殺人事例
〜マーダーケース〜


メローネの場合










 カチャカチャカチャ……。
 薄暗い廃屋の片隅、人気のない部屋の中に、硬質な音が小さく響いている。誰も寄りつかない町外れのこんな場所に、誰かが入り込んで何かをしているらしい。

 外はまもなく日が暮れようとしていて、ガラスの割れた窓からは煮えるような赤い日差しが尾を引くように消え去っていく。部屋は荒れ放題で、道具や服、食器などが散乱していた。開きっぱなしの扉を風が吹き抜けると、心なしか焦げ付くような臭いが鼻につく。
 人がここに住んでいた生々しい記憶がありありと残されているが、もうここに戻ってくる家主はいない。聞くところによると麻薬中毒の長男が刃物を持って家族を皆殺しにした後、家に火を付けたということだ。火はすぐに消されたが、焼け残った廃屋を取り壊す者もなく、縁起でもないこの土地を買い取ろうという業者もない。誰一人この家に近寄ろうとする人間はいなかった。

 近所の住人も避けて通る不気味な廃屋。だが、それがメローネにとっては非常に都合が良い。

「……よし、いいぞベイビィ。そう、そこに扉があるだろう? そうだ、鍵だけ壊せ。……ああ、壊すって分かるかい? そう、お前ができると思うことをしたら、自然とそいつは『壊れる』はずだ」

 スプリングの飛び出た汚いソファに座り込み、背中を丸めて、メローネは一心不乱にパソコンのキーボードを叩き続けていた。渦巻模様の派手な服は、薄暗く雑然とした部屋の中では不思議と溶け込んで、迷彩柄のように背景に埋もれる。明るい色の長髪は無作為にランダムカットされ、整っているとも乱れているとも形容しがたい。奇妙なスリットがいくつも入った左右非対称(アシンメトリ)な服も、ガタガタにカットされていながら美しくなびく長髪も、片方だけ目のところが開いている極薄素材のマスクも、何もかもが見る者を不安にさせるようなアンバランスさを醸し出していた。

 膝の上に乗せた大きめのノートパソコンは、どんな町の電気屋でも見たことがないような特殊な形状をしている。分厚く丸みを帯びた独特のボディラインだけでなく、キーの配列も規格外なうえ、ありえないキーやデータポートがついている。パソコンのように見えるが、これがメローネのスタンド『ベイビィ・フェイス』の本体である。

「よし……そうだ、回りに人間はいるか? 見つからないうちに中に入れ。…………ん? 見つかっただと? 何が? 誰が? お前が?」

 画面を見ながら、メローネはぶつぶつと独り言をつぶやく。食い入るように画面(ディスプレイ)を見つめ、手袋(グローブ)をはめたままの手はものすごい勢いでキーボードを叩く。タイプミスはしない。口でしゃべるのと同じくらいの速さで情報を入力し続け、画面に現れる『息子』と対話(チヤツト)を繰り返していた。

『メローネ、見つかりました』
「お前がか?」
『はい。部屋の中に人がいました』
「騒がれる前に処分できるか? お前の思うように処分すればいい」
『もう処分してしまいました、メローネ』
「どうなった?」
『叫ぶより先に、子供をバラバラにしました』
「よしっ!」

 しゃべりながらキーを打ち続け、指示を与える。このパソコンのようなスタンドから生み出した『息子』は今、少し離れた場所にある金持ちの家に潜入しているところだ。ターゲットはギャングの幹部である主人だが、家族や部下を巻き添えにすることになっても構わないと指示されている。複数で行って事を荒立てるよりも、メローネの遠隔操作型スタンド一体を潜入させたほうがいいというリーダーの判断で、メローネだけが任務に赴いた。

「お前はなかなか見所があるぞ。頭の良い母親を使っただけある!」

 いささか興奮気味に、メローネはキーボードに食らいつく。単独潜入なので母体には近所の女教師を使ったのだが、何事もそつなく自分の判断でこなす頭の良い『息子』が生まれた。やはり母親の影響は大きい。

『ターゲットが見つかりません』
「まだ帰って来ていないのかな? いや、車が入っていくのは確認したんだ。間違いなく屋敷のどこかにいるはずだ。……危険だが、人の多いところへ行ってみようか?」
 スタンドを通しても、音声は『息子』に伝わらない。対話(チヤツト)はキーボード入力と、『息子』の思考回路から直接流れ込んでくる意志の間で行われる。それでもメローネは目の前にいる子供に言い聞かせるように、小さく声に出しながら指示を続けた。

『人の多いところ? 台所(キツチン)はよくない』
「そうだ、よく分かってるじゃないか。家の主人はそんなところへは行かないからな」
『暖炉のある部屋?』
「それはイイ線いってるぞ。家の主人はそういうところへ行くもんだ」
『暖かい部屋を探します、メローネ』
「ああ、お前は本当に良い子だ。ベイビィ」

 メローネはこみ上げる歓喜を飲み込んで、ため息を吐いた。『ベイビィ・フェイス』は意志を持っているので、メローネの言うことを聞かないケースも多々ある。言うことを聞かない息子、度胸のない息子、頭の悪い息子、騒がしい息子、毎回個性の違う息子を育てては敵陣に送り込むのだが、扱いが難しくてなかなか思うように仕事ができない。メローネ自身は安全な場所で指示を送るだけなのだが、その分精神的な苦労は並大抵ではなかった。

 そんな経験を繰り返してきたので、今回の『息子』は大いに当たりだ。ワガママを言わず、こちらの指示を待って行動する。頭も良いし、何を優先すればいいのかちゃんと理解している。人を殺すことに躊躇もない。

「ああ〜、毎回お前のようなスマートな息子が生まれればいいんだがなぁ!」

 キーボードに現れる『息子』の賢い言葉を見ながら、メローネは感嘆の声を上げた。

『暖かい部屋を見つけました』
「場所は?」
 屋敷の見取り図を見ながら、メローネが尋ねる。

『二階の奥、左、手前から三つ目』
「ああ……そこは多分誰かの寝室だな。入ってみろ。中に誰かいたら殺せ」

 ベイビィ・フェイスの『息子』は、他のスタンドとは違い、一般人の目にも見えてしまう。見るからに化け物の形をした『息子』を見た者は全員始末しなければならない。なるべく早めにターゲットを見つけて終わりにしたいのだが、遠隔操作ではそううまくは行かない。だから手当たり次第に探させて、姿を見られたら殺せと指示する。それがメローネのスタンドの使い方だ。

 ほどなくして『息子』から報告が入る。

『また子供でした。始末しました』
「ハズレか。ならその向かい側の部屋へ行け。そっちも誰かの寝室らしい」

 文字だけが並ぶ画面を見ながら、メローネは淡々と指示する。その画面の向こう側では、すでに二人の罪のない子供がバラバラに分解されているのだが、特に気にすることもない。

(これがオレの『仕方』だからな)

 メローネは淡々とそう考える。自分に与えられた能力が『遠隔操作型』であり、本体の言うことを完全には聞かない息子を操っている以上、無関係な人間を巻き添えにしても仕方のないことだと割り切っている。それに、画面を通じて死亡報告が上がって来る暗殺方法では、「殺人を犯した」という実感を持てというほうが無茶だ。
 自分のやり方が間違っているとは思わない。ただ、自分のスタンドに嫌悪感を持ったり、批判したりしたがる人間が多いことを、メローネは自覚していた。



(そういや、プロシュートもそんなことを言ってたっけ)
 画面の向こう側にいる『息子』の仕事が順調なので、メローネはついあれこれと考え事を巡らせる。

 こういうメローネの仕事を、「ゲーム感覚だ」と揶揄したのはプロシュートだった。

「オメーのスタンドじゃあ、コロシをしたって何も感じねえんだろ? 現代っ子はこれだから怖い。まるでゲーム感覚だぜ」

 プロシュートはそう言いながら、ナイフについた血を拭き取っていた。
 メローネとプロシュートが組んで任務に赴いた帰りの車での話だ。プロシュートはいつも体当たりで現場に飛び込んで暗殺をするが、彼を守護するスタンド『グレイトフル・デッド』は敵を即死させる能力がない。常に身の危険と隣り合わせで生きているプロシュートにしてみれば、画面から指示を送って標的を殺し、たとえスタンドが撃破されても本体には傷一つつかないというメローネのやり方はどこか違和感があるのだろう。

「アンタもオレのスタンドが嫌いなのか?」

 車を運転しながら、メローネは何気ない口調で尋ねた。プロシュートは「ハン」と小さく吐き捨てる。

「そうは言ってねえよ。第一、スタンドって奴は本体の本質をどっか反映してるモンだろ。もしオメーのスタンドに嫌悪感があれば、オレはオメーと同じチームにはいねぇよ」
「そうか。安心した。オレはオレのスタンドをバカにする奴は許せないたちだから」
「そういうオメーはどうなんだよ。自分自身のスタンドを、どう思ってるんだ?」

 煙草に火を付けながら、プロシュートが聞く。メローネはまっすぐ前を向いたまま目を細めて答えた。

「そうだな。オレはオレの能力(スタンド)を憎んだこともあった。恐れたこともあった。……でも結局、自分を嫌っては生きられないだろう」
「そりゃあそうだ」
「だからオレはオレの能力(スタンド)を受け入れて愛することにしたよ。今はそれなりに気に入ってる」
「ああ、それがいいぜ。それが正しい生き方ってヤツだ。それにオメーのスタンドは強いしな。それは認めるぜ」

 まるで『グレイトフル・デッド』のような紫煙を吐いて、プロシュートはうなずいた。触れても老化しない煙を吸って、メローネはため息を吐く。

「アンタは自分のスタンドに『偉大(グレイトフル)』なんて名前を付けるくらいだ。気に入ってるんだろう?」
「名前は自分で付けたっていうか、借り物だけどな。まあ、体を半分共有してる相棒だ。嫌いになんてなれない。テメーのスタンドを嫌ったところで地獄だしよ」
「オレはオレの半身(スタンド)に『赤ん坊(ベイビィ)』って名前を付けた。オレは死ぬまで赤ん坊を背負って生きていくんだよ。殺すために生まれて、殺したら自分も消される哀れな『赤ん坊』をね」
「賑やかでいいじゃねえか。……ああ、分かった分かった。オメーのスタンドを「ゲーム感覚」って言ったことは謝るさ。オレとは根本的にやり方が違う、ってとこにちょっと反感を持ったのは確かだが、別に嫌いってわけじゃあねえんだ」
「分かってくれればいい」


 どうも昔から、スタンドについてあれこれ言われるのは嫌いだ。メローネはそんなことをぼんやり考えながら、順調に屋敷内を捜索していく『息子』の様子を目で追っていた。

『メローネ、ここにもいません。下の方から騒がしい声が聞こえます』
「気付かれたか?」
『分かりません。ですが楽しそうです』
「なら大丈夫だな。……ターゲットはそこにいるんじゃないか? 気付かれないように近づくことは?」
『やってみます、メローネ』

 実に優秀なベイビィだ。メローネはカチャカチャとキーボードを叩きながら緩んだ笑みを浮かべた。


 その時だった。


 誰もいないはずの廃屋に、黒い影が動いた。人影は音も立てずに忍び寄り、廊下からじっとメローネの背中に視線を送っている。
 だがベイビィの操作に夢中になっているメローネは気付かない。

『人が集まっているようです、メローネ』
「その先は……大広間か。パーティでもやってるのか? そうなるとずいぶんたくさん巻き込むことになるが……まあいいか。もしそこにターゲットがいるようなら、やっちまってかまわない」

 キーボードから指示を出すメローネは、まだ背後に潜む存在に気付かない。外はとうに日が暮れて、廃屋の中も真っ暗になっている。『ベイビィ・フェイス』の画面だけが唯一の光源になっていて、メローネの姿はくっきりと暗闇に浮かび上がっていた。

 無防備なメローネの背中に、人影がにじり寄る。
 足音を忍ばせてゆっくりと移動してきたその時、室内に散乱しているゴミを蹴ってガシャン、と派手な金属音を立てた。

「わっ!」
 
メローネと侵入者は驚いて、同時に小さな悲鳴を上げた。慌てて振り返ったメローネだが、ディスプレイの強い光を凝視していたせいで暗闇に目が慣れない。


「誰かいるのか!」

「うおおおおお!」

 メローネが声を発した瞬間、侵入者が叫び声を上げて襲いかかってきた。

「ひいっ!」
「おおおおおおーっ!」

 黒い影が覆い被さってくる。メローネは思わず『ベイビィ・フェイス』を放り出し、とっさに両腕で目の前をガードした。


 ドスッ、と鈍い音がする。



「ギャアア―ッ!」

 叫んだのは侵入者だった。もんどり打って床に倒れ、身悶えている。
 メローネの手には、いざというときのために隠し持っていたナイフが握られていた。あのとき、「暗殺者ならこういうモンのひとつも持っておきな」とプロシュートからもらったナイフだ。どうやらそれが侵入者の体にヒットしたらしい。

「ひいいっ! 痛ぇ! 痛えええええッ!」
 男の声だ。みっともなくのたうち回り、部家に散乱しているゴミを蹴散らして派手な音を立てている。メローネはチッと舌打ちをした。

「騒ぐなよ! 近所の奴らにバレちまうだろうがッ!」
「痛ェ! イデェよおおおおおッ!」
「黙れって言ってんだ!」

 メローネはナイフを振り上げ、当てずっぽうで侵入者に振り下ろした。肉を切り裂く感触が伝わる。

「ぎゃあああああああああ―ッ!」
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
「ひいいい! た、たす、助けでぐあアアァァ!」

 今すぐコイツを黙らせなければ、誰かが気付いて警察に通報するかも知れない。それだけはまずい。メローネは暗闇に目をこらしながら、何度も何度も必死でナイフを突き立てた。血なまぐさい臭いが部屋に立ちこめ、手が生温かい鮮血でぬるぬると滑る。それでも男はなかなか沈黙しない。

「黙れ! 黙れ! 黙れッ!」

「ぐふっ……!」

 ナイフの一突きが、急所を捉えたらしい。水に溺れたようなくぐもった声を上げると、男は何度かビクビクッと体を震わせ、ようやく静かになった。


「ふぅ………………」

 突然の襲撃を何とか回避して、メローネの体中から力が抜ける。命の危険に直接さらされることは少ないので、こういうことがあるとさすがに動揺が隠せない。手がかすかに震えているのを感じて、メローネは自嘲した。

「これじゃあ、プロシュートにああ言われてもしょうがないかもなァ。…………あっ、ベイビィはどうなった?」

 ぎこちなく体を動かして、放り投げた『ベイビィ・フェイス』を拾い上げる。たまっていた『息子』からの通信に慌てて目を通し、メローネは画面(ディスプレイ)の向こう側の進捗を素早く確認した。

『ターゲットがいました。部屋には他にたくさんの人間がいます』
『殺しますか?』
『殺しますか?』
『殺してもいいですか?』
『部屋に入ってもいいですか?』
『部屋に入ってもいいですか?』
『中から人が出て来ます』
『メローネを待てません。実行します』
『ターゲットを殺しました』
『人間が襲いかかってくるので、全員殺しました』
『全員殺しました』
『人間を全員殺しました。誰も生きていません』
『これでいいですか?』
『次はどうすればいいですか?』
『メローネ?』
『メローネ?』
『メローネ?』
『メローネ?』
『メローネ?』

「ああ、ベイビィ。とてもよくできた。お前は本等に優秀だ」

 さすが自動追跡型だ。こちらが指示を出さなくても、勝手に任務を完了させてくれていた。メローネが「よくやった」と通信を送ると、すぐに返事が来る。

『メローネ、上手にできました』
「ああ、ディ・モールトいいぞ。お前は完璧だ」
『ありがとうメローネ』
「いい子だ。お前の仕事はこれでおしまいだよ」
『ありがとうメローネ』

「おやすみ。かわいい息子(ベイビィ)」

 メローネは画面を見ながら微笑み、血まみれの手で『消去(デリート)』キーを押した。これで任務は完璧に終わりだ。ターゲットを殺害して、さらに実行犯である『息子』も消す。そうすれば何の証拠も残らない。

「ああ、いい『息子』だったなぁ。消すのが惜しいくらいだった」

 そう言いながらメローネは背中を伸ばし、ふと足下に転がっている男の死体を眺めた。

「そういえば、コイツ……誰だ?」


 いきなり襲いかかってきたうえに暗闇だったので、相手の顔を確かめる暇もなかった。同業者(アサツシーノ)か、それとも今日のターゲットの手先か。仕事中の暗殺者に襲いかかったのだから、それなりの覚悟はあったはずだ。

 メローネは『ベイビィ・フェイス』の明かりを頼りに、死体の顔を覗き込んだ。

「…………んん?」

 苦痛に歪み、血と埃にまみれたその顔には、まったく見覚えがない。まだ学生だろうか、若者らしくラフなパーカーとジーンズを穿いた服装は、とてもじゃないが裏社会に関与している人間とは思えない。不良というほどやさぐれてもいないし、むしろどこか育ちの良さそうな雰囲気さえあった。

「あれ…………なんだろう、これ。何かの間違い……かな? まあいいや」

 メローネは首をかしげ、『ベイビィ・フェイス』をしまって立ち上がった。この若者は家出少年か、それとも廃屋に肝試しにでも来たのだろうか。いずれにしても、ギャングや暗殺者といった関係の人間でないことは確かだった。だったら、安心だ。

「同業にバレてたらけっこう面倒だしな。一般人でよかったぜ。まあ……かわいそうだけど、今回は運がなかったと思って諦めてくれ、少年」

 悲しそうに顔を歪め、まだ温かい血を流している死体に「さよなら」と声をかける。
 そのまま一度も振り返ることなく、血まみれのメローネは不気味な廃屋を後にした。





<END>











メローネはやっぱりどこか人間離れした価値観や判断、個性を持っていたらいいなという気がします。残酷とか、冷酷とかじゃなくて、考え方の根本がそもそも人と違っているような感じだといいです。でもちゃんと仲間とはコミュニケーションが取れていて、人間らしいところもあったりして。あ、うちのメローネは本体はすごく弱いです。全然戦えません。いつもギアッチョとかイルーゾォが守ってくれてて、本体はスタンド使うだけ。だからよりいっそう、「ゲーム感覚」みたいな現実離れしたところがあったら面白い。
 By明日狩り  2012/01/07