初夏の風景


「アンタもよく来るな」

 病室のゴドーは今日もまた、何もしないで病室のベッドに腰掛けていた。することがないのだろうか。何もする気がないのだろうか。

 成歩堂はいつも、思う。


(それは、ゴドー・神乃木に与えられた、罰)

(それは、ゴドー・神乃木に与えられるはずの、罰、を待つ姿)

 ゴドーの姿はいつも、死刑を待つ囚人のように見えた。不吉な考えを振り払って、成歩堂は歩み寄る。
 ゴドーには見えない笑顔を作り、見えない花を差し出した。


「はい。今日もお花です」

「クッ、アンタが花束を持って歩いて来る姿、一度は見てみたいぜ」

「え…………っ」

「さぞ似合わねぇんだろうなと、毎日想像してるのさ。お陰で飽きねぇぜ」

「…………それはよかったですねー……」


 ゴドーは見えない目を成歩堂に向け、見えていない成歩堂の姿を見て笑った。





 ベッドの横に設けられた椅子に腰掛けて、成歩堂はゴドーの手元をじっと覗き込む。

 花のひとつひとつを、骨太な指が繊細に探っている。柔らかな、しなやかな花びらを、ゴドーはゆっくりと味わうように撫でた。

「百合……カサブランカ……どっちだ?」

 今日もまた、花の名前の当てっこをする。ささやかな遊びが、心地良い時間を過ごさせてくれることを、2人ともよく知っていた。

 花びらを撫で、香りをかいで、ゴドーが訊ねる。

「……すみません、わかりません」

 あいかわらず花の名前に弱い成歩堂は、困って苦笑いを浮かべた。

「クッ、また聞いてくるのを忘れたのかい」

「聞いたけど、忘れたんです。えーと、こっちは覚えてますよ」

「……聞くまでもねぇ、ひまわりだろうが」

 ゴドーが入院している間に、初夏の匂いのする季節になっていた。気兼ねのない小さな花束には、早くも小さなひまわりが顔を見せている。

 花といえばチューリップ、ひまわり、バラくらいしか知らない成歩堂は、見えていないのにそれらしい名前を口にするゴドーに感心する。

「ひまわり、ですね」

 握りこぶしほどの大きさのひまわりは、ゴドーの手の中で小さな夏の形をしていた。


「忘れたのかい? ひまわりならココにぶらさげてるだろう」

 ゴドーが不意に、成歩堂の服の胸倉をつかむ。あっと小さく叫んで、成歩堂はバランスを崩した。
 当然予想していたというように、ゴドーは成歩堂の体をベッドの上のひざで受け止めた。

「お? 今日はスーツじゃなかったか」

「休日までスーツのわけないじゃないですか」

「いくらアンタでも、さすがに私服くらい持ってる、か」

「どうせ僕は貧乏ですよ」

「まぁ、見舞いくらい着飾ってきてくれよ」

 ぶつぶつ言う成歩堂の胸の辺りに、ゴドーがそっと指を這わせる。成歩堂がいつもひまわりの弁護士バッヂを付けているあたりだ。

「アンタのひまわりも、今日はお留守番ってわけかい」

 ゴドーの指が、そこにはないひまわりの花びらを撫でる。

「んっ」

「ん?」

 くすぐったそうな成歩堂の声と、不審なゴドーの声が同時にあがった。

 ゴドーの指が、弁護士バッヂの代わりに何かの金属を探り当てた。指で弄ぶと、成歩堂が恥ずかしそうに言う。

「あ、もらったんですよ。昨日のお客さんが、お礼にって」

「アンタにネックレス? 見当違いだな」

 成歩堂の首元には、珍しく金属製のネックレスがぶら下がっていた。飾り気やオシャレといったものに縁のなさそうな成歩堂にしては、少々豪華な品だ。

 手触りだけでそれと分かる、喜平のネックレス。紛い物でなければ純金かプラチナだろう。

「僕もそう思ったんですけど……」


 そこまで言って、はたと言葉に詰まった。


「けど、何だ?」

(そう思ったんですけど、シルバーリングに合うからって言われて……)

 顔が赤くなる。ゴドーのいない間もずっとリングを身に着けていたことを知られるのが、なんとなく恥ずかしい気がした。

(別に……僕が指輪してたからって、ゴドーさんと関係があるわけじゃないんだけど)

 それでも勝手に顔が赤くなるのが、止められない。


 こんなときほど、ゴドーの目が見えていなくて助かったと思うことはない。

 もっとも彼がゴーグルを着けていたところで、赤くなった顔の色を識別することはできないのだが。


「まァ、こういうのは似合う似合わないの問題じゃねえからな」

「じゃあ、どんな問題なんですか?」

「クッ……。慣れる、慣れないの問題、だぜ」

「つまり、似合わなくても見慣れれば平気だと」

「そういうこった。だから」


 そういうと、ゴドーはひざの上に乗せた成歩堂の上半身を軽く叩いた。






「その、左手にくっついたリングと一緒に毎日着けておくこったな。いつか見慣れるぜ、きっと」

「なっ…………」




 反射的に身を起こした成歩堂の左手を、ゴドーが奪う。

 重ねた左手の人差し指がぶつかって、シルバーリングが涼しげな音を立てた。







END



なかなかカプルになってくれませんね、この2人。はやくカプルになれるよう頑張ります。もどかしいのは私もまるほどうもゴドーさんもいっしょなのになぁ……いっしょだと思いたい……いっしょじゃないのかなぁ……。 By明日狩り  2004/5/26