| 4月1日、夕刻 暗殺チームアジトにて |
| a last april fool's fellow. |
薄暗い事務室の片隅で、リゾットはパソコンを操っていた。 検索、 検索、 検索、 パスワード入力、 エラー、 パスワード解析、 解除、 検索、 検索、 チェック、 ダウンロード…… 情報を集め、次善策を講じる。 今日一日、リゾットはこのアジトで情報集積回路と化していた。 「………………」 足音が近づいてくる。このアジトの間取りに慣れたそ足取りが誰のものか、姿を確かめなくともリゾットには分かっていた。 もう、彼しか残っていないのだから。 「ギアッチョ」 「メローネはダメだった。死んでた」 「そうか」 徹底的に簡潔な報告を聞いても、リゾットは顔色ひとつ変えない。 報告したギアッチョのほうも普段と何ひとつ変わらない様子で、リゾットの横に立った。 2人とも、感情はきれいさっぱり飲みこんでいる。そんなものをいちいち見せびらかさなくとも、お互いが「感じて」いるであろうことは予想ができたし、それに全く同じ「感情」をお互いに持っていることは明らかだった。 言わなくても分かっていることを、ことさら持ちだす必要はない。 今、ギアッチョとリゾットに必要なのは、「分からないこと」についての「確かな情報」のみだ。 「これを持っていけ」 リゾットは1枚の写真を取り出し、ギアッチョに手渡す。 「……これは?」 「サンタ・ルチア駅前の写真だ。奴らはこれを手に入れた。次に奴らが向かうのは、この場所に違いない」 「どうやってこれを?」 ギアッチョは眉根を寄せた。奴らが……ボスの娘を護衛しているブチャラティどもが……これを手に入れたのなら、同じものがここにあるはずがない。それはどう考えても「納得がいかない」ことだ。 もし「この写真をどうやって手に入れたか?」という経緯がギアッチョにとって「必要」な情報であれば、リゾットがそう判断して伝達する。だから、本来であればこの質問はする必要はない。 だが、生来「納得いかないこと」を放っておけない性分だ。 それを分かっているので、リゾットも静かにうなずいた。 「プロシュートの友情の証だ」 「プロシュート?」 「ペリーコロという、アイツの幼なじみだったパッショーネの幹部が、命懸けでウチに融通してくれた。ペリーコロは死ぬときにこの写真を焼くよう、ボスに命令されていたのだが、その一方でプロシュートとも約束があった……。ボスの命令と、プロシュートとの友情。その折り合いを付けたのがその写真というわけだ。ペリーコロは自分の死体にその写真を隠して、病院から別の人間の手を経由してここへ届けさせた。もっとも……」 リゾットは開封済みの封筒を手に取り、くずかごへ放り込んだ。 「それを受け取る前に、プロシュートも逝ってしまったが」 「そうかよ。しかしさすがプロシュートだぜ。最期の最期まで食らいついてくたァ、諦めの悪い男だ」 穴があくほど写真を眺めて、ギアッチョは軽くフンと鼻を鳴らした。 いつもケンカばかりしていたギアッチョとプロシュートだったが、やはり心の底では実力を認め合っていたらしい。 リゾットはふと、緩んだ心に温かいものが流れ込んでくるような感覚を覚えた。だがすぐさま心を閉ざし、冷たく赤い目でギアッチョを見る。 「その写真のどこかに、次の手がかりがある。奴らより先にそれを手に入れろ」 「了解」 それはごく簡潔な任務だった。 ―奴らより先に、「手がかり」を手に入れる ギアッチョはそれには何も質問せず、ふたつ返事で了解した。 残り2人になってしまった暗殺チーム。 たった2人で、何をしようというのか? 今さらボスの娘をゲットしたところで、何になるというのか? 麻薬ルートを手に入れて、2人でどうするつもりなのか? ……思うところはいくらでもあるだろう。 だが、ギアッチョは何も聞かない。 何も疑問に思わない。 何かを考えるのはリーダーの仕事だと、ギアッチョはそう考えている。 だから、ただ、「手がかりを探す」。 信頼すべきリーダーから下されたその「任務」だけを、遂行する。 「確実に「手がかり」を手に入れてくる」 「ああ、信じている。ギアッチョ」 リゾットはうなずき、再びパソコン画面に顔を向けた。 だが、ギアッチョの気配が背後から動こうとしない。 (?) リゾットは再び振り向いた。 「リゾット」 ギアッチョが何か言いたげに立ちつくしている。 リゾットより背の低いギアッチョの上目づかいが、何かを訴えている。 「ああ……」 リゾットはそのアイ・コンタクトの意味を理解して、しばし考えた。 そして、おもむろに口を開く。 「……ヴェネツィア」 「………………?」 「お前がこれから向かう、ヴェネツィアだが……」 「おう」 「日本ではベニス、と、そう呼ぶらしい」 「ベニス? 何だそりゃあよォ?」 ギアッチョが眉根を寄せる。 「知らん。だが日本では、フランスのパリはそのままフランス語と同じくパリと呼ぶそうだ。そのくせイタリアのヴェネツィアは、ベニスと呼ぶ」 「ベニス? ベニスだァ? 何だそりゃあよぉォ〜〜〜〜〜〜〜?」 「知らん。考えておけ」 「クソックソッ! 何だよベニスってよおォォォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!! クソがッ!!」 そう叫ぶと、ギアッチョはまるで「取って来い」を命じられた犬のように部屋を飛び出して行った。 弾丸のように走り去るギアッチョの背中を見送り、リゾットは薄暗い天井を仰ぐ。 「行って来い、ギアッチョ……」 これがギアッチョの習慣だ。 余計なことを考えないために、別の「考え事」を持っていく。 理屈で考えても納得のいかない「考え事」をひとつ持っているだけで、ギアッチョの精神は一点集中し、爆発的なパワーを生む。 ギアッチョが「考え事」をねだる時は、心のどこかに迷いや恐れが生じたときだ。 たった半日で仲間が次々と死に、さすがのギアッチョも心が震えていたのだろう。だが彼は、それを自ら律する術を心得ている。 (迷うな、ギアッチョ。進め。お前が進む道は、オレが切り開く……必ずな) 仲間の未来ためにボスを裏切り、たった半日で仲間を失った。 暗殺チームはこれから何をすべきなのか。 この先どうするのか。 その意義はあるのか。 それを考えるのは、リーダーの務めだ。 リゾットは静かに目を閉じた。 【To be continued......】 |
| 暗殺チームを哀れまないために、自戒を込めて、カッコイイ彼らを書きたいと思っています。 仲間思いだけど、馴れ合わない。覚悟を決めて最期までカッコイイ暗殺チームが好きです。 オリジナル設定盛り込みまくりスマソ。 ・ギアッチョが持っていた写真は、灰から復元したものではなく、ペリーコロさんがプロシュート宛てに届けさせたもの。 ・ギアッチョは任務に集中するために、ここぞという時にはリゾットから「納得のいかない矛盾」をもらって行く習慣がある。 |
| By明日狩り 2012/04/04 |