迷うなぁ〜。 セクシーなの、キュートなの、 どっちが好きなの? 少しでも気を引きたい……………… |
| 夏 心 |
「うう、迷うなぁ………」 これで何回、同じ台詞を吐いただろう。成歩堂はタンスの中を引っ掻き回しながら、さして多くもない自分の服を片端から引っ張り出していた。 明日はゴドーと、買い物に行く約束をしている。もちろん近所のスーパーに特売のトイレットペーパーを買いに行くのではなく、一応、電車に乗って30分の少し大きな駅へ、インテリアを見に行く予定である。リビングの床に座ったときに手ごろなテーブルがないからと、ゴドーが前からガラスのテーブルを欲しがっていたのを、二人で見ようという話になっていた。 男二人、ただの買い物だと言えばそれだけのことかもしれない。 しかし、成歩堂にとっては、そうではなかった。 「どんなカッコしていったらいいんだろう………」 かつて千尋が「ちょっぴりキザ」と評した男、ゴドー神乃木は、仕事着のスーツだけを取ってみても洒落た格好をしている。ストライプの大人っぽいベストにカラーシャツを組み合わせ、それを粋に着こなすセンスが光っている。 当然、私服の趣味もなかなかのもので、有名無名に関わらず自分の好きなブランドを自在に着まわしていた。そのほとんどは、成歩堂が聞いたこともないような海外ブランドである。襟元についているタグだけを見ても、ドイツ語だかイタリア語だか、それさえわからない。 それに対して成歩堂の方はというと、スーツは学生時代に量販店で買った紺の三ツ釦。ネクタイも貰い物で、単色の赤。 かてて加えて、私服のセンスはこれまた学生時代に量販店で買ったパーカーとトレーナーときている。どう考えても、センスがいい方とはいえない。 「別に男が何着たっていいじゃないか………」 どれもこれも似たような柄のシャツを、それでも片端から広げてみて、成歩堂は誰に言うともなくつぶやいた。 今まで、服装に気を使ったことはほとんどなかった。恋人のちなみがくれた手編みのセーターだって、愛があったから好きだったし、柄とか色とかいうことを特に気にしたことはない。 (だいたい、僕みたいのは何着たって同じなんだよ) ちょっとふてくされて、鏡に映った自分をにらんでみる。悪いとはいわないが、決していいとも思えない自分の顔をまじまじと見て、ちょっぴり落ち込んだ。 想像してみる。 駅まで待ち合わせをしていて、たぶんマイペースなゴドーのほうが後から来る。 たとえば、どこか知らないブランドの小粋なシャツでも着ているかもしれない。 黒と灰色が交差するヨーロピアンテイストのシャツの胸元を開け、シルバーのネックレスをさりげなく見せている。短めのシャツの下から艶のある牛革のベルトが見え、さらに光の角度によってはストライプにも見える細いズボンが、足をすらりと長く見せている。 耳にはピアス、指にはシルバーリングが光り、それがまたいつもながら似合っていることだろう。 そんなゴドーに、耳をくすぐるいつもの渋い声で、 「待たせたか?」 なんて言われたら、誰だって「カッコいいな」と思うに違いない。少なくとも「おしゃれな人だな」くらいには思うだろう。 ましてやそのゴドーにすっかり惚れ込んでいる成歩堂に至っては、会う人会う人にゴドーを見せびらかして回りたくなるくらい舞い上がってしまうだろう。 そこで、ふと自分を振り返ってみたら、どうか。 茶と緑のタータンチェックのシャツ(近所のスーパーで980円)、バスケットシューズに縦落ちのヴィンテージ(といってもたいしたことのない、安物のほうだ)。格好悪いとまでは言わないが、それがゴドーとつりあうかと言われれば、少なくともバランスが悪いのは確かだろう。 せっかく出かけるというのに、それではなんとなくつまらない。 ゴドーは別になんとも思わないのだろうが、成歩堂にしてみれば、これは立派に「デート」なのだ。それなりに見えるようになりたいと願うのも当然のことである。 「どっちか、だなぁ………」 あれやこれやと厳選した結果、2着の服が候補に残った。 ひとつはフードつきの真っ赤なパーカー。どこかの古着屋で見つけたもので、ジッパーが右上から左下へと斜めに走っている面白いデザインだ。わりと細身にカットされたそれにチャコールグレーのシャツを合わせれば、シックでスポーティなコーディネートになる。オーソドックスに黒のスラックスもいいが、迷彩柄に似た濃緑色の太いズボンも捨てがたい。デニムのキャップをかぶってみると、そこそこ悪くない感じだ。 もうひとつは、数年前に親戚からお下がりでもらった、コムネギャルソンのカジュアルスーツ。麻でできた薄い灰色の上下に、濃紺のストライプのシャツを着て、ホワイトゴールドのネックレスをつけてみる。もしかしたらアクセサリーの感じが、シルバーアクセを好むゴドーとおそろいになるかもしれない。 仕事用のちょっと履き慣らしすぎた革靴しかないのが残念だが、まぁ見劣りはしないだろう。 服を着てみて、洗面台の鏡の前で精一杯伸びをする、足元まで映る鏡など持っていないので、せめて家で一番大きなそれに向かい、見える限りの姿を映して念入りに印象を確かめるしかないのだ。 「うーん………」 どっちがいいのだか、見れば見るほどわからなくなってくる。 ゴドーに合わせるというなら、スーツの方がいいのだろう。が、それはどう考えても自分に似合っているとは思えなかった。普段カジュアルなものしか着ていないせいで、見慣れないだけかもしれない。 「でも、たぶん、真宵ちゃんが見たら笑うよな………」 真宵ちゃんならまずびっくりした顔をして、それから 「なに、なるほどくん。それ七五三みたい! 似合ってないよ!」 とはっきり言いそうだ。コーディネイトは悪くないと思うのだが、自分の雰囲気にはあまり合う気がしない。 そうかといってパーカーでゴドーの隣を歩くのは、なんだか気が引ける。 どうにもこうにも行き詰ってしまった。 「僕とゴドーさんじゃ似合わないんだよな。………………………見た目が」 似合わない、という言葉に自分で傷ついて、誰も聞いていないのに「見た目が」と言い訳がましく付け加える。 ふと、成歩堂は顔を上げる。 (そういえば、ゴドーさんはどういうのが好きなんだろう) 似合うとか、似合わないとか、つりあうとか、つりあわないとか、そういうこと以前にもっと重要な問題があった。 ゴドーが気に入ってくれなければ、何の意味もないのだ。 「うああああっもうどうしたらいいんだっ!?」 時計を見れば、まもなく日付が変わろうとしている。今からでは新しい服を買って来るわけにもいかない。手持ちの武器だけで戦いに挑まなければならないのだ。 「うう………いっそいつもの青いスーツでもいいですか、ゴドーさん………」 お空に浮かんだゴドーの顔にお伺いを立ててみても、コーヒーカップを傾けながら「クッ………」と笑うばかりで、何も教えてくれないのであった。 ******** 翌日。待ち合わせの場所にはすでにゴドーの姿があった。 「遅ぇな…………」 ゴドーは時計を見て、何気なくつぶやいた。約束の時間は確か11時のはずだが、もう11時15分。几帳面な成歩堂には珍しいことだ。 「お、おいでなすった」 そこへ、息せき切らして成歩堂が走ってくる。夏の暑い日差しを真正面に受けて、真っ赤な顔をして走ってくる成歩堂の様子に、ゴドーはひそかに苦笑した。 「ご、ゴドーさ………ごめんなさ…………遅くなって………」 「まあまあ、落ち着け、大して待ってねえよ」 手に持っていた飲みかけのアイスコーヒーを成歩堂に渡してやると、一息に飲み干して大きく息を吐いた。 「ふは………冷たい」 「このクソ暑いのに、そんなに焦って走ってくることもなかっただろう」 「でも………その、寝坊しちゃって………」 (最悪だ………) 一息ついた成歩堂は、改めて自分の格好を見た。 夕べさんざん服のことをあれこれ悩んでいたせいで、ばっちり朝寝坊をしてしまった。目が覚めたときには待ち合わせの5分前で、しかも最悪なことにケータイを充電し忘れていて、ゴドーに「遅刻します」の一言も言えない状況。 とにかく行かなくちゃ、と思って、鳥の水浴びのような勢いで顔を洗い、財布だけを引っつかんで玄関を飛び出した。 着替えもしていない、夕べ寝たままの格好である。洗いざらしのTシャツに、色の落ちたGパン。つっかけてきたスポーツサンダルがアディデスだったことが救いかもしれない。 かたやゴドーは、いつものツーピースに勝るとも劣らないカッコよさである。 ゴールドに近いベージュのスーツは、光が当たるとかすかに輝いて見える、中に艶のない黒のシャツを合わせ、全体的にゴージャスになりすぎない、大人の魅力を演出していた。 もちろん、いつもと同じピアスに指輪がさりげなく光っているのもバッチリ決まっている。 (ほんとに、僕ときたら最悪だ………) 肩を落とす成歩堂の気持ちなど知る由もなく、ゴドーは不思議そうに成歩堂を眺めている。 (遅刻くらいでそんなに落ち込むなんて、まじめな奴だな) 「ここは暑いぜ?」 今にも湯気がたちそうなほど真っ赤な顔の成歩堂を日陰に連れ込んで、ゴドーはすぐそばの自販機にコインを入れた。 「ほら」 「ひあっ………あ〜気持ちいい………」 冷え冷えのペットボトルがほっぺに気持ちいい。エビヤンのボトルにほお擦りして成歩堂は幸せそうに顔を蕩けさせる。 「うあ〜冷たいです〜」 「ちょっとクールダウンしたら、行こうぜ」 「はひ………うあ〜………」 エビヤンを抱えて、なるほどうはすっかり呆けている。 きっと大慌てで走ってきたのだろう。着古したTシャツが汗まみれになって、色がすっかり変わっている。いつもどおり逆立った髪の毛にちょっぴり寝癖がついていて、後ろの部分がおかしな方向へ跳ねあがっていた。 待たせたくないから。 それだけの理由で、とるものもとりあえずここまで走ってきた。真っ赤になりながらも、今は冷たい水のボトルに蕩けた顔をしている成歩堂。 ……一生懸命そばにいてくれる、その感じがゴドーには嬉しかった。 (そういうまっすぐなところ、嫌いじゃないぜ、コネコちゃん) 「クッ」 「どうしたんですか?」 「いや、なんでもねえ」 遅刻した身分の成歩堂には、ゴドーが嬉しがる理由など、きっとわかるはずもないだろう。 エビヤンのボトルを空けて中身を飲み干す成歩堂は、一生懸命で、まじめで、熱くて、輝いている。 なんだかそれは真夏の象徴のようだった。 「まるほどう」 「はい?」 ゴドーは見上げる成歩堂の手からエビヤンのボトルを取り上げ、いきなりそいつを頭からぶっかけた。 「うわあっ」 「クッ………夏びたしだな、まるほどう」 「なにするんですか!」 驚く成歩堂に、ゴドーは涼しい顔で答える。 「アンタがあんまり、夏、だからさ」 「意味がわかりません……………」 成歩堂の呆れ顔に残った水を遠慮なくぶちまけて、ゴドーは濡れた手で成歩堂の手をつかんだ。 「行くぜ、コネコちゃん」 「このまま電車乗るんですか………恥ずかしいなあ………」 「アンタは俺の連れなんだ。恥ずかしいのはお互い様だぜ?」 「ゴドーさんが水かけたんでしょう!」 ぎゃあぎゃあ大騒ぎしながら、ちぐはぐな二人組は駅の中へと消えていく。 真夏の暑い一日は、まだこれからである。 <END> |
| はいっ、なんか違いましたね! 某嬢のあの名曲をテーマソングにしたSSのつもりでした。「あややかよ!」とさまーず風に突っ込んでいただければこれ幸い。キチガイ沙汰ですね、ドゥフフ……(アフロ君)。ゴドーさんのために「セクシーなの」と「キュートなの」どっちにすればいいのか悩むまるほどう……のはずが、なんか……脱線したっぽい? 「可愛すぎず、でも可愛いまるほどう」をテーマにゴドナルを書いているつもりの私ですが、これはかわいいまるほどう? 夏っぽく、ボオイズラヴっぽくなってればいいなと思います。 ファッションセンスは突っ込み無用です。そんな野暮なことしちゃだめだ! センスのない私にセンシティブな文章を書けるはずがないのだ。なんとなく、それっぽい雰囲気を察していただければ充分なので、あんまり具体的に想像しないでください(無茶言うな)。具体的に想像すると、想像力が豊かな人はきっとがっかりです。 この曲はまだネタとして使えるんで、引っ張るかもしれません(笑)。「ね〜え、ってばね〜え。腕組んで良い?……って全然聞いてなぁ〜いっ(怒)」みたいなゴドナル。「も〜お〜、ってばも〜お。居眠りやめて。映画の途中ですーっ!(怒)」みたいなゴドナル。いかがなものかと思いますがね。でも、嫌いじゃないぜ、そういうの。すべては夏の暑さのせいです。今年は猛暑だしね。 |
| By明日狩り 2004/7/24 |
※このサイトのSSは、「成歩堂日記」と「小説全般」と「裏ページ」では別々の世界観…設定と考えてください。SSはおおよそ同じ設定で書いていますが、たまに違っていることがあります。 ひとつずつ別のものだと思って読んでくださると……助かります。 |