングの組織に身を置いていても、その中でも特に荒んだ暗殺家業に手を染めていても、滅多に味わうことのない原始的な恐怖だ。それが意識の根幹に深い傷を残しているからこそ、プロシュートは「たかがギャング」の仕事にはさほどの恐怖を覚えずにいるのかもしれない。 (戦争……か。ま、知るわけねーよなァ。若ェもんなぁ) 「お前たちの戦争ゴッコなんて、本物の戦争に比べたらなんてことはない」……なんて、昔語りを生き甲斐にするジジイのような台詞を吐くつもりはない。けれど今はそういう、戦争体験のあるジジババの気持ちがよく分かってしまうのが悲しい。 (まだまだ若いつもりなんだけどねェ、おニーサンは) プロシュートはちょっぴり苦笑すると、まずいワインを飲み干した。 それがどうやら若者の目にたまたま止まったらしい。 「おい、そこのお前」 「あン?」 「今笑ったろ」 さっきまで気炎を吐いていた若者たちの目が、一斉にプロシュートに向けられる。 「笑ってねーよ。あっちへ行きな」 とっさに真顔を作って興味のない素振りを見せたが、引火しやすくなっている若者の感情を煽るには十分な態度だった。 「舐めてンのか、コラ? あぁ?」 「絡むなよ。そんなつもりじゃねーんだ」 「だったらどんなつもりだッてーんだよォ? テメー、チョーシこいてんじゃねーぞ!」 (あー……うっぜぇー……) 吠える若者に背を向けたまま、プロシュートはうんざりしてもう一度ちらりと携帯電話を見た。だがそのディスプレイにはまだ着信はない。 (リゾットがスットロいからいけねーんだ。あーもう……やんなる) 心の中でリーダーに悪態を吐くプロシュートを、若者がぞろぞろと取り囲む。 「だいたいよォー、ここがどこだか分かってンのか、コラ?」 「酒場だろ?」 「ただの酒場だと思ったのかよ。オレらのナワバリに足踏み入れるたぁ、いい度胸してんじゃねーか、コラ。あぁん?」 (ナワバリってオイ、勝手に私物化してんじゃねーっつーのよ) ため息を吐いて振り向くと、精いっぱいイカツい表情でキメた頭の悪そうな顔が六つ並んでいた。その幼い顔つきを見ただけで、もうプロシュートはうんざりした気分になる。ガキの遊び相手をするためにこんなところにいるわけじゃない。 「別にナワバリを荒らそうなんてつもりはねーんだ。ただちょっと時間を潰したかっただけでよ。お邪魔ならもう出てくぜ」 「何だその口の利き方はァ? ふざけんなっ」 「舐めてんだろオメー。ブッ殺してやる!」 「そのキレーな顔を台無しにしてやろうか、アァン?」 ドスの利いただみ声を張り上げて、真っ赤なバンダナを巻いたスキンヘッドの男がつかみかかってくる。プロシュートの胸倉をつかもうと手を伸ばしたスキンヘッドは、次の瞬間、くるっと宙を反転して床の上に転がっていた。 「……え?」 周りで見ていた若者たちも、転がされた本人も、何が起こったのかしばらく理解できなかった。呆然として床を見つめ、呼吸をふたつほどしたところで、ようやく彼らはプロシュートがスツールに腰をかけたままスキンヘッドに足払いをかけたのだという事実に気づく。 「……っテ、テメエェェえええー!」 革のジャケットにじゃらじゃらと金具の飾りをぶら下げた男が、服と同じく金属のアクセサリーで埋め尽くされた顔を歪めて襲いかかっていく。だがその振りかざした拳がプロシュートに届く前に、その顔面の上でグラスが砕け散った。 「うぎゃあぁぁぎいいいぃぃぃいいい―っっ!」 奇声をあげながら、革ジャケットがもんどりうって倒れる。プロシュートがワイングラスで革ジャケットの横っ面を殴りつけたのだ。グラスは細い柄の部分からぽっきりと折れ、粉々に砕けて床にちらばった。 「おんどりゃあああ! ぶっ殺してくれあァァァ!」 「死ねああああぁぁぁぁぁ!」 絶叫しながら、残りの四人がいっせいに襲いかかる。繰り出されるパンチを一瞥して、プロシュートはすっと目を細めた。 「…………………」 流れるような無駄のない動きで身をかがめると、目標を見失ったパンチがプロシュートの頭上で交差して、勢い余った拳はそのままお互いの喉元あたりにヒットした。 「ぐげっ」 「ンががっ」 二人の体が倒れてくる前にスツールから滑り降り、低い位置から目の前で突っ立っているダメージジーンズに蹴りを繰り出す。 「ふぬぉおっ?」 膝を逆向きに折られ、さらに足払いをかけられて、ダメージジーンズはカウンターのほうへ倒れた。そのまま立ち上がる勢いを使って、強烈なアッパーがデブの顎を正確に捉える。下から上へとすくい上げるようなパンチで、デブの百キロ以上はあるであろう肉体が軽々と舞い上がった。 「ぎょボベッ」 豪快な音を立てて、デブの体がテーブルを押し潰す。 破壊音とうめき声がまだ収まらない酒場の真ん中にすらりと立って、プロシュートは何事もなかったかのように平然とした表情で襟元を正した。息ひとつ乱れていない。 「あのなぁ、オメーらもギャングのはしくれなら、ひとつ言わせてもらうぜ」 足元に転がる革ジャケットの前にしゃがみ、その前髪をつかんで引っ張り上げる。 「ううう……」 「ギャングなら、『ブッ殺す』なんてなさけねーこと言うんじゃねーよ。そんな悠長なこと言ってる暇があったらよォー、さっさと『ブッ殺』しとけ」 革ジャケットの顔を床に叩きつけ、プロシュートは立ち上がる。めちゃくちゃになった店内を見渡すが、マスターはさっさと身を隠して奥へ引っ込んでしまったらしい。 「ま、いっか」 ガラスまみれになったカウンターの上にまずいワインの代金を投げ捨て、携帯電話をポケットに捻じ込むと、プロシュートは出口のほうへと足を向けた。 ドアに手を伸ばすと、ほぼ同時にノブが回って先にドアが開く。 「あ」 「あ」 それはまったくの偶然だった。外へ出ようとするプロシュートと同時に、中に入ろうとした男がわずかに先にドアを開けた。男は中の惨状を見るとぎょっとした顔をし、その男の顔を見たプロシュートもまた驚いて目を見開く。 この男こそ、今夜プロシュートが探していた相手。脱走者のロベルトだった。 「ああっ!」 「あ? ……ああっ!」 プロシュートの驚く顔を見たロベルトは、一瞬ののち、それが組織から差し向けられた追手だということを直感的に悟ったらしい。さっとドアを閉めてプロシュートの視界を遮った。 「このっ……逃がすかよっ」 慌てて扉を開けると、地下の酒場から地上へ向かう階段の頂上で影が踊った。階段を二段ずつ飛ばして駆け上がり、地上に出たプロシュートはあたりを見回す。 「どこ行きゃあがったッ……!」 もうそろそろ日付が変わろうとしている時刻だが、ごちゃごちゃした繁華街には人通りも多い。さっと視線を巡らせると、その中から「逃げていく背中」を瞬時に見分ける。たった一人だけ、プロシュートのほうに背中を向けて走っている男がいて、二つ向こうの角へさっと身を翻したのが見えた。 「クソッ……結局あの店で当たりだったのかよ……!」 あそこへは現れないだろうと踏んでいたプロシュートは、駆け出しながら悔しそうに顔をしかめた。帰ったらリゾットに厭味を言う気まんまんでいたのに、これではストレスをぶつける相手がいなくなってしまう。 路地を抜け、裏道へと入る。相手はどうやらこういった追いかけっこにはあまり慣れていないらしく、プロシュートは確実に標的を追い詰めていた。素人が逃げるときは、つい薄暗いほうへと足が向いてしまうものだが、そういう場所は案外身を隠す障害物が少ないものだ。繁華街で逃走するなら、明るい人ごみのほうへ向かうに限る。 「……ここか?」 最後にロベルトが逃げ込んだ場所を眺めて、プロシュートは目を細める。逃げ込めそうな手頃な建物がなかったとはいえ、建物の間にぽっかりと空いた工事中の更地の、その片隅に仮設された資材置き場らしいプレハブ小屋なんて、文字通り袋の鼠だ。やはり、逃走にかけてはど素人といったところか。 三方をコンクリートの壁に囲まれた空き地には、そのプレハブのほかに隠れる場所もない。建物の陰から月明かりが差し込んで、街灯さえ届かないその狭い一角をうっすらと照らしていた。 「もう、逃げられないぜ……覚悟キメな」 独り言のように小さくつぶやいて、プロシュートはすっと壁際に身を寄せた。真正面から突入しても倒せる相手だが、見えない場所から銃で撃たれるのは厄介だ。中の様子を窺いながら、そっとプレハブに近づいていく。 窓は曇りガラスで、中の様子は見えない。鉄線で補強がしてある窓を破って入ることはできなさそうだ。となると入り口のドアから突入するしかないが、相手もそれくらいは分かっているはずだ。間違いなく、ドアからの突入を狙って反撃してくる。 (……やるか) 指令は、「裏切り者を始末すること」だ。生け捕りにしろとは言われていない。それに組織を裏切って逃げ出したなんて奴は、生け捕りにしたところでどのみち拷問にかけられて殺されるに決まっている。だったらここで苦しまずに死なせてやったほうが慈悲深いというものだ。 建物の陰に身を潜め、低い姿勢で影から影へと移動する。プレハブの側面に体を寄せ、曇りガラスから念のため中の様子を窺ってみる。何も見えないが、誰かがいる気配は確かにしていた。 「………………グレイトフル・デッド……」 闇のように深い呼び声に呼応して、プロシュートの影が人形を成して立ち上がる。 熟れ過ぎたざくろのように割れた頭からは無数の目が覗き、太い両腕を突き刺して大地を踏みしめる。無残にも引きちぎられたかのような下半身は、冷たい夜風に吹かれて不気味な触手がユラユラとなびいている。 その異形は聡明な従者のごとく、主人の背後に音もなく姿を現した。 薄い月の光を反射して、異形の目がぬるりと光を放つ。体中から闇色の霧が噴き出し、プレハブ小屋を取り囲んで隙間からじわじわと内部を汚染し始めた。 禍々しい外見をしているが、毒ガスほどにも苦しまずに死ねる。少しずつ体が朽ちていき、意識が崩れ落ちて、風に吹かれた塵のようにはかなく命が消える。まるで春の夜の夢のようにあっけなく、だ。 小屋の中は物音ひとつしない。おそらく、敵に襲撃されたという自覚さえないまま、うとうとと惰眠を貪るように永遠の眠りについたことだろう。 「…………………………」 戦い、と呼べるほどの争い一つ起こさずに、一切は完了した。『グレイトフル・デッド』を引っ込めると、プロシュートは静かな足取りでプレハブのドアを開ける。目標の死体を確認しなければならない。 プレハブ小屋の中には建築物の資材が積み上げられていた。注意深く進んでいくと、足元に銃が転がっているのが目に止まる。そのすぐそばに、ミイラのように皺だらけになった男の死体が倒れていた。もう顔も判別できないほど老け込んでいるが、着ている服はロベルトのものだ。 「………………ん?」 妙な気配を感じて、プロシュートは顔を上げた。生き物の気配ではない。この小屋の中にいる生き物は全て老化して息絶えているから、それが生き物であるはずはない。だが、やはり何か妙な感じがする。 積み上げられた資材の向こう側に目をやると、違和感のある光景が見えた。そこにあったのはコンクリートの袋でも鉄骨でもなく、建築用の特殊車輌でもない。 こんな場所には不釣合いな、真っ赤なフェラーリが停まっていた。 「何でこんなところに……」 ロベルトが逃走用に準備しておいたのだろうか。流線型の美しいボディは闇の中でも輝きを放ち、その存在を誇示している。思わず近寄って中を覗き込み、プロシュートは息を呑んだ。 「………………チッ」 顔をゆがめ、舌打ちをする。 後部座席に、女と子供が乗っていた。もちろんどちらもすでにミイラと化している。不安げに寄り添い、女は子供を守るように頭を抱いて死んでいた。子供は女の子だろうか。小さなスカートから枯れ木のような足が二本覗いている。その皺だらけになった手にはいかにも子供らしい、下手くそで無邪気なクレヨン画が握られていた。 父親、母親、女の子。それは、三人の家族が何かを囲んで楽しそうにしている団欒の絵だった。空いたスペースに大きく、子供の字で『アンドレア』と書いてあった。女の子の名前ではない。 見ると、母親らしき女の腹が膨らんでいる。妊婦だった。 「……やなもん見ちまったなァ」 おそらく、ロベルトは一家三人で……いや、腹の中にいる二人目の子供を入れたら四人か。その四人家族でどこかへ逃げるつもりだったのだろう。ギャングなんていう汚い仕事から足を洗い、まっとうな仕事について、二人の子供に胸を張って父親の役目を果たすことを夢見ていたのだろうか。 プロシュートは眉根を寄せ、不機嫌な表情で車のそばを離れた。床に転がっているロベルトの死体を足先で小突き、「残念だったな」と小さくつぶやく。 「あとちょっとのところだったのにな。運がなかったと思って諦めろよ」 ミイラ化した死体は何も答えない。プロシュートは外へ出ると、沈黙するプレハブ小屋を一度も振り返ることなくそのまま空き地を後にした。 見上げた夜空は雲がかかり、繁華街の明かりに照らされて星一つ見えない。 (哀れだとは思うけどよ、同情はしねえぜ) 守りたいものがあるのは、みな同じだ。その時代、与えられた環境の中で、人はできる限り幸せであろうとして生にしがみつく。あのロベルトという男がどういう経緯でギャングなんぞになり、そしてどういう理由でそれを裏切ろうとしたのかは知らない。ただ、ギャングになってカタギより旨い汁をすすっていたのは確かだろうし、その代償として危険な橋を渡る決意をしたのは奴自身だ。あの家族だって、そういう夫に、そういう父親について行くという選択肢に賭けて、そして負けた。 それだけのことだ。 運が良ければ極悪人だって生き伸びる。運が悪ければ、たとえ敬虔なクリスチャンだって旅客機の墜落に巻き込まれて死ぬ。誰もが自分の人生を選び、運命によって結果を与えられる。覚悟と力をもって選択すれば、自ら運命をつかみ取ることだってできる。 ……あの男とその家族には、その力も運もなかったってことだ。 「さー、帰ってリゾットに文句でも言ってやるかァ」 今夜は気分の悪くなるようなことばかりだ。うらみはないが、あのクソ真面目なリーダーあたりをからかってストレス発散しないとやってられない。言いがかりといちゃもんをつけることに関しては、プロシュートは天才的な能力を備えていた。 今日も問題なく「仕事」を片付けて、プロシュートはまっすぐアジトへの道を歩き始めた。 <END> |
暗殺者、を書くにあたっていろいろ考えたんですが、どうしても「暗殺者のモチベーション」ってものが分かりませんでした。何のために暗殺するのか、暗殺することについてどう考えているのか。命の重さをどう捕らえているのか。 それを暗殺チーム全員分書いたら少しは理解できるようになるかな……。 9人分、書けたらいいなと思います。 |
| By明日狩り 2010/07/18 |